掌上世界   作:ツバメボール

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第10話 動き出す影

先生、ショウカ、タカオの三人が指定場所に着いた時、既にホシノ以下アビドス組とヒフミ、タカオの指示により各グループの案内役をしていた生徒が集結していた。

面々の表情は堅い。特に、セリカなどは怒りを滲ませ、両手で拳を作っている。

いつもなら柔らかな表情を浮かべているホシノですら眉を僅かに歪ませていた。

「どうした?何があった」

「じ、実は…」

タカオの質問に、ヒフミは一瞬顔を輝かせ説明した。

この先にある銀行に現金輸送車が到着する瞬間に鉢合わせ、中からアビドス高校へ利息の回収に来ているロボットが出て来た事。

直接渡した際に見えたアタッシュケースの個数が受け渡した数と同じであり、デザインも瓜二つであった事。

今にも飛び出しそうなアビドスの面々を必死に抑えるタカオの部下達に変わって、ヒフミは過不足なくそれらの情報を三人に伝えたのだった。

「なるほど…だが、その現金輸送車がアビドスに来たものと確実に同一とは言えないだろう?アタッシュケースだけでは証拠としては弱いな」

「いえ、それがあの方達も確認して同一の車両であると判断した様で…」

顎を触りながらタカオは疑問を呟いたが、意外にもヒフミは疑問を解決する答えを持っていた。

「どうやってそれを確認したんだ?」

「もしかしたら、今朝の補給時に…」

現金輸送車を見たデウス・エクス・マキナ工業高校生徒達から人伝で広まったのだろう。

ショウカが推測をタカオに伝えた時、忘れていたかあるいは失念していたのか僅かに目を見開きタカオは「あぁ」と呟いて思い出した様だった。

「何とか抑えないと、今すぐにでも戦争が始まりそうだな」

頭を掻きながら先生に視線を向けるタカオ。

視線を向けられた先生は少し驚きつつもタカオの意図を理解して頷き、ヒフミと共にホシノ達の方へ向かった。

「…こうなるんだったら防衛委員会にも声をかけるべきだったか?」

近くに人がいない事を確認してため息混じりに呟いたタカオは、次に起こるであろう事態を想像して、再びため息を出すのだった。

 

「まあ、こうなるか」

「ほ…本当にやるんですか?」

「やるしか無いですね…」

呆れを圧倒的な余裕を持って貫通してしまい首を横に振るタカオ、紙袋に穴を開けて『5』の数字を書いた即席覆面を被って怯えているヒフミ、止めるべきと分かっているが光景に圧倒されて何も言えないショウカ、タブレットを取り出して粛々と戦闘準備を進めつつも心配顔の先生。

四人の前には、色とりどりな覆面を被った不審者が同じく四人立っていた。

「ん、持って来ておいて正解だった」

「持って来たからこうなったと私は思うのだが」

自信満々、堂々と言い放つシロコにタカオは即座に返答した。

タカオは笑顔とも怒り顔とも言えない絶妙な表情で自身の表情筋を苦しめつつ、頭では護衛を優先するか、事情を優先するかのせめぎ合いが行われていた。

「金が運び込まれたと言っても、最低限の情報しかない可能性もあるのに襲撃を即断するのは時期尚早ではないのか?」

「ん、だったら情報のある場所へ行けばいい」

「平和的な手段で、だ」

「負傷者が出なければ平和」

「アホか…首根っこ掴まれてるカイザーにバレたら今度こそアビドスは───」

冷や汗が首筋を伝う感触を珍しく感じながらタカオは説得を試みる。

キヴォトスの巨大な底無し沼に潜って作業する事に慣れてしまったタカオにとって、アビドス生徒の様な底無し沼を知らない生活をしている生徒は可能な限り近づけたくないと言う個人的な考えもあった。

だが、少なくない量のアビドスの返済資金がブラックマーケットに流れている事も役職上無視は出来なかった。

タカオが、デウス・エクス・マキナ工業高校の現場責任者として決断を下したのは、シロコとの言葉の攻防を20分程続けた後の事だった。

「分かった…襲撃を我々はあくまでも見逃す。覆面を被った連中とは会っていないし、アビドス生徒と残念ながら成果なくブラックマーケットから出た、と」

「よろしいのですか?」

「これ以上、言った所で彼女達は折れないだろう…今回は我々の負けだ」

部下の確認にタカオは項垂れて首を横に小刻みに数回振った。

キヴォトス有数の巨大企業カイザー・コーポレーション。

その子会社とも言えるカイザーローンに手を出す事は必然的にカイザーグループを敵にまわす事になる。

タカオの決断は、本人の葛藤や思慮に伴う精神的な摩耗を無視してしまえば、現状理想的な答えだった。

「ただし、我々の『アビドス生徒護衛』と言う目的は最低限果たさせてほしい」

タカオの言葉にシロコは目を僅かに見開いた。

「具体的には…と言っても先と変わらずマーケットガードの揺動だ。この周辺は特に数が多い。引き剥がす事に損はないだろう?」

タカオはやや微笑して、一同の顔を見渡した。

「ただし、釣り上げるために多少の時間が必要だ。それに、銀行襲撃の報告が届けば即座に引き返すだろう。ブラックマーケットの外までエスコート出来ないのは許してほいが、短時間で証拠を確保して逃げてくれ」

「"タカオ達も気をつけて"」

先生の言葉に、タカオは驚いた様な表情を一瞬見せた。

初めて会った時から、怖そうな雰囲気を感じていたショウカでさえ、その表情は意外なものだった。

「心配せずとも…これでも、ここの常識は悪用できる程度には理解している。それよりも、私はそっちが心配なのだが」

やる気過剰で暴走しかねない覆面四人組と困惑の色を強める紙袋一人を目線で指して、タカオは懸念点を言った。

先生の護衛にタカオ側が生徒を割けない以上、ショウカは必然的に護衛役となり突入組に参加出来ない。

メリンから状況把握能力を鍛えられているショウカであれば、銀行内での行動についてそこまで不安を感じないタカオだったが、それが欠けるとこによる影響を捨てきれなかった。

「じゃあ、ヒフミにリーダーをやってもらう」

「はいぃぃ!?」

あまりにも唐突なシロコの発言にヒフミは頓狂な声を上げた。

「ヒフミはブラックマーケットに詳しい。それに、トリニティの生徒だから慎重な判断ができるはず」

「確かに…」

「タカオさん!?」

タカオは何処かで納得できる落とし所を見つけたのか、小さく呟いた。

「マーケットガードやその他諸々から逃げきる慎重さ、ブラックマーケットに何度も来る豪胆さ…適任かもしれないな」

これまでのヒフミの要素を整理しながらタカオは思案を巡らせた。

「…情報部なら揉み消せるか」

最後にタカオが呟いた言葉は、誰の耳に届くことはなかった。

 

「連邦生徒会と連邦捜査部では、認識に差がある様ですね」

デウス・エクス・マキナ工業高校第一校舎の会議室では、目下の関心事となっているシャーレについて議論していた。

「認識の差って言うのは、カイザーあたりのことかな?」

統括運用委員会の委員長海風テンリュウは、同委員会商務部部長羽風アヅマに発言の意図を確認した。

「おっしゃる通りです。正確には、顧問と連邦生徒会の一派閥の様ですが」

アヅマの言葉にテンリュウは口角を僅かばかり吊り上げ、続きを促した。

「改めて申し上げますと、カイザーコーポレーションは連邦生徒会の一派閥と繋がりがあり、アビドスでの目的を達成するために現防衛室長らを使って支援要請の黙殺や実態把握の遅延を行って来ました。しかし、新設のシャーレがアビドスに介入したことで、状況が一変したのです」

アヅマが一度言葉を区切った際、出席している各員の反応は様々だった。

情報を知っている者は頷き、ある程度知っている者は事態の変化に戸惑い、専門外と認識していた者は疑問の表情を浮かべていた。

「連邦捜査部は、あくまでも連邦生徒会の下部組織と聞いております。まさか、とは思いますが、シャーレが連邦生徒会とカイザーの関係を認知していない可能性があるのでしょうか?」

医療部部長の文月ナカが、率直に感じた疑問を述べる。

演劇経験のあるナカの言葉は随所に声の強弱が明確に現れるため、何処が重要なのかが受け手側に不足なく伝わる。

ナカが率いる医療部は、役割上政治的な判断を求められる場面が多い。そのため、各組織の内情把握に努めてる事情も含め、彼女は専門外と認識しつつも理解する努力を怠っていなかった。

「可能性ではなく確実です。間違いなくシャーレは理解していません」

ナカの言葉をアヅマは強く否定した。

不確定要素の塊を相手にしなければならない商務部の言葉と思えないほどにアヅマの声は自信に満ちていた。

「元より、旧アビドス自治区は連邦生徒会の負債処理の供物でした。付与できる価値を有し、尚且つ我々と渡り合える可能性のあるカイザーコーポレーションと廃校同然の何も持たない弱小校では、どちらを取るかは明らかです。連邦生徒会は前者の肩を持ち、対してシャーレは後者の肩を持った。どちらが理性的かは、明らかです」

「アヅマちゃんは、シャーレは危険って言いたいのかな?」

テンリュウの威圧を含む言葉に、アヅマは圧倒され口を閉ざした。

「別に、シャーレと関わるつもりはないよ。局所では、融通してもらうけどね。だけど、こっちに利がない限りはデウス・エクス・マキナ工業高校として付き合う事は───」

「失礼します!ブラックマーケット派遣のタカオ課長から緊急連絡です!」

 

「トリニティの生徒が、ブラックマーケットに?」

「うん。デウス・エクス・マキナ工業高校の情報部から十分くらい前に接触を受けた」

「善意か悪意か…大方、後者だろうけど…」

トリニティ総合学園、情報部棟。その部長室で河森クニミは大河原ウミから報告を受けていた。

「誰か、までは把握出来てる?」

「二年生の阿字谷ヒフミ。今日、学園に来ていない生徒で、自治区外に行った痕跡があったのは彼女しかいない」

ウミは情報を受け取り次第、トリニティ自治区内外の生徒移動記録を調べ上げ、僅かな時間のうちに誰かを把握していた。

「ホストの子飼いかぁ…また、厄介な」

トリニティ総合学園の運営に関わる組織の幹部以上であれば、ティーパーティ・ホスト代理の桐藤ナギサがヒフミを寵愛しているのは知っている。

だが、時折見せるヒフミの問題行動はクニミをして「ツナが生えて来なかったゲヘナ生徒」と言わしめるものだった。

「で、他に何か言われた?ブラックマーケットなら代金支払いの余地はあるよ」

クニミは、椅子に背を預けウミを見上げた。

デウス・エクス・マキナ工業高校は、現在のトリニティ総合学園にとって「敵よりの中立」の関係になる。

元々、財政面においてカイザーコーポレーションの圧力が著しい状況にあったため、対抗措置兼対処療法としてデウス・エクス・マキナ工業高校のトリニティ進出を認めた過去がある。

現在進められているエデン条約関連に介入されるのは極力割けたいトリニティ総合学園だが、カイザー関連の話題であれば積極的にこれを支援していた。

「いや、『今回の事は、そちらの判断にお任せする』とだけ」

ウミの伝言にクニミは目を見開き、次いで視線を鋭くさせ眉を寄せた。

しばらくしたのち、クニミは僅かに微笑んだ。

「そう言う事なら…ありがたい」

「あと、風紀委員会に部隊移動の予兆がある。相当大規模な」

「委員長は?」

反射的に質問したクニミにウミは首を横に振った。

「いや、今のゲヘナ自治区の様子を考えると動けないはず」

ゲヘナ学園風紀委員会は、トリニティ総合学園正義実現委員会と同じ治安維持組織であるが、その実態は異なる点が多い。

正義実現委員会は、主だってティーパーティの下にある治安組織であり、高度に政治的な判断を有する場合は行動が極度に制限される。

一方で風紀委員会は、書類上万魔殿の下にあるが実態はほぼ同格であり、ゲヘナ自治区の治安の悪さも相まって独断専行が茶飯事となっている。

その様な状況下でも風紀委員会は他学園から非難されていない。その理由は、委員長の空崎ヒナが都度適切な判断を下せるだけの能力を持っているためである。

「風紀委員会は、空崎ヒナがいて初めて成り立つ」

と言った冗談が、冗談として処理されないの程に、ヒナの能力と風紀委員会の歪な形があった。

「今、風紀委員会が動くとなると十中八九、我々が目的じゃ無い。これを前提とすると、彼女達は………シャーレか…」

クニミは、引き出しからシャーレビル奪還時の報告書を取り出した。

「でも、シャーレに関する情報はゲヘナ側…風紀委員会になんら妨害なく届いてるはず。それに、ヒナ委員長はそんな判断をすると思えない」

「おそらくそれが、ヒナ委員長が動いていない理由。確かに、大規模に動かすくらいならヒナ委員長一人で事足りる。だけど、それをしないのは、当のヒナ委員長が賛同していないからだろうね。シャーレを確保する策に」

「面白くなって来た」と腹の奥底で吐きつつ、クニミは次の手を思案する。

既にエデン条約は、トリニティ主体の状況にありゲヘナ側の影響力は小さい。

ゲヘナ学園議長の羽沼マコトが、トリニティ自治区内の場所で調印式を提案した事が何よりの証拠である。

だが、ゲヘナ学園にもトリニティ総合学園にも互いを嫌悪する風潮は色濃く残っており、自治区内での暴動や反対派によるテロが後を絶たない。

今回、風紀委員会がシャーレの確保を焦った理由もそうした情勢下における感情の激発と思われた。

「ウミ、素直に答えて欲しい。予想される風紀委員会の攻撃に、シャーレとアビドスは耐えられるかな?」

「五分五分。シャーレ補佐官のメリン、ヒナ委員長、万魔殿のマコモが戦線参加するかしないかで変わってくる」

クニミの問いにウミは回答を既に用意していたらしく、間を置かず答えた。

シャーレ補佐官のメリンと万魔殿の治安維持隊の小林マコモは、共に元SRT特殊学園所属の生徒である。

肩書きは前者が研究官、後者が指導官と差異はあるが、両者とも小隊単位の戦闘力を単独で有している。

特に、マコモはヒナと互角か戦闘形式によってはやや上の実力を持ち、得意分野の近接格闘戦ではミレニアムの美甘ネルに喰いついていけるレベルにあるとされる。

単純に考えれば、ヒナとマコモがいるだけで殆どの交戦距離が撃破範囲に変貌する。

「数で言えば七対多数。エース級で言えば一対二。この状況下のゲヘナ側が勝利するのが五分五分…と言う事ね」

「その七に、小鳥遊ホシノが居るなら更に下がる」

「書類上、アビドスだったと思うけれど…彼女が出てくるだけの状態にあるかは疑問ね」

二年前、アビドス高校に突如として現れた桃色髪の破壊神。

「ショットガンを使用する小柄な化け物」と評された程の実力があった彼女も、ある時を境に活躍がほぼ聞かなくなった。

クニミは当初、他校への転校を疑ったがその様な事はなく、今尚アビドスに在籍していることが分かっている。

「二年、短い時間じゃない。変化したのなら、風紀委員会とは戦闘すると思う」

「…誰だって守るべきモノがあり、帰るべき場所がある…ね」

現在は療養中になっている本来のサンクトゥス分派長から言われた言葉を呟きつつ、クニミは受話器を手に取った。

「任せると言うことなら、利用しない手はないでしょう?」




対策委員会編における敵はカイザーでした。しかし、こちらのキヴォトスではトリニティとゲヘナ、ひいてはエデン条約がアビドス組にとっての敵となる予定です。
感情や人情では動かない彼女達の論理が、愚直に現実と相対し続けるアビドス組と触れてどうなるかも書きたい部分です。
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