「借金?」
タカオの鋭い眼光にセリカは背筋を震わせた。
猛獣に睨まれた小動物の様な感覚をセリカはタカオから受けていた。
「…事情をお聞きしても?」
ソウヤは背筋を正し、聞きたく無いであろう事実を待つ姿勢をとった。
先生やショウカも一言も発さずに状況を静観していた。
「…お話しづらい事であるのは承知しています。ですが、教えて頂かないと私達としても取れる手段が狭まっていまうかと」
ソウヤは沈黙するアビドス側に非常に優しい口調で脅しをかけた。
「事実です」
アヤネは意を決した様に話し始めた。
数十年前からアビドス自治区は急速な砂漠化に見舞われた。
その規模はアビドス高校の想定を遥かに上回り、財政が破綻。金融機関からの融資を受けることとなるも砂漠化は進み続け、校舎も生徒も失い、現時点で返済に309年かかる9億6235万円の莫大な借金のみが残ってしまったとの事だった。
「私達は本校舎に戻って、可能な限り掛け合ってみます。借金の事は…難しいかも知れませんが、頑張ってみます」
ソウヤはアビドスの苦労を労う様な表情を浮かべ、タカオと共に退出していった。
タカオとソウヤが廃校対策委員会の部室を退出した後に残ったのは、微妙な気まずさだった。
唯一、シロコは頭を撫でてくれる人が居なくなったため、寂しそうにしていたが。
「連邦生徒会にも財政援助が可能か、お伺いを立てましょう」
「もう、何度もやったけど…」
メリンの言葉にセリカは諦める様に言い放った。
アヤネやノノミも同様の表情を浮かべている。
『連邦生徒会は援助してくれない』との認識はアビドスの全員が持っている確実なものだった。
「連邦捜査部の名付きであれば、多少なりとも変わるかもしれません」
「信用できない!私達は何度もお願いして、出来ないって言われたの!それとも、先生の声が無いと連邦生徒会は動かないわけ!?」
「"そんな事は…ないと思いたいけど…"」
今まで必死に押さえつけていた不満が爆発してしまったセリカは、メリンから先生に視線を移した。
「先生だって結局部外者じゃない!それに今まで、事情を知った大人達がここの事を気に留めた事なんてなかった!先生もどうせ同じ何でしょ!?」
「"いや、私は───"」
「私は、信用できない!」
セリカは怒り心頭といった表情で、部室を出て行ってしまった。
「セリカちゃん!?」
追いかけようとしたアヤネをノノミが止めた。
「今は、そっとしておいてあげましょう。様子なら私が見てきますから」
ノノミは飛び出しかけたアヤネを落ち着かせ、セリカを追うために退出して行った。
「…嫌われてしまいましたね。申し訳ありません、先生。余計な事をしてしまいました」
「"大丈夫。今までの事を考えたら、セリカが神経質になるもの仕方ないよ"」
「でもどうしましょう?解決すべき問題は山積みなのに…」
ショウカはメリンと先生に不安げに言った。
アビドスだけの問題ではない。ショウカはその様に考えていたが、既に連邦生徒会に対するアビドスの信頼は底をついていた。
遅すぎた後悔と共に、連邦捜査部の3人は今後の事をそれぞれ別の方向から考えていた。
「"事情を知った以上、私達は無関係ではいられないと思う"」
「先生も変わり者だね。こんな面倒な事に首を突っ込むなんて」
ホシノは意外性六割、呆れ四割程度の笑みを浮かべて言った。
「でも、『シャーレ』が事情を知ってくれただけでも前進しました…!私たちは、希望を持ってもいいんですよね!?」
ホシノとは対照的に、アヤネは嬉しさを十分に滲ませた表情で言う。
シロコはアヤネに賛成しているのか、静かに力強く頷いていた。
「何でこんなことになるのー!」
空き教室で山積みになっている参考書を見ながら、ショウカは叫んだ。
ショウカの現状の原因は少し遡る。
「アビドスのために連邦捜査部は可能な限りの事を行う。そう決まった以上、祖月輪さんには身につけて頂きたい事があります」
その様に告げたメリンは適当な空き教室に大量の参考書と共にショウカを幽閉した。
「あの…これは…?」
「『キヴォトスにおける銃撃戦』、『巻き込まれた時の対処法』、『複数人の注意とオススメ』等々読み応えのあるタイトルが揃っています」
「そうじゃなくてですね…なぜ、座学なのかを聞きたいのです」
ショウカの質問に、メリンは何処か納得した様な表情顔になったかと思えば坦々と説明を始めた。
ヘルメット団の事を考えれば、今後もアビドスで戦闘行動をする可能性が高い。その際、連邦捜査部側が足を引っ張っては意味が無い。
先生が戦術指揮を専任し、メリンが足の事もあって後方支援等に徹するとなれば、前線に出るショウカには高い柔軟性と判断力が求められる。
先の戦闘を評価すると、それらの能力は決して十分では無いため、合間の時間を活用して知識だけでも土台を作っておくとの事だった。
「だからと言って、この量はおかしいでしょ!?」
「とりあえず、ただ軽く読むだけで良い」とメリンは言ったが、軽く読むにしては多すぎる量にショウカはため息を出した。
ショウカに大量の参考書を押し付けた張本人は、屋上で思案に耽る先生の隣に居た。
「弾薬・物資等は暫くはツテと連邦捜査部の権限で集められる量で対処しましょう」
「"色々と、負担をかけてごめんね"」
「いえいえ。先生あっての連邦捜査部ですから。それよりも、連邦捜査部の名前を本当に使って宜しいんですね?」
「"…正直、悩んでる"」
先生は、目線を下に向けて校庭を見つめていた。
連邦捜査部の名前に込められた権能は、強大であると共に要らぬ印象を抱かせかねない。
「アビドス程度であれば」と考える瞬間も先生にはあった。しかし、アヤネの表情を見た際に自身の傲慢さを先生は痛感していた。
アビドスにはアビドスのために尽力する生徒が居る。その生徒達を「程度」と評して目前の問題を解決だけをしようとしたと先生は自覚すると共に、どうあるべきか悩み続けていた。
「これは、とある物語の主人公の話ですが…」
先生の苦悩を察してか、前置きしたメリンは話し始めた。
「その主人公は、『みんなを守る』ことを自身に課せられた使命だと信じて疑わなかったそうです。そして、場所を変え、対象を変え、幾度と無くその使命を守り続けました。しかし、ある時主人公は思った。みんなとは誰の事を指しているのか、と。それが人であるならば、今まで消してきた脅威は等しく人ではなかったか」
先生は静かにメリンの言葉を聞き、続く言葉を待った。しかし、メリンは何も発さなかった。
「"その主人公は、どうなったの?"」
先生が問うと、メリンは僅かに口角を上げて答えた。
「わかりません」
「"…?"」
「その物語は終わってはいませんが、続いてもいないのです。ただ、私としては自分の求めた答えに近しい結論を見つけられる事を祈るばかりです」
何処か哀れみにも感じさせる言葉に先生は何も返答せず、メリンの方を見ていた。
「…先生も、ご自身が納得出来る答えを見つければ良いと思いますよ」
「"そう…だね"」
些か投げやりな言葉に、先生は苦笑いしつつも自身の欲しい答えを考え始めた。
その様子を見たメリンは、ある事をつけ加えた。
「それと、黒見さんのことは先生にお願いします。私では、事態を悪化させるだけでしょうから」
先生は意外と言った風に目を見開き、その理由を聞き出そうとしたが、先にメリンが口を開いた。
「同じ立場という点では私でも務まる可能性はありますが、今後の事を考えれば一方的な信頼と言うのは不安が多いのですよ。少々難しい課題ではありますが、是非とも先生には達成して頂きたいのです」
「"そうだね。頑張ってみるよ"」
「今までいくつも課題をこなしてきたんだから」との言葉を飲み込み、先生はメリンの言葉を受け取った。
そして、先生は気になっていた事をメリンに質問した。
「"メリン、君はショウカとはシャーレに来るまで面識は無いんだよね?"」
「?。はい。何故その様な事をお聞きになるのですか?」
メリンは珍しく眉を僅かながら非対称にして、困惑している様な表情になっていた。
意外な場所を突かれたというよりも、今その話題について話すのか、という雰囲気が強かった。
「"いや、ショウカの事を見てるとなんとなくね"」
「…私の知る限りでは、面識も名前を知る瞬間もなかったはずです」
不明瞭との意が最大限に込められていると感じ取れる程度にはメリンの言葉には圧があった。
流石の先生もその圧を逃れるために、別の話題へ変更すべく話を変えた。
「"そ、そういえば、何でショウカに勉強する様に指示したの?"」
「私はこの足があって先生達と同行するのは些か無理があります。しかし、先生お一人での行動は不安が多い。そのため、祖月輪さんには護衛役として不足ない様になってもらわないと困るのです」
自身の杖でメリンは左足側の地面を数回突いた。
先生がメリンと出会ってから肌身離さず使用している杖は乾いた音を響かせる。
その一方で、負担が少ない様に補助器具の取り付けられている左足は何も語らず沈黙していた。
やや間をおいて、メリンは付け加えた。
「おそらく、連邦生徒会は私を護衛役として送り込んだのでしょうが…生憎、この状態になってしまいましたから。祖月輪さんには無茶を強要してしまっていると思いますが、譲れない点なのです」
「"左足は怪我で?"」
「ええ、『元には戻らないだろう』と言われてしまいました。原因は──」
「"…無理に言わなくても大丈夫だよ"」
少々焦った様子の先生に、メリンは瞳が見えないため分からないが、顔を動かしておそらく先生を視界に捉えて答えた。
「言いたい、言いたくない。と言う問題よりも言える、言えない。の問題です」
「"それは…"」
「色々あるのですよ。誰しも、ね」
含みのある言い方でメリンは締めくくると、ショウカの様子を見に校舎内へ戻って行った。
「"色々、かぁ"」
何処か見透かされた様な気持ちになった先生は、空を見つめていた。
翌日、対策委員会の部室には机に突っ伏した先生とセリカを除いた生徒が集まっていた。
本来今日は自由登校日のため登校しなくとも問題はないのだが、何故か集まっていた。
「つまり、黒見さんを追いかけ回して怒られた、と?」
「"うん…"」
「それは…誰だって嫌がりますよ…」
ショウカは困り果てた顔で呟いた。
その言葉は、先生にとっては致命傷にも等しい打撃だったらしく、言葉にならない呻きを上げて沈黙した。
「…話を戻します。校舎の防備についてでしたね」
無情にも、メリンは先生を助ける事なく話を本来の道へ修正した。
昨日、先生とショウカは長期支援に備えるため一旦シャーレのビルに戻ったが、メリンはアビドス高校の調査を行っていた。
「ヘルメット団の目的がわからないので、なんとも言えませんが」
メリンの言葉に、一同が疑問の表情を浮かべていた。
ショウカやアビドス生徒達は、ヘルメット団の目的がアビドス高校の占領であると考えていた。先にアビドスに入ったメリンであれば、その点はショウカよりも理解していたはずだった。
疑問を向けられている人物は、校舎見取り図を広げて指をさした。
「ヘルメット団は、アビドス校舎の占領を目指していると考えていました。しかし、ある点が解決出来ないのです」
メリンは指を正門側へ動かした。
「昨日の襲撃に至るまで、ヘルメット団は正門方向から来ていました。まるで、正門方向から来ることをこだわっている様に」
「それが、解決出来ない点なんですか?」
ショウカは首を傾げ、その意味を分かりかねていた。
侵入するのに正門から堂々と入るのは、単純ではあるがそこまで不思議ではない。馬鹿すぎると思わなくは無かったが。
「占領そのものは、言ってしまえば簡単に出来るのです。皆さんの出払っている時や、二方向以上から挟み撃ちにする等、手段は多くありますし、それを可能にする集団の結束力もあるでしょう」
「確かに…言われてみれば…」
ヘルメット団との戦闘資料を制作していたアヤネは、その点に気づけなかった事に肩を落としていた。
「では、占領が目的では無いとすると、破壊等が目的になるのでしょうか?」
ノノミが問うと、メリンは首を僅かに横に振る。
「その点は考えましたが、可能性は低いでしょう。ヘルメット団の基本武装はアサルトライフル等の対人兵装で爆発物や重火器はありませんでした。前哨拠点にも確認されていませんから、ヘルメット団は重装備を持っていない又は運用出来ない状態にあると思います」
「破壊でも無い、占領でも無い…じゃあなんでアビドスに攻撃を仕掛けているんですかね?」
ショウカはごく当然な疑問を口ずさんだ。
ヘルメット団が学園組織に属さない不良集団である事は周知の事実であり、住む場所すら事欠く彼女達がアビドス高校を求めるのは理解の出来る範疇にある。しかし、そうでは無い可能性が出てきてしまえば、理解の範疇を越える事は簡単だった。
(本当に、何を目的にして行動しているんだろう?)
ショウカは、心奥に生まれた不安が大きくなりつつある事を悟りながらも、答えを探していた。