帝国宇宙軍#1 接触領域   作:ZENINAGE

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02 貴族は踊らず

【帝国】歴四八六年八月 惑星オーディン

 

 ローエングラム伯カイルは未だに新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)の大げささに慣れていない。慣れないと言えば服装もだ。復古ロココ調の豪奢な礼服を着ていると、慣れない古典演劇の練習でもさせられている気分になってくる。彼が広い廊下の中央をせいぜい優雅に見えるよう努力して闊歩すると、宮殿にたむろする貴族たちは自然と距離をあける。そして恐るべき新参者である彼と、彼の後ろに控える、最上質のスーツに身を包んだ東洋系の老紳士を懐疑の目で見据えるのだ。

 

 カイルは、ダゴン会戦時に『人類圏』へ吹っ飛ばされた戦艦<アルトドルフ>の艦長だった【帝国】騎士(ライヒスリッター)、マクシミリアン・フォン・ギースラーの後裔である。ギースラー家は騎士であることから分かるように門閥でもなければ富裕でもなかった。ただ帝国への忠誠から軍人となり、ダゴン会戦によって数奇な運命を辿ることになった。なお、【帝国】本土に残っていたギースラー家は当主を失い遥か昔に没落している。

 <アルトドルフ>の『人類圏』漂着から百五十年。カイル・フォン・ギースラーは『帝国』一般臣民と同じような感性を持った、自己認識としては小市民の一人であると思っている。だから、孤児救済公共基金であるジェーン一世基金会で責任者という多少の(というには重大な)役割を果たし『帝国』男爵となってはいるものの、自分が【帝国】のローエングラム伯爵であるという事実は悪い冗談のように感じているのだった。

 

 【帝国】の政権中枢である東苑、その宮殿のうち一つの小部屋の中で、カイルと老紳士は銀髪の狷介な老人と顔を合わせていた。

「すべては誤解に過ぎないのです、ええ、ええ、国務尚書閣下」

 カイルは完璧な【帝国】公用語、それも上位貴族層が使用するイントネーションで言った。容姿と合わせれば、彼がこの新無憂宮における新参者であると信じることは難しいだろう。

 カイルと対峙していた老人は【帝国】国務尚書、リヒテンラーデ候クラウスだった。宰相位が空位である現在、文官としては最高位にある人物である。

「誤解、とな」

 リヒテンラーデ候は矢のような鋭い視線をカイルに向けた。長年に渡って【帝国】の実質的な最高権力者として統治してきた彼に睨みつけられれば、大抵の人間は怯んでしまうだろう。自分を小市民の一人と目しているカイルは、自分の後ろに控える老紳士を心の支えとして、【帝国】貴族らしい態度でリヒテンラーデ候に対峙していた。

「ええ。彼らは決して【帝国】の不都合となるような物事を目論んでいたわけではないのです。彼らはその名の通り、宇宙を開拓し、地球を探索し、人類の生存領域を広げる。その自らに課せられた誓約に熱心なだけなのです。誓って、彼らに【帝国】を害する意図はございませんでした」

「だから、『宇宙開拓同志団(パイオニアズ)』を自称する連中を解放せよ、そう言うのか。ローエングラム伯よ」

「何者も、自らの役割に熱心であることは罪に問われぬものです。太祖ルドルフも、自らの責務に忠実かつ熱心であれ。そうおっしゃっておられたではありませんか」

 リヒテンラーデ候は苦笑した。この新しいローエングラム伯が実によく【帝国】を学習していることが見て取れたからだ。彼のような人間を【帝国】政府に取り込めば、随分とやりやすくなるだろう。それは現段階では空想の産物でしかなかったが。

「不幸な誤解が生まれるまで、彼らが【帝国】に銃を向けたのでありましょうか? 悪逆非道な海賊のごとく【帝国】臣民へ危害を加えたでありましょうか? 私が聞き及ぶところ、少なくとも【帝国】軍艦から発砲されるまで、彼らは自らの責務、すなわち『人類圏』――いや、【蛮地】より地球へ至る道を探していたにすぎません。そしてそれは、【蛮地】の者たちが【帝国】と友好を交わしたい、ただそのために努力した結果なのです」

 カイルは誠実にリヒテンラーデ候へ話した。『人類圏』を【蛮地】と言い換えるときはさすがに少し思うところがあったが、一切を飲み込んで【帝国】貴族らしい言葉を使った。

 リヒテンラーデ候はカイルの言葉に表面上無表情を貫き通した。そのかわりに、今までリヒテンラーデ候の隣で、カイルと老紳士から存在を無視されていた、復古ロココ調の豪奢な服をまとった青年が、急に鼻を鳴らしながら割り込んできた。

「これは異なことを申される、ローエングラム伯」

「ヒルデスハイム伯、異なこととは?」

 不躾に話へ割り込んできた青年はヒルデスハイム伯だった。【帝国】の貴族層についてそれなりに記憶促進装置(メモブロ)で学習していたカイルだったが、正直、彼に関しては記憶すべき何かを示された記憶がなかった。穏やかに聞き返したカイルのことをどう思ったか知らぬが、ヒルデスハイム伯は謎めいた優越感をその表情に示しながら続けた。

「重要なのは連中が【帝国】の神聖なる法を知らず、にもかかわらず我が物顔で【帝国】領内を航行したこと。そして下賤な出身にも関わらずその地を治める貴族と対等の立場を築こうなどと抜かしたことだ。全く己の分際を弁えぬこと、その罪は矯正されるに値する。そして【帝国】の法を知った連中はそれを恐れて【帝国】にひれ伏すのだ」

 あまりに堂々と言い放った無礼な青年の言葉に、カイルの顔面は一瞬で超合金製の仮面と化した。大体、こいつは何の権限があってこの交渉の場にいるのか。部屋に入った時から疑問だったが、今の喧嘩を売っているとしか思えないいちゃもんでいよいよ【帝国】の意図が解らなくなった。前回の会合では、リヒテンラーデ候は問題解決にかなり前向きだったように思えていたのだが。

「我が物顔、は言い過ぎでしょう。会合時のデータログを見る限り、彼らは可能な限りの通信方法を使って連絡を取ろうとしておりました。【帝国】法をその時は知らずとも、知ろうと努力はしております。そして、最終的に如何なる関係となろうと、人はまず友好を求めるものでありましょう。それに、君臣の関係は明確な契約関係に基づくものであり、友好を求めてきたときはまだ君臣とはなっていなかったのです」

 カイルは慎重に言葉を選んで話している。本当ならこの無礼者を退出させてやりたいのだが、それがリヒテンラーデ候のどのような反応を引き起こすのか不明な今は誠実に答えるしかない。

 ちらりとリヒテンラーデ候を見ると、彼はカイルに小さく首を振った。その目が、こいつの存在は自分の意図ではないと伝えていた。とはいえ、侯にも彼を退出させるなにものかを持ち合わせていないのだろう。

「知らぬということがそもそも問題だ。【帝国】の法とはこの銀河、いや銀河にすら収まらぬ、この世全ての絶対法則だ。それを知らずして何故生きることが出来ると考えられる? 大体、君臣の関係など、貴族と己の姿を見れば一瞬で把握できるであろうよ」

 ヒルデスハイム伯は明らかに自分の言葉を信じている声で言った。なるほど、【帝国】において、人類は自分が聞かされても知らされてもいないことに対する知識を完璧に取得し、自然界には存在しえない人間の上下関係を即時に把握するという超能力を取得せねばならないらしい。素晴らしい。それがなされれば人類は新たな地平を切り開くことが出来るだろう。帝国ばんざい(ジークライヒ)。ばかばかしい。

 仮面の如く表情を動かさないカイルを見てヒルデスハイム伯はいよいよ勝ち誇った表情となった。そしてカイルには受け入れがたい理屈を朗々と諭すように披露し続ける。一応、その理屈は【帝国】の理屈ではある。だから本題に入りたいリヒテンラーデ候も苦り切った顔でただ耐えている。なのでカイルも超合金製の仮面の下で大人しくしていた。

 そうして気をよくしたヒルデスハイム伯はいよいよ饒舌になり、小声のつもりがしっかりその場にいる全員に聞こえる声で言ってしまった。

「全く、何故かような者が私と同じ伯爵などと」

 失言だった。この発言はさすがにヒルデスハイム伯の勇み足が過ぎたようだ。リヒテンラーデ候は目を瞑り、もう一度首を小さく横に振った。噛みついてくるようなヒルデスハイム伯からは隣のリヒテンラーデ候は見えず、候が今まさに伯を見放したことに気が付いていなかった。

「ヒルデスハイム伯。今の言葉、どういうことか?」

 あくまで平静に聞こえる言葉に、演説を唐突に中断させられたヒルデスハイム伯はカイルを見た。そして冷静に聞こえる声の裏にある冷酷な激情を感じ取ってしまった。カイルの目には紛れもない敵意があった。

「私は確かにこの新無憂宮の新参者であります。ですが、であるからこそ、私は典礼全てを記憶し、ここへ参ったのです。それもこれも、全ては陛下のため。陛下は私のような者のことをしかと見定め、私は過分にしてローエングラム伯へと叙爵されました。身に余る光栄でございましたが、ゆえに私はその責務に励めとの御言葉を頂いたと確信しております。であるがため、私はこうして国務尚書のところに参り、己の責務を果たさんとしているのであります。そう、【帝国】貴族として。皇帝陛下より与えられし職責にて貴族の責務を果たす。それが、私が卿と同じ伯爵である理由であります。すべては皇帝陛下のために」

 カイルはどこまでも完璧な【帝国】語で、流れるように言った。ヒルデスハイム伯の心中にさえその言葉は届き、それはかれの心中に、自分が何か間違っているのではないかという言いようのない不安を抱かせた。

「ヒルデスハイム伯、貴方は皇帝陛下(カイザー)が何かに惑わされ、相応しくないものに爵位を与えたと、そうおっしゃりたいのか? あるいは【帝国】の正史に輝く我が家の武勲、否、我が祖先によって示されたゴールデンバウム王朝の威光について、疑問をお持ちであられるのか?」

 カイルは超合金製の仮面の奥に潜む侮蔑を隠すこともなく、言葉と共にヒルデスハイム伯へ叩きつけた。新参であるはずの男から貴族の論法でもって論を崩され、ヒルデスハイム伯は大きくたじろいだ。

 【帝国】の公式見解では、『帝国』及び『人類圏』はギースラー家がゴールデンバウム王朝の権勢を示したことで服属した者どもであり、その功を持ってカイルはローエングラム伯に叙封された。そして「ローエングラム伯爵領とその近郊である【蛮地】(『人類圏』)統治を補助するために、彼の地へ帝国政府として弁務官を送っている」ということになっている。たとえそれが、新無憂宮へ『帝国』の外交官的存在を受け入れるための建前だったとしても、【帝国】にとり重要な見解であることに違いはない。

 その公式見解に疑問を呈するということがどういうことか、カイルは改めてヒルデスハイム伯に問いかけたのだった。それは事実上の脅迫だった。

「そ、それは……」

「それは? それはどういうことでありますか?」

「もうよい」

 更に詰め寄ろうとしたカイルを押しとどめるように、リヒテンラーデ候が前へ出た。

「ヒルデスハイム伯、卿の言葉は軽率であった。だが、ローエングラム伯、卿の言葉もまた強くありすぎる。ヒルデスハイム伯、ひとまずここは引き下がってもらえるだろうか。この件も含めて、ローエングラム伯とは話さなければならぬことがある」

「しかし」

「よいな」

 リヒテンラーデ候がじろりとヒルデスハイム伯を睨めつけ、彼はまたもたじろいだ。

「……いたしかたありませぬな」

 ヒルデスハイム伯は不承不承で退出し、扉が閉められた。閉まる間際に「化外の地の成り上がり者が」という捨て台詞が聞こえた。なら貴様は何者なのだ。カイルは閉まった瞬間に外界の音を遮断した扉を見ながら思った。『帝国』でなら即刻RESにあの馬鹿の爵位剝奪をかけてやるものを。

 カイルがそう思っていたところで、これまで一切口を開かなかった東洋系の老紳士がリヒテンラーデ候に話しかけた。

「いささかトラブルがあったものだが、そろそろ実務的な話をさせていただいてよろしいだろうか、【帝国】国務尚書、リヒテンラーデ候クラウス殿」

「そうだな、イテヨン殿。残念だが、私はそなたをその職務で呼ぶことは出来ぬが」

「構いませぬとも。私に必要なのは名ではなく実と信頼なのですから」

 イテヨンと呼ばれた老紳士はそれが当然であるかのように答えた。

 

 

 後刻。すでにオーディン中心街には夜の帳が降りている時間。

「正気とは思えません」

 ローエングラム伯爵邸――実質的には『帝国』の外交官事務所になっている――に戻ったカイルと老紳士は応接室の一つでグラスを傾けあっていた。『帝国』本土から持ってきたニッカ・ウイスキーだった。古代地球時代のブランド銘を引き継いでいるこのウイスキーは、高級ではあるが庶民の手に入らないレベルのものではない、カイル好みの品だった。

 カイルは邸宅に帰ってくるなり服も着替えていた。一般的なスーツを着たカイルからは【帝国】貴族がまとうべき雰囲気も失われている。ローエングラム伯ではなくカイル・フォン・ギースラーとなっているのだ。

「あそこまで進めた交渉が、あの馬鹿の同族に知られたぐらいでひっくりかえるのですか。この国はどうなっているんですか」

「あまり汚い言葉を使うのでない。魂まで汚れてしまうぞ」

老紳士はカイルへ諭すように言った。

「……はい、申し訳ありません。閣下」

「閣下もよい」

 老紳士、李泰英(イ・テヨン)は微笑を浮かべながら言った。人生の何たるかを知っている老人の笑みだった。

 

 李泰英は『帝国』外務卿だった。つまり、『帝国』の外交を一手に引き受ける男だ。かつて、いがみ合う複数国家の間を取り持ち、『人類圏』全域の包括的な安全保障を約束する条約機構の成立を果たしたタフ・ネゴシエイター。もっと遡れば第三次銀河大戦に参加したこともある古兵だ。『帝国』では侯爵、つまり最高位の貴族(公爵は皇族が自分の功績で叙爵されたさいに与えられる。なので皇帝退位が起こった時はたいてい元の爵位に戻ることになる)。閣僚としての立場といい人生経験といい爵位といい、本来ならカイルの従者が如く扱われるなどありえない人物だった。

 そのような男がそのように扱われながらもなおオーディンにいる理由、それは二つの帝国の間で、何か重大な問題が発生していることを意味する。実際、二つの帝国の間には、現在喫緊に解決せねばならぬ問題があった。

 

 宇宙開拓同志団(パイオニアズ)は『人類圏』から地球方面を目指して航路を開拓していた。サルガッソースペースのオリオン腕側を探索していた同志団のひとつが、【帝国】領域に現れるのは必然だった。ではそのような存在が現れたら、【帝国】はどのような反応をするだろうか?

 残念ながらこの時、『人類圏』は自分の常識で相手を図るという誰もが犯しがちな愚行をやらかしていた。【帝国】戦艦の漂着から百五十年。さすがに戦争は終わっているか、あるいは別の戦争が始まっているかもしれないが、それならそれで何らかの戦争合意がされているだろう。ゆえに非武装かつ無害であることを見せればいきなり撃たれることはあるまい。同じ人類であることだし。

 そんな甘い期待は一瞬で裏切られた。唐突に現れた同志団の船舶に対し、【帝国】は拿捕撃沈を命じた。【帝国】語で行われたあらゆる交渉を表す言葉は無意味だった。そして船団の多くの人々が捕らえられ、農奴となって近隣の貴族たちへ分配された。次に同志団から送り込まれた船団は多くの情報を持って、身分を明かしてやってきた。無駄だった。彼らは最初の船団と同じ運命を辿った。

 そして三つ目の船団が派遣される。この頃には、無防備な船団が存在すると聞きつけた辺境の小貴族や左遷された軍人たちが同志団の船を狙って【帝国】勢力圏の縁を徘徊していた。彼らは狐狩りを楽しむ気分でいた。だが彼らに狩られるだけと思われていた狐は、すでに彼らの外道を知っていた。

 こうして『最悪の接触(ワースト・コンタクト)』と呼ばれる一連の事件が発生する。

 ある貴族が、発見した同志団船団を脅しかけるように私兵艦隊の中性子ビームを放った。船団から非武装、中立、友好的対話の意志を意味する通信が飛んできてもその貴族は聞くそぶりも見せずに私兵艦隊を突っ込ませた。最後の自衛警告も無視されたことを確認した船団は一隻残らず放射線中和フィールドを全開にして私兵艦隊に突進し――貴族の旗艦などを道連れにして吹き飛んだ。

 このような事態が辺境各地で頻発した。少なくとも三人の爵位を持った貴族が死に、千、万単位の船団員が引き換えに吹き飛び、生き残った船団員は「矯正区」に放り込まれた。

 三つ目の交渉船団が『帝国』の小艦隊及びカイルを伴って現れたのは、そんな状況になってからだった。

 

 以後、宇宙開拓同志団(パイオニアズ)の船団員に対する扱いは二つの帝国での課題であり続けている(いや、問題と言うならすべてが問題なのだが)。『帝国』は残った船団員の解放を望み、【帝国】は多くの貴族が失われたことを【帝国】への反逆であるととらえ、重罰を解くことなど思いもよらなかった。軍事的な意味で非武装の相手を一方的に嬲ったという事実は都合よく無視される。それが彼らにとって当然だったからだ。

 それでもカイルが皇帝フリードリヒⅣ世に拝謁してローエングラム伯となり、泰英とリヒテンラーデ候の長い交渉の果て「同志団や貴族への補償はローエングラム伯(つまり『帝国』)が行い、代わりに、発生した事態は不幸な事故であったとして【帝国】への反逆であるという認定は行わない。そして同志団員は可能な限り調査して返還される」という双方の大幅な譲歩の元、交渉はまとまろうとしていた。はずだった。

 それが今日くつがえされた。

 リヒテンラーデ候曰く、どういう経緯か、交渉の中身が門閥貴族達の間に漏れたとのことだった。リヒテンラーデ候自身はそうしてまとめることは悪くないと思っていたのだが、門閥貴族どもには理屈もへったくれもなかった。多くの貴族がみまかった原因である反逆者たちを許すなど【帝国】の威信に関わる。ゆえにローエングラム伯との会合を我々もしかと見させていただく。それがあの場所にヒルデスハイム伯(あの馬鹿)がいた理由であり、同時に二つの帝国にあった問題が解決しえなくなった理由であった。知られた以上、強引に進めるのは難しくなった、門閥貴族とは大きな力があるのだとはリヒテンラーデ候の言葉だ。国家に何を出来るか考えるでもない馬鹿どもが貴族を名乗り、国政に堂々と口を出す。カイルは下水を覗いたような気分になった。

 

 全く、こうなるなら、いかに敬愛すべき『皇帝』陛下が「もらえるものはもらっときなさい」と仰られたとしても【帝国】貴族になどなるのではなかった。先日見た、【帝国】貴族色に改変され、何の魅力も感じられなくなったデンマーク人王子の古典劇など何度席を立とうと思ったものか。その時間をザナルカンド・エイヴスのブリッツボール観戦に使ったほうが余程有意義な人生を送れる。できればあのちんまりとした六畳の和室でコタツに入り、2Dモニターで観戦するのがいい。ウイスキーのロックがグラスに入っていると最高だ。和室も、エイヴスのテーマソングであるヘヴィーメタルも【帝国】にはない。改めて残念だ。

「今後はどのようにしますか?」

 カイルの問いには悲痛な響きがあった。あらゆる希望が絶たれたように感じていたのだ。

「続けるしかあるまい」

「続ける、ですか。しかし、まとめられるのですか? 無理としか思えないのですが。いや、仮にまとめられたとして、それを後でくつがえされる可能性のほうが高いのでは?」

「だからといって、続けなければ何も変わらない。現状維持はすべてのものにとって最悪だ。それはリヒテンラーデ侯も理解はしていると思う」

 カイルは頷いた。今のままではどうしようもないことは、二つの帝国どちらでも変わらない。【帝国】は国家の威信が揺るがされたままであるし、『帝国』は民意の暴走を警戒しつづける必要が出てくる。軍事的にも、二正面作戦と言う悪夢を避けたい【帝国】と、そもそも戦争などしたくないししてほしくない『帝国』という理由がある。

「しかし、私はあくまで正直に対応することしかできません。つまり、劇的に状況を変えることなどできません」

「それでよい。どのような場所にいようと、信用できる人間である。そうすれば、相手もいつかは理解する」

 厳めしく、諦めることを知らない古参兵の表情で泰英は言った。

「信用はなにものにも代え難い。それを得ることを恥ずべきでないのだ」

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