はっ、と目を覚ました先。それは波打つソファーであった。世界は暗黒に包まれ、全てが終末へと向かっていた。
ぶーん、と何処かでがなり立てる機械音が耳にじんわりとこびりつき離れない。外で人を数人ひき殺している暴走バイクが三階ベランダに干してあるトランクスに突進を仕掛け、空を震わせた。彼の偉大な発明家カール・ベンツが奏でるオーケストラのボリュームが上がる度、頭がトラクターのようにガリガリ、ガリガリと削られる。いや、餅つきかもしれない。ドォンドォンと頭の中で爆発するソレを胸やけで抑えるのはエルサレムに旅立つキリストの覚悟の様だった。
気がつけば半身はこたつの中に埋まり、手を動かすと握っていたスマートフォンから空っぽの中身をカーニヴァルの様に飾り立て、騒ぎ立て、まくし立ている。やかましくも静かなそれを彼方へと放り投げるとブラックホールになっているトラッシュボックスのスーツマンがそれを回収していった。
──しかし、そこで男は気づいた。「こたつから抜け出せない」と。比喩ではない、ただ抜け出そうとすると途端にこたつの中に身体が戻る。有り得ないことが起きているのだ。ただ危機感が警報を鳴らし、頭が割れ脳を露出し、胃がひっくり返り、世界は回転する。
しかし、そんな訳がない。でなければこの光景も一体全体説明がつかないのだ。煌々と光り続ける液晶に浮かぶニュースは逆立ちしながら天井を駆け抜ける腰の曲がった老人を映し出し、チャンネルを変えれば除夜の鐘に私の頭を打ち付けている。テレビ画面の向こうの私はさぞかし吐瀉物をまき散らすのだろうと気の毒に思いながら世界から音を消し去って、琵琶湖の湖面のように波立つ世界を取り戻した。
しかして問題は這い出ようとしても、勢いをつけていても、そしてゆっくりと動こうとも、こたつからは出られない。その一点にある。チャカポコチャカポコと3km先にある黒い筒が音を鳴らした時、真犯人を思い出す為に周りを見渡すとソコにはバベルの塔が三本聳え立っていた。神は三度死んだのだろうと神の血清に手を伸ばすと、たちまちに吐血を繰り返して床を汚していた。光あれ。救いは無い。ただ血と腹の中に納まった神の肉体を偲ぶばかりだ。
ともあれとして人間の罪の証拠である原罪がこの光景を生み出しているのであれば、宇宙からそれは作り直さなければならない。真相の奥の奥を覗く為にこたつの布団をめくると、ソコには猫が居た。きっと猫が宇宙なのだろう。身を丸め、瞳を閉じ、太陽系の遥か先にいるヴォイジャー1号に思いを馳せている。私もまたそれに倣い胎児へと戻る。
胎児よ胎児、なぜ廻る。これから這い出る世界が分かって恐ろしいのか? 私もだ。
きっとこの世界には宇宙と私しかおらず、よって、これから始まる七日の内の初日に世界に光を取り戻さなければ、安息日の先にたどり着くことはないのだ。故に赤く光る天に向かって叫ぶ。何ゆえにこの世界に苦しみを生み出したのか、私の中の魔物を退治するのは胎児なのかと。ブーンと唸るそれはただ機械音で微笑み、ぬくもりを齎した。何という事だ、エデンはここにあったのだ。しかし、それらの世界はまやかしであり真に世界に光を取り戻すには楽園からの追放を意味する。使命感に駆られオレンジ色の林檎を手にし、皮を剥いて一思いに口に放り込んだ。甘く酸い染み込む果実とそれを拒絶する自身の肉体。成程、罪の味と言うのは複雑だった。
旅路の果て、青い鳥を取り戻す結末と同じように私はここに帰ってくると誓いを立て、ついに楽園から飛び出して羽ばたいた先、塔を超え、宇宙を跨ぎ、そして波打つ世界と壮大にかき鳴らす「第九」のデスメタルを乗り越えて世界にたった一つの灯を齎した。再び光あれ。
ふらふらと辿り着いた世界の果て、そして水を吐き出す細長い男に向かって吐き捨てた。
「気持ち悪い……」
そうして世界は終末を迎え、新たに世界が創造された。
あけましておめでとう。