カンタイル学園。人口減少により荒廃しかけていた結稲町の再開発プロジェクトと共に誘致された巨大な学園は、小中高の教育を行う校舎と、通う生徒たちが寝泊まりする学生寮、広々としたグラウンドや大きな多目的ホールの間には、人工林や花壇といった自然が整備されている…ものの、未だ冬将軍の勢力が強く、木々も花々も耐え忍んでいる。そこから視線を上げれば目に入るのは、今年度から導入された、最新の超大型デュエルホールだった。
白い息をふうと吐き、ふかふかのマフラーの中に首をひっこめる。久しい顔ぶれを眺めながら、結い上げた黒髪が艶めく女子生徒は、鞄を握りながら淑やかに、けれど、顔を曇らせて歩いていた。
冬休み中は年末年始の大掃除のために業者が入り、立ち入り禁止であった校舎へと久しぶりに上がってみれば、まるで入学したときのような、ピカピカの靴箱が生徒たちを出迎えた。
「おはよう」、「おはよう。今日からまた頑張ろうね」。大人と子供の境目に立つ学生たちが、人によってはずっと一緒にいた、人によっては久しぶりに会う人へと声をかけながら、上履きへと履き替えて、階段を上り、各々の教室へと向かっていく。その女子生徒もまた、同じように知り合いにわずかに声を掛けたり、掛けられたり。
色とりどりの髪色が行き交うその中で唯一、黒髪を揺らすその生徒の名を、神座 千寿(かむくら ちとせ)と云う。現在、第2学年で勉学に励む、生徒会の一員である。教室へと向かいながら、今日の予定を頭の中で復唱する。午前中は始業式。そして午後には、第1学年の進級試験の手伝いをする。近年示された教育方針により、カンタイル学園はデュエルの教育を推し進め、それと共に今年度から、進級試験にもデュエルが取り入れられる運びとなった。手伝いに行くとは言え第1学年の試験なので、千寿にはほとんど関係のないこと。けれど。
自分の席にたどり着けば、筆箱や教科書や使う道具を机にしまい、その脇にカバンを掛けた。荷物の整理を終えて席に座り、スマートフォンを取り出して、電話アプリを起動する。そこにあるのは……デュエル嫌いの幼馴染の連絡先。
……今日は、彼の試験の日だ。
「ちーとせっ!」。ポンと肩を叩かれ、千寿が振り返れば、そこには金髪の煌めく快活な友人、音揃 イロハ(おとぞろ イロハ)が笑っていた。「おはよう、イロハ」、「おっはよ」。と、冬休みの間もしていたいつものやり取りを経て、「あれ、もしかして…彼氏、できたの?」なんて聞くものだから、千寿は苦笑いして首を横に振った。「ううん、幼馴染の子。今年…違う、もう去年か。入学してね」、と言えば、「あー、じゃあ今日試験なんだ?」と。
嘘は言っていない。でも、話を深堀されたくもなくて、「そうだよ」とだけ。スマートフォンを鞄にしまった。予鈴が鳴り、学生たちはこぞって多目的ホールへと向かう。これは好機とばかりに席を立ち「ほら、始業式行こう?」と手を引けば、「そだね」、と。
…今のは、そっけない態度だっただろうか。イロハは、気にしていないだろうか。あとになって、自分の行動はどうだったのだろうと考えだせば、キリがない。歩調が落ちる間にイロハに追い抜かされて、そして彼女は振りかえっては、またいくつかの話題をやり取りする。
それにしても。千寿はイロハの胸元や、腰回りをちらっと見た。凹凸のはっきりとしたグラマラスな体型、磨かれて整っているつやつやなネイル、お化粧もその日その日のファッションに合わせていて、まるでモデルさんみたいにおしゃれで、綺麗な子で。
…いいなぁ。
全校生徒の集う多目的ホール。スポーツによって様々な形態をとれるそこには、パイプ椅子がびっしりと並べられ、学生たちが各々好きな場所に座って行くその中から、ふたつ空いているところを見繕い、ふたりで座れば、あと少しで始業式が始まる時間だった。ふぅ、と一息ついて、服の埃がついてないか気になっていると、少し離れた場所で黄色い声が上がった。釣られてそちらを見てみると、あぁ、なるほど。
人だかりができている。『グロウル・スピリッツ』のメンバーたちが、ファンに囲まれていた。新1年生たちが早々に結成した、ヴィジュアル系…インストゥルメンタル…とか何とか。とにかくロックな感じのバンド。血のような赤髪が特徴的な、ギターの聖園トバル。太陽の様に笑顔がまぶしいと噂の、ベースの文巻アニマ。体育会系で筋肉質な、ドラムスの覇染核唯。そして……いつの間にか黒髪の毛先が青色に染まっている、キーボードの海霧朋克――千寿の、幼馴染。
吹奏楽部のイロハが言うには、見た目ばかりではなく相当な技巧派であると。秋の学園祭では吠えるギターと暴れるドラムを、ベースとキーボードが手綱を握って操っているかのようだった……とか。イロハの独特な感想が大衆が感じるものと同じだったのかはわからないが、彼らがその名を学園中に轟かせては、多数のファンを獲得したのは事実だ。…その分、恨みも買ってしまったみたいだけれど。
「あー、いいなぁ。あっち行ってればお話しできたかなぁ」。隣のイロハがつま先で床をちょいちょいと蹴る。「ファン?」と聞けば、「そりゃもう。アタシは音楽を愛する人なら誰のファンにもなるのさ!」なんて笑う。そんな友達のいつも通りの様子に、ついフフフ、と笑みがこぼれる。
…でも、確かに。あっちに行ってれば……お話、できたのかな。