『スーツ』と『デッキ』と『未来予想図』   作:河童の皿箱

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 カードショップ『まねきや』。ここらで1番大きくて、品揃えも豊富な店。敷地はデパートに負けるとも劣らずな広さを誇り、しかしこの6階層の建物は全て、カードとその関連商品の取り扱い、そして最新鋭のソリッドビジョンを備え付けたデュエルスペースのためにあった。

 

 キャップとサングラスで洒落込んだアニマと共に、入り口の自動ドアをくぐる。開店から30分しか経っていないのに、もうデュエルを楽しんでいる人々がそこにはいた。10基並んだ広いデュエルコートは満員で、剣士や魔導士たちが剣や魔法やの応酬をする様を、観衆たちは取り囲んで、それいけ、それやれと囃し立てては、大迫力と高解像度、高フレームレートを謳うソリッドビジョンを堪能している様だった。

 朋克はその脇を、肩にかけたバッグの紐をギュッと握りしめて、あまり凝視しない様に、足早にすり抜ける。2階に続くエスカレーターの手すりを持てば、ようやくほっと一息つけた。アニマがふと振り返った。「サネとトバルはストレージコーナー……ええっと。シングル……じゃなくて。デッキでもパックでもない、安いカードをバラ売りしてるところに居るってさ」、と。朋克は2階でエスカレーターを一度下りては、店の案内板を眺めた。「ええと、ストレージ? は……4階か」。目的地を再確認したのちに、もう一度エスカレーターに足を向けた。

 

 その瞬間だった。2人の体を炎が襲ったのは。喉が引きつる、情けない音が出た。脅威に体が動かなくなり、けれどエスカレーターの手すりを握ってしまって。足が、動かない。体が、どこかに持っていかれる。歩かないと。なのに。

 ぐい、と。エスカレーターに乗り掛けだった朋克の体は後ろに引っ張られて、反射的に手すりから手が離れた。「おい、大丈夫か?」と、アニマがこちらの肩に手をかけている。どうやら、微妙な場所で止まってしまったのを引き止めて、戻してくれた様だった。誰かたちが上の階を目指して、乗っていくのが見えた。

 未だにドクドクと嫌な音がする鼓動を手で押さえ込んで、炎の行方を見る。いや、いや、わかっている。これはただの立体映像なんだ。2階のフリーデュエルスペースでは、小さめのデュエルスペースが20基あって、そこではデュエルディスクを用いたデュエルを嗜む人たちがいて。たまたま、ほんのたまたま、あの人の10倍ほどの大きさがある巨大なドラゴンが吐き出した、流れ弾の幻がこっちに溢れてきた。ただそれだけ。

 「……大丈夫」。引いた血の気にふらつく頭、耳や頬にカァっとくる熱を無視し、なんとか気を取り直して、もう一度エスカレーターの手すりを握った。おぼつかない足取りを叱咤して、とにかく安全だけを意識する。

 

 3階もデュエルスペース。今までの階と違うのは、休憩や飲食を兼ねているところだ。小さなソリッドビジョンをボードゲーム感覚に楽しめるデュエルテーブルが50基。ソリッドビジョンを用いないごくごく普通のデュエル用テーブルが200基。あとは飲食用の丸テーブルがゆったりと配置されていて、軽食の自動販売機がずらっと並んでいる。

 そして、4階からがカードとサプライの販売コーナー。なんだか、すごく長い道のりに感じられたが、本番はここから。1日では絶対に全てを見られない、けれど同じ箱とは2度と出会えないと噂のカードの倉庫には、わいわいと談笑しながらカードを探す人、真剣な眼差しで新たな出会いを求める人など、たくさんの人がいた。決して広いとはいえない通路と人の間をすり抜けて、ようやく見つけた。見覚えのある、スーパーロングの暗い赤髪に黒のレイヤーで刺々しくキメる、パンクファッションの男の、ピアスをバチバチにつけた耳に届く様、声をかけた。

 

 「トバル」。振り向いた男の名を、聖園トバル(みそのトバル)と云う。『グロウル・スピリッツ』のギター担当にして、『グロウル・スピリッツ』といえばこの男、というほど、強烈なイメージを人々に与えていた。…‥実際、ヴィジュアル系のメイクは人に威圧感を与え、話すのを躊躇うほど。ギュインギュインに唸らせるギターも相まって、ファンも多いし、敵視もされやすい。

 …が、別に悪いやつじゃない。「おう」、と気さくに片手を挙げて2人を呼ぶ。朋克が見上げるほど背の高い男の手元、漁っていたカードたちは綺麗に整頓されていて、抜き出してきたのだろう小さな山も、トントンと整えては、アニマにそれを手渡した。「こんなもんじゃねぇか。メタとかはサネのが詳しいけど、この辺はあって困るもんじゃねぇし」。渡された山をアニマが1枚、2枚とめくっていくと、「さっすが」、と。次に、「トモ、これは俺の奢りな」と、その小さな山をレジへと持っていった。

 「詳しいことは後で教えてやる。…ところでトモ、どうした。顔色悪いぞ」。そう問いかけられ、朋克は言葉に詰まった。今しがたあったことを、言う……勇気は、ない。

 

 「……別に」。反射で溢れた無愛想な言葉に、自分で怯む。けれどトバルは「そうか」、と返すだけ。今は、それがどうしようもなく、有り難かった。

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