帝国宇宙軍#1 接触領域   作:ZENINAGE

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03 『帝国』略史

 プリントアウトした、自分なりの考えとともにまとめた『帝国』の歴史をクリアファイルに挟み込みながら、ヤンはモニター上の映像装置を再生した。宇宙船のセレモニーホールと思しき場所に、一人の黒人が立っていた。

「まったく驚くべきことではありますが、なってしまったものは仕方がありません。植民以来七年、文明疎開団総員百万五一二名による投票の結果、我々はここに新国家、銀河帝国(ギャラクティック・エンパイア)の成立を宣言するものであります。

 そして、その、帝国という選択同様に自分ではまったく納得できないのでありますが、やはり文明疎開団総員の投票に従い、わたくしムワイ・ワンジクはワンジク朝ムワイ一世として銀河帝国皇帝に即位いたします」

 白い縮れ毛と対照的な黒い肌を持つ老人がそう宣言した瞬間、不揃いな歓呼の声が響き渡る。この当時はG,S,E(ギャラクシー・セイブ・ジ・エンペラー)(ギーセ)という祝詞はまだない。ゆえにそれぞれが思い思いの言葉で皇帝を讃えている。

 同じ銀河帝国の建国宣言でもえらい違いだ。祖国でさんざん視聴した【帝国】建国宣言を思い出しながらヤンはつぶやいた。まあ、多くの人間が快哉を叫んで共和主義を放り出したという点では違わなかったりするのだが。

 この『帝国』はまさにここから始まったのだ。ヤンは愚痴とも不満ともつかないことを口走る『皇帝』を見ながら神妙な表情になった。

 

 西暦二一〇六年。

 一三日戦争から永遠に続くかと思われた戦乱の時代。避けがたい滅亡から人類を生き残らせるために、文明の資料を積んでそのまま何処かへ避難してしまおうという計画が立ち上がった。ユーラシア大陸の両端に存在した、その当時まだかろうじて文明を維持しつづけていた二つの島国が主導したその計画によって生まれたのが文明疎開船団だった。その中の一隻の名は<オライオン>。ムワイは<オライオン>の疎開団団長だった。

 計画では太陽系の端で観測された不可解な次元の裂け目、二〇世紀の科学者が予言したワームホール(発見者及び航行方法を考えたフジイ教授の説明に使われた「スリット」と言う用語が『人類圏』では使われている)を通ってトラピスト星系へ旅立つつもりだった。そしてそこで事故は発生した。科学的なあれこれの説明は省略するが、あまりに遠距離(当時では四十光年ですら遠距離だったのだ)に目標を制定したそのワームホールは「ねじれて」しまい、何処かわからない場所へ繋がってしまったのだ。彼らは銀河のどこだかも分からない場所に放り出されることになってしまった。

 なお、同盟や【帝国】にその疎開船団の資料は残されていないようだった。恐らく地球統一政府が成立する西暦二一二九年までの約二十年間に計画を主導した両国が滅びたために資料が散逸してしまったのだろう。そして、「逃げるために何処かへ行った」という伝説が変奏されて銀河に残されたようだった。(アーレ・ハイネセンの「長征」もその伝説の末裔である可能性をヤンは考え始めていた)

 

 さて、放り出された人々は当然とても困ったが、幸運なことに<オライオン>は飛ばされた先ですぐに可住惑星を見つけた。それがヤンが今いるここ――惑星サクセサーだった。ここに植民を始めた彼らはどうにか自分たちが生きていけそうなことを確認すると、自分たちのよって立つものを決めた。

 それが『銀河帝国(ギャラクティック・エンパイア)』だった。

 帝国臣民が投票することで制定される帝国臣民決議(RES)、それに伴う帝国基本法(EBL)に従って皇帝は君臨し、それを行政機関が補佐(実質の統治)する。皇帝の権威が投票によって信任される、奇妙な、もしくは原初に立ち戻った帝政。西暦二一一二年、あるいは『帝国』歴元年。『帝国』は始まった。

 人口百万人の『銀河帝国』。立ち上がりは当然大変だった。だが人々はいつの日か地球圏に残された人々(滅亡していた場合はその遺跡)を再発見するべく、日夜の努力でどうにか人口を増やし始め、近隣の星々にその生活圏を広げていった。

 やがて、同じような失敗をした疎開船団による国家が、銀河レベルではご近所と言えるところにいくつかあることを知った『帝国』はそれと角突き合わせることになった。どの国も地球圏への帰還を考えていたのは間違いなかったが、それを成すために努力する方向はそれぞれ違っていた。だからお互いに争うわけだった。

 協定標準時(西暦を改称しただけである)二八三八年。『帝国』歴では七二六年。地球からワープ航法で植民を進めた人類が銀河連邦を成立させ、宇宙歴となった頃、この銀河の片隅にある『人類圏』では最初の戦争が行われた――第一次銀河大戦と呼ばれる戦争だった。銀河連邦を知っていたならばそのような名前が付いたかな。初めて聞いた時から、ヤンはちょっとだけ意地悪く思っていた。

 紆余曲折あってこの戦争は『帝国』の勝利となり、同時に各国の境界線や民間人保護のための条約などが多数発効されるに至った。これを主導した『勝利帝』ジェーン一世は現在でも帝国にとって偉人の一人だった。最も「『勝利帝』と称えられるたびに彼女の肖像画は憂いを増すであろう」と謡う詩人が世の中には多数存在する。戦争が始まる前、いや、『皇帝』に即位する以前から、彼女は『帝国』で最も偉大な孤児院経営者であり、世の不幸を減らすために争いごとの無意味さを説いていた人間だった。

 

 ともあれ、国境は制定され再び世界は平和になったわけだが、西暦二〇世紀の誰かが「平和とは次の戦争までの待機期間にすぎない」と言い放った通り、複数の国家が角突き合わせていればそこに争いが存在しないわけがなかった。第一次銀河大戦から二百五十年ほど経ったとき、第二次銀河大戦が勃発した。銀河連邦ではルドルフが台頭してきたころの話だ。

 この戦争によって、『人類圏』には原色の髪を持った人、身体の一部に奇妙な変態が見られる人、動物と人を掛け合わせたような外見の人がバラまかれることになった。そういう人々を作り出した国家が崩壊したからだった。自由星系共和国(フリーダム・スターズ)と名乗っていたその国の人々は自身の肉体を粘土のおもちゃのように取り扱っていたが、その過程で国家というよりは人間としてのアイデンティティを失い、それに耐えきれなくなった反逆者たちとの内戦で滅びることになった。共和国の友好国だったはずの国家もその過程で戦乱に巻き込まれて主体性を失い、この混乱の中で、『帝国』も雨後の筍(なんと『帝国』では竹が生き残っている)のごとく湧いてくる国家だか海賊だかわからない諸勢力をモグラたたきのように潰していくしかなかった。

 銀河連邦がゴールデンバウム王朝銀河帝国(差別化のため【帝国(ライヒ)】と称する)となって四半世紀が過ぎるころ、この戦争の混乱はようやく収まり始めていた。国境とか主権認証とか、誰もが考える気力を無くし、担当者があっという間に親の仇同士のような関係になりそうな面倒ごとは山のように残っていたが、疲れ果てた『人類圏』はとりあえず戦争することをやめることに合意したのだった。

 この大混乱期に成立し崩壊した政権やら軍閥やらは三十を超え、残っていたのは十ぐらい。その中で『帝国』は最初から最後まで大きな変化もなく生き残り『人類圏』唯一の大国として君臨することになった。とはいっても人々の自主性をそれなりに重んじる『帝国』は諸国家へ高圧的になることはなく、どうしても必要な時だけ話の場に出てくる調停者たらんとしてそれから数百年の歴史を刻んでいくことになる。なお、諸国家とそのような関係を築いた理由は「併合すると金がかかるでしょ」という本音があるとみる人が多数だった。生き残った群小国家の小競り合いは続いたものの、大戦も戦争も起こることはなく、これから数百年、『人類圏』は繁栄の時代を迎えることになる。

 

 次に『人類圏』に大きな変化があったのは宇宙歴六四〇年。つまり、ダゴン会戦の年だった。そしてこれこそが、駐『帝国』大使館なるものが生まれた直接の契機であったと言える。

 ダゴン会戦の終盤、潰走していく【帝国】軍戦艦の一隻が、同盟軍の包囲から脱出しようとしていた。数隻の艦船に包囲され、にっちもさっちも行かなくなったその戦艦は、友軍の一隻が作ったワープドライブによる時空の裂け目を観測していた。生き延びるため、その状態で咄嗟のワープを行った。結果、その戦艦は図らずもスリットを抜けたのと同じ現象を起こした。当然、何処へ繋がるもわからないスリットを越えた彼らは、銀河の遥か彼方へ飛ばされることになった。普通なら、彼らは次元の狭間に永久に取り残されるか、あるいはいずことも知れぬ世界に放り出され、そのまま終わるところを知らず、ということになるはずだった。だが彼らは幸運だった。そこには人類がいたのだ。【帝国】のことも、銀河連邦も、地球統一政府すらも知らない人類が。

 この【帝国】戦艦を発見した国家は群小国家の一つだった。彼らは、最初は漂流者への哀れみを込めた救難活動をしていたが、そこに搭載されていた、スリットを介さずに超光速航行を可能とするワープドライブを見て驚愕した。自分たちの手に負える話ではないと思った彼らは問題を『帝国』に押し付けることにした。幸い、【帝国】戦艦は大掛かりな修理を行わなければワープを行える状態ではなかった。

 『帝国』ももちろん驚愕した。これによって、スリットによる交易路で成り立っていた『人類圏』は世界そのものを組みなおさなければならないことが確定したからだ。いや、それよりもこのような航行システムを持つ艦隊がもし出現した場合、今の『人類圏』は到底対抗することが出来ない。その明白な事実に危機感を抱いた『帝国』はワープドライブを含めた、【帝国】戦艦の解析に全力を注いだ。その過程で、戦艦の乗員たちには安住の地や貴族位などが振舞われた。最初は乗員たちも戦艦の引き渡しに抵抗していたが、銀河の遥か彼方で孤立した彼らは生き延びるための保護が必要だった。やがて、艦長含めた人々は戦艦を引き渡すことに同意し、彼らは帝国内に居住所を構えることになる。『帝国』は、いつか【帝国】が見つかったら、彼らをその地に返すことを約束した。

 解析を始めた結果、期待は半分叶い、半分裏切られた。ワープドライブは驚くべき速度で実用品が完成し、漂着から五年後には商用実験が成功している。一方、恐るべきものであるはずの火器兵装、通常空間の移動用スラスター技術などは不満の残る解析結果になった。自分たちが装備しているものと大差はなかったことがわかったからだ。

 

 ともあれ、『帝国』は「革新的な」星間航行技術を手に入れたわけだが、このような急激な情勢変化が世界に影響を与えないわけがなかった。新技術を手に入れた『帝国』が、群小国家すべてを平定するのではないか。そのような妄想にとらわれた国家の一つが、最初に【帝国】戦艦が漂着した国に侵攻したことで、第三次銀河大戦が勃発した。『帝国』は調停を行おうとしたが、そもそもが『帝国』への妄想から始まった戦争である。調停者になどなれるわけがなかった。結果、『帝国』はワ-プドライブ搭載型の軍艦を新規量産する暇などなくこの戦争を遂行するはめになった。

親『帝国』と反『帝国』という不毛な戦争は、序盤はだらだらと続いたが、帝国が速戦即決の方針を定めた時から急速に進展し、「最後の決戦」と呼ばれるアウラ東方沖会戦で十万隻規模の艦隊が激突、『帝国』軍が反『帝国』連合軍の策源地を叩き潰したことで四年ほどで終戦する。

 戦争後、『帝国』はワープドライブの技術供与に極めて積極的になった。大戦で反『帝国』的だった国家に対してもだ。戦略的な見地から『帝国』はその技術を秘匿するだろう、そう思っていた諸国は『帝国』の意図をつかみかねていた。

 『帝国』は、明晩【帝国】のような、優れた技術を持つ国家と遭遇することが明らかになった今、対抗するには『人類圏』すべての力が必要だと判断した。ゆえに、基本的な流通を革新するこの技術を『人類圏』に広めることが全体の利益にかなう。そう考えて技術を放出したのだった。同時に先行者利益を貪るよう動くことも忘れなかったが。

 

 こうして、『帝国』が歴史の表舞台(こう表現するのも我々こそが中心である、という傲慢かなとヤンは思った)に躍り出る下準備は全て整った。【戦艦】に残された星図を天測図と比較することにより、地球方面の大体の方角がわかった。迷子の国々が共同して作った組織である宇宙開拓同志団(パイオニアズ)はそれまでに数倍する資金を投下され、それに比する勢いで星々を探索し、その過程で可住惑星や希少な資源の産地を発見した。地勢的には最も地球に近かったことが判明した『帝国』が多くの受益を得ることは間違いなかったが、『帝国』はその利益を気前よく配分することを惜しまなかった。また、地球方面へ並行するように走っている通行困難帯を超えることも成功した。その帯に沿って行けば、いずれ人のいる世界に着く。その意味で、オリオン腕とサジタリウス腕の間にあるサルガッソースペースは彼らにとって希望であった。

 探索と探検は報われた。百数十年の時をかけ、開拓者たちは同盟と【帝国】に到達したのだった。『人類圏』約千五百年の悲願が果たされようとしていた。

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