帝国宇宙軍#1 接触領域   作:ZENINAGE

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06 観艦式

宇宙歴七九五年 十月 オライオン星系

 

 サクセサーの月は一つだ。地球近似環境指標が〇,九九以上であるのだから当然と言えば当然である。そのサクセサーの月上空には今、多数の『帝国』艦船が立ち並んでいた。

 今日は、数年に一度のイベント、『帝国』観艦式が開催される日なのだ。

 軍事的イベントとしてはおそらく『人類圏』最大級のものであるこの観艦式は、当然『人類圏』の各国からその様を確認するため、各国の軍人が、それもそれなりに地位を持つ人々がやってくる。そうでなくても、大規模な艦隊が整然と航行する様を見たいと望む観光客は笑えるほど多く存在する。だから一般観覧のチケットは毎回毎回必ず満員御礼の売り切れであり、そのチケットを狙った転売行為なども必ず発生する。『帝国』当局はそういった行動に対して捜査、告発することに大忙し。人々はそんな悲喜こもごもを見ながら、別に観艦式が目的でなくてもサクセサーに集まってくる。そのため、サクセサー内にある宿泊施設は繁忙期を越えた繁忙期となる。他の星系でやるべきでないかという意見はたまに上がるが、移動してくる人間の群れを捌くことができるのはサクセサーぐらいしかないという現実の前に、その意見は出て来ては立ち消えていた。

 

 ヤンは『帝国』の艦隊が整然と並んでいる様を、彼らの艦隊の「上」から見下ろしていた。ヤンと、同盟大使館の五人の駐在武官、そして大使トリューニヒトと彼に従う外交官と官僚たち、占めて二十人弱が、宇宙空間に立って『帝国』艦隊を見下ろしている。

 彼らは実際には観覧船<シンフォニア>の部屋の一つにいる。外部カメラから取得された宇宙空間が、部屋の四方及び天井と床に投影されており、あたかも彼らが宇宙空間に立っているように見えるのだ。よく見れば投影された宇宙空間のいくつかにオレンジ色の強い光があり、それは壁やドアの位置を示している。

 立っている同盟人たちにも外見的特徴がある。いずれも、頭部に大なり小なりのヘッドセットを取り付けており、少なくとも片方の眼球の前に、指摘されなければ気付かないほどの透明なプレートがある。ヤンは両目どころか目線を丸ごと覆うタイプのヘッドセットを付けていた。

 これは拡張現実(AR)ヘッドセットシステムだった。通常見えている光学的映像にデジタルシステムを重ね合わせ、現実世界への情報付加や追加体験が可能なシステムだ。観艦式が始まれば、目を向けて簡単な視線入力を行うだけで見えたものの情報を参照可能となるだろう。ARという発想自体は西暦二〇世紀に、実用も二一世紀初頭には行われていた古典的と言っていいシステムである。近年になるまで、『帝国』では体感情報接続(BIC)システムという、より没入感が高く、現実にも関わらなくてよいシステムを多用していたのだが、さすがにそれはどうなのだろうかという議論が社会論や生物学論を交えて行われ、結果、少なくとも公共の場ではARシステムに立ち返ることになった。なおBICも使われなくなったわけではない。災害救助演習や軍事演習など、実際に体やら艦隊やらを動かして行うには金がかかりすぎるシミュレーションを行う際に多用されているし、もちろんこの観艦式もBICで大迫力視聴したい人々のためにデータ化される予定だ。

 静かなムーブ音楽が止まった。雑談をしていた人々もそれに気が付き、自然と会話の量が減っていった。始まるみたいですなという誰かの声がした。ヤンは黙って艦隊を見下ろしていた。

 何とも言えない時間を置いて、勇壮なラッパの音が響いた。それはすぐに勇壮さが嘘のような、幻想的で哀愁を誘う、だが何かへ立ち向かう力強さを思わせるメロディーとなっていった。最初に流される行進曲である『最後の幻想(ファイナル・ファンタジー)』だった。

 ラッパの音と同時に、『帝国』艦隊は整然と動き始めていた。列を乱すことなく静かに広がっていく艦隊に、ヤンは大したものだと感心した。その艦隊行動を見る限り、同盟軍正規艦隊の精鋭部隊と並ぶほどの練度を持っている。無論、パレード用の部隊ひとつですべてを判断できるわけでもない。それでも一糸乱れぬ艦隊の展開は見物だった。ARディスプレイ上には、彼らが東方総軍所属の北東方面艦隊より派遣されてきた部隊という情報が表示されている。『帝国』は国内を大まかに区切り、各地域に総軍を置いて各種戦力を統括させている。東方総軍は同盟から見て最も遠くにある総軍で、こういう形でなければおそらく見ることもなかっただろう部隊だった。

 艦隊が大きく広がったところで最初の行進曲は止まり、続けてファンファーレと共に行進曲らしい行進曲が流れ始めた。非常時大権を与えられるものに授与されるという紋章を讃える『炎の紋章(ファイアーエムブレム)』だった(なお、『帝国』に炎の意匠を持つ紋章はあるが、特別に与えられる紋章と言うわけではない)。気が付けば、最初、足元に見えていた艦隊以外の艦隊(北方総軍所属艦隊と西方総軍所属艦隊だった)も大きく広がり、お互いの行動を邪魔することなく、それでいて一点で静止することもなく月軌道上を航行している。それを指さしながらのトリューニヒト大使の質問に、パエッタ武官長が丁寧に回答している。

 『炎の紋章』が余韻を残しながら終わると、『皇帝陛下万歳(ギャラクシー・セイブ・ジ・エンペラー)(G,S,E)』が流れ始めた。観艦式主催を出迎える曲だ。曲自体は『帝国』式典の際、昔から様々な形式で奏でられてきたが、現在ではバグパイプを主旋律に据えたスコットランド調の楽曲が使われている。

 航行していた艦隊はそれぞれが所定の位置へ向かうように移動し、月上空へ市松模様のごとく並んでいく。やがてそれらの艦は自分を誇示する照明を落としていき、曲がまさに終わろうとするときには一隻の艦を除き、夜の闇に接触妨害灯をぽつりと浮かばせるのみになっていた。

 その一隻をヤンは見た。ARディスプレイには「ゾディアック級巡察艦(ヴィジター)シグナス:親衛総軍所属:親衛艦隊総旗艦」とあった。親衛艦隊総旗艦。記憶では確かゾディアック級でも最新鋭の艦だ。葉巻型の先頭部に球形の砲戦ブロックを配置するという猥雑な形状の標準艦船とは一線を画す美麗な四角錐の大戦艦は、まさにこの観艦式主催が座乗するにふさわしい艦だった。

『G,S,E』の音色が静かに宙へ吸い込まれ、沈黙が訪れた。と、<シグナス>から光が投影され、宇宙空間に、古代の映画で演じられた特定宗教の救世主を東洋系にした上で思い切りしょぼくれさせたような容貌の男を映し出した。

 

皇帝その人だった。

 

 宇宙空間に投影された彼は、ぱっと見たところ、大人になり損ねた三十代男性にしか見えない。その顔が完全に整えられたスーツの上に乗っかっているとそのアンバランスさに威厳よりおかしみを感じてしまう。それが、黒地に金で縁取りされた第一種軍装を着ている、悪の軍団か仏壇のような士官達に囲まれているとあっては喜劇的な様相を呈している(周囲の映像は別撮りの2D映像だ)。

 しかし、そんな冴えないとしか言いようのない皇帝の元で『帝国』が成し遂げてきたことは偉大とは言わずとも素晴らしいと言わざるを得ない。彼の治世下において『帝国』は『人類圏』の全体的な協調体制を完成させ、数千光年の荒野を開拓者団に切り開かせ、ついには地球という故郷を目にする一歩手前まで来さしめたのだ。今のところ、そんな彼に対する臣民の感情は推して知るべしである。少なくとも、同盟市民が最高評議会議長ロイヤル・サンフォードに向ける感情より悪いはずもない。

「この度、『帝国』歴一四八四年度 宇宙軍建制記念観艦式がかくも盛大に開催されること、光栄に思います」

 見た目青年か中年か判断に悩む皇帝は、容貌からは想像もつかない、親しみやすい声と口調で祝辞を語り始めた。形通り、まずは開会からこれまで示した艦隊機動を褒め称え、そして『帝国』軍人たちに対してその忠誠と練度を称賛する言葉を優しく語りかけた。現在『人類圏』がほぼ戦争から遠ざかっていることも、同盟や【帝国】の耳障りにならない程度に語っている(【帝国】も今回の観艦式に弁務官が招かれている)。

「思い返せば、前回の宇宙軍建制記念観艦式は五年前でした。その頃はまだ、銀河の彼方、我らが故郷のほうに友人がいることは知っていましたが、友人と出会うことは出来ていませんでした。今は、二人の友人と出会うことが出来ております。不幸にして、彼らは争いあい、また我々も友人たちとは永く隔てていたために、多くの誤解がありはします。ですが、その誤解を解き、ともに語らう日が来ることを、私たちは求めてやみません」

 彼は形式通りと言えば形式通りの話を続けているだけなのだが、自然と人に聞き入らせるような話ぶりだった。過剰なゼスチャーを交えることなく話す彼に対してヤンは複雑な感情を抱いた。あんなふうに話せる政治家が、民主主義国家にいてくれればなあ。残念だが、彼は皇帝。たとえかつて選挙で選ばれたものだったとしても、いやだからこそ、共和主義ではいてはならない存在である。

 トリューニヒトをちらりと見ると、驚いたことに感心したような目で宇宙に浮かぶ皇帝を見ていた。トリューニヒトの演説は形式よりは扇動性に重きを置いたものであり、それはヤンが最も嫌うタイプの演説であった。そんなやつがあんな表情で皇帝の祝辞を聞いているとは。とはいえ、やつの内心はどう思っているのかはやはり計り知れない。ひょっとしたら別に何か深い考えがあるわけでなく、場の雰囲気に合わせているだけかもしれないのだ。そんなことを思いながら室内を見渡していたことで、ヤンは皇帝の祝辞の最後を思いっきり聞き逃した。

 祝辞が終わり、宇宙空間に浮かんでいた皇帝がぱっと消えると、適切な間と、再開のアナウンスと共に行進曲が流れ始めた。とある惑星で起こった事件を解決し鮮やかに去っていった英雄を謡った『星のカービィ』。行進曲にそぐわないポップな曲だった。艦隊はその音楽に沿うように、ゆるやかに行進していた。

「確かによく訓練されてはおるようですが、果たして実戦で戦えるのですかな、彼らは」

 急にヤンは声を掛けられた。見るとフォーク中佐が横に並んでいた。何処か気にいらなさそうな表情だった。

「まあ、それなりには戦えると考えたほうがいいんじゃないかね」

「何故」

「相手は行進しかできない、見かけだけで実戦経験などない、鎧袖一触である。そう思い込んで戦争を仕掛け、見事に返り討ちに合った国家は歴史上枚挙に暇がないからねえ。それなら、少なくとも自分たちと同じことはできる。それくらいには考えておかないと」

「そうですかな」

 フォークは相変わらず気に食わない表情で艦隊を見ながらそう言った。いったい何が気に食わないのだろうかと思ったが、彼が艦隊派であることを思い出してなんとなく思い当たった。

 『帝国』艦隊の行進は見事なものであって、少なくとも同盟艦隊に引けを取ることはなさそうである。場合によってはよりレベルが高いと評されるかもしれない、専制主義の軍隊と言うものが気に食わないのだろう。ならば単純に対抗心と言うべきものだと思うことにした。

「それにしても、あちこちから分遣隊とはいえ艦隊を派遣して、まあ余裕があって大変うらやましい限りだ」

 その言葉にヤンははっとした。

 手元のコミュニケーターを起動し、過去の観艦式のデータを確認する。

 今回の観艦式は、各地から動かされた兵力が多すぎる。前回、前々回と比較すると露骨なほどと感じるほど。それを感じさせないように普段は観艦式の「主力」を務める親衛艦隊からの動員は随分少なくなっているようだ。その分、精鋭が全体を統括するように動いている。

 日程もせわしない。各総軍から派遣された艦隊戦力は、移動中に観艦式の訓練をしながら来て、到着からほとんど間を置かずにこの観艦式に出てきているとしか思えない。つまり、軍として移動後、即何らかの行動を行えるかを試験している。補給関係がどうなっているのかはさすがに不明だが、地方から大戦力を移動させるのであれば、それなりの体制が整っていたと考えるほうが自然だ。そうでなければ、観艦式で艦列の落後した艦隊を見せる醜態をさらすことになりかねない。

 そのような行動を、何の前兆と考えるべきか?

(もしかして、彼らは戦争になると考えているのか?)

 ヤンにはその予感が確実なように思えてならなかった。

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