校長の長話に舟をこぐ学生が続出したり、特段の感情もなく素晴らしい校歌を歌い上げたり。そんなこんなで昼時になり、千寿はおにぎりひとつをほおばった後、教師陣の下へと赴いた。進級試験のデュエルで使用するデュエルディスクを、手出される受験票を見ながら、これから受験する子たちに渡して、貸し出し状況を記録し、受験が終わった子たちから回収して、記録し、また渡して……。デュエルディスクは高価なものなので、とにかく、間違いがないように慎重に、けれど素早く繰り返していく。
デュエル試験は、グラウンドやデュエルホールで行われる。1デュエルの制限時間は30分で、教師陣は試験官として駆り出されるため、その間に生徒会が受験の準備をしなくてはならなかった。「生徒会って大変なんだな」とか、「試験に生徒が手伝いってマジ?」とか、「あの先生何考えてんだよ」、なんて声が時折聞こえてくる。「生徒会の一存で成績が決まるかもしれない」、と不安を覚えては広げる人もいる。だからこそ、千寿は与えられた仕事だけを黙々とこなし続けた。
そうして、ようやく最後のひとりに渡す時が来た。時計の針は17時を指しており、ほんのわずかな気の緩みが生じた。目の前に、受験票を持った最後の学生が立った。その姿に、千寿はつい、「あ」、と。
紐で結んだ黒髪が。不安げな顔をした学生が。『グロウル・スピリッツ』のキーボードが。……ずっと話していない幼馴染が、目の前にいる。海霧朋克、彼もまた、目の前に立つ千寿に気づいて、気まずそうに目をそらした。
「っ…。受験番号、151番。……よし。はい、試験用デュエルディスクです。試験会場は、デュエルホールのAコートです」。「…はい」。会話とも呼べないやり取りを経て、彼の、背中を見送る。
“こんなタイミングで、会うなんて。”
朋克は何も言えず、足早に去った。受付の彼女は、確かに、千寿だった。覚えていたよりも綺麗になっていて。でも今は、試験に集中するべき時だ、と言い聞かせる。
デュエルディスクを慣れないながらも腕につけ、腰のデッキケースをかしゃっと開いては、調整と確認を重ねたデッキをセットする。メンバーたちは皆、先に試験を終えている。多分、見に来るだろう。彼女は、千寿は、来るのだろうか。忙しそうだったから、どうだろう。
デュエルホールの重い扉をぐいと押して開き、指定のコートへと到着する。対する教師は……デュエル科目の講師だった。それよりも、目の前に広がる景色は、朋克にとって予想外だった。観衆が、あまりにも多すぎる。見渡す限りの人、人、人。なんでこんなに、と怯むもつかの間。「海霧のデッキ、何デッキなんだろう?」、「今までデュエルしてるところ、誰も見たことないんだって」、「『グロウル』のデュエルなら、見に行くしかないっしょ」、「醜態見せたら晒してやろうぜ」、と。否応なしに聞こえてくる声は、この状況の原因を雄弁に教えてくれた。期待、好奇心、嫉妬、嫌味。あらゆる方向から聞こえてくるそれが、朋克の身に突き刺さっては、その胸の内の渦を大きく、大きくうねらせた。
「おやおや、随分とご観衆が多いようで」。講師はニタニタ笑う。「ですが、試験は試験。手加減は致しませんよ? ところで…デッキはお忘れではありませんね?」。講師の質問に、朋克は左腕のディスクを掲げた。「あります」、と。それを見て、「結構。それでは、試験を開始いたしましょう。試験時間は30分。…ふむ。せっかくワタクシがお相手しますからぁ? 勝敗のみならず、デュエルマナーが問題ないかも採点対象とさせていただきますよ。なにせこれは、あなたのキャリアにかかわる、大切な、大切な試験ですからねぇ?」。
……そんな追加ルール、聞いていない。朋克は反射的に吐きそうになった悪態を急いで飲み込んだ。講師がディスクを展開するのに合わせ、朋克もまた、ディスクを起動する。
[起動シークエンス、開始]
[ディスクコネクト――エンクロージャー『カンタイル』に接続…完了]
[アカウント認証――受験番号151番、海霧朋克。試験官、ソジラ・エティクェッテ]
[サモンルート探索中…]
無機質な声は、デュエル開始までのカウントダウンのよう。観衆のざわめきが、より強まっていく。朋克の内側の言いようのない気持ち悪さも、また強く。
Aコートの中空に小さな小さな空間のねじれが発生し、泡のように消える。それと共に、コートを覆う半透明の幕が現れた。
[エフェクトバリア、展開――完了]
[サモンルート、探索完了]
[起動シークエンス、完了。デュエルスタンバイ]