宇宙歴七九五年 九月 ボイオ星系
ヤンは五日ほどの休暇を貰ってボイオ星系に来ていた。
サクセサーのあるオライオン星系から百数十光年離れた位置にある星系で、可住惑星カルフールを抱えたそれなりに豊かな星系だ。カルフール軌道上には『帝国』のボイオ航行管理局があり、周辺星系の航行管制を行っている。かつて彼らの領域が半径二百光年ぐらいに収まっていたころは、北東方面艦隊の司令部が置かれていた。一回のワープでオライオンから到達できるようになったため戦略的な重要性を失い、艦隊司令部等の機能は彼方に散っていったが、その跡地はとある年代の貴重な軍事的資料を収集する場所となっている。
およそ七百年前、この地域に吹き飛ばされた人々が最初の大戦争を行った。ボイオの隣にあるチャンドラー星系(スリット航法で一航行のため、現代の技術ならその気になれば一日で行って帰ることができるほど近所だ)へ、
こうして「第一次銀河大戦を引き起こした」と指弾されることもある
『帝国』は彼女の功績を忘れなかった。彼女の
それが、記念艦<メテオール>である。全長千二百メートルの葉巻型をした彼女は、今やその身に戦闘兵器を搭載しておらず、推進システム等、船としての機能もわずかな姿勢制御スラスターを除いて持っていない。もはや彼女は戦うことはない。それでも彼女は『帝国』現役艦艇として艦籍簿にその名をとどめている。彼女はこうして伝説となった。
今の彼女に与えられた仕事は、第一次銀河大戦についての資料等を収集、展示する博物館であった。内部は人が行きかいやすいように改装され、兵員室などの諸室には大戦に関する資料が所狭しと展示されている。広々としたかつての弾薬庫はちょっとしたレクリエーションスペースとなっており、ホログラフィックスを用いた天球シミュレーションなどの大掛かりな展示がされたり、講演会が開かれたりする。
ヤンが今回ボイオ星系、というか<メテオール>に来た理由はほぼ純粋に趣味である。大使館内で日常業務のほかに割り当てられた、同盟軍視点からの『帝国』史を作るという業務を行っている最中、純粋に第一次銀河大戦に大きな興味を抱いたからだった。開戦時<メテオール>艦長だったアマギ少佐に妙な親近感を抱いたのも理由の一つだ。ちなみに、なぜそのような業務を与えられたかと言うと、情報収集や広報、事務仕事にはことごとく向いていないとパエッタ少将に断じられてしまったからであり、せめても仕事をして貰おうとあまり有意義とは言えない(『帝国』の歴史に関する資料は同盟本国にも送られているため、ハイネセンの大学で研究、編纂されるのが筋でもある)仕事を割り当てられたのであった。とはいえ、この業務は歴史学者志望であったヤンにとって、珍しくいい仕事に当たったと思えるものだった。滅茶苦茶と言っていい歴史の流れをしている『人類圏』だが、それを追って丹念に解きほぐしていくことはヤンに珍しく労働意欲を与えていた。で、先日無事に『帝国』史を上梓したため、休暇をいただいて自身の知的好奇心を満たさんとしたわけである。
ちょうど昼時になっていたので、ヤンとユリアンは食堂で休憩兼昼食を取っていた。かつての食堂は現在でも食堂として使われており、艦内を歩き疲れた(
「歩行路があると言ったって、こんなに広いとは思わなかった。なんだって、こんなに長く作ってあるんだ。同盟(うち)の旗艦級戦艦並みじゃないか」
不承不承ながらコーヒーを一杯すすり、サンドイッチをかじりながらヤンはぼやいた。
「これを百人ちょっとで動かしていたんだから、たいそう大変だったんだろうなあ。第一次銀河大戦のころは、重力制御装置もまだ原始的だったって話だから、それで戦争をやったっていうのも大した話だ」
「でも、時期的には銀河連邦が成立するよりも後の戦争なんですよね。シリウス戦役の時には、地球側もシリウス側も十分な数を準備して戦争をしていましたよ」
「だが、地球時代末期には、すでに宇宙居住に不自由しないぐらいには重力制御技術は発達していたんだ。一方、こちらでは重力制御装置は『健康器具』とまで言われるほど機能は制限されていたらしい。だから戦うのも一苦労だったんだろうね」
「それでも『帝国』とHULは戦争を始めて、そして終戦までお互いに戦いました」
「そうなんだよなあ。始まりと言えば、隣の隣のナヴァッサ=ケイロンをHULが占拠してしまったことから始まった。そこ自体はほとんど価値のない星系だけど、そこに『帝国』とHULが領有権を主張しあっていた、それだけのことが最後には戦争を引き起こしている。重ねて言うけど、それ自体にはあまり価値のない星系なのに」
窓に見える壁の映像モニターに映る星々を眺めながら、ヤンは一つため息を吐いた。
「結局、そんな状態でも、人は争ってしまうものなのかな。領土とかイデオロギーとか、そういったもののために」
ユリアンはそんなヤンを気づかうように見ていた。少しの間を置いて、言った。
「でも、彼らは最後には休戦しましたよね」
「まあ、そうだね。彼らは百年以上も争わず、常に戦争の納め時を探していたようなのは救いだったのかな。もちろん、同盟と【帝国】との関係が、『帝国』とHULの関係に援用できるわけではないわけなんだけど」
できれば
「立場が違うけど休戦とかは成り立つ、と考えればいいのではないでしょうか、中佐。そう考えれば、同盟と【帝国】で和平を結ぶ日も来ると思いますよ」
それができるなら早いほうがいいな、そうすればユリアンを戦争に送らずに済むだろう、そう思いながらヤンは答えた。
「うん、そうだね、そう考えることにしようか」
たっぷり二時間を休憩に費やし、二人は再び艦内各所を巡った。レクリエーションスペースでは全天球シミュレーターが当時の艦船動作を説明しており、予備知識がなくとも興味を湧かせるに足る上手な解説がされていた。歩行路はその速度に合わせて、壁に展示されている資料を見せている。貸し出されているパーソナルコミュニケーターに接続された無線配信からは展示品の説明がされており、興味を向けたものを後で検索しやすいように保存させておくことまでしてくれる。
三十分ほど巡った後、二人は艦長室に到着した。
艦長室は、感覚的にはえらく質素に感じられた。デスクと対になるチェア、そして来客用の椅子、壁の一面には棚があり、もう一面は一見何もない。実はそちらの面には格納式の寝台があり、一定の時間ごとに開閉動作を見せたりする(次は二十分後のようだ)。そしてデスクの向こう側にあるチェアには、ヤンも写真で見知ったアマギ少佐が腰掛けており、副艦長ティケルクルト大尉から報告を受けている。無論、そのアマギ少佐とティケルクルト大尉は人形である。人形のアマギ少佐は厳めしく落ち着いた表情でその報告を受け取っているように見えて、ヤンは思わず苦笑した。思わず七年前を思い出す。多くのメディアから求められ、軍も推進した、本人の内心をまるで考慮しない、素晴らしき軍人たるものの姿。
(違いがあるとすれば、彼はまあまあ英雄たらんとしていたということかな)
本人や同乗者の回顧録やら伝記やらを思い出しつつヤンは思った。
先に少し触れたように、<メテオール>艦長、アマギ・マモル少佐は第一次銀河大戦時代、七百年以上前の人物である。「第一次銀河大戦を引き起こした」艦船の艦長たる彼の一般的評価はあまり安定しない。『帝国』臣民一般からは「知る人ぞ知る、昔の有能な将校」であり、第一次銀河大戦の『帝国』に批判的な人々からは「悪魔の手先」と言われることも多い(悪魔の部分は当時の『帝国』宰相、ミズサワ侯爵の名になることもある)。ただ「『帝国』貴族でもないのに可哀想で、政治家でもないのに大変な、とてつもなく運の悪い人」という評価はほぼ『人類圏』で揺らぎない。
そもそも彼はオライオンの隣にあるヤマト星系に住んでいた、ただの四十がらみの男だった。それまでは人間関係を分析する仕事をやっていたが、その分野で革新的なサービスが開発され仕事を失った。それでどうしたものかと住んでいた街をうろついていた時に徴募官に声を掛けられ軍隊に興味を持ち、簡易適正審査でどうにも士官か下士官に向いていると評価されたことで、一番下でもないしまあ軍隊やってみるかという気持ちになり入隊を志願。最終的な審査では「士官に適正あり」となったため『士官学校』に入り、無事士官となった。最もこの時「果断ニシテ剛毅ノ素質アレドモ短慮ノ兆シアリ」という評価が下されていたという(本人はこの評価を銀河大戦以降に知った)。実際、アマギは人畜無害であやうさとは無縁の見かけから、ひとたび決断してしまえば平然とすべてを終わりにしかねない極端な面を持っていたのだ。
そうでなければ十倍以上の戦力を持った敵の前に堂々と出て、敵作戦の枢要部分を完全に抑え込むなどということができるはずもない。チャンドラー星系で、『帝国』の増援を含めても五倍以上はあったであろう敵艦隊を事実上押さえ込んだ彼はまさに英雄と言ってもよかった。何よりこの段階では死傷者を出さなかったのが素晴らしい。
ただし、HULの面子は完全に叩き潰したしそれがどういう結果を生み出したかは最早言うまでもあるまい。だからこそ彼は「悪魔の手先」などと言われるようになったのだった。
大戦勃発後も彼は数多の不幸な出来事に見舞われることになった。圧倒的優勢な艦隊相手にスイングバイを駆使して逃げ回る羽目に陥ったり、拿捕した敵輸送船の乗員が多すぎて艦の一部を乗っ取られかけたり。時には太陽風などの自然現象までが彼に牙を剥いた。そのたびに彼は見事な機転(本人曰く、どうしようもないその場しのぎ)を発揮してどうにか生き残った。生き残って生き残って、最後の仕事が政府の言うことを聞かない敵国戦艦への説得(殺される可能性は極大だった)なのだから、最初から最後まで災難を被らされた男だったと言えよう。終戦後、活躍が目にとまり、ジェーン一世陛下に拝謁して望みを聞かれた際「願わくば予備役編入と、二度と現役復帰の無きことを望みます」と言い放ったことから彼の心労が思い知れる。ちなみに後段の望みは五十年ほど後に覆される。記念館となった<メテオール>の艦長就任をせがまれたからだった。その後『帝国』歴八七〇年に天寿を全うするまで彼は<メテオール>艦長(つまり博物館の館長のようなもの)だった。
少なくとも積極的に軍人たるを望まず軍人となって、その後の流れで英雄たらんとされてしまった人。その点でヤンはアマギにシンパシーのようなものを感じていた。わざわざボイオに来たのも、そんな彼の来歴を辿ってみたい一心だった。
「中佐」
艦長室で立ち尽くすヤンに向かってユリアンが聞いた。
「わかりたいことはわかりましたか?」
「何をだい?」
「アマギ少佐のことですよ」
「ああ、気付いていたのかユリアン」
「中佐のドキュメントに使った資料とは別に、アマギ少佐の資料が結構ありましたから。メモも結構残されていましたし」
「そうだね、私が来たのは確かにそれが目的だった。記録を知って、そしてこの船に来れば、私の悩みとかそういうものについて、回答が得られるのかなと思ってね。英雄たらんとさせられてしまった人間はどうやって生きていけばいいか、とね」
ヤンは頭を掻きながら答えた。
「まあ、私らしくない考えだったね。彼の霊魂みたいなものが現れて私に掲示を与えるなんて、あるはずもない。分かったことがあるとすれば、人がその身をどう処するかは自分次第ってことになるかなあ」
艦長室から出て、人形のアマギ少佐を後目にしながら二人は歩行路に乗った。ヤンは言葉を引き継ぎながら言った。
「事実を追って真実に迫ることはできるし、なんなら彼は回顧録を残しているから考えだって知れる。それが歴史学の醍醐味ではあるんだけど、個人的事情について回答を得ることはさすがにできなかった。そういった回答は、自分でどうにかするしかない。そう言われたように思うのが収穫、かな」
そこまで言うと、ヤンは右手で頭を抱えた。
「とはいえ、彼のように虚名が与えられてしまったものは、なかなか自分自身として生きることは難しいのかなあ、と思ってしまうなあ」
「ではこれからもずっと『エル・ファシルの英雄』ですか?」
「そんな名より、『人類圏』史をまとめた者、みたいな名声が欲しいなあ私は」
ヤンは肩をすくめながらそう答えた。