それは現代の社会に本当に合っているのだろうか?
家事も仕事も一人前にならなきゃいけない。
そんな夫婦像にちょっとだけブレイクタイムを…
人生はRPGである。
しかし、これまで本気でRPGを理論立てて社会制度を考えた為政者はいなかった。所詮はゲーム。子供の遊びだと軽んじていたからだ。
チェスや囲碁を考えて欲しい。
数百年、囲碁については1000年以上も前から存在するこの遊びは、多くの武人に愛されてきた。
何故か?
それぞれ特性のある駒をうまく配置し動かす事で戦略的思考を育てる事が出来るからだ。
それぞれの特性を上手く活かす事。
これはロールプレイグゲームも同じである。
そして、将棋やチェスと違う点はひとつの戦場で止まるのではなく、魔王討伐という大きな目的を成し遂げる為の長い長い旅を追体験出来る点である。
長い旅ーとはまさに人生を比喩する言葉である。
日本政府が発表した新制度―通称「ドラクエ2的家族」は、一人の社会学者が提唱したパーティー理論から始まった。
それは「夫婦は二人」という前提を、一度リセットしてみよう、という発想だった。
夫婦2人で回すのが大変なら、夫婦側の人員を増やせば良い。
ある家族の負担を数字に変えてみて、経済面を10、家事を10としよう。
父親と母親が経済面も家事も負担すると、
父親は経済面5家事5、母親経済面5家事5となる。
人のこなせる負担が10だとすると父親も母親も手一杯となる。
自分の時間を待つ暇なんてない。
これじゃあ子育てしようなんて思える訳がない。
だから、これに1人人員を加える。
例えば両親+子供3人の家庭で考えれば、
1人増えると単純に負担は経済面12、家事12となる。
実際は家賃や光熱費の基本料分等の金銭的コスト等、もっと負担の増加は低いが、便宜上そう考えてみよう。
これを父親A、母親A、父(母)親Bの3人で均等割すると、経済面4家事4となる。
余裕が2も生じるのだ。
この余裕が夫婦を子育てに誘導するのだ。
もちろん、その余裕を仕事に向けても良い。
毎日凝った料理を作るのも良い。
余裕があるから人はチャレンジ出来るのだ!
そのチャレンジは世の中を必ずや明るく照らすだろう。
日本には戸籍という家族単位で物事を捉える世界でも有数の優れた制度がある。
日本は元々パーティー制だったのだ。
今こそその優れた過去をさらに進化させる時である!
そこまで言われて国民は初めて気が付いた。
お父さんもお母さんも、それぞれが育児、家事、仕事をしっかりこなそう!という無茶振りに。
夫婦はチームなのに、2人共が全ての役割をする事の非効率性に。
急速にRPGのパーティー編成を元にしたパーティー理論が夫婦に当てはめられていった。
例えば、盾役、バッファー、火力担当、回復では4人。
物理攻撃、魔法攻撃、バッファー、回復の4人。
こう言った4人パーティーは今まで2人だった夫婦が急に倍の4人になるのは難しいし、男女男女の普通の夫婦が2組制度を悪用するために偽装する可能性がある。
という事で、3人編成を中心に組まれた。
そこで注目されたのが、ドラクエ2である。
物理特化、バランス、魔法特化の3人編成のゲームだ。
これを夫婦に置き換えると、
物理特化のキャラは、フルタイムで働く大黒柱。経済面担当。
バランスタイプは、時短勤務で経済面、全てではないが役割分担で家事面も一部負担する
魔法特化キャラは、いわゆる専業主婦である。家事・育児・地域対応に専念。
という感じになる。
日常的にバランスタイプが補助的な役割を果たして、特化型の負担を減らす。バランスタイプ自身は3人の中で大きな責任を持たなくて済む上、どちらも補助的な水準しか求められないという利点がある。
いざという時も3人だと心強い。
家事専任が病気などで寝込んでも、バランスタイプがいるから、弁当の買い出しや最低限の下着の替えくらいは切らさないで済む。
経済担当が失職しても世帯収入がゼロにならないので、最低限のライフラインの維持は出来、再就職まで焦らずに済む。
人手が1人増えるだけで、生活は大きく改善するのだ。
婚姻届には「配偶者欄」が増え、税制、社会保障、年金もすべてパーティー単位に最適化された。
これは役所側の手間を削減することにもつながった。
「家庭運営をパーティー単位でのチーム戦にする」
パソコンも無い、冷蔵庫も無い、そんな昭和の時代、仕事も家事も今より大変だった頃、男は仕事、女は家庭と役割分担をしていた。その頃の方が効率的で結婚のメリットっていうものが明確だったんじゃないか。
それは、これまで誰も口にしなかったが、誰もが薄々感じていた事だった。
しかし、今の時代、性別で役割を分けるのはナンセンスである。
そこに当人の嗜好や能力に即した役割を与えて、専念させる。
性別によらない能力による多様化。
効率至上主義の若者達に特に受け入れられた。
この法改正を受けて、真っ先に動いたのは若者だった。
政府が思っていた以上に3人制を選ぶ夫婦が増加する。
吉村正雄もその1人だ。
正雄は経済面担当となった。
朝六時に家を出て、帰るのは二十二時。
だが、以前のような罪悪感はない。
家の事は2人の妻が分担して遂行しているからだ。
子供の連絡帳も、保育園の保護者会も、すべて家事担当の幸恵が回している。
もう1人の妻、美知子はバランス枠で、9時から14時までの時短勤務で、午後3時には家にいる。
正雄には3人の子供がいる。
幸恵との子供が2人と美知子との子供が1人だ。
リビングは、いつも賑やかだ。
生まれた頃から一緒にいる為、母違いと言っても当人達は特に分け隔てはしていない。むしろ女の子同士という事で、母違いの姉妹の方が同じは幸恵の長男より仲が良かったりする。
夫婦間に争いが起きないわけじゃない。
だが、役割が明確な分、お互いがいなければ生活が成り立たないのは自覚しているので、最後には互いが譲歩をする。そういう所は夫婦というよりチームという意識の賜物だと思う。
それに仕事に専念出来ることで、余裕も生まれた。
会社においても経済面を担当していると主力として一目置かれるから、多少の融通が効く様になった。
家族との旅行や子供達の幼稚園や学校行事があればそれを優先させた。
そんな家族がどんどん増えてくる。
少子化率は、確かに改善した。
そして、制度開始から十年後。
政府は気づき始めていた。
経済は回り、出生率も戻った。
ついでに離婚率も、大幅に低下なした。
理由は単純だった。
「嫌いになった」
「すれ違った」
「価値観が違う」
そういう理由でパーティーを解散する人間は、RPGにはいない。
むしろ、そういう時こそパーティーが生きるのだ。
感情という不確かなものが、パーティー理論により、自らの役割への使命感としてレベルアップしたのだ。
人々はこう言い始めた。
「合わなくなったら、それぞれの役割分担が間違っているのでは?」
「世帯収入が低いならバランス役の家事負担を下げてあげれば良い」
「今は子供の為に全員家事面強化!」
愛情は感情ではなく、戦略となった。
そして、ある哲学者が言った。
「この制度の最大の成果は、少子化改善ではない。人はようやく理解したのだ。人生とは、恋愛シミュレーションではなく、パーティー制RPGだったのだと」
その論文の最後の一文が、ひそかに話題になった。
「問題は、三人制にしたことではない。
本当の問題は、今まで二人でラスボスに挑んでいたことだ。」
そこで人々は気が付いた。
ラスボスの名前は、
『全部一人で出来る様になれという社会』だったのだと。
そしてそれは、
3人制夫婦の導入により、討伐の糸口が見えてきた。
しかし、…
パーティー理論が人々の中に浸透し出した時、問題が起こった。
ドラクエ3的夫婦の誕生である。
ドラクエ3は4人パーティーである。
でもそこはまだ良い。
3人制導入の際にも人数の拡大はすでに予見されていたのだから。
問題はそこじゃない。
問題は4人目が経済面も家事面にも貢献しない事例が増えてきたのだ。
人々はその役に立たない4人目を「遊び人」と呼んだ。