――ダグラス・マッカーサー
01 チェイス・トゥ・システム
【帝国】歴四八六年八月初旬 【帝国】外延地域
蛮族どもは狡猾の度合いを日毎に増している。
ゴールデンバウム王朝銀河帝国軍准将ラインハルト・フォン・ミューゼルは、旗艦<タンホイザー>艦橋より、自身が指揮する小艦隊の「上」を遊弋する、「不遜にも『
本来的な意味で言えば、宇宙空間に上下など存在しない。人間が極めて身勝手に決めつけた相対的なそれが人の意識の中に存在するだけだ。だからといって、敵を見上げるということにいい思いをするはずもない。それはある種、人間の本能に根差すものだった。
三十分ほど前まではこうではなかった。半日前、【帝国】辺境すら超えた外延地域の名も知れぬ恒星系の中で軍事的な調査を行っていた最中、蛮族どもの艦隊と鉢合わせしたのだ。そして、お互いにゆっくりと接近、触接すると、息を合わせるようにして加速、減速を繰り返し、平行航行を始めた。つまり、お互いにルールのはっきりしたゲームをプレイしていた。蛮族どもが大きく動くまでは、ラインハルトの小艦隊は蛮族艦隊を左舷に見やり、平行と言うよりは蛮族どもの艦隊から四時に近い位置を確保し続けていた。兵力もラインハルトの艦隊が戦艦十、巡航艦五十、駆逐艦百二十、砲艦三十、ミサイル艦十の二二十隻。一方、蛮族の艦隊は巡航艦ばかり約百五十。数は七割弱、位置もラインハルトの艦隊が優位であった。一戦すれば容易くこれを破ることができるだろう。だがそれはしない。お互いに、宣戦布告はなされていないからだ。
(ならば自由惑星同盟を名乗る叛徒どもへの攻撃はどうなのだ)
ラインハルトはそう思った。多大な恥辱とともに語られるダゴン会戦時、帝国はほとんど宣告なく『同盟領』へ進発し、戦闘を行ったではないか。いかに数隻の戦艦が事前の通告なく撃破されたからと言ってもだ。それなら、蛮族どもにも同じ対応を行うべきではないか。
それはともかくとして、ゲームはそのまま続いた。蛮族の艦隊がラインハルトを振り切ろうと速度を上げればラインハルトは増速して前を塞ぐようにし、静止してやりすごそうとしても同じように静止してその優位な位置を確保した。そして、二つの艦隊がゆっくりと進む先には恒星があった。それはこのままであれば蛮族艦隊の左舷側に位置する。その位置まで現位置を維持、艦隊と恒星の間に蛮族どもを挟む、それでゲーム終了。ラインハルトの勝利となる。屈辱を得た蛮族の艦隊に何らかの信号を与え、そのまま去らせるのだ。
それが三十分前、唐突に変わった。
蛮族どもは突如多大なエネルギーを放射し、艦隊を大きく動かした。最初はささいな動きだったはずが、気が付けばラインハルトの艦隊を軸にしてバレル・ロールを行うような軌道を取り始めたのだ。常識的な艦隊運動ではない。あまりにエネルギーを消費するし、防御上の意味もほとんどないからだ。だからこそ、このゲームでは有効だった。
そのままロールが終了した場合、今度はラインハルトが恒星と蛮族艦隊の間に挟まれることになる。これはラインハルトの敗北を意味する。完全にそうなる前に、ラインハルトは敵のロールを阻止するための命令を矢継ぎ早に下した。外側に出ようとする蛮族艦隊の動きを右翼に制させ、速度を合わせるように厳命する。一般的な帝国艦隊ならあるいは難しいかもしれないが、ラインハルトは自分が鍛えたこの小艦隊の練度に不安を持っていなかった。だから彼の意志は艦隊全体を覆い、蛮族どもが外に出ることを阻止した。だが、位置の優位は失った。恒星はどちらの艦隊の向こう側にもないし、敵はほぼ平行航行に移っている。つまり、位置の優位はいつでも消せたということなのかもしれない。ついでに言えば、蛮族の艦隊は引き続き右舷側にラインハルトを捉えており、逆に【帝国】軍は彼らを見上げる必要に駆られてしまったのであった。
艦橋の指令席に座し、頬杖を突きながら、ラインハルトは副官のジークフリート・キルヒアイス大尉に尋ねた。
「どう思う、キルヒアイス」
「あちらがゲームをやめに来た、というわけでないのは、あちらが現在の位置にあることで分かります。彼らは大きく位置を動かし、不利から五分の態勢へと持ち込みました」
「ああ。そして、一旦引き分けに持ち込んで、ゲームを続けるか、やめるかを俺たちが判断せざるを得ないようにする」
ラインハルトはつまらなそうに言った。
「そんなやわな相手か、蛮族どもは?」
「ええ、そんな相手ではない。そう思います」
キルヒアイスはそう答えた。ラインハルトはにやりとした。この二人は、正確に同じ知識を共有しており、その判断も正しく、そしてずれることもなかった。
「ならば連中はゲームセットを狙っているということだな」
「ええ、ならばこの状況では」
「増援がいるな。恒星に隠れているか、星系外縁から進んで来るか」
「恒星周りに潜伏していた場合、今から位置と速度を合わせる必要があります。その場合、もう発見していておかしくありません。また、前方からくる場合、おそらく一瞬ですり抜けてしまいます。われわれと速度を合わせる時間がありません」
「ならば外側からやってくるか。航海長、今の速度でそのまま進んだ場合、この恒星の危険域に突入するまでどのくらいかかる?」
「一時間ほどかと」
シュタインメッツ艦隊航海長は答えた。
「それだけあるのか、ならば十分だ」
ラインハルトは指令席から立ちあがると、堂々とした声で命じた。
「戦艦隊すべてに接触回線をつなげ。それから全艦に命令を伝達させる」
『帝国』軍の偵察戦隊を率いるマランツァーノ大佐は、フリゲート<筑波>の
見事なものだ。本当にそう思う。急に優位を失っても慌てふためくことなく艦列を維持している。こちらの艦隊が外側に出ることも封じた。いい判断をしていた。だが「ゲーム」には負けてもらうぞ。
マランツァーノが【帝国】の艦隊と遭遇するのはこれで四回目だった。そして、これまで遭遇した三回、すべての「ゲーム」に勝利している。この四回目でも、マランツァーノはゲームの勝利者となれるだろう。既に手筈はすべて整っているのだ。バイスベルガーは聞かん坊の堅物だが、自分の責任を果たすにあたって手抜きは一切しない男だ。【帝国】の艦隊指揮官はかなりの手練れだが、それでも1,5倍の敵に恒星へ挟み込まれれば負けを認めざるを得まい。
そう思っていると、敵に動きがあった。図式化されたモデルが慌ただしくなっている。だが、おおまかなエネルギーの位置は変わらない。進路を変えるわけではなさそうだ。模式図を見た副官が疑問を口にした。
「何をしているのでしょうか?」
「何かをしようとしているのさ。さて、何をするかな」
とはいえ、どのようなことがこの段階でできるか。相手のやることを妨害するのは、この並走状態であればすべて問題ない。位置を転換させる行動はこちらから抑え込める。そして、何かをしようとしていることは、敵に増援がないことを意味している。うん、それなら我々はこの並走をもう少し続けるべきだ。それで勝利は手に入る。
マランツァーノはそう思いながら運動儀を眺めていた。見事に速度を維持しながら並走している。エネルギーを浪費することもなく、一直線に突き進んでいる。エネルギーを消費することなく……。
瞬間、嫌な予感にとらわれたマランツァーノは指令席に添えつけられているパネルを操作し始めた。探査用高倍率光学カメラの一基を
次の瞬間、マランツァーノは猛烈な勢いでパネルを叩き、敵艦隊の中核部分を光学最大望遠で確認し――そのハンサムな顔に相応しくない呻き声を上げた。立ち上がりながら叫んだ。
「見張員、何を見ていた!」
「え?」
「連中、一斉旋回頭している!」
それを聞いて、CDCの人間が慌てて模式図から光学カメラにメインのモニター表示を切り替えた。確かに、【帝国】軍の艦隊、その一番近い小部隊が全力で旋回頭している。最も【帝国】艦隊に近い艦から新たな報告が入ったのはその瞬間だった。
「【帝国】艦隊が旋回頭を実施中、彼らは圧搾気体を噴出して回頭を行っていた模様!」
「遅い!」
マランツァーノは思わず声を荒げた。今こっちでも確認したところだっていうのに!
畜生、連中、こっちの一番近いやつら(多分俊敏な艦なのだろう)を普通に見せて、その隙に全体で頭だけ方向を変えていたのだ。宇宙空間ではエネルギーを使わないで、物体は等速で移動でき、しかも向きを変えられるのだ。回頭に圧搾気体を使ったのは、エネルギーの噴出を極限まで認識させないためだ。完全にしてやられた。
「追いますか?」
「ダメだ、もう遅い。今から我々が旋回頭したとして、我々が艦隊を整列させる前に奴らは全速力で逃げていくだろう。その場合連中に秩序はあるまいが、安全圏まで逃げ去ったら組みなおせば良いのだ。無理に追いつこうとすれば、整列した敵軍にバラバラに当たる我々という絵になる(それが何を意味するかわからんわけじゃあるまい?)。今から俺たちがひっくり返って追いかけるとして、それだけの時間がある」
マランツァーノがそう言いきった時、光学モニター上の【帝国】コルベットが全力でスラスターを噴出する姿が見えた。模式図化したエネルギーモニター上では【帝国】艦隊全体がすさまじいエネルギーを解き放ち、これまで並走していた空間を全力で逆進していく姿を捉えている。
忌々しげにモニターを睨んでいたマランツァーノは、急に笑いを浮かべながら指令席にどっかりと座り込んだ。してやられた。まあそれは仕方ない。次はそうはさせないように、もっと集中するように訓練しないといけないだろう。
「ゲームは終わりだ。さ、さっさと帰ろうか。あと、バイスベルガーに詫びの連絡を入れてくれ」
恒星付近から突如としていくつものエネルギーが観測された。それは必要以上に噴射剤などを吹かして星系外縁へ向けて移動していた。蛮族どもの、これ見よがしの、勇ましい限りの敗北宣言にラインハルトは苦笑した。
恒星付近で反応がもう一グループ増えたことを天測員が報告した。二百隻弱の小艦隊がさっきまで並走していた艦隊近くに来て合流したということだった。艦橋にいる人間はみなどよめきと共にラインハルトを見ていた。つまり我々の指揮官殿はあの一手で敵の作戦をすべて覆してしまったのだ。流石なり我らの坊ちゃん。誰もがそう思っていた。
ラインハルトは改めて星系探査の再開を宣言した。敵の堂々たる敗北宣言に、勝者として恥じ入ることのない勝利宣言だった。
ラインハルトの小艦隊は数日をかけて周辺星系の情報を存分に取得すると、【帝国】辺境にあるインスブルク要塞へ向けた帰投を開始した。