掌上世界   作:ツバメボール

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第3話 先を見据えて

連邦捜査部の設置が正式に公表されてからまだ数日だが、各学園の生徒会は既に動き出していた。

 

トリニティ総合学園会議室。

外部の生徒が入室することもあるこの部屋には煌びやかな装飾が施され、良くも悪くもトリニティ総合学園の歴史を感じさせる。

今ここには、ティーパーティ・ホスト代理兼フィリウス分派長桐藤ナギサをはじめとした三大分派長と情報部部長河森クニミ、不良生徒対応のため不在の正義実現委員会副委員長羽川ハスミに変わって同委員会総務長安彦ヨシズが集まっていた。

「そちらの報告書が、シャーレの顧問についてまとめたものになります」

「戦術指揮において非凡な才を有している事はわかりますが、それ以上のことは判断できませんな。些か、主観の入ったものの様ですが?」

ヨシズの言葉に、クニミは遠慮なく言い放つ。

情報部と正義実現委員会は関係が良好と言い難いが、クニミはその点について隠すつもりはない様だった。

「確か、シャーレには連邦生徒会の補佐官が配属されていたはずです。その補佐官については?」

サンクトゥス分派長代理の阿久津ジュイが話題を変えるためクニミに質問した。

本来の分派長である百合園セイアが諸事情によって出席出来ないため、代わりにジュイが分派長の公務を担当していた。

「ええ、現在シャーレにいる補佐官は二人。一年生のショウカと三年生のメリンです。」

「メリンって、ハスミちゃんの報告書にある『優秀な参謀』の人?」

パテル分派長聖園ミカの問いにクニミは静かに頷いた。

「メリン。元SRT特殊学園の連邦生徒会派遣戦術研究官です」

「元SRTの生徒がシャーレ所属ですか…」

(面倒な…)

ナギサはその言葉を喉元に押し留めた。

SRT特殊学園。連邦生徒会長の直属軍事組織とでも形容出来る一般のルールが適応されない学園。しかし、現在は連邦生徒会長失踪により機能不全となり、各学園から抽出していた主力クラスの生徒達が惜しむ事なく戻されていた。

トリニティ総合学園では正義実現委員会教練官の加藤ナオ等がSRT特殊学園に派遣されていた生徒に当たる。

トリニティ総合学園側ではこれらの動きから「SRTを連邦生徒会は捨てる」と判断したが、それ程の時をおかずしてSRT特殊学園と悪質さを増した組織が編成されるとは想定外だった。

「元SRTの生徒をシャーレに入れたのはどの様な意図からでしょうか?顧問の護衛目的なのか、シャーレをSRTにするためなのか」

ジュイの質問に、クニミとヨシズはあらかじめ回答を用意していたらしく、さほどの間を置かなかったが、内容は異なっていた。

「正義実現委員会としては、その可能性は無視できると思います」

「情報部としては、懸念すべきと進言します」

「それぞれ、理由をお聞きしても?」

ナギサはティーカップを口元に運びながらも、鋭い眼光は二人を捉えていた。

先に口を開いたのはヨシズであった。

「連邦生徒会がシャーレをSRTの代替とするつもりであるならば、加藤教官やゲヘナのSRT派遣生徒を戻す事はあり得ないと考えています。特定の学園生徒のみを戻す、と言った事もなく全ての学園へ生徒を戻していることは確認済みですし、小隊クラスの生徒達もその多くがヴァルキューレ(ヴァルキューレ警察学校)へ転校した事がわかっています。また、防衛室の新室長不知火カヤはシャーレに手駒を回す事を嫌っています。ここまでの状況を判断すれば、無視しても問題ないと考えます」

ナギサは僅かに頷き、クニミに発言を促す。

「ヨシズ総務長の根拠と被る部分もありますが、シャーレの建前上の規則を確認しますと、本来の所属と兼任しても問題ない強制力が持たされています。つまり、SRT生徒を移したヴァルキューレをまるまるシャーレの管轄下でも運用できると定義してしまえば、極めて簡単にシャーレのSRT化が可能になります」

「防衛室との関係はどう判断する?」

「防衛室が嫌がっても結局はシャーレの権限で押し潰せます。また、カヤ室長が自身の立場を危うくする選択を取るとも思えません。内心、反対しても同調せざるおえないかと」

(防衛室はメリンを無力化した失態があるからな。厚顔無恥でない限り顔は上がらないだろう)

クニミは内心で呟きつつも、淡々と自身の考えを言った。同時に、メリン単体では脅威にすらならないだろうとも考え、自身がシャーレのSRT化を懸念しているのも心配が過ぎると奥底では思っていた。

むしろ、クニミが警戒していたのはここ数日から数週間のうちに、シャーレがエデン条約に干渉してくる事であった。

「…」

クニミはつまらなそうに髪を弄るミカの様子を伺った。

(それに…こっちとしてはシャーレなど問題外だからな)

 

ゲヘナ学園万魔殿議長室。そこには、珍しく深刻げな表情を浮かべる議長の羽沼マコトと万魔殿情報部部長出渕レイカ、風紀委員会情報部部長庵野アキヒがいた。

「キキキ…レイカ、貴様はどう思う?」

「エデン条約に干渉されては極めて厄介な存在である事は間違いありません。問題は、どの様にして阻止するかですが」

マコトの問いにレイカは手を顎に当てながら答えた。その声には不確定と言いたげな息が混じっている。

マコトがアキヒから受け取ったのは、火宮チナツが作成したシャーレの報告書であった。

本来であれば、ゲヘナ学園の生徒会に当たる万魔殿に風紀委員会は報告書の類は全て上げるべきであるが、あまりにも仲が悪いため回覧しなくても良いと判断されたものは一切万魔殿には来ない。

だが、アキヒは個人判断でマコトにシャーレの報告書を持ち込んだのだった。

「ヒナ(空崎ヒナ。風紀委員会委員長)はどう判断している?」

「ヒナ委員長は報告書に目を通しておりません。アコ行政官(天雨アコ。風紀委員会行政官)が、不要と判断した様です」

「馬鹿か?」

アキヒの返答にマコトは半ば反射的に言い放った。

(元々は、議長のせいでしょう)

内心アキヒは呆れながらも相槌をうつため首を縦に振った。

万魔殿と風紀委員会の立場は万魔殿の方が上であるが、その実風紀委員会とほぼ同格の縦割りに近い状態になっている。

先生がキヴォトスに来た日にチナツが連邦生徒会行政ビルにいたのは、「自治区運営の事は万魔殿が、自治区治安の事は風紀委員会が」と言う分裂によって生まれた境界線からであり、本来の通りに万魔殿が全て管理していれば、政治的な重要情報を風紀委員会の情報部部長がわざわざ持ってくる必要もないのだ。

「アコ行政官は、風紀委員会の職責を十分に理解されています。万魔殿の領分に入りたくなかったのだと思いますが…」

「…まぁ、いい。貴様が持ってきたからな」

「議長、そんなことよりも対策を考えませんと」

このままでは長々とした謎理論を説明されると思い、レイカも流石に軌道を修正する。

マコトは少し不機嫌そうな表情を浮かべるが、レイカの言葉が正しい事も理解しており、その不満を腹の中に押さえ込んだ様だ。

「対策と言っても、取れる手段は限られるだろう。敵か味方かを見極めねば、判断しようがない」

マコトは報告書を机に投げ置き、椅子に背を預けて言った。

アキヒは一歩前に身を進め、マコトに告げる。

「先生個人であれば、多少好意的に捉えても良いと思います」

「何故だ?アキヒ」

「戦闘詳報にも記載されていますが、基本的には生徒の状態を見ながら適宜判断を下している様ですし、特段強制や服従を強いるような発言もありませんでした。また、現在のシャーレはD.U.区に限ってではありますが、暴動鎮圧の協力、事務処理の補佐、その他雑多な諸問題を担当しています。シャーレの権限を利用した横暴をしていないと言う事実からも、先生の性格的な部分を表しているかと」

「そこまで好意的な判断が出来るのに多少、か?」

マコトは口角を僅かに上げ、「まだ言ってない事があるだろう?」とアキヒの続きを待つ姿勢をとった。

「私が、最も懸念しているのはトリニティ総合学園がシャーレを『敵』と認識した場合です」

「…確かにな。奴らがそう判断するならこちらも続かねばならんか」

ゲヘナ学園のトリニティ総合学園に対する政治的な発言権は、エデン条約での諸問題によって弱体化している。

ゲヘナ生徒はただでさえ規則に対する順守意識が低い上に、エデン条約反対生徒の衝動的な行動も相まってトリニティ自治区での問題行動が何度も繰り返されている。

だが、ゲヘナ生徒の治安の悪さはトリニティ総合学園側も既に想定していたものであり、印象低下はあれど決定的なものではなかった。

最も決定的かつゲヘナ学園の足を引っ張っているのは、トリニティ総合学園がエデン条約の立て直しに成功してしまったことである。

これによって、トリニティ総合学園とゲヘナ学園が主体のエデン条約はトリニティ総合学園がまとめ上げ、ゲヘナ学園が了承するエデン条約に変質した。挙げ句の果てに、連邦生徒会が役立たずになってしまっては、ゲヘナ学園はトリニティ総合学園へ続かなければならない。

(とはいえ、エデン条約に絶対的な価値があるかと言われればな)

アキヒは思考をめぐしている議長を見ながらも、別のことを考えていた。

アキヒ個人としては、むしろ学園連合とコンタクトを取る方がゲヘナ自治区の独立性や安全保障を考えた場合確実に思えた。

昨年度末にデウス・エクス・マキナ工業高校とレッドウィンター連邦学園が接触したと言う真偽不明の話からエデン条約構想は始まったとアキヒは考えている。

(連邦生徒会は焦りすぎた。自治区管理すら出来てない状態で、新しい条約など馬鹿にも程がある)

レイカに短時間ながら視線を向けると、レイカは疲れ顔を浮かべながらもアキヒと同種の事を考えているように見えた。

 

デウス・エクス・マキナ工業高校第二校舎。主に防衛委員会が使用している校舎には珍しい人物が来ていた。

「やっほ〜、ナトリ(浦波ナトリ。同校防衛委員会委員長)」

同校の生徒会に当たる統括運用委員会の委員長海風テンリュウであった。

「以前も言った気がするが…せめてアポをだな───」

「まあまあ、気にしない気にしない」

良く言えば温和、悪く言えば能天気なテンリュウにナトリはわざとらしく深々とため息を吐いた。

「で、何の様だ?穴の事なら、リアルタイムで情報を送っているはずだが…」

「いやぁ、今日はシャーレをどうするかをね」

「委員長だけで話すのか?」

「方向性の共有をね。会議始まって早々に紙束の投げ合いなんてしたく無いでしょ?」

デウス・エクス・マキナ工業高校にも連邦捜査部の事は情報が届いている。

だが、統括運用委員会も防衛委員会もそれぞれ多忙を極めており、意見調整の余裕がなく放置されていた。

「議論する事なんてあるのか?正直、好き勝手にさせておけばいいと思うが」

「まあ、ある程度コントロールするのは簡単だけど、望み通りの動きはしないだろうし、何よりエデン条約があるからね」

ナトリはその言葉で、自身がエデン条約を忘れていた事を思い出した。

「Xデイまでにシャーレが干渉する可能性は?」

「確実だね。トリニティ総合学園から秘密裏に要請が届いているし」

「乗ったのか?」

「まあ、こっちが拳振り上げる理由探してる中、責任持つからやっていいよって言われれば乗るでしょ」

拳を作った右腕を振り回すテンリュウに、ナトリは何とも言えない苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつため息をしっかりと吐いた。

(あと5〜6人委員長増やして、この気持ちを共有させてくれ)

そんな思いを切実に感じながら、ナトリはテンリュウを見ていた。

デウス・エクス・マキナ工業高校はこれまでの校歴から極めて特異な運用体系を取っている。

二年前の連邦生徒会独立宣言まで、同校は統括運用委員会しかまとまった組織が無い状態であった。他校の様に、生徒会と意向に従う委員会や部活動と言う形ではなく、生徒会の下に関連部署として必要なものが組み込まれていたのである。

通常、生徒会の意向に問題がある場合は大なり小なり委員会や部活動が意見を述べて修正するが、同校では統括運用委員会に意見出来ない様になっており、そしてその統括運用委員会も半ば連邦生徒会の支配下にあった。

独立と同時に、とある事情から自治区の防衛に関わる部分を丸々独立させたが、この措置と今までの運用体系によって書類上の統括運用委員会と防衛委員会は同格になってしまったのである。つまり、防衛委員会は防衛委員会で他校との外交が可能であり、統括運用委員会は統括運用委員会で同じ事が可能になってしまっていた。

ナトリはこの権限のバグを使うつもりは毛頭なかったが、この歪な特異性が現在進行形でナトリの胃腸を苦しめる原因であった。

「はぁ…干渉された時はどうするんだ」

「シナリオとしては、意見不一致で着地かな。要求は互いに実現出来ませんってね」

「誰を出す…と聞くまでも無いか。ヤマト(雪風ヤマト。同校防衛委員会所属)を出す予定だったな」

ナトリの発言に露骨にテンリュウの表情が悪くなる。

「…もちろん、危険となれば撤退させる。それに、やや型落ちとはいえ確実に守れる編成で向かわせる。代役立てるとしてもヤマト以外見当たらないからな」

ナトリも人伝で聞いた話であるため真意は定かでは無いが、ヤマトは放浪していたところをテンリュウに拾われたと聞いている。実際、テンリュウのヤマトに対する溺愛ぶりを見ればそれは明らかであり、エデン条約の事でも「テンリュウはヤマトが行くと言ったから渋々了承した」と言う噂まである。

ナトリとしてもエデン条約の事はデウス・エクス・マキナ工業高校が将来に必ず相対する事象を少しでも遅らせるためのものと考え、失敗は自らの死を意味するものと捉えているが、目の前の「シスコン拗らせた姉」はまだ踏ん切りをつけられていないらしかった。

「そうヘソを曲げても無理だぞ。嫌なら、事の元凶に向かって意見するんだな」

「全力で殴ってやるけど?」

「キヴォトスを粉微塵にするつもりかお前は?」

さも当然と言わんばかりの勢いで飛び出した発言にナトリは三度ため息を吐いた。

「あの子はにね、もっとこう…好きな事をして欲しいの。偉そうに座りながら周りをキョロキョロして口を休みなく動かし続ける様な役じゃなくてね!」

「意外だな、拗らせシスターかと思ったがマザーの様な考えを持っていたとは」

「そろそろ怒るよ?」

(キレたいのはこっちも同じなんだが…)

ナトリは内心で呟きつつ、ため息を吐いた。流石に短時間のうちにため息を吐くとテンリュウにつつかれるので今回は心の中でだったが。

「まあ話を戻すと、シャーレとはXデイより前に何かしらで接触しておきたいの」

テンリュウの言葉にナトリは僅かながら思案する。

「友好的な状態が理想か。もしくは、政治的な貸し借りか。お前としてはどんな形にする予定なんだ?」

「多少焦りつつ名刺片手に電話してくるくらいかな?」

「名刺は渡す前提なんだな。わかった、こっちでも検討しておく。そっち想定はどこだ?」

「今現在の感じ、アビドス自治区かな。トリニティ、ゲヘナに初めから行くんだったら見捨てで。ミレニアムは怪しいけど、表面化はしてないから」

「アビドスはアビドスでカイザー(カイザー・コーポレーション。キヴォトスの大企業)とやり合うことになるぞ?我々は兎も角として、連邦生徒会としては回避したいことじゃ無いのか」

「まぁ、防衛室あたりは真っ青だろうね。でも無知な連中は何も言ってこないよ」

「未だ把握してないのか?呆れるな」

「潘前室長(潘ケミイ。前防衛室室長)だったら信頼出来るんだけどねぇ。不知火室長は対義語みたいな人っぽいし」

今度は珍しくテンリュウがため息を吐いた。

「まあ、いずれにしてもカイザーとはやりあわなきゃいけなかったし、お使いついでのゴミ処分だと思ってさ」

「ゴミをカラスに漁られたら元も子も無いが」

「その時は、撃ち落とすよ。連邦生徒会の道具でね」

テンリュウは右手を銃の形に見立てて窓の外に向けた。

急速な寒冷化の進むデウス・エクス・マキナ自治区は、レッドウィンター連邦学園仕込みの対策も意に返さず、猛吹雪が侵攻を続けている。

まるで、後を追ってくるものがいると告げる様に。




三校の事情を書きましたが、空気感だけでも演出するためやや過剰な表現になってしまったかな、と思っています。最後だけギャクっぽくなっているのは余裕の現れと思っていただければ…
本編ではまだ明確に描写していませんが、メリンは既に大幅な弱体化済みなので、個人戦闘に関しては環境破壊しない予定です。ショウカもここからヒナクラスとはならないと思います。と言うか、ショウカが薄過ぎますね…
次話からは、アビドス編予定です。
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