第1話 初邂逅
「は、初めまして!祖月輪ショウカといいます!」
連邦生徒会首席行政官執務室、ショウカは七神リン首席行政官に呼ばれ、新しく赴任して来た先生に挨拶をしていた。
「"よろしくね。ショウカ"」
先生の差し出した手にショウカは両手で握り返す。
ショウカが連邦生徒会に所属して数ヶ月。
連邦生徒会長の行方不明から始まった一連の混乱は終息する気配を見せず、事態は悪化の一途を辿っていた。
学園連合との政争、防衛室の室長交代、レッドウィンター連邦学園の南下、エデン条約の破棄騒動、サンクトゥムタワーの機能停止、キヴォトス全土の治安悪化、連邦生徒会内の派閥政争の激化。
それらの問題を一挙に解決すべく、リン首席行政官は、連邦生徒会長が考案していた連邦捜査部S.C.H.A.L.E(以下シャーレ)の設置を決定した。
そして、ショウカの目の前に立つ『先生』がシャーレの顧問としてやって来たのだった。
「"ショウカはシャーレの補佐官なんだよね?"」
「はい。ショウカさんともう一人…ここにはまだ来ていませんが、メリンさんがシャーレ専属の補佐官として先生をサポートします」
先生の質問にリンは丁寧に答えてゆく。
『連邦捜査部付特別補佐官』それが、ショウカとメリンにつけられた役職だ。
この他に『連邦生徒会所属連邦捜査部関連特別補佐官』があるが、こちらはあくまでも連邦生徒会に所属し、連邦生徒会の権限の中で行動するのに対してショウカとメリンはシャーレの権限を利用した行動が可能だった。
「兎に角、シャーレビルに向かいましょう。先生にお渡ししたいものがそこにありますから」
リン、ショウカ、先生の三人はエレベータに乗り込み移動する。
エレベータの一面はガラス張りとなっているため、D.U.区の広い範囲を見ることが出来る。
空に向かって聳えるビル群は太陽の光を受けて輝き、地上を走る車両は規律正しく流れてゆく。
一見すれば、問題など起こっていないように見える情景だが、リンもショウカもこの光景が何度も失われる瞬間を目の当たりにしていた。
エレベータが到着した階は訪問客をもてなすための空間となっていたが、今や厄介者を詰め込んでおくための空間となっている。
ありとあらゆる不満を内包した多種多様な学園生徒が、腹の底に溜め込んだ不安と不満の混合物を一挙に吐き出すため、文句と暴言の蔓延した世紀末の様な惨状が広がるのは必然であった。
「話にならない!会長を呼んで!」
「あなた、本当に何も知らないの!?」
レセプション・ルームの一角では杖をついた体躯の小柄な連邦生徒会の制服を着た人物が、詰問されていた。
「ちょっと、あなた達!いくら焦っているからって、その子に詰め寄ることはないでしょ!」
様子を見かねてか、ミレニアムサイエンススクールの制服を着た生徒が庇うように間に入った。
詰め寄っていた生徒達は舌打ちをしながら引き下がる。
「申し訳ありません。助かりました」
「いいのよ。あなたが悪くない事ぐらいわかってるから」
ミレニアムサイエンススクール、セミナー会計の早瀬ユウカは優しい口調で答えた。
だが、そんなユウカも入室したリンを見つけると表情は一気に硬くなった。
「代行!待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」
半ば勢いそのままに言葉を発したユウカ。
リンに同行している先生とショウカを見つけ、驚いたように「隣の方は?」と呟くものの、その声は後続のトリニティ総合学園正義実現委員会副委員長の羽川ハスミ、同学園自警団所属の守月スズミ、ゲヘナ学園風紀委員会所属の火宮チナツによって掻き消された。
三名の要求はユウカと同じく、現状の説明と質問であった。
「あぁ…面倒な方々に捕まってしまいましたね」
「首席行政官、その言い方では皆さんに誤解を与えてしまいます」
リンの疲れ切った表情から吐き出された感情の吐露を咎めたのは、先程ユウカが助けた小柄の人物だった。
「?…メリンさん、何故ここに?」
リンは目を見開いてその人物を見ていた。メリンと呼ばれた人物は、先生に向き直り挨拶する。
「先生、初めまして。祖月輪さんと同じく補佐官としてお支え致します。メリンとお呼びください」
身長にして120cm程度の非常に小柄なメリンは、自身の目線に合わせてるためしゃがんだ先生に丁寧な動作で言う。
「"よろしくね、メリン"」
「ええ。よろしくお願い致します」
右手に杖を持つメリンに配慮して、先生は左手を差し出し、メリンも素直に左手を握る。
そんなやり取りをしている最中にも、リンと他校生徒の熾烈を極める攻防が続いていた。
「こんな状況で、連邦生徒会長は何をしているの!?どうして何週間も姿を見せないの!?」
ユウカの言葉に、リンはため息を小さく吐きつつも意を決したように、しかし言葉を選びつつ告げた。
「連邦生徒会長は…席におりません。そして、我々もその所在を知りません…」
その言葉の意味を理解したのだろう、リンを問い詰めていた面々は驚愕の表情を浮かべていた。
一瞬生まれた沈黙の時間をリンは逃さず続けた。
「現在の…各所で発生している事象に、連邦生徒会が対処出来ないのは、『サンクトゥムタワー』の管理者たる連邦生徒会長が不在のためです」
「えっと…つまり?」
「連邦生徒会に行政権が無い、もしくは失われた。と言う事です」
ショウカの小さな問いにメリンは答えた。それと同時にショウカは驚愕した。
サンクトゥムタワーの機能停止はショウカも知ってはいたが、サンクトゥムタワーそのものがキヴォトスに与えている影響を把握していなかったためである。
「ですが、その対処策がたった今生まれました。そうですよね、首席行政官?」
メリンの言葉にリンは頷く。
「この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
「"私が?"」
(先生が?)
リンとメリン以外の面々は頭上に『?』を浮かべていた。
先生本人は、リンからシャーレと補佐官の事しかまだ知らされておらず、ショウカもシャーレ関連以外は門外であった。
ユウカ、ハスミ、スズミ、チナツの四名はさらに理解し難い事だっただろう。
むしろ、『はず』と言う可能性に賭けるリンと何故か事情を知っていそうなメリンの方がおかしく見えた。
「私から説明しますと───」
直ぐに暴言を吐きそうなリンに変わってメリンから先生がキヴォトスの外からきた連邦生徒会長に指名された人物である事。
その先生は、連邦生徒会長が用意した新たな部活、連邦捜査部シャーレの顧問を務める事が告げられた。
「シャーレの部室はここから30km離れたD.U.区外縁にあります」
「とあるものと共に」と呟くリンの声は通信音によって遮られた。
「失礼…。首席行政官、どうやら簡単には行けないようです」
メリンはメッセージを確認して告げる。同時に、交通室のモモカから矯正局を脱出した生徒が騒ぎを起こしている旨の報告が届いた。
報告を受けたリンの表情は誰が見てもわかる程には不機嫌な色に染まっていた。
先生に心配されるリンだったが、少し沈黙したのちユウカ達に視線を向けた。
流石に、怒気を孕みつつある不機嫌色のリンに見つめられてはユウカ達も無視できず、多少の文句はありつつもシャーレ部室付近へ向かった。
シャーレ部室周辺は既に至る所に炎と黒煙が発生し、不良生徒達が見境なく爆発物や銃火器を使用する場所となっていた。
「先生、避けてください!」
いくつかの流れ弾が飛んでくる。ショウカ達は避けることができたが左足が不自由なメリンは避けきれずまともに直撃してしまう。
様子を見たハスミが、すかさず自身の羽を開いてメリンを庇いつつ伏せさせた。
「ありがとうございます。羽川さん」
「いえ。お気になさず…それよりも大丈夫ですか?」
「問題ありません。ですが、命中時の威力から推測するに、威力を高めたホローポイント弾の様です。我々は兎も角、先生には当てたくないものです」
「先生を守ることが第一、ですね」
メリンの言葉にハスミは頷き最優先目標を確認した。
キヴォトスの住人であればホローポイント弾など耐えるに容易いものであるが、先生はそうでは無い。
シャーレ部室を奪還するのは主目的だが、それも先生がいればこそ意味を持つものであり、先生を失えば元も子もなくなってしまう。
ハスミとメリンのやり取りを聞いていたショウカ達も頷き、ひとまず先生を安全な遮蔽物へ待避させる。
「早瀬さん、守月さんは前線形成。火宮さん、祖月輪さんが近接支援。羽川さんは遠距離支援。私はこの足ですから先生の護衛でいかがでしょうか」
「そうするしかなさそうね…」
「分かりました」
メリンの提案に各自少し考えたのち、肯定する。そんなやり取りの中、先生が告げた。
「"皆んな、今から私の指示に従って"」
「では、お願いします」
真っ先に反応したメリンは、自身のスマホの通話アプリと地図アプリを起動して現在地と各員の武器種を告げる。
「先生が戦術指揮を?」
そんな声が出るが、状況が状況のためユウカ達は即座に切り替えて先生の指示を待つ。
「方位二時、数四、距離中。方位十二時、数五、距離遠」
「ユウカ、十二時方向の生徒の注意を引いて!スズミは二時方向フラッシュバン!混乱したところをショウカ、チナツで切り崩して!ハスミ、距離を詰めてくる生徒優先で狙撃して!」
戦いは順調に進んだ。メリンが先生を守りつつ敵戦力の位置を告げ、先生が即座に判断し指示を出し、その指示を元に各生徒が動く。この基本形を維持し、一つ一つに対処していけば、周囲にいた不良生徒達は瞬く間に制圧されてゆく。
(戦いやすい)
不良生徒達を制圧した面々が感じたものは、先生の指揮の確実さだった。
「これが、先生の力…」
「所属も手法も異なるものを破綻させずに繋ぐ。模倣できるものではありませんね」
「本当に…」
ショウカはメリンの言葉を肯定する。
合同訓練などした事もない混成部隊が不良生徒達を圧倒していると言う事実。
シャーレ部室の奪還など容易いのではないかと思い始めていたショウカであったが、ある事を思い出した。
「そういえば、戦車が出てきてない気が」
「ええ、私も懸念しています。いくら不良生徒達を制圧できても巡航戦車を無力化出来なければ意味がありません。それに───」
メリンの声は通信音によって遮られた。
それはリンからのもので、この騒ぎの首謀者が狐坂ワカモである事と不良生徒達がシャーレの部室ビル周辺に集まりつつあると言う知らせだった。
「先生、一度態勢を立て直しましょう。時間的猶予はさほどありませんが、かと言って立て続けに戦闘しては体力が持ちません」
「"うん…メリン、次の作戦について相談しても良いかな?"」
「全員で共有しましょう」
「巡航戦車を確認。付近にワカモの姿もあります」
「"分かった。ありがとう、ショウカ"」
「祖月輪さん、巡航戦車の型式はわかりますか?」
「ちょっ…ちょっと待ってください」
先行して偵察をしているショウカはメリンの無茶振りに答えるべくアプリから類似戦車を探す。
「多分、『クルセイダー』です」
「分かりました…先生、作戦通りに行きます」
「"うん。皆んな、頼んだよ"」
先生が戦術指揮のためにメリンのスマホで通話している故の問題だが、ショウカは内心「羨ましい」と思いながらも遮蔽物に隠れて合図を待った。
「5、4、3、2、1、今」
平坦な声音で行われたカウントダウンの「今」と共に、巡航戦車の周囲にいくつかの水柱の様なものが轟音とそれに相応しい衝撃と共にそそり立った。
(なにこれ!?)
ショウカは目の前の情景をただただ唖然として見ることしかできなかった。
直前の計画で、「時間をかければ、周辺被害はより大きなものとなります。また、戦力的にもここは奇襲攻撃と短期決戦でいきましょう」と進言したメリンは、同時に奇襲のための一撃を提供すると言い放った。
どの様にして攻撃するかメリンは明言しなかったが、こんなものを説明されても誰一人として理解出来なかっただろう。
「今の攻撃で、六割方の不良生徒は吹き飛びました。残りはお願いします」
「ショウカ、フラッシュバンをお願い!」
「了解です!」
スズミからいくつかのフラッシュバンを受け取っていたショウカは、スズミのものと合わせつつカバーしきれない地点に投げ込む。
想定外の方向から、フラッシュバンの閃光と轟音をまともにくらった不良生徒達は動きを止め、その間にユウカとスズミの射撃を受ける。
クルセイダーは先程の奇襲攻撃の混乱から回復しきっていないらしく、車載機銃を乱射しながらもその場に停止したままだ。
(勝てる───)
「あなたですか」
ショウカはその声を聞いて顔を咄嗟に上げる。
そこには、やや不気味な狐の面と狙い過たずに向けられる銃口があった。
「!?」
ショウカは咄嗟に飛び退き、フラッシュバンのピンを抜いて真上に投げる。
凄まじい閃光と轟音を感じながら、ベレッタM9A1を持ち体勢を立て直す。
視界が明瞭になるにつれて既にこちらに突撃しつつあるワカモの姿を確認する。
「チッ…化け物が」
ワカモに向けてベレッタM9A1を撃つも左右に横跳びしながら回避される。
数度射撃するが、ワカモを止めるには至らない。むしろ、ワカモは接近する速度をさらに高める。ベレッタM9A1の弾倉が空になるも、最早弾倉を変える余裕もない。
「───ッ!?」
ショウカは言葉にすらならない声を自身の口から発する。
ワカモは銃を下から上へ振り抜き、ショウカを制圧しようとするがショウカもベレッタM9A1を囮にして自身への直撃を避ける。しかし、ベレッタM9A1は天高く吹き飛ばされ、間を置かず放たれる第二撃によって後ろへ吹き飛ばされる。
崩壊した建造物の瓦礫に背中から突っ込み、その痛みにショウカは悶えるが、一瞬の出来事にすぎない。
既にワカモは数発撃ち、確実にショウカに命中させる。
「しぶといですね」
一段と大きな爆発音が響く中、ショウカはワカモがそう呟くのをはっきりと聞き取った。
(調子に乗りすぎた…)
意識が遠のき始める中、最後の意地で目を開け続けるショウカには再度突撃を開始したワカモが見えた。
再び轟音と衝撃が響き、誰かが何かを叫んだ様だが、その時にはショウカは何が起こっているのか情報を処理出来ない状態になっていた。
誰が主人公が分かりにくくなってしまったのですが、祖月輪ショウカが本作の主人公です。
投稿時期に関しては、おそらくかなり不定期になってしまうと思いますので、ご容赦ください。
また、私自身初めてハーメルンを使用していますので御指摘等よろしくお願い致します。