掌上世界   作:ツバメボール

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第7話 二正面の確信

「校舎の防備としては、一階の窓の補強や塀際の障害物設置等で取り敢えず対応しましょう」

「ヘルメット団の襲撃はこれからも続くのでしょうか?」

アヤネはメリンに不安混じりに問うと、メリンは頷いた。

「あると考えた方が良いでしょう」

「メリンちゃ〜ん。言いたい事はしっかり言った方がいいよ〜」

ホシノは机に顔面を接続した状態のため声がくぐもっていたが、その声は何処か悪戯心を感じさせる響きだった。

アヤネとノノミはメリンの表情を伺っている。ストーカー扱いされて落ち込んでいた先生も精神の回復を果たしたらしく、メリンの発言を待っていた。

「メリンさん…?」

沈黙しているメリンにショウカは声をかける。ショウカは、何か良く無い事がメリンの口から発せられるのだろうと確信のようなものを感じていた。

「今まで、敵対側はアビドス高等学校の疲弊を待っている様な手段をとっていました。しかし、連邦捜査部の介入、補給線の改善、未知の生徒と先生、我々に敵対している側が短期決戦に移行する可能性は十分にあると考えられます」

「それは…」

聞いていた一同、特に先生とショウカはメリンの言葉が何を指しているのかを瞬時に理解した。

シャーレの存在が事態の悪化を招く、その事をメリンは暗に伝えたいのだろうとショウカは考えた。自身もまたその一人である事を自覚しながら、事態を冷静に俯瞰していた。

「一度、全ての情報を再検討しなければならないかもしれませんね」

メリンが独語したとき、アラーム音が鳴る。

音の犯人は先生の様で、慌ててスマホを取り出して停止させていた。

気がつけば時間は昼になっており、空腹をはっきりと自覚する程度になっていた。

「難しい事を考え続けても仕方ないし、みんなでお昼にしようよ〜」

「良いですね☆」

ホシノの提案にノノミが賛同した。

シロコやアヤネも頷き、賛成の意を伝える。

「じゃあ、先生よろしくね〜」

「"え、私?"」

突如呼ばれた先生は、頓狂な声を上げた。

 

「い、いやぁ…まさかセリカさんがここでバイトしてるなんてぇ…」

ショウカはできるだけ自然にしようとして、口から出た大根演技を恨みつつ最後まで言い切った。

当のセリカは、ショウカの演技ぶりに恥ずかしさや呆れが混ざり切った表情を浮かべていた。

ホシノの提案により柴関ラーメンに昼食を食べに来た一同は、ちょうどバイト中だったセリカと遭遇したのだった。

「メリンさんも来ればよかったのに」

「"セリカが居るってわかってたら、メリンも来たかもね"」

ショウカと先生はセリカの睨みを受けながらもここに来なかった人物のことを思い浮かべていた。

「全員が出払って仕舞えば、再度襲撃されるかもしれません」

メリンはそう言ってアビドス校舎に残っていた。

当初、ショウカやその他面々も置いて行くつもりは無かったのだが、メリンは頑なに拒んだ。

結果、ショウカ達は「危険な時はすぐに連絡する」との約束を取り付けて渋々校校舎を出たのだった。

「ショウカちゃん☆どちらに座りますか?」

「えっと…ノノミ先輩の方で」

「"じゃあ私はシロコの方に"」

ショウカがノノミ、アヤネの方へ、先生がホシノ、シロコの方へ座る。

セリカは目を吊り上げ、声を荒げていたがホシノが被せる様に注文をしたのを皮切りに各自が注文を済ませる。

「うへ〜。じゃあ今回は先生の奢りで」

「"あ、そういう…"」

先生の反応からショウカは事情を察した。

時折シャーレに来るユウカに散々注意されているのに、散財している先生は余裕が無いのだろう。

ノノミが助けに入るが、教師の意地か先生は優しく断り、あまり質量の感じない財布の緩い口を開けて何か確認していた。

しばらくして、注文したラーメンが運ばれてくる。

「このラーメンすごく美味しいです!」

「でしょ〜」

ショウカと先生はラーメンの美味しさに心打たれていると、ホシノはセリカに伝える。

「セリカちゃ〜ん。お客さんが来てるよ〜」

「えっ!あ、いらっしゃいませ!」

セリカは、先程までの棘のある態度から一転して、ハリのある声で新しいお客さんを出迎える。

(あの制服…確か、ゲヘナの?)

入店したお客さんを視界の端に入れたショウカは、特徴のある服装から彼女達の所属を当てる。それと同時に、その姿の既視感にショウカは頭を悩ませた。

(どこかで見覚えがある様な…)

しかし、その思考は出し抜けに襲ってきた声に遮られた。

「お金が無いなんて虫ケラ同然です!生きる価値なんてありません!すみません!すみません!」

「びっくりした…」

入店した四人の内、先頭の生徒が何度も頭を下げている。

あえて悪く言えば、明るさよりも影を感じさせる印象の生徒だったが、謝罪する時は陽陰関係無く誰よりも存在感が出る様だ。

話を盗み聞く限り、どうやらお金が少なく困っている様だった。

ショウカはどうするべきか考えていると、金欠に感化されたらしいセリカが張り切って席に案内していた。

その後、柴関大将の計らいで四人の空腹を満たすのに十分な一人前の柴関ラーメンが提供され、ショウカ達と共に柴関ラーメンの美味しさを共有したのだった。

 

「ゲヘナ学園の生徒?」

アビドス校舎に戻ったショウカは、やや興奮気味に柴関ラーメンでの出来事を伝えると訝しげと言った様子でメリンは聞き返した。

「間違いないですね。ツノがありましたし」

「…角のある生徒が全員ゲヘナ学園の生徒と言うわけでも無いと思いますが」

自信満々のショウカにメリンはいつも通りに答えつつ、思案していた。

机にはメモ書きや付箋貼りが随所に行われたアビドス校舎見取り図と同様に文字だらけになっている周辺地図が広げられていた。

「………」

メリンは沈黙して顔を地図の方へ向ける。

目を閉じているのではと錯覚してしまうほどに細い目のメリンは、側から見れば立って寝ている様だった。

「やはり、切り替えてきましたかね」

小さく吐き出された文字列に、ショウカは目を見開いた。

メリンが何に対して切り替えたと言ったのか分からなかったためである。

「あの、切り替えたと言うのは?」

「長期持久戦から短期決戦へ、ですよ」

メリンの言葉でその意図を理解したショウカは即座に首を横に振った。

「ラーメン一杯のために頑張る人たちでしたよ?メリンさんは敵の様に言いますが、そんな事はないと思います」

「私も、そう願っていますよ」

何処か諦めの様な雰囲気を出して投げやり的に返答したメリンにショウカは頬をわずかに膨らませ、反対意見を態度で示した。

だが、メリンは特に気にする事なく考え事を続けていた。

 

翌日になり、事態は一気に急変した。

「セリカさんが帰ってない?」

アヤネからの連絡はショウカ達を凍り付かせた。

アヤネによると柴関ラーメンから定時で出た後の行方がわからなくなっているとのことだった。

「"直ぐに助けに行かないと…!"」

「焦っても意味はありませんよ。奥空さん、柴関ラーメンから黒見さんの家までのルートは分かりますか?」

事前に用意していたらしくメリンの問いにアヤネは瞬時に答えた。

メリンは自身のタブレットにその情報を入力するとともにある事を確認していた。

「おそらく、ここでしょう」

メリンはタブレットを置いて、ある場所に指をさした。

「都市から外れた廃工場?」

「確か、ヘルメット団の存在が確認されている場所です」

「まさか、ヘルメット団が!?」

ショウカが声を上げると、メリンは小さく頷いた。

「先生、出発するならばヘリコプターを使用してください。それと、可能な限り最短で救出し、かつ損耗を抑えてください」

「"課題が多いね…!"」

「仕方ありません。今回も私は残ります。祖月輪さんは先生のサポートを、奥空さんはヘリコプターから支援を、ヘルメット団とは言え相応に自信のある策でしょう。油断は禁物です」

「分かりました!」

先生以下六名がヘリコプターに乗り込み、メリンは校舎正門側に待機する。

少し経てばアビドス校舎もメリンもとても小さな点となり、やがて肉眼で見える大きさでは無くなった。

 

メリンからの連絡が入ったのは、先生達がもう少しで廃工場に到達する時だった。

「校舎正門方向から大人数で接近中、中核は便利屋68です」

「!?」

その報告に、一同は顔色を変えた。

「"メリン!直ぐ戻る、一人じゃ無理だ"」

先生は反射的に返答したがメリンは即座に却下する。

「無理です。今からでは虻蜂取らずに終わります。先生方は黒見さんの救出を最優先してください」

通話の向こうからは小さく乾いた打音が一定の間隔で聞こえてくる。

銃撃戦の音ではなく、何かを突く様な音だ。

メリンがいつも使用している杖の音だろう。その方向が逃げる方か相対する方かはおのずから明らかだった。

「先生、廃工場までのルートを送信しました。まず、そのルート上を確認し人が入れる大きさの車両を発見したらその車両を捜索してください」

「"わかった。他に何か注意する事はある?"」

先程よりも落ち着きを取り戻した先生は、優しい口調でメリンに問う。

自身を落ち着かせるのとメリンを気遣うのを同時に行なっている先生の心拍数は先程から右肩上がりだった。

やや間を置いてメリンは答えた。

「当然ですが、我々は相手に対して少数です。長時間の戦闘となればその差は如実に現れます。出立前にもお伝えしましたが、短時間で救出してください。あくまでも目的は黒見さんの救出です。廃工場やその周辺はヘルメット団の拠点と思われますが決して深追いせずに撤退してください。そちらで時間がかかれば、私の方がもたないので」

「"どのくらい耐えられそう?"」

「一時間は保証します。それ以上となってくると確約は出来ません。幸いにも重装甲重装備と言うわけではありませんから、多少体力を使うとは言えある程度は吹き飛ばせます。あとは相手の動きに合わせてですね」

先生の質問にメリンは丁寧に答える。

あるいは、先生の不安を除去出来る様にメリンが言葉を選んでいるのだろうとショウカは考えていた。

「"メリンはどうするつもり?"」

先生は、最大の懸念を払拭するためにメリンに問う。

「ご安心を。多少の悪足掻きはしますが、無理をするつもりはありません。それに、敷地内には即席ではありますが罠を置いてありますから、それらを駆使します」

「"本当に無理はしないんだね?"」

先生の過剰とも言える念押しにメリンは素直に答えた。

「はい」

先生にとって、その返答は心配は払拭出来ずとも懸念を払拭するには十分だったらしく、表情がやや柔らかくなった。

(先生…)

やり取りを聞いていたショウカは、先生の額に冷や汗が浮かんでいる事に気がついた。

遥か彼方で孤立無援の戦いをしようとしているメリンも通信越しで状態を理解しているらしく、先生に告げる。

「先生、今我々は二兎を追う状態にあります。ですが、二兎を追う力はありません。先生、もし貴方の中をどうしようもない感情が渦巻いているのであれば、これだけは忘れないでください」

「"………"」

先生は静かにメリンの言葉を待つ。

ショウカも同様にメリンの言葉を待っていた。

メリンは小さく笑うと満を持して言い放つ。

「後で柴関ラーメンを奢らせてあげますよ」

「"フッ…"」

先生は要求の可笑しさに吹き出してしまった。

メリンには似つかわしくない上から目線の言葉使いを聞きなれた高めの声で言われては、笑うしかなかっただろう。

「"分かったよ。食べられなくなるまで奢られてあげるね"」

先生もメリンの言葉に合わせて返答する。

方や相手に奢らせる事を宣言をし、方や相手に奢られる事を宣言する。

そのやり取りに流石のショウカも緊張や恐怖が和らいだ事を感じていた。

ショウカはメリンにある事を確かめた。

「メリンさん、本当は食べにいきたかったんですね」

「あの時は仕方なかったですからね。それに、勝利の祝杯として必要なご褒美ですよ?」

「ですね」

戦い前の渦巻く感情に会話の可笑しさが中和剤となって、全員が改めて状況を俯瞰することが可能になっていた。

今度はメリンがショウカに質問した。

「祖月輪さん。出発前に渡したあれは持っていますか?」

「はい!しっかりと紐で括り付けてあります」

出発前の慌ただしい準備の中で、ショウカはメリンから念の為と渡されたカバンを軽く揺らして存在をアピールした。

「ヘルメット団に対しては過剰かもしれませんが、私の予測が正しければそれは数少ない有効手段です。使う時は十分に気を付けてください」

「分かりました。特製収束手榴弾、存分に使わせて頂きます!」

通常の収束手榴弾の弾頭部に六個程度の弾頭を針金で巻き付けた収束手榴弾。

メリンは、何処からか持ってきたロケット弾頭と成形炸薬弾頭、吸着地雷を混ぜたお手製の対装甲目標用収束手榴弾を幾つか作り上げていた。

通常の手榴弾と比べて重量も大きさも段違いなため、携行できる個数は少なるなる弱点があるが、対車両・戦車の装備が乏しいアビドス高校においては簡単に用意出来る装備だったのだ。

ショウカがその見た目から細長ベルと名付けていた収束手榴弾は、自動拳銃を主武装とする最も軽装備なショウカの新たな武器兼切り札として託されていた。

「それと、みなさんに追加でお願いなのですが」

「"何かな?"」

メリンの前置きに先生は先の言葉を求めた。

一連のやり取りで不安や心配より、目標を達成する事に思考を向けることが出来るようになった先生は、追加注文を全面的に受け入れる態勢が出来ていた。

「可能であれば相手方の兵装類が回収出来ると助かります。残骸や空薬莢でも大丈夫です。相手の使っている武器がある程度証明出来るものであれば何かと楽になるので」

「"わかった。メリン、何度も言うけれど無理はしないで。危なくなったら直ぐに逃げて"」

先生の最後の念押しにメリンはいつもの調子で返答した。

「ご安心ください。皆さんもお気をつけて、こちらももう間も無く始まりますので」

救出と襲撃と、それに伴う二つの戦闘が同時に始まろうとしていた。

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