遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第85話 邂逅Ⅱ

 

「――遠也ッ!!」

 

 勢いよくバイクから落ちた十代は、一緒に落ちたレインをどうにか庇いながら体勢を立て直すと、真っ先に親友の名前を叫んだ。

 しかしそれに応える声はない。それどころか十代の声以外に何の音も存在していなかった。まるで最初から遠也やパラドックスなどいなかったかのように。

 しかし、十代はしっかり覚えていた。パラドックスが操り、自分たちが乗っていたバイクが白い不思議な穴に吸い込まれていくところを。遠也が自分を咄嗟に振り落とし、マナやパラドックスと共にその中へと消えていったことを。

 

 ――まさか、またユベルが……!?

 

 十代の手が強く握られる。その心を占めるのは、後悔だった。

 

 ――また俺は、仲間を……!

 

 自分がもっと機敏に何かしらの反応をできていれば、もっと結果は違ったのではないか。遠也が身を犠牲に自分だけを助けたように、遠也を助けられたのではないか。

 そんなことを考え、そして結局そうは出来なかった自分自身に悔しさがこみ上げる。

 もし、あれがユベルの仕業なのだとしたら、俺は……!

 そう昏い決意が心をよぎったその時、ふとその手に誰かが触れた。

 この場において十代以外に存在している者は一人しかいない。

 

「レイン……」

「……遠也、先輩は……」

 

 レインの目はいつもと変わらなかった。

 

「……今の十代先輩を、望んでいないと、思う……」

 

 その変わらない目で、真っ直ぐに十代を見ていた。

 そしてその言葉に、十代はハッとする。

 自分は今何を考えていたのか。それを改めて思い返し、十代はユベルに対して闇にも似た感情を抱いていたことに愕然となった。

 それは、自分の弱さだった。覇王という経験を得て、それは自分の弱さなのだと知っていたはずだった。他ならぬ遠也によってそう教えられたことだったというのに……自分は何をしているのか。

 まったく成長していないじゃないか。そう思った瞬間、十代は自分が恥ずかしくなった。昏い感情に身を任せては、あの覇王の二の舞になるだけだ。そのことを強く自覚する。

 ぱん、と自分の頬を叩く。横でレインが僅かにびっくりしたように肩を揺らす。

 遠也は無事だ。マナも無事だ。パラドックスだって無事だ。そう信じる。そして俺が今ここにいるのは、ユベルというこの一連の事件を引き起こした存在を倒すためだ。そしてこの悲しみの連鎖に終止符を打つためだ。

 遠也は、それを俺に任せたのだ。俺のことを信じて。なら、それに応えるのが男というものだろう。それに、これは今のユベルという存在を生み出してしまった俺がつけなければいけないケジメなのだ。

 その思いを強く強く意識する。そして十代は顔を上げた。その目にもう迷いはなく、ただ敢然と目の前に聳える塔を見据える。そこに自分が打ち倒すべき敵がいるとばかりに。

 あとはあそこに向かうだけだが、その前に。十代は後ろを振り返った。

 

「ありがとうな、レイン。おかげで目が覚めたぜ」

 

 危うくまた同じ過ちを繰り返すところだった。その過ちを犯す前に自分を止めてくれたことに対して、十代はレインに感謝していた。

 

「……いい。十代先輩は、私の……」

 

 そこで、少しだけレインは恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「……仲間、だから……」

 

 まるで言い慣れない言葉を使ってしまったと言わんばかりの態度だった。そして、その言葉を受けた十代の反応は。

 

「――ははっ」

「……なんで、笑うの……」

 

 むすっとしたレインの言葉に、十代は悪い悪いと謝る。しかしどこかそれがおざなりに見えたのだろう、レインの憮然とした表情は元に戻ることはなかった。

 しかし、それすらも十代にとっては笑い出したくなるような衝動を生み出すものだった。何故なら、あまりにも嬉しかったからである。

 

「そうだな、仲間だもんな。俺には、たくさんの仲間がいるんだ」

「……先輩……?」

 

 この場にいなくても、絶対に切れることはないと確信できる絆で結ばれた仲間がいる。たとえもう会うことは出来なくても、その絆だけは生きている。十代は遠也にも言われたそのことを、改めて実感していた。

 

 そうだ、俺には仲間がいる。なら、何も不安に思うことはない。俺が間違っても、助けてくれる仲間がいる。間違えそうになったら、今みたいに止めてくれる仲間がいる。

 みんな俺を信じてくれているんだ。俺なら大丈夫だと。

 その気持ちに応えること。それが俺に出来ることだ。そう十代は思う。

 

 これは義務じゃない。責任なんて堅苦しいものでもない。そうではなく単純に、みんなの想いに応えたいという俺自身の願いでしかないのだ。

 仲間の想い。皆との絆。それを確かなものだと信じているからこそ、その信じている気持ちに嘘をつかないために今こうして立ち向かっているのだ。

 なぜならユベルの行いはそれを否定するものだからだ。それを認めるわけにはいかない。だから自分はこんなにもユベルに反発しているのだ。そのことを十代は今はっきりと自覚したのだった。

 自覚したなら、あとは行動するだけだった。目の前に聳える塔にて待つユベルに、胸の中に抱くこの気持ちをぶつける。それが今為すべきことだった。

 ユベルを拒絶したいわけじゃない。けれど、今のユベルは間違っている。だから、まずはユベルを倒す。そして沢山話し合えばいい。お互いの気持ちを伝え合えばいい。

 デュエルでならきっとそれが出来る。十代はそう確信して、よし、と自分に気合を入れた。

 

「いくぞ!」

 

 レインと共に、十代は塔に向かって駆け出す。ユベルへの想い、そして仲間への思いを胸に秘めて。

 

 ――ユベルのことは任せとけ、遠也!

 

 そう力強く親友に呼びかけながら、十代は勢いよく地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、端的に言って、今の俺は相当テンパっている。

 その理由はひとえに俺が持つ知識が原因であると言って差し支えない。すなわち、原作知識。遊戯王シリーズにおける第三作、“5D’s”に関する知識を持つがゆえに、俺はいまただ呆然と目の前の男を見つめるしかなかった。

 ゾーン。表記としてはZ-ONEとも書き、それはアルファベットの最後の文字である「Z」と数字の一を意味する「ONE」により、「最後の一人」を表しているのだと言われている。

 では、何の最後の一人なのか。その答えは、パラドックスと同じ境遇の存在であると言えば伝わることだろう。

 つまり、彼もまた破滅の未来からやって来た男ということである。

 ただ違うのは、ゾーンが本当にこの世界における最後の一人であったということだ。ゾーンは未来においてただ一人生き残った人類だったのである。

 その事実が持つ重み、感じた絶望、思い……。それは他者には推し量ることのできないものだ。アニメの中ならいざ知らず、ここは現実だ。俺が知らない生々しい出来事だってたくさんあったはず。

 それを全て乗り越えた上に、この男はいる。そしてその未来を背負ったうえで、過去を変え未来を救おうとしている。

 人類の終末を加速させた忌まわしき存在、シンクロ召喚を滅ぼすことで。

 俺はちらりと隣を見た。そこにはどこか後ろめたそうな顔をしたパラドックスがいる。落ち着いた姿が多いパラドックスのそんな顔を見るのは初めてだった。

 本来、俺の抹殺指令を受けながらもこうして行動を共にしているのだ。ましてゾーンはその命令を出した人物。パラドックスの心境はかなり複雑に違いあるまい。

 だが、それを慮る余裕は今の俺にはなかった。

 目の前にいるゾーンは恐らくその目的のために俺を処分したいはず。それを何とか回避しなければならないのだから。

 知らず渇いていた口の中を潤すため、俺は無理やり唾液を呑みこんだ。

 

「……ああ、はじめまして。皆本遠也だ。えっと……」

『これは失礼。私はゾーン。パラドックスの仲間であり、レイン恵を作り出した存在と言った方が、あなたには理解しやすいでしょうか』

 

 機械越しのマシンボイスが耳朶を打つ。

 確かゾーンはその体の大部分を機械化して生命を維持しているのだったか……。

 

『そしてあなたが、デュエルモンスターズの精霊……』

『あ、はい。マナっていいます』

 

 俺の少し後ろに浮かぶマナが、どこか戸惑いながらも小さく頭を下げる。その素直な反応を横目に見ながら、知らないってのは幸せなことだなと俺は少しマナを羨ましく思った。

 だが、何も知らないマナの姿を見て、少し気持ちが和らいだのを感じる。俺は小さく息を吸って吐き出すと、慎重に口を開いた。

 

「ということは、破滅した未来の……」

『……どうやら、話は聞いているようですね。レイン恵からか、それともパラドックスからかはわかりませんが……』

 

 ゾーンの目が不意にパラドックスへ移る。その目に感情は浮かんでいない。少なくとも、俺が見る限りではだが。

 しかし、パラドックスも俺と同じように感じたようだった。居心地悪そうにゾーンに向き合っていた。

 

『パラドックス……あなたに私は指示を出していたはず。――皆本遠也を歴史から消すように、と』

 

 瞬間、マナが息を呑む音が聞こえた。

 そういえば、マナはパラドックスが俺を殺そうとしていたことは知っていても、その背景については詳しく知らなかった。事情を知っている俺とパラドックスが二人とも話していなかったからだが。

 そのためこれが初耳となるマナは、その指示をパラドックスに与えたのが目の前の男だと知り驚いているようだった。

 

「……もちろん覚えている、友よ。私は確かに君と約束した。その任を果たすと」

『しかし、あなたがやっていることは真逆のこと。皆本遠也を助け、共に行動している。……まさかとは思いますが、我々の目的を忘れたなどとは』

「違うッ!」

 

 パラドックスは、そんな疑問を抱かれること自体が心外と言わんばかりに叫んだ。

 

「それだけは断じてない! 私の理想は今も、君達と共にある! 破滅の未来を救う、その目的を忘れたことなど一度たりとて無い!」

『ではなぜ、あなたはそこにいるのです。まるでシンクロ召喚の発展を助けるかのように』

「ゾーン、私はただ……」

 

 パラドックスはそこで言葉を切ると、俺を見た。その一瞬の行動は、俺にはわからないが何がしかの意味があったのだろう。一つ頷くと、真っ直ぐにゾーンに向き直った。

 

「ただ、希望を見た。それだけだ」

 

 ゾーンは一瞬、驚いたように声を詰まらせた。

 

『希望……ですか。あなたの口からそのような言葉が出てくるとは、驚きました』

「ああ、私も驚いている。だが、事実なのだ。我々の手法では、多くの犠牲が出る。それを私は已む無しとし、それを背負い世界を救う覚悟を持った。だが、この男は違った」

 

 パラドックスの口元に、小さく笑みが乗る。

 

「未来の破滅を知っても、己が殺されそうになっても、この男は諦めなかった。人には可能性がある、そう言って死を間近にしながらも決して希望を捨てなかった。挙句、自分を殺そうとした相手に手を差し伸べるような、馬鹿な男だ」

 

 失礼な。

 

「私たちの未来で、この男は表舞台に現れなかった。それが何故かはわからないが……しかし、この歴史においてこの男は台頭した。そして遠也は確かに人が持つ可能性の一端を私に見せたのだ」

『ほう』

「ゾーン、君の危惧はわかる。事実私も同じ思いでこの男の抹消に頷いたのだ。しかし、あえて言おうゾーン! 待ってくれと! 癪ではあるが……私はこの男の築く未来に賭けてみたくなったのだ……!」

「……パラドックス……」

 

 俺は、今のこの気持ちをなんて言えばいいのかわからなかった。

 まさかパラドックスがここまで俺のことを買ってくれているとは思ってもいなかったのだ。

 あの時のデュエルの後から俺を殺そうとはしなかったことから、ある程度の歩み寄りはしてくれていると思っていた。しかし、ゾーンを前にして、ここまではっきりと言い切るほどに俺のことを認めてくれているとは。

 普段の寡黙な様子からは想像も出来ない事だった。同時に、そう思ってくれていたことが嬉しくもあった。

 俺がパラドックスのことを信じ、仲間だと思っていたように。パラドックスもまた、俺のことを信じてくれている。その事実が何より嬉しかった。

 

『ねぇ、遠也。一体どういうことなの?』

 

 そして、全く今の状況がわかっていないマナが何とも言えない困惑した表情で俺の耳に口を寄せた。

 俺は元の世界での知識があるため二人の話を理解できるが、マナは未来だの破滅だの言われても何のことやらだろう。

 この状況の中で、マナだけが取り残されている。しかし悠長に説明するにはこの場は不釣り合いすぎる。ならばせめてと俺が掻い摘んで事情を話そうとした時、先んじてゾーンの言葉が空間に響いた。

 

『……確かに、彼という存在は我々の歴史で名前が出ることはなかった。この歴史ではシンクロ召喚の発案者とも言われているほどの人物であるというのに。ならばその差異に、あなたが希望を見出す気持ちもわからなくはありません』

「ゾーン……」

『この歴史では、異なる未来を形作るかもしれない。なるほど。その可能性もあるでしょう』

「ゾーン、では――!」

『しかし、彼の手にあるのがシンクロ召喚である以上、訪れる未来は破滅以外にない』

 

 確信を含んだゾーンの声に、勇み声を上げたパラドックスの言葉が途切れた。

 そして、ゾーンはどこか諭すような口調でパラドックスに語りかけた。

 

『わかっているはずです、パラドックス。未来の破滅の原因は、シンクロ召喚と人の欲望でした。肥大した人間の闇とシンクロ召喚が、モーメントという叡智の暴走を招き、未来は滅びたのです』

 

 ゾーンは瞼を閉じ、深い悔恨を滲ませる声で更に続けた。

 

『モーメントは、人の技術の延長線上にある。たとえ過去に戻り修正を加えても、科学と人間の歴史は切っても切り離せないもの。いずれモーメントは必ず生まれてしまうでしょう。人の心の闇もまたしかり。……しかし、シンクロ召喚は違う』

 

 シンクロ召喚はデュエルモンスターズがあるから生まれたもの。そしてデュエルモンスターズは、ペガサス・J・クロフォードがいなければ生まれなかったもの。そして、例えデュエルモンスターズが無くても、世界は歴史を紡いでいく。

 ゾーンはそう語った。

 

『ゆえに、パラドックス。あなたはペガサス・J・クロフォードを殺害するという手段を思い付いたのでしょう。全てはシンクロ召喚を生み出さないためだったはず』

「……その通りだ、ゾーン」

 

 僅かな沈黙を経て、パラドックスはゾーンの言葉に頷いた。確かに初めて会った時、パラドックスは言っていた。未来を変えるためにデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスさんを殺すと。

 すべては未来を変えるため。しかしその行動をとらなくなったのは、パラドックスの言葉を信じれば俺がいるからだという。

 ……俺は、正直に言って自分のことをそんなに大層な奴だとは思っていない。せいぜい少し特殊な事情を抱えたデュエリストというぐらいだ。

 だが、そんな俺にパラドックスは未来を賭けると言った。その決定的な理由とは、やはり……。

 思い当たる節を浮かべながらパラドックスを見れば、パラドックスの金色の瞳と一瞬目が合う。直後、パラドックスは再びゾーンに向き合っていた。

 

「しかし、私は見たのだ。遠也が行ったシンクロ召喚とは異なる召喚方法。そこに未来が変わるきっかけを」

『シンクロ召喚とは異なる召喚方法……?』

 

 訝しげなゾーンの声。まったく予想していなかった言葉を聞かされた、そんな反応だった。

 

「だからゾーン! 私は遠也を殺せという君の指示には従えない! 許してくれ……!」

『……パラドックス』

 

 ゾーンが驚いたように声を出した。パラドックスがここまで頑なに抵抗するのが意外だったのかもしれない。それは志を同じくする者同士と心底信じていたからだろう。

 今でも未来を破滅から救うという目的は同じはずだ。しかし、その方法論で二人には差が生まれてしまった。そのことに、あるいはゾーンも大きなショックを受けているのかもしれなかった。

 そう思ったが、しかし、再び紡がれたゾーンの声にはそんな動揺など微塵もなかった。ただどこか決然とした響きだけがあった。

 

『……わかりました、あなたがそこまで言うのです。しかし、ならば私にも考えがあります』

 

 そこでパラドックスに向き合っていたゾーンが、その身を収める機械ごとこちらに向いた。

 

『皆本遠也』

「……はい」

 

 切り込むように名前を呼ばれ、俺は思わず背筋を正して返事をした。

 

『レイン恵、そしてパラドックスがこれほどまでに固執するあなたの力を私に見せてください』

 

 一瞬、俺は言われた言葉の意味が分からなかった。ゾーンに、俺の力を見せる?

 ということはつまり……。

 

『ただし、もしそれが未来に良い影響をもたらさないと私が判断した時は……』

 

 俺がゾーンとデュエルするということ、か?

 あの遊星すら勝ちを諦めたようなこの男と?

 

『当初の予定通り、あなたのことを歴史から抹消し、指示に背いたパラドックスにも罰を受けてもらうこととなります』

 

 だが、そんなデュエルに対する不安は、最後の言葉を聞いた瞬間に消し飛んだ。

 

「……パラドックスに罰!? なんでそんな!?」

 

 驚いてパラドックスを見やれば、そこには致し方なしとばかりに目を伏せて黙するパラドックスがいた。罰を受けること自体に文句はない、そう言っているようだった。

 

『彼は私の指示に反した。その罰は受けねばなりません』

「けど、二人は同志……仲間なんだろう!?」

『そうです。しかし、今やパラドックスの主張は私と相反する。同じ目的のために行った独断専行も褒められたことではありませんが、真逆の目的とあらば尚のこと罰しないわけにはいかないでしょう』

 

 俺が詰るように言っても、ゾーンの言葉に変わりはなかった。やはりパラドックスに罰を与えるという。

 確かに、仲間とはいえ組織でもある以上、部下の不始末に対処するのも上司の仕事だろう。信賞必罰。おかしなことはない。けれど……。

 

「お前は気にするな」

 

 納得がいかない俺に、件の男から声がかけられた。

 憮然としていると自分でもわかるままに顔を向ければ、パラドックスは真剣な顔で俺を見ていた。

 

「私は私がやりたいようにやっているだけだ。お前が気にすることはない」

 

 パラドックスはもう一度俺に気にするなと言った。

 

「お前はお前のことを気に掛けていろ。ゾーンは容赦しない。負ければ……死ぬぞ」

「っ……」

 

 脅しではない。ゾーンは間違いなくそうするのだという確信が感じられる声だった。

 未来を救うという大義のため、あらゆる手を尽くす。ゾーンはまさにそんな人物だ。 俺が知る限りでもそうだし、パラドックスが知る限りでもきっとそうなのだろう。

 だからこそ、パラドックスは俺に忠告しているのだ。他の事にかまけている場合ではない、と。

 

「……わかった」

 

 俺は頷いた。

 パラドックスの扱いについては納得いかないが、しかし俺自身も今は命の瀬戸際にいるのだ。このデュエルで勝てなければ、俺はきっと死ぬのだから。

 俺は一つ深呼吸をした。これまでにも、命を懸けたデュエルはやってきた。だから、たとえ相手があのゾーンだろうと、大丈夫だ。そう言い聞かせる。

 

「マナ」

『うん』

 

 頼りになる相棒は間断なく俺の声に応えてくれる。その声に勇気づけられる。

 よし、と心の内で自分を叱咤した。

 

「また命がけだ。頼むぜ」

 

 マナははぁと溜め息をこぼした。

 

『こっちは心配で死にそうだよ。まだ遠也が戻ってきて一日も経ってないのに』

 

 じとっとした目を向けられる。俺は気まずくなって遠くを見た。

 すると、マナは諦めたように『ホントにもう』と声を漏らした。

 

『心配ばっかりかける誰かさんに、言いたいことが沢山あります』

 

 俺はそんなマナの物言いに少し首を傾げ、すぐにハッと気づくと苦笑して答えた。

 

「ああ。心して後で聞くよ」

『うん、約束だからね』

 

 マナは俺の答えに満足そうに頷いた。

 要するに、絶対に勝とうと言っていたのだマナは。なにせ、勝たなければ後で話を聞くことなんて出来ないのだから。

 俺はそんなマナの気遣いに感謝しつつ、ゾーンに向き直った。

 心の内にあるのはデュエリストとしての闘志。そして、必ず勝つという意志だった。

 

「ゾーン! 力を見せろって言ったな……なら、デュエルだ!」

 

 デュエルディスクを起動させ、デッキがシャッフルされる。そしてその中から俺は五枚のカードを手札として引いた。

 その一連の流れを見届けてから、ゾーンが後方へと機械の体ごと移動する。そしてその前方に巨大な装置が姿を現す。

 俺にとっては見覚えがあるそれは、ゾーンにとってのデュエルディスクみたいなものだ。

 そしてゾーンの頭上にいくつもの巨大な石板が現れ始める。俺は予想がついていた光景であったが、隣のマナは呆然とそれを見ていた。

 そんな俺たちの前で石板は光を放つと巨大なカードとなって中空を滑るようにゾーンの前に現れたデュエルディスク代わりとなる装置へと吸い込まれていく。

 そうして完成したのは、巨大なカードが収められたゾーン専用のデュエルアイテム。

 更にゾーン本体である機械の両側から巨大な腕が二本出現する。そのマシンアームは大きさからは想像もできない繊細な動きでデッキに手を伸ばすと、そこからカードを五枚引き、その指先に持った。

 俺もかつて画面越しに見たことがある、ゾーンの戦う姿。そのものの姿がいま目の前にあった。

 つまり、デュエルの準備は整ったというわけだ。

 

『あなたの力、見極めさせてもらいましょう』

 

 その一言が合図であった。

 俺が頷きを返した直後、互いの声が重なった。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

皆本遠也 LP:4000

ゾーン LP:4000

 

 

 ゾーンと向かい合いながら、俺は奇妙な気持ちを抱いていた。まさか俺がゾーンとデュエルすることになるとは、夢にも思わなかったからだ。

 シンクロンを使っていることからもわかることだが、俺は5D’sに強く影響を受けている。当然、その中で出てくる様々な人物の姿に俺は一喜一憂したものだった。

 であるから、その中でもラスボスであり、またその特殊な事情を持つゾーンにも大きな関心を持っていた。そう、持っていたのだが……自分がこうしてデュエルをすることになるなんて本当に人生分からないものだ。

 そのことに言葉にはしにくい感慨を抱く。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではないと頭を振った。たとえ相手が遊戯王史上でも屈指の強さと言われたゾーンであっても、勝たねばならないのだ。

 勝たなければ、それこそ俺に未来はない。パラドックスとも約束したのだ。未来を変えると。ならば、負けられない。約束は守るものだ。

 それに、俺にはある推測があった。破滅の未来に至った原因であるシンクロ召喚、モーメント。だが、未来が破滅した原因には、もう一つ原因があるのではないかという推測が。

 それをどうにか出来れば、そして俺を含めた人々がもっと気をつければ、あそこまでひどい未来にはならないのではないか。そんな考えが俺にはある。

 本当にそれは原因たり得るのか。また、原因であるとしてどうにか出来るのか。それはわからないが、しかしやらないよりはマシだろう。

 だから、それを確かめるためにも負けるわけにはいかない。

 ……加えて。

 

『遠也!』

 

 隣で俺と共に戦ってくれている存在を、悲しませるわけにはいかないしな!

 

「俺の先攻! ドロー!」

 

 改めて決意を固めつつ、俺は六枚となった手札を眺める。

 相手はゾーン……となれば、使うカードは当然あのカテゴリになるだろう。

 その強大さを思うと今から既に冷や汗ものだが、しかし俺は俺のカードたちを信じて戦うだけだ。

 

「俺はチューナーモンスター《ライトロード・アサシン ライデン》を召喚!」

 

 光を纏いフィールドに姿を現したのは、浅黒い肌の鍛え上げられた肉体を持つ光の暗殺者。ライトロードの中でも異色の肩書を持つ男だった。

 

 

《ライトロード・アサシン ライデン》 ATK/1700 DEF/1000

 

 

 両手に持った金色の大刃短剣を自然体で構え、その瞳はじっとゾーンのほうを見つめている。

 

「ライデンの効果! メインフェイズに1度、デッキの上から2枚のカードを墓地へ送る! この時ライトロードモンスターがその中に含まれる時、このカードの攻撃力は200ポイントアップするが……今回は含まれていない」

 

 墓地に落ちた二枚は共にライトロードではなかった。

 だが、問題ない。もともと攻撃力アップの効果はオマケのようなものなのだから。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド! ライデンの効果により、エンドフェイズ更に2枚のカードを墓地へ送る」

 

 これでまず俺のターンが終わる。渇いた口の中を潤すように、俺は唾液を呑みこんだ。

 向かい合っているだけでこの威圧感……。向こうは何も行動を起こしていないというのに、落ち着いた佇まいからでも感じられるこのプレッシャーはなんだ。

 これまで戦ってきた相手とは、ワケが違う。俺は知らず粟立った肌を見て、そのことを実感していた。

 

『私のターン、ドロー』

 

 巨大な機械腕がカードを引く。

 相手はゾーン。ならば、恐らくは使って来るカードは俺が知っているあの……。

 

『私は《時械天使》を召喚』

 

 

《時械天使》 ATK/0 DEF/0

 

 

 光と共に現れたのは、天使と言いつつも機械によって構成された異質な存在だった。細く無機質なそいつはただ不気味で、冷たい印象しか感じさせない。

 そのモンスターの登場に、俺はやはりと内心で頷く。

 時械天使が出たということは、確定でいいだろう。ゾーンのデッキは俺が知る通りのもの――【時械神】だ。

 本来、こうして相手のデッキを事前に知っておくというのは大きなメリットだ。なんせ対策が出来るし、出来ないまでもある程度それに合った対応というものが出来る。

 だが、この時械神に関してはそういった利点はない。

 何故か。強すぎるからだ。そんな小細工が問題とならないぐらいに。

 

『時械天使でライトロード・アサシン ライデンに攻撃』

 

 その言葉にはっとすると、時械天使がゆっくりとライデンに向かってきていた。

 ライデンの攻撃力は1700。対する時械天使は0。だから、この攻撃の意味は別にある。

 

『この時、私は手札から罠カード《愚者の裁定》を発動』

『て、手札からトラップ!?』

 

 マナが素っ頓狂な声を上げる。やはり手札から罠というのはそれだけ驚きのことなのだ。

 一応この世界には《トラップ・ブースター》という手札からの罠を可能とするカードもあるが、それとてコストが要求される。こんなふうに前触れなくポンと使われるとは夢にも思わないだろう。

 

『私への戦闘ダメージを0にします』

 

 時械天使がライデンに突っ込んでいくも、ライデンは手に持った短刀で難なくそれを防ぎ、返しの攻撃で時械天使は破壊される。

 確かにゾーンにダメージはいかないが、マナは何がしたかったのか、と困惑気だ。だが、この男がそんな無駄なことをするはずがないのである。

 

『そして戦闘で破壊された時械天使の効果。フィールド上の全モンスターを手札に戻す』

「く……!」

 

 時械天使が存在していた場が光り、やがてその光は俺の場へと一直線に伸びると、ライデンが光に包まれてフィールドから姿を消す。そして、俺の手札に再びライデンが戻ってきた。

 

『更にこの瞬間、手札から罠カード《魔術師の至言》を発動。手札に戻したカードの数×300ポイントのダメージを相手に与える』

「なに!?」

 

 ゾーンが発動した罠カード。それによって、フィールドに残留していたモンスターの光が球体を形作る。そしてその球は弾丸のように俺へと襲い掛かった。

 

「ぐ、ッ!」

 

 

遠也 LP:4000→3700

 

 

 ダメージはわずかに300ポイント。

 さながら、小手調べってところか……!

 

 

『私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです』

 

 我が身を包んだ衝撃に思わず目を瞑り、そこから改めてゾーンを見据えれば、そこには悠然と佇む男の姿がある。

 何の感慨も浮かんでいない。マシンボイスであろうと、それがありありとわかる態度だった。

 しかし、それも当然か。ゾーンにとって俺はイレギュラーではあっても、障害ではない。不確定要素だから消そうとしたのであって、邪魔になるから消そうとしたのではない。

 あくまで自身の計画の確実性を上げるために俺の存在を失くそうとしていたのだ。そこに敵という認識はなく、ゾーンにとっては俺なんてそこまで意識を割くに値する人間でもないのだろう。

 

「………………」

 

 ……なんだろう。なんか、そう考えると腹が立ってきたな。

 俺だって生きているし、自分の考えがある。俺のことを想ってくれている奴もいれば、大切だと言ってくれる仲間もいる。

 俺自身の生を軽んじるということは、そんな皆の俺に対する気持ちを蔑ろにすることに他ならない。

 俺にだって、譲れないものはある。マナや十代、仲間たちがそうだ。

 きっと待っていてくれているはずだ。十代も、皆も。十代だけではなく、俺もまた笑って帰ってきてくれると信じて、願っていてくれるはずだった。

 なら、俺が死ぬということは、そんな皆を悲しませることだ。それを許す気など俺には毛頭なかった。

 そうだ。“もし”が起こったら不安だから死んでほしい、なんて理由で死んでやるわけにはいかない。

 そう思うと、意識が変わった。

 時械神は強い。だが、それがどうした。勝てないかもしれない。知ったことではない。

 勝つのだ。そして、そのために俺は頑張るのだ。

 たとえゾーンが俺が知る限り最強に近いラスボスだろうと、時械神がどれだけ強かろうと、びびっているわけにはいかない。

 どんな時でも、どんな相手でも、全力を尽くす。そして勝つ。

 それが、俺のデュエルだ。

 

「ゾーン!」

『………………』

 

 ゾーンに反応はない。

 いいさ。これは俺が俺のためにする意思表示だ。

 

「俺は死んでやるわけにはいかない! 仲間が、皆が、俺のことを待ってるんだ!」

 

 正直に言おう。たった今まで俺は気圧されていた。

 このゾーンという男が持つ気迫、未来に対する使命感、そして事前知識により。俺は大きなプレッシャーを受けていたのだ。

 だが、そんなことでは全力を出すことなど出来ない。ましてや勝つことなど。だから、俺は一つのことだけを考えるようにする。仲間たちのことを。皆と一緒に笑う結末を。

 そのために。

 

「ゾーン! お前に、勝つ!」

『ほう……』

 

 このデュエルを、俺の力を見極めるためとゾーンは言った。

 だが、そんな考えでは足元をすくわれるぞ。そんな意味を込めて俺が言ったその言葉に。

 

『私の目的は変わらない。あなたの力を見極め、その後に判断を下すのみです』

 

 ゾーンは変わらない返答をする。

 しかし、俺にはそれで充分だった。もとより、俺は俺自身に決意表明をしたかっただけだ。

 だから何も問題はない。

 俺はすぅっと息を吸い込むと、吐き出した。

 

「マナ」

『うん』

「勝つぞ!」

『うん!』

 

 これからゾーンが繰り出すであろう敵は強大だ。だが、それでも俺は勝って、未来を掴んで見せる。

 その意志を込めてマナを見て、そしてパラドックスを見る。頷きもせず、何も言わないパラドックスだったが、その強い眼差しは俺を真っ直ぐに見ていた。

 パラドックスもまた俺の仲間だ。その前で友として恥ずかしくないデュエルを見せなきゃならない。

 

『あなたのターンです』

「ああ! ――俺のターン!」

 

 相手はゾーンだ。俺の全力を尽くしても敵うか知れないほどの相手。

 だから俺は全力以上の力を絞り出してでもこのデュエルに臨む。

 メインデッキ、そしてエクストラデッキ……。俺が信じて、そして俺を信じてくれているカードたち。

 どうか俺に力を貸してくれ。

 そう願い、どこか温かみを帯びたように感じるデッキトップのカードに指を乗せ、俺はその一枚を一気に引き抜いた。

 

 

 

 

 

 




これでストック消化しました。
次のお話はまた先のことになると思います。

年末年始、三が日含めてずっと仕事なのでなかなか時間が……。
またしっかり時間を作って書いていきたいと思います。
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