掌上世界   作:ツバメボール

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第2話 茨の道

「うん…」

眩しさを感じたショウカが目を覚ますと、そこは白い天井だった。

「大丈夫ですか?」

声の主、メリンはショウカの顔を覗き込み顔色を確認している。

「えっと…」

メリンはかなり顔を近づけていたため、ショウカは恥ずかしさを感じつつも、かと言って自身を思ってやっている行為を中断させるほどの勇気はなかった。

「体は大丈夫ですね、しばらくは無茶できませんが。措置が間に合って良かったです」

「えっと、私は…」

あたりを見渡すが、見覚えのない場所と言うことしかわからない。

「目を覚ます前、何をしていたか思い出せますか?」

「確か…ワカモと…」

ショウカはワカモと戦闘した事をメリンへ説明した。所々、不明瞭な点はあったが意識を失う直前と比べれば正確であった。

「ワカモは…?シャーレは…?」

「狐坂さんは逃亡しましたが、シャーレの部室は無事奪還しました」

事の顛末をメリンはショウカへ伝えた。

ワカモと戦闘している間にハスミがクルセイダー巡航戦車を破壊し、隙を見てユウカとスズミでショウカを救出したのだった。

「でも、どうやってワカモ相手にスキを?」

「奇襲攻撃に使用したアレをぶつけただけです。ちょっとしたトリックを用いましたが」

「"ショウカ、大丈夫?"」

メリンには会話中に中断される特性でもあるのか、先生にすら間の悪い瞬間に登場されている。

「だ、大丈夫です」

「"良かった…ごめんね。直ぐに助けに行けなくて…"」

「あの状況じゃ、仕方がないですよ」

申し訳なさそうな表情を浮かべる先生にショウカは返答する。

ショウカ自身は、「仕方がない」と感じていたが、先生は忸怩たる思いの様だ。

「"メリンが飛び出していなければ、ショウカは…"」

「先生、そのことは内緒ですよ?」

メリンは微笑みながらも多少圧をかけて先生に言う。

先生もはっとした表情を浮かべて苦笑いを浮かべた。

「な、なんです?」

「お気になさらず、祖月輪さんはゆっくり休んでください。必要であれば、寮まで送迎しますので」

「"私は…"」

「先生は、お話がありますので」

メリンの言葉に先生は「ひえぇ」と情けない声を上げながら退出していった。

ショウカは内心「ご無事で」と祈りながら二人を見ていた。

後に、同年生か年下の飛び級だと思っていたメリンが、実は三年生だったことにショウカが肝を冷やしたのはまた別の話である。

 

数日後、復帰したショウカに待っていたのは書類まみれのシャーレ執務室だった。

「おはようございます。祖月輪さん」

「お、おはようございます。メリン先輩」

「先輩なんてつけなくても大丈夫ですよ」

メリンは書類を左から右に流しながら、ショウカの顔を見て伝える。

どうやら先生は不在らしく、メリンが書類の処理をしている様だ。

「先生は、D.U.区の暴動鎮圧に出ています。こちらの書類は、私のものなのでお気になさらず」

「何かお手伝い出来ることは…」

「そうですね…では、話し相手になって頂きましょうか」

「話し相手ですか?」

想定外な言葉にショウカは驚きを隠せなかった。しかし、メリンは冗談で言った訳でない様で、微笑みながら座る様に促していた。

ショウカはメリンの近くへ椅子を持って行き、座り込むとメリンは口を開いた。

「話し相手、といってもあくまで私の思考をまとめるためのものです。正誤の選択肢はありませんし、ありとあらゆる言葉が新たな打開案に繋がる可能性があります」

「少し、大袈裟では…」

「誇張と言えれば良かったのですが、今はそう言えない状況ですよ」

メリンはため息を含ませつつ言い放った。

「まず、前提を固めましょう。連邦生徒会内に派閥がある事はご存知ですね?」

「はい。連邦生徒会長やリン代表を中心とした派閥と歌岡ミル情報部長、板橋カツミ補給部長を中心とした派閥ですよね」

学園都市キヴォトスの行政を行う連邦生徒会は、連邦生徒会長に率いられるが必ずしもその下は一枚岩ではない。

連邦生徒会長が行方不明となってから、数週間にわたって抜本的な対応策を実施できなかった理由でもある。

『連邦捜査部構想』をリンが内部に通達した際に最も強く反対したのがミル、カツミを中心とした派閥であった。

彼女達は、連邦捜査部の権限の巨大さと目的の無さを危険視し、「最悪の場合、連邦生徒会が行政干渉を受けて学園連合に政治的な弱点を晒す」と訴えた。

現状、その危惧は遠からず当たっており、連邦捜査部の設置をキヴォトスに報告して数日が経ったが、学園連合に接していた自治区の学園は従来の対抗心を翻して連邦生徒会への敵対心へと変換させている。

連邦生徒会から離反する自治区が増えれば、遠からず連邦生徒会は崩壊する。既に最悪の脚本は完成し、連邦生徒会はそちらに急落し始めていた。

「最も、彼女達は連邦捜査部がトリニティ総合学園とゲヘナ学園に『干渉』する事を期待している様ですが」

「?。何故シャーレがその両校に関わる事を期待するんですか?ミル部長やカツミ部長にとっては、シャーレは連邦生徒会長とリン代表が作り上げたいわば敵地だと思いますが」

「これが、次の前提に当たります。今、トリニティ総合学園とゲヘナ学園の間で何が進んでいますか?」

その問いにショウカは驚愕の表情を浮かべざるおえなかった。

それと同時に、ミル、カツミの意図を読み取った。

「エデン条約…まさか、連邦生徒会代理として?」

「そう考えると一本筋が通ります」

連邦生徒会長が考案したトリニティ総合学園とゲヘナ学園の平和条約。

だが、連邦生徒会長失踪が報じられた結果、まとめかかっていた両校は再び崩壊へ進んだ。

トリニティ総合学園ティーパーティのホスト代理である桐藤ナギサの多大なる尽力によってなんとか再び歩み出したが、調印式は当初計画から大幅にずれ込み、トリニティ総合学園は連邦生徒会の来賓参加を却下している。

ゲヘナ学園万魔殿議長の羽沼マコトは「そもそもの混乱の原因は連邦生徒会」と名指しで批判し、トリニティ総合学園と同様に連邦生徒会の来賓参加を却下している。

エデン条約構想が出された際、トリニティとゲヘナ間の関係改善によるパワーバランスの崩壊を最も懸念したのはミル、カツミ達であったが、これに関しては連邦捜査部よりも悪辣だ。

言い出した連邦生徒会は完全に締め出され、パワーバランスを維持するための手綱すら握れない。

学園連合と対するに当たってトリニティ総合学園とゲヘナ学園の有する『力』を利用できない状況下の連邦生徒会は牙も爪も抜かれた猛獣にすぎない。

(いや、もしかしたら連邦生徒会…ひいては連邦体制そのものが、虎の威を借る狐だったのかもしれない)

ショウカはその事に思い至るとともに、目の前で書類を流し続ける人物は、それ以上のことを考えているのだろうかと言う一種の好奇心と恐怖心の混ざった思いが生まれていた。

そして、よくよく考えると懸念、不安、心配の三銃士をあまりにも的確に当てているミル、カツミ達のストレスを心配せざるおえなかった。

だが、無慈悲にもショウカの中で上回った思いはメリンに対するものだった。

「メリン…さんは、連邦捜査部にそれが可能だと思いますか?」

「それは、エデン条約が…ですか?」

メリンの瞳は瞼によって守られており、優しげな表情は先ほどと変わることない印象を与える。

だが、その言葉に内包された意味はメリンの雰囲気を壊すのに十分だった。

「…」

数秒の沈黙の後、メリンは微笑しつつ口を開いた。

「意地悪な質問でしたね。連邦捜査部がエデン条約を乗っ取ると言った事は、私個人としてはやりたくないですね。歌岡部長や板橋部長が、例え連邦生徒会のためと言う理由であったとしても」

その言葉は、確かな覇気の様なものが込められていた。

初めて会ってまだ数日のメリンはショウカにしてみれば上級学年なのに腰の低い珍しい先輩と言う印象だったが、その認識は若干変化した様に思えた。

「少し、踏み込みすぎましたね。まとめると、連邦生徒会の派閥政争に連邦捜査部は巻き込まれている。連邦捜査部はエデン条約へ関わることを望まれている。この二つですね」

「一つ目は…仕方ない…一旦、仕方がないとしても、二つ目はなるべく無視したい前提ですよね?」

「必ずしも、実現させてはいけないものではないと考えています」

メリンの言葉にショウカは眉を歪ませた。

「矛盾しませんか?」

「始まりから終わりまでの地点を少し変えれば…端的に言えば、『タイミング良く考える』と言いましょうか」

「タイミング良く、ですか?」

疑問の表情を浮かべるショウカにメリンは諭すように言う。

「今関われば、連邦捜査部は『エデン条約のための組織』となりますが、一般に向けて公平性と公明性を証明することが出来れば、例えエデン条約に関わっても非難を浴びることにはならないでしょう」

「理屈は理解出来ますが、果たしてそんな都合の良いことができますか?」

「その点は、今は賭けに近い要素です。あくまでも希望的な観測から強引に繋げることのできるものですから。とはいえ、主席行政官はこちらを狙っていると思いますが」

「何故リン代表が?」との問いをショウカは喉元で食い止めた。

エデン条約が喫緊の問題であるのは連邦生徒会という枠組みで見れば派閥関係なく当たり前の認識なのだ。しばし、その事実は他派閥への対抗意識によって掻き消されるが、事実が変質する事はない。

結局のところ、遅かれ早かれシャーレはエデン条約問題に巻き込まれるのではないか。

「メリンさん、さっき『シャーレがエデン条約に関わるとしたら』と聞きましたけど、その対象が連邦生徒会長達の派閥であってもシャーレは関わるべきではないと思いますか?」

ショウカの質問に対するメリンの返答は数秒の間を要した。

「私は、関わるべきではないと考えています。これは、エデン条約に関わらず、シャーレを政治の道具として利用すべきではないと言う個人的な考えからですが」

その答えは、ショウカにとってこれからの振る舞いをほぼ確定させるものであったと言える。

シャーレは絶対中立、この不文律をメリンは死守するつもりなのだ。

「長々と語ってしまいましたね。次は三つ目、学園連合との関係をどうするか。これは、今後を考えれば非常に大きな問題です」

(…シャーレが『政治的中立』を目指すなら、連邦生徒会の下部組織とは言え学園連合とも適切な距離を保たないといけないってことかな)

学園連合とは、二年前に突如として連邦生徒会からの離脱と独立を宣言したデウス・エクス・マキナ工業高校(dem工業高校)を中核としたサンクトゥムタワーに依存しない学園及び自治区運営を実現した集団だ。

便宜上は、所属学園の代表が議論を重ねて連合全体の足並みを揃えているとされているが、実態はデウス・エクス・マキナ工業高校の独裁となっていると言うのが連邦生徒会内の認識だった。

ある種、連邦生徒会が学園都市キヴォトスの行政権を失い始めていると言う事実を最もわかりやすく示している集団と言えた。

「連邦生徒会は、学園連合との関係についてはどう考えているのでしょうか?」

「手探り、と言った感触です。一応、連邦捜査部の権限は学園連合に対しても効果はありますが、確たる理由がなければ『職権濫用』と言うだけの権利を学園連合側も持っていますから」

二年前の学園連合登場当時であれば、非公認の組織として揉み消す事も可能だったが、現在は不可能に近しい。

規模こそ連邦生徒会と比較して小さいが、ミルは熾烈かつ苛烈を極める情報戦の結果、デウス・エクス・マキナ工業高校は相応の自衛能力を有している事を報告している。

更には、周辺の学園自治区が賛同の意を示しているために潜在的な評価は連邦生徒会と同等クラスに向上しつつあるのだ。

仮に連邦生徒会が喚いたとしても、新しい恒星の存在を容認出来ない老いた恒星の無意味な言にしかとられないだろうと言うのが現実だ。

「赤冬(レッドウィンター連邦の略称)が学園連合に接触したと言う話もあるのに、悠長ではありませんか?」

「初めて、自身が冷戦の構造の中に組み込まれてしまったのです。何もかも、手探りにならざるおえないでしょう」

従来、連邦生徒会はトリニティ総合学園とゲヘナ学園間を擬似的な冷戦状態として、制御下に置くことによりキヴォトスの平和を維持してきた。

だが、レッドウィンター連邦学園の南下兆候とゲヘナ学園の生徒会長によってその安定は崩されてしまった。しかし、連邦生徒会も無略ではない。

あるいは、その二つだけであれば連邦生徒会は傍観者として身を引けば問題なかった。間を置かずに誕生した学園連合は、連邦生徒会にとってはまさにゲヘナ学園以上の悪魔だった。

「ただ、学園連合と敵対してしまえば連鎖的に全面戦争に繋がる可能性を考慮すれば、取れる選択肢はほとんどありません」

「触らぬ神に祟り無し…」

「そうなるでしょうね」

(シャーレはただの便利屋としての扱いが一番理想に思えるな…)

莫大な権限、存在しない目的、素性の知れない顧問、疑念と疑惑のみが存在し、信用と信頼の存在しない組織。

ショウカとメリンは会話を続けるが、二人の中で出された現時点での結論は「連邦捜査部は短期的な間に特定の学園に干渉しない」と言う事だった。




オリジナル要素と個人的な解釈を加えた、私のブルアカを書いたつもりだったのですが、いまいちつまらないものになってしまいました…
解釈違いがかなり怖いのですが、対策委員会編を始めるに当たってエデン条約の話が僅かながらでも出ていないのは不思議に感じていたので、「エデン条約の両校には関わりたくないが、シャーレの名声のためには適当な学園で実績を作りたい」的な形にしています。
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