『スーツ』と『デッキ』と『未来予想図』   作:河童の皿箱

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 デッキの作成を終えてから数日。友人たちの助けもあって、朋克のデッキは若干の調整の末に、スリーブに収まった。

 冴えた空には1等星たちが輝いている。冬休みの最後の日。作曲の合間に、ふとデッキをケースから取り出して、眺めてみる。自分のデッキだ。自分だけのデッキだ。にわかに喜びがじわり、じわりと沸きあがってくる。けれど……やっぱり、絶対カード足りてないと思う。でも、みんな足りていないと言う。

 あれからネットでも調べてみたが、パックの画像のカードは存在しない、というのが当たり前のようだった。どうやら、レアカードではなくて、それに含まれてる目玉のカードを象徴する、イメージ画像的な物らしい。

 パックが入っていた空箱を手にとる。パックが15個入っていた縦長の小さな箱には、やはり蒼く派手な龍の姿が描かれている。……そうか、この龍って、居ないのか。なんて、ほんのりと寂しい気持ちを覚えてしまった。龍の体を指先でなぞる。大きな龍なんだろう。ソリッドビジョンで召喚したら、きっと、吞み込まれてしまうと思ってしまうんじゃないか、と。

 

 「…あれ?」。首を撫で、そして頭に指先が載ったとき、頭の上のそれに気づいた。体ほどの大きな筆を持つ、青い髪の男が、ピンクのサングラスをかけている。デッキの中から、その心当たりを引っ張り出しては、見比べてみる。「……これ、《娑楽斎》…だよね」。

 もしかしたら、この龍は、この人が描いた絵なのだろうか。そこでふと、思った。この【P.U.N.K.】という人々は、それぞれウキヨエ、とか、ガガク、とか、ジョウルリ、とか。確かそれって、伝統芸能だったような。音声入力用のキーボードをどかして、文字入力用のキーボードをカタカタリ。出てきた検索結果は、自分の考えが正しいことを証明してくれた。「ふぅん。伝統芸能、かぁ」。背もたれがギィと音を立てた。「……あいつ、元気にしてっかな」。

 スマートフォンを手に取り、連絡用のSNSを起動してみれば、その連絡先は今でも残っている。幼馴染の、神座 千寿(かむくら ちとせ)。お互いに小さい頃、よく彼女の神社に祭りの手伝いに行ったものだ。神楽を舞う彼女の長い黒髪が綺麗で、それを見たくて手伝いに行っていた……なんて、口が裂けても言えない。でも、少なくともここに入学してからは、全くの音沙汰なし。同じ学校では、あるけれど。話に行くこともないし、話されに来たこともない。

 

 ……当然だ。おれは中学を卒業してから1年間、引きこもりをしていたのだから。

 

 ずん、と。胸の奥が重くなる。もうすぐ17歳になる、高校1年生。みんなが15歳に入学して、16歳に進級するのに、自分だけ、何もやっていなかったその1年分、年を食っている。彼女は、先にここへ入学して、先に進級していった。学年も違うし、学んでいる内容だって違う。話ができなくて当然だ。たった1年で、学力だって驚くほど衰えた。本の虫、アニマが丁寧に勉強を教えてくれるから、ついていけているようなものだし。しかも引きこもりをしていた原因が。

 

「……ダッセェな…」

 

 大人になるには、デュエルが必須だ。マナーとか、キャリアとか、そういうのは無視したって、デュエルをしない人なんていない。デュエルこそが、コミュニケーションなのだから。そしてデュエルには必ず、ソリッドビジョンがついて回る。なのに、それが怖い。ソリッドビジョンを用いたデュエルを見ると、体が勝手に動かなくなって、心臓がバクバクして、頭が凍り付いて真っ白になる。

 …幸い、仲間たちにはまだバレてない。当然だ、今まで極力、デュエルにかかわらないようにしてきたのだから。でも、休み明けにはデュエルの課題が待っている。この恐怖症がバレたら、どんな白い目で見られるのだろうか。あの日、ソリッドビジョンの幻に巻き込まれて、あまりの恐怖に悲鳴を上げた自分を大笑いする声が、歪んで、耳の中で反響する。それが勝手に、仲間たちの笑い声に変わる。それが、どうしようもなく、恐ろしくて。

 かぶりを振って、ヘッドフォンを強く、強く押さえる。パソコンの中に入っている作りかけの曲を、爆音で流しては、過去の辱めを押し流そうとする。忘れろ、考えるな、と。鍵盤を引き寄せて、心の中に渦を巻く正体不明の気持ち悪さを、そのまま楽譜へと。

 

 

 

 そうして、しばらく。核唯が肩を叩いて風呂の時間を教えてくれた。体をごしごし洗って、熱々の湯船にざぶんと浸かれば、体の力が息とともにふぅっと抜けていった。……生き返る。そんな心地よさに、つい鼻歌が出る。

 

 リラックスタイムを経て、同室である仲間たちと、今日作った曲や楽譜、デッキのことを楽しみ、明日からまた始まる授業や嫌な先生に一緒に苦笑して。寮の指定する消灯時間が来る前に、布団に包まった。

 枕元には、仲間たちと作ったデッキ。デュエリストたるもの、いついかなる時もデッキを、なんてよく言うけれど。できればこれからも、デュエルにかかわらずに生きていきたい……そんな願いは絶対に叶わない。わかっていても、幾度考えたことか。

 

 「おやすみー」。「おやすみ」。「おやすみ」。アニマの声を皮切りに、隣の区切りと、反対側の隣の区切りから、仲間たちの声がする。「おやすみ」。と返して布団に包まれば、柔らかな暗闇が夢へと案内してくれる時を待つのみ。

 

 

 

 ――誰かが、傍にいる。仲間じゃない。けど、敵でもない、何者か。けれど直後に、眠りは深く、意識を無意識の底へと落としていった。

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