自身の名を冠する、“栄光の大歓声”を求めてトレーナーと共に走り続けるウマ娘、グランアレグリア。
かつて幼馴染であった二人は、幼い頃の約束を胸にトレーナーとウマ娘として再び学園で出会う。
互いに支え合い、迷い、成長し合いながら、勝利を目指していく。
多くの挑戦と試練の先で、二人はどのような栄光と大歓声を掴み取るのか。

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栄光の大歓声

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園──通称トレセン学園。

 全国から数多の精鋭ウマ娘達が集い、数々の伝説が生まれていった場所だ。

 

 

 春、桜が舞うこの学園でトレーナーをやっている俺は、トレーナー室の整理をしていた。

 

「ん、これは……」

 

 そんな時見つけたのは俺の最初の担当ウマ娘である、グランアレグリアと歩んできたレースの記録。

 一ページ一ページめくる度、彼女との思い出が甦ってくる。

 

 ──────────────────────────

 

 俺と彼女、グランアレグリアは家が隣同士の幼馴染みだった。

 

 昔から互いの両親仲が良くまたグランの両親が仕事で忙しく、家を空けがちになってしまうため、子供だけを残すわけにいかないと、隣の家の俺の家に幼いグランと兄弟を預けることが多かった。

 

 

 俺がトレーナーを目指すきっかけとなったのは、外で遊ぶ時、グランがウマ娘の例に漏れず、走りたがるようになったことだ。

 

 

 どうやら母親が昔、トゥインクルシリーズのマイルレースで活躍していたことを知り、自分もその舞台で走ってみたいと思ったからだそうだ。

 

 

 ランニングを始めた頃は俺が一緒に走っても追い付ける程だったが、日を追う毎にどんどん速くなり、同時にフォームも見るからに綺麗になっていった。

 その理由を聞くと、「お母さんの走ってるレースの映像を見て、真似してみたんだ!」と返ってきた。

 

 

 

 グランにウマ娘としての末恐ろしい才能を感じると同時に、彼女ならトレセン学園で活躍し、大きなことを成し遂げるんじゃないかと思った。

 

 

「グランは将来トレセン学園に行くつもりなのか? もし大きなレースで走るなら応援しに行かないとな!」

 そう少しおどけるように言う。

 

「? お兄ちゃん。トレーナーにならないの?」

 突然、不思議なことを言い出すグランに困惑する。

 

「おいおい、俺はグランに走りの指導なんて一回もしたこともないぞ? そんな俺と一緒に行きたいって言うのか?」

 

「うん! あたしね……トレセン学園に行くなら、走る楽しさを教えてくれたお兄ちゃんと一緒に行きたいって、思ってるんだ」

 グランは楽しそうに自分の思うことを話してくれた。

 

「……わがままだって、分かってるよ。でも、もしトゥインクルシリーズで走るならお兄ちゃんと一緒が良い!」

 

 

 こんな風に強くわがままを言うグランを見るのは初めてだった。

 

 将来の夢なんて、これまで何も持っていなかった。

 それならこの子のために頑張ってみるのも悪くない、そう思えた。

 

 

「俺はトレーナーの勉強なんてしたことないし、仮に資格を取れたとしてもグランと一緒の時期にトレセン学園にいれないかもしれない。

 ……それでも良いって言うなら、トレーナーを目指してみるよ」

 手で頭をかきながら答える。

 もっとまっすぐ言えたらよかったが、それが当時の俺の精一杯だった。

 

 

「だめ! ちゃんとトレーナーになって、あたしをスカウトしに来て! 約束!」

 

 そんな風に逃げ道を残そうとした俺を、グランは言葉で真っ直ぐに貫いてくる。

 この子には敵わない、と思った。

 

 

「分かった。俺なりに約束、守れるように頑張ってみるよ」

「うん!」

 

 

 それから、トレーナーになるための専門学校に入るため、俺は毎日勉強に励んでいった。

 入学試験内容は、数学などの5教科、練習における理論、怪我の診断など総合的な知識が求められる、非常に難易度の高いものだった。

 

 

 難易度の高さに何度も「無理かもしれない」と思ったが、そのたびに浮かぶのは、あの日のグランとの大切な約束だった。

 あの約束が、折れそうになる心を支える原動力だった。

 そして、四苦八苦しながら勉強を積み重ね、入学試験に望んだ結果──ぎりぎりで合格を得ることが出来たのだった。

 

 

 その合格を受けて実家を離れ、本格的にトレーナーへの道を歩み出すこととなった。

 親には激励されたが……

 

「やだやだっ! お兄ちゃん……! 行っちゃやだぁ!!」

 

 分かっていてもまだまだ寂しく感じてしまうようで、グランには相当泣かれてしまった。

 

「泣くな、グラン。

 俺はグランがトレーナーになる約束を守るために行くんだ。だからむしろ笑顔で送り出してくれ。その方が、俺も頑張れるから」

 

「ぐしゅ……うん、わかった……。

 絶対、絶対また学園で会おうね!」

「ああ! きっとな!」

 

 こうして俺は、トレーナーとしての道を一歩踏み出していった。

 

 

 ──トレーナー専門学校。

 その名の通り、未来のトレーナーを育成する学校である。

 俺はそこでさらに知識と経験を積むため、トレーナー学科に進学。

 講義に実習に、多くの課題に追われる日々を過ごしていった。

 

 この学科を卒業した者の多くはサブトレーナーとして、座学だけでは掴めないウマ娘の育成についての実地経験を積んでいく。

 

 

 俺も例に漏れず、かつて“マイル王”と呼ばれ、多くのGIウマ娘を育て上げた藤沢トレーナーのもとで、サブトレーナーとして働かせてもらう機会を得られた。

 

 

 そこで学んだのは、「ウマ娘ファースト」という信念。

 どんな状況でも、ウマ娘一人ひとりに真摯に向き合う姿勢。

 その信念と、彼の豊富な経験から導かれるウマ娘一人一人へ向き合った指導は俺が目指すべき理想だと思った。

 

 

 新しい環境での学びと仕事に追われる日々──気づけば、一年が過ぎていた。

 

 そして、今年もまた新人トレーナーとウマ娘にとって大切な選抜レースが近づく頃——

 

 俺は、トレーナーとしてやっていく自信を無くしかけていた。

 

 サブトレーナー期間を終え、先輩や彼の担当の娘達に見送られ、独立してから一年。

 自分でスカウトや指導を始めた……ものの仮契約を結んだウマ娘とは上手く噛み合わず、練習がきついだけで辛い、と辞められてしまった。

 

「どう、しようか……。このままじゃ、グランも同じ目に合わせてしまうかもしれない……」

 

 落ち込みながらも校内新聞に載っている、今年の選抜レース出走表が目に入る。

 

 そこには見覚えのある、

 

グランアレグリア

 

 という名前があった。

 

 

 選抜レースの日は、仕事を放り出しターフへ。

 デビュー前のウマ娘たちの走りに期待で胸を熱くする中、ついに本命の——グランのトレセンでの初レースが始まった。

 

 多くのトレーナーが見守る中、前半、彼女は先行集団の後方に付きながらじわじわと前を狙える位置を取った。

 

 そのままのペースで第4コーナーから最終直線に入ると、ものすごい末脚でまとめて前集団に追い付きまとめて差しきる、そんな強いレースを見せた。

 

 

 今までよりさらに洗練され進化した、周囲を置き去りにする力強い走り。

 それでこそ、グランアレグリアだと思った。

 

 

 俺もスカウトを、と足を進めたが──

 

 既にグランの周りには大勢のトレーナーが集まり、中にはGIウマ娘を育てた実績を持つ有名なトレーナーの姿もあった。

 

 

 ……グランとの約束を守りたい。

 けど、あの実力者たちを前にすると、自分がどれほど未熟か思い知らされる。

 

 今の俺が彼女の担当になれば、きっと彼女の未来を狭めてしまう。

 そうなるぐらいなら、あのトレーナーたちの誰かに任せた方が、グランにとってはきっと良い。

 

 

 そう思い、踵を返したその時——

 囲んでいたトレーナー達を押し退け走ってきたグランが、俺の腕を掴んだ。

 

 

「ちょっと、お兄さん! どこに行くつもりですか!!」

「えっ、ちょっグラン!?」

 

 周囲のトレーナーたちは何事かとざわめき始める。

 一方の俺は、詰め寄るグランに気圧され、周りを気にする余裕もなかった。

 

「お兄さん、ちゃんと何で……何でスカウトしに来ないんですか? 約束、忘れちゃったんですか!?」

「い、いやグラン。それはだな……」

 

 

「うるさい! それに全然連絡もくれないし! 最後にしたの、あたしがトレセンに入った時じゃない! 

 忙しかったのは分かるけど、お祝いくらい言ってくれてもよかったのに!」

 

「あたし、トレーナーの仕事が忙しいのかな、と思って。

 連絡しようにも出ないから直接トレーナー室にも行ったのに、いっつもいないし!」

 

「……あたしのこと、嫌いになっちゃった? 最後、わがまま言ったから?」

 その声は怒りよりも、寂しさのほうが強く滲んでいた。

 

「……何人かスカウトしてるって聞いたよ? 

 もしかしてもう他の担当の娘がいて、スカウトしてくれないとか……? 

 そんなの……絶対イヤ! もしそんなことしてたら……お兄さんを絶対許さない!」

 

 

 言い終えた瞬間、グランの目尻から大粒の涙がこぼれた。

 それでも、必死に俺の腕を握りしめてくる。

 

 ──こんなに泣かせてしまうくらいなら、グランのことを一番に考えて動くべきだった。

 

 

「グラン、俺が悪かった! 悪かったから……泣き止んでくれ……」

 

「うるさい! お兄さんの……バカ! バカー!!」

 

「……とりあえずトレーナー室に行こう、な?」

 泣きじゃくる彼女を人目から遠ざけるように、そっと連れて行った。

 

「……落ち着いた?」

 トレーナー室についた頃には感情を出しきったのか、比較的落ち着いていた。

 

「うん……ごめんなさい。感情が高まっちゃってつい……でも! お兄さんも悪いんですよ! 約束……忘れちゃってるから……」

 

 耳をペタリと下げ、今までグランが見せたことないような悲しい顔が目に入る。

 

「……もし、どうしてもあたしを担当出来ないってお兄さんが思ってるなら……とっても悲しいけど諦めます……」

 

 いつものグランが見せないような、かなり落ち込んでいる顔を見て、俺の中の何かが切れたように言葉が飛び出す。

 

 

「そんなわけない! グランと一緒にトゥインクルシリーズを走る約束があったから、俺はここまで来れたんだ! 

 連絡できなかったのは、俺が勝手に今のグランに釣り合わないと思っていたから……。

 でも、そんなこと関係ないって気づいた。

 だから──今さら遅いけど、改めて言わせてくれ。

 俺に、君をスカウトさせてくれ!」

 

 

「ほんと……?」

「ああ、ほんとだ!」

「はぁぁ~……よかったぁ……」

 緊張が解けたのか、へたり込むグラン。

 

「いや、連絡をちゃんととらなくてほんとに悪かった……」

「ほんとだよ!! 二度とこんな風に何も言わずに距離とったりしないで! 今、ここで、マイルールに追加決定! 破ったら絶対許さないからね!」

 

 グランは耳を絞り、本気で怒っていた。だが、その頬はわずかに緩み、安堵の笑みが浮かんでいた。

 

「……でも良かった。お兄さんがあたしとの約束忘れてなくて! 

 それじゃ、改めて……トレーナー! 

 これから、よろしくね!」

 

 こうしてグランと共にトゥインクルシリーズへ挑む日々が始まった。

 

 

 だが最初は、他の娘とのトレーニングが上手く行かなかったことを思いだし、少しグランと意見が噛み合わず、気まずくなる時期があった。

 

 そして、そんな俺にしびれを切らしたのか、ミーティング中にグランは素直に気持ちを伝えてくれた。

「トレーナーさ、そんなにあたしに遠慮したり落ち込む必要ないよ。

 だってあたし、昔からダメダメだって知ってるから! 

 でも、今までトレーナーになるために頑張ってきたんでしょ? じゃあその成果、全部あたしにぶつけてよ。

 あ、遠慮なんて要らないよ? だって、あたしは天才マイラーでトレーナーのウマ娘だよ? 

 出来ないはずないもん!」

 

「ぷっ、あはは! やっぱりグランは変わんないな! 悪い、俺どうかしてたみたいだよ。

 うん、すぐには変えられはしないけど、少しずつやっていくよ!」

 

 一緒に笑い合ってなんだかスッキリした気持ちになっていた。

 それからはグランのために全力でメニューを作っていく。

 

「元々、グランの身体能力は高い。けど、まだまだ公式戦を全力で走りきる身体ができているとは言えないな。

 ジムやプール、ウッドチップコースで、負担を少なく、かつ負荷をかけていくか!」

 こうした徹底的な基礎トレーニングを積みあげ、レースに耐え得る身体を作り上げていく。

 

 

「おぉ! タイムが前より2秒も早くなってます! さっすが、あたしのトレーナー! 

 身体の調子も100マイル良いし、なんだかトレーニングを楽しく感じてきちゃった!」

 

「それは良かった。辛いだけじゃ、長続きしないからな。

 それに、正直俺もここまで成長するとは思ってなかったよ。

 この調子ならメイクデビューも固いな」

 

 トレーニングは順調といって良いほどに進んでいく。

 むしろ予想以上の成長を見せているグランにとって、基礎練習は物足りなくなっているようだった。

 

 そんな嬉しい誤算もありながら、

 俺たちは東京 芝 1600mーメイクデビュー戦を迎える。

 

 

 ──レース当日。

 緊張した様子も見せず、グランはいつも通りラジオを聞き、調子良さげにスキップ、といったマイルールをこなしていた。

 

「調子良さそうだな。緊張しているかと思ったけど、杞憂だったか?」

 

「トレーナー。ううん。緊張はしてるよ? 

 ……でもそれ以上にレースを走りたいって気持ちが120マイル溢れてきてるんだ! 

 あたしの初勝利、しっかり見ててね? トレーナー!」

 

「ああ。練習の成果、発揮してこい!」

 

 

 ──東京 芝1600mメイクデビュー戦。

 グランは一番人気を背負っていた。

 

 前半、グランは先行集団につけ、周りとの位置取りを把握しながら自分のペースでレースを進めていく。

 

 レースが動いたのは第4コーナー。

 

「さあ、第4コーナーから最終直線にさしかかります。どの娘が行くでしょうか。

 おぉっと、ここで一番人気、グランアレグリアが先頭に躍り出た!」

 

「そのまま直線で2番手のダノンフェアリスを1バ身と突き放す! 

 ダノンフェアリスも懸命に追うが届かない! 

 ……ゴールインっ!! 

 グランアレグリア、メイクデビューを制しました! 

 これからが楽しみになる走りです!」

 

「やったぁ! トレーナー、勝てましたよー!」

 

 彼女の圧倒的な走りに観客席から大歓声が湧き起こる。

 彼女の強さを頭では理解していたものの、ここまでの圧勝劇になるとは、と驚きを隠せなかった。

 

 ウィナーズサークルでのインタビューなどを終え、控え室へ戻る。

 

 

「さすがだったな、グラン。初レースなのにそうは思わせない素晴らしい走りだったぞ!」

 

「えへへ、ありがとうトレーナー。でも、まだまだこれから! あたしはもっともっと、レースで勝ちたい!」

「そう言うと思ってたよ。だから既に次のレースの候補は用意してあるぞ」

「さっすが、トレーナー! あたしのこと良く分かってる!」

 

 

 その後は少し期間を空け、重賞レースであるサウジアラビアRCに出走。

 初めての重賞にも関わらず、余裕を見せながら一着でゴールイン。

 

 これでデビューから二連勝を飾ることが出来た。

 調子も流れもかなり良い。グランの実力なら年末のGIでの一着も夢じゃない。そう思えるほどだった。

 

 

「グラン、相談があるんだが。

 年末のG1レースに出てみないか? 今の実力なら十分狙っていけるぞ」

 と、練習後のミーティング中に相談を持ちかける。

 

「えっ、G1ですか!? 出たい、出たい! あたしの力を試す良い機会だよね!」

 と二つ返事。

 

「あたしとしては朝日杯に出たいなって! 

 阪神JFも良いとは思うけど、あたしの中で50マイルしっくり来てないんだよね。

 むしろ、来年クラシック三冠路線に向かう子達と走る方が楽しそう!」

 

「分かった、ならグランの希望通りでいこう。

 初のG1、勝つために、もっともっと厳しく鍛えていくぞ!」

「望むところ!」

 

 

 阪神第11R 芝1600mー朝日杯フューチュリティステークス。

 

 ここまで無敗の戦績を評価され、このレースで一番人気となったグランアレグリア。

 二番人気には同じくデビューからマイルレースで無傷の三連勝を上げているアドマイヤマルスが入り、彼女が一番のライバルになるだろうと予想出来た。

 

「……といった感じだ。やはり今日一番警戒するべき相手はアドマイヤマルスだ。

 グランと同じ先行策を取りながら鋭い末脚で前方を差しきる戦法を得意としてる。

 それに、グランと同じようにマイルレースで結果を出してきているな。」

 

「大丈夫だよ、トレーナー! 

 あたしだってマイルの天才、グランアレグリア! 

 どんな強い娘にだって負ける気しないよ!」

 

「それに初めて勝負服を着て、レースを走るってことが120マイル楽しみなんだ! 

 今日もあたしが勝つところ、一番前で見ててね!」

 

 パドックではいつも以上に調子よさげにスキップし、アピールするグラン。

 するとアドマイヤマルスが近づいていき、何事か話し始める。

 

 

「ふーん……やっぱりこっちに来たのね、グランアレグリア。私と同じマイルレースで結果を出してきてるみたいだけど……世代最強の私には敵わない。

 精々、糧程度にはなって頂戴?」

 

「言うね、マルスちゃん。でも、あたしも負けないよ! ここで勝って、マイルはあたしの距離だって証明するんだから!」

 

 

 会話の内容は聞こえなかったが、始まる前から互いに闘志をぶつけ合っているようだった。

 

 そうこうする内、ターフへの移動が始まり、あっという間にゲートインが行われていく。

「さあ、全ウマ娘、ゲートイン完了。

 朝日杯フューチュリティステークス……スタートしました! 揃った綺麗なスタートです」

 

 前半、グランは好スタートを決め、先頭から2番手の位置につける。

 

 

「よし、前をしっかり捉えれる位置につけれてる! 

 後はペースを維持して、メイクデビューの時のように最終直線で後方を突き放せれば、勝ちが見えてくるぞ……!」

 

 

 全体の位置取りに変化はほとんどないまま、レースが進んでいく。

 そして、第四コーナーに差し掛かっていく。

「ここだっ!」

「行けっ、グラン!」

 

 

 俺が叫ぶと同時にグランは加速し始め、最終直線に入る頃には先頭を交わす勢いで加速していく。

 

「良し、このままっ!!」

 勝てると思い、そう叫んだ瞬間。

 

「すぅ……ふっっ!!」

 いつの間にか三番手にまで上がってきていたアドマイヤマルスが、ものすごい末脚でグランに迫る。

 

「くぁぁっ!!」

「はぁぁっ!!」

 

 競り合え、粘れ! と思い、「グランー!!」と名前を必死に叫ぶ……。

 が、だんだん交わされ始め、それを見てグランも必死に差し返そうと粘るも、徐々に距離を離されていく。

 必死に追いすがろうとするが……。

 

 

「ゴールインッ! 一着で駆け抜けたのは、アドマイヤマルスッ! アドマイヤマルスです!!」

 そのまま、アドマイヤマルスがゴール板を駆け抜ける。

 

 

 ……G1の栄冠はもうすぐ、俺たちの手の届くところにあった。

 だが、後一歩届かなかった……。

 

 グランの初めてのG1は、三着という苦い結果に終わった。

 

 

 俺は戻ってきた汗だくのグランにドリンクを渡し、タオルを被せてやる。

「お疲れ様、グラン。今日は……惜しかったな」

 

「……トレーナー、ふぐっ。あたし……」

 ぎゅっと、手を強く握りしめ、からだが震えているのが見える。

 そんなグランの頭を撫でてやる。

 

「なにも言わなくても良いよ。

 俺も……グランを勝たせてやれなくて、とてつもなく悔しい。

 ……最後、アドマイヤマルスと競り合いになった時、粘りきれなかったか?」

 

 レース前も身体に変なところは見当たらなかった。なら、他に原因があると思い、グラン本人に尋ねる。

 

「……うん。体力が尽きた訳じゃなかった。

 でも、あたしが思ってる感覚よりも脚が前に行かなくて……。

 何と言うか、バランスが崩れそうになる感じがして……。怖くて……」

 身体を震わせながら話すグランを見て、身体が強ばった。

 

「…………そうか。すまない、グラン。

 今回の負けは、完全に俺のミスだ」

「えっ……?」

 

「おそらくなんだが、今のグランが持つ能力と感覚にずれが生まれてしまっているんだ。

 この朝日杯に備えて、色々なトレーニングをしてきただろ? 

 それで身体が急成長したことで、感覚がまだ完全にリンク出来ていなかったんだ」

 一息つき、震えた声を抑えながら続ける。

 

「そして今日、同格、それ以上のの娘達と全力でレースをしたことで、それが目に見えて出てきてしまったんだと思う……」

 

 

 朝日杯に勝つために、勝つためだけに能力を伸ばしてきた。

 だがその急成長が、身体と感覚の絶妙なバランスを崩す結果に繋がってしまった。

 

「すまない、グラン。こんなグランにとって大切なことにも気付いてやれなくて……。こんなんじゃ、トレーナー失格だ」

 グランに頭を下げる。怖い思いをさせてしまったことにも、勝たせてやれなかったことにも、後悔ばかりが渦巻く……。

 

 

「謝らないで、トレーナー! このレースに出ることを望んだのはあたし! 

 それに、ちょっと変だなって感じたときも、昔から一緒だったトレーナーなら、言わなくても分かるって思って……。

 ちゃんと伝えられてなかった!」

 

「グラン……」

 

「だから、これからはお互いに隠し事はしないで、なんでも相談する! 

 これを“マイルール”に追加するね! 

 だから絶対……次のレースでリベンジして、勝とうトレーナー!」

 

 グランは涙をぬぐいながら、既に決意を固めていた。

 

 その言葉に胸の奥が熱くなる。

 ——俺も同じだ。

 成長途中なのは、グランだけじゃない。

 俺も、もっと強くならなきゃいけない。

 

 

「ああ、そうだな! 俺はグランを必ず日本一、いや世界一の最強マイラーにしてみせる! 俺達ならそうなれるって信じてる!」

 彼女に応えるように返事をする。

 

 

 こうして俺たちは多くの学びを得ながら、ジュニア期を終えていった。

 

 ──────────────────────────

 

 クラシック期に突入した俺達が最初の目標として定めたのは、4月に行われるティアラ路線のGIレース、桜花賞である。

 本番に向け、グランにはジュニア期以上の練習に取り組んでもらっていた。

 

 まずは朝日杯の反省をいかし、身体と感覚のバランス制御からである。

 普通にトレーニングしていくだけでは走りのフォームが崩れ最悪の場合走れなくなる恐れがあったため、基礎から慎重に調整を行っていった。

 

「どうだグラン。まだ違和感はあるか?」

「うーん……まだ4マイルぐらいある感じ。フォームの腕振りの時かなぁ……? 足とうまく噛み合ってない感じがする」

 

「分かった。そこを録画を見て重点的に確認していこう」

「はいっ!」

 

 

 また、師匠の藤沢トレーナーに頼み込み、彼の担当で最強マイラーの名で知られているタイキシャトルとの併走トレーニングを組ませてもらい、本番に近いレベルのトレーニングをこなすことができていた。

 

 それらのトレーニングにより、だんだんとグランも自身の身体を制御できるようになってきていた。

 

「はぁ……はぁ……。今の、どうだった?」

 

「……完璧だ。それどころか今まで以上にフォームが洗練されてる。これなら……桜花賞、いやそれ以上に勝てるぞ!」

 迷いなく答えられるほど、彼女は自身の身体を自在に操れるようになっていた。

 

「あたしも、今まで以上に身体が自由に使える感じがする! トレーナー、あたしもっともっと頑張るからね!」

 

 それからは完成したフォームを併走でも扱い、タイキシャトルと追い比べが出来るくらい強くなっていった。

 

 ──グランが一皮大きくなったと同時に、桜花賞の時期が近づいてきていた。

 

 春の訪れを感じる少し肌寒いある朝、俺は学園のターフで外周ランニングに出たグランを待っていた。

「さすがにまだ少し寒いな……。長くいると風邪引きそうだな。

 でも、そろそろ帰ってくる頃かな?」

 そう言った途端、遠くから走ってくるウマ娘が見えた。

 

 

「トレーナー、おはマイル~! 

 クロノちゃん達との外周ランニングで体の調子、100マイルオッケーだよ! 

 今日もトレーニングよろしくお願いします!」

 元気良く走り込んでくるグラン。

 

 

「おはマイル、グラン。今日も元気そうだな。

 身体は外周ランニングで温まっているだろうけど、タイキシャトルが来るまで身体を冷やさないようにな」

 そう言いながら、着けていたマフラーをグランに巻いてあげる。

 

「あ、ありがとう! トレーナー……。

 そ、それでね、さっき聞いたんだけど、今回の桜花賞、やっぱりクロノちゃんも出てくるみたい!」

 

 大きめのマフラーを巻かれたグランは、少し顔を赤くしながらも、次走の桜花賞についての情報共有を行ってくれる。

 

「なるほど。確かクロノジェネシスは阪神JFでは二着だったか。

 それに一着のダノンフェアリスも出走を表明している。どちらも要注意ウマ娘だな」

 

 

「はい! ですけど、心配なんて要りませんし、ありません! 

 だって、今のあたしは今までとは全然違いますから!」

 

 グランは、これまでの努力で手に入れた実力に裏打ちされた、自信に満ちた表情を見せていた。

 

 

「グラーン? そろそろ併走、始めまショウ! こっちは準備オッケーデース! 

 ほら、グランのトレーナーさんモ!」

 

 そうこうしているうちにタイキシャトルも来ていたようで一緒に呼ばれる。

 

「あ、はーい! それじゃトレーナー、行ってくるね!」

 

 そう返事をしながらマフラーを取ってグランは駆け出し、タイキの隣へ並び、走り始める。

 俺も少し離れた位置から、その走りを見守る。そして適切な位置で指示を飛ばす。

 

「グラン、タイキの前に行くんだ! それと常にフォームを崩さないことを意識し続けろ!」

 

「はいっ、はぁぁっ!」

「! 簡単には抜かさせまセンヨ!」

 

 レースさながらの気迫で競り合っていく両者。

 

「どうだい、グランアレグリアの調子は?」

 突然後ろから呼び掛けられ、振り向くと……

 

「師匠! こんな早い時間から来てたんですね。

 ええ、かなり良いです。朝日杯以降ずっと上り調子ですよ。

 このままいけば桜花賞やその先のレースでもさらに一回り成長した姿を見せられると思います」

 

「それは楽しみだ。僕とタイキの後輩である君たちがどれ程の走りをするのか、期待しているよ」

 

 師匠の激励を胸に、桜花賞に向けた最終調整を進める。

 本番は、もうすぐそこに迫っていた。

 

 

 

 阪神第11R 芝 1600mー桜花賞。

 

 クラシックーティアラ路線を走る娘にとって、最初の大舞台である。

 

「それじゃトレーナー、そろそろ行ってくるね!」

「あっ、少し待ってくれ。行く前に伝えたいことがある」

 

 この大舞台を前に、どうしても彼女に気持ちを伝えたくなり、時間はギリギリだが一言、彼女に伝える。

 

「俺はここまでグランと来れて本当に良かったよ。だから、頑張れグラン。俺におまえが最強マイラーになる夢を見せてくれ!!」

 

 グランは一瞬ぽかん、とした顔をしたかと思うとすぐに自信満々の笑顔を見せながら、高らかに宣言する。

 

「当然です、最強マイラーですから! 

 トレーナーの期待にだって、200マイルばばーんと応えて見せるよ!」

 

 

 ──────────────────────────

 

「本日のメインレース、桜花賞。現在の1番人気は阪神JFを制したダノンフェアリス、2番人気には朝日杯で惜しくも三着に破れたグランアレグリア、

 3番人気は阪神JFで二着に入ったクロノジェネシス、と実力派揃いです」

 

 

 トレーナー……ううん、お兄さんがあんなこと言うなんて驚いちゃった。

 あたしを信じてくれるあの人のためにも……。そして何より、あたし自身のためにも……。

 

 

勝つしかないよね!!  

 

 

 パドックでは歓声を横目に、いつも通りスキップ! 

 うん! 調子もやる気も身体中に満ち溢れてる! 

 そうしていると、集中しているクロノちゃんを見つけたから挨拶しようと近づいていく。

 

 

「クロノちゃん! 今日はよろしくね!」

「あ、グランちゃん。はい、よろしくお願いしますね。

 それにしても、走りたくてウズウズしたときのスキップ……このマイルールをしたときのグランちゃんの好走率は89%……。

 

 それに加えて、いつもより気合いも調子も良さそう……。今日の私にとって最大の難敵ですね。

 ですが、これまでのグランちゃんのレースから対策はバッチリ立てさせて頂きました!」

 

「あ、クロノちゃんのジェネシスメソッドだね? 

 でも、あたしの走りは常に進化し続けてるから。

 今のクロノちゃんの持つメソッド以上の走りを見せてあげる!」

 

「いいえ、勝って桜の舞台に名前を刻むのは私です!」

 

 クロノちゃんとのやり取りもそこそこに、視線を前に向ける。

 そこには、堂々と佇むダノンさんの姿があった。

 思わず足がそちらへ向かう。

 

 

「ダノンさん」

「あら、グランアレグリアさん。どうかされました? 挨拶でもしに来られましたの?」

 

「うん、挨拶と……宣戦布告だよ! 

 阪神JFではクロノちゃんを下して勝ったみたいだけど……。マイルでは、私が最強だから! 

 ダノンさんにはメイクデビューと同じ結果をプレゼントしてあげる!」

 

「……へぇ、そう? なら貴女のその驕り、マイル女王として打ち砕いてあげる。

 今日は貴女にメイクデビューのリベンジを果たしに来たと言っても過言ではありません! 

 首を洗って待ってなさい? グランアレグリア!」

「望むところです!」

 

 

 互いにパドックで闘志を高め合い、ターフへ歩み出す。

 

「全ウマ娘、ゲートへ入り体勢整いました」

 

 ──そしてゲートが開く。

「スタートしました! 全ウマ娘、揃って綺麗なスタートです!」

 

 スタートは上々。

 そのまま逃げる娘を見るように先行策でレースを進めていく。

 

 ちらっと位置を見た感じ、クロノちゃんはあたしの斜め後ろ辺り、ダノンさんは後方集団の先頭付近につけてるみたい。

 

 クロノちゃんにマークはされてるけど、そのマークもそこまで強くない。

 それに、他の娘の位置取り、展開、全てあたしにとっては良い感じ。

 

「ふぅぅー……」

 

 息を整えながら、そのままの位置を維持する。

 

 普通なら、第四コーナーから仕掛けるのが良いん……だろうけど。

 今の感覚でいくなら、第三コーナーからが良いって感じる。

 

 

 少し早いけど、体力も脚にも余裕があるし……

 ここから勝負を仕掛けちゃえっ! 

 そして、第三コーナーに差し掛かり始めたタイミングで進出を開始する。

 

 

「おっと、第3コーナーに入りグランアレグリアがじわじわとペースを上げている! 早仕掛けかっ!?」

 

「っ!?」

「ここでっ!?」

 

 じわじわ進出を開始すると、あたしを逃がさないためか、合わせるようにダノンさんやクロノちゃんも合わせるように上がってくる! 

 

「(少し面食らいましたが、ここまではメソッド通りです!)」

「(ジュニアマイル女王の名に懸けて、貴女の好きにはさせませんわ!)」

 

 けど、絶対に追い付かせない! 

 マイルで最強は……私だよ!! 

 

「はぁっ!!」

 

「第4コーナーから最終直線に入る! 

 グランアレグリアが先頭に立つ!」

「しかし、ダノンフェアリスやクロノジェネシスも上がってくる!」

 

 

「(グランちゃんの末脚は驚異。離され過ぎると追い付けなくなる。だからこそ、私が取るべき道は……)ここっ!」

 

「(これ以上好き放題されてたまるものですか!)逃がしませんわ、グランアレグリアッ!!」

 

 

 二人の追い込みがすごい! 背中にすごいプレッシャーを感じる!! 

 だけどね……。

 あたしもだてに、マイルの天才を自称してる訳じゃないよ! 

 それに……トレーナーと鍛えてきたこの脚が、負けるはずないっ! 

 

「しかし、追い付けない! グランアレグリアっ! さらに半バ身、一バ身と突き放すっ!」

 

「ゴールインッ! 一着はグランアレグリア! 最後はライバルを寄せ付けず強い走りで見事、桜のティアラを手にしました! 

 タイムは……1分32秒7! レコード、レコードです! 前年の覇者、アーモンドアイの記録を破りました!」

 

 駆け抜けた瞬間ひときわ大きな大歓声が響き渡る。あたしはそれを受け取って、全身に

 

「グランちゃん……これほどの走りをするなんて思いもしませんでした……」

 

「はぁっ、はぁっ……くぅっ……また、負けたっ! 

 あれだけ鍛え上げたのに、追い付けなかった!」

 

 あたしが観客席から届く大歓声に応えていると、二人が同時に近づいてくる。

 

「さすがでした、グランちゃん。今日は完敗です。ですが、必ずジェネシスメソッドでグランちゃんを攻略してみせます」

 

「見事な走りでしたわ。ですが、良いこと、グランアレグリア? 

 今は貴女に勝利を預けておくだけです。

 いずれ私の手で貴女から勝利を奪い取りにいきますわ!」

 

 一拍の沈黙。

 

 次の瞬間──

 二人の声が、重なった。

 

「次は、絶対に貴女に勝ってみせます」

「次は必ず、貴女に勝ちますわ」

 

 二人の同時宣言で思わず、笑ってしまった。

 二人とも全然諦めなくって、レースが終わったばかりなのに、もう次のレースであたしに勝つことを考えていた。

 

 ──やっぱり。

 桜花賞のライバルが、この二人で良かった。

 

「ふふっ。さすがだね、二人とも。

 でも──あたしは次も、その次も絶対に負けないから!」

 

 こうしてあたしは、大歓声の中、確かにティアラの一冠目を掴み取った。

 

 ──────────────────────────

 

 凄まじいレースを終え、グランが控え室に戻ってくる。

「よくやった、グラン! これまでで最高の走りだった!」

 

「ありがとう、トレーナー! あたしも今日は最高の走りができたと思う!」

 

 これほどの走りが出来るならば、これからのレースも期待できる。

 

「身体を冷やしながら聞いてくれ。今日の桜花賞は文句なしの走りだったし、見てる限りは疲労も少なく見えた。

 これなら、ローテを変更せずにいけると俺は思ってる。グラン的にはどうだ?」

 

「うーん、そうだね……。終わったばかりだから、80マイル疲れてるけど、体力的には50マイルぐらいしか疲れてません! あたし的には全然、行けますよ!」

 

 と、少し思うところがあったのか、真剣な眼差しになりながら言葉を継ぐグラン。

 

「……感覚だけが信用できる訳じゃないっていうのは、朝日杯の時に100マイル分かってる。

 もしかしたら無意識に内に疲れてるって感覚を無視してるかもって思うよ? 

 でも、それでもあたしは、トレーナーと一緒に夢を叶えたい! 

 もっとレースを勝ちたい! だから、お願いします!!」

 

 昔からこう、と決めたら頑固なところは変わっていない。

 甘いのだろうが──それでも、この真っ直ぐな想いに応えたいと思ってしまう。

 

「……分かった。なら、予定通りローテはこのままで行こう。

 ただし! 疲労の蓄積度合いによっては回避も選択肢にある。グランの身体が一番優先だからな!」

 

「うん。ありがとう、トレーナー!」

 

 俺たちの次なる目標は──ティアラ三冠の二冠目のオークス、ではない。

 

 これまでのトゥインクルシリーズで一人しか達成していない偉業。

 桜花賞からNHKマイルカップの二つのレースを勝利する──

 変則二冠ローテへの挑戦である。

 

 

 ───────────────────────────

 

 桜花賞から一週間が経過した頃。

 

 俺はトレーナー室のPCの前で、頭を抱えていた……。

 

 桜花賞の勝利後、NHKマイルカップに向けトレーニングを重ねていたが、トレーニング中に突然ふらつく等、グランに異常が見られた。

これはまずいのではと、俺は急いでグランと病院へ向かった。

幸い特に異常はなかったものの、レースによる疲労が溜まっていたようで、一旦トレーニングを軽めのストレッチ、マッサージ等、身体の疲れを取る方向へシフトさせた。

 しかし、グランの身体には、桜花賞での疲労が未だ色濃く残ったままであった。

 

 このまま回復メニューを続けていけば、NHKマイルカップまでに疲労を抜くことはできるだろう。

 しかし、このままではグランの全力な走りを引き出せないとも言えた。

 

「このままじゃ、朝日杯の二の舞になる……。何か、何か出来ることは……!」

 

 PCに向かい、練習メニューを組んでは消し、休暇案を作っては消す。

 温泉によるリフレッシュ……も考えたが、NHKマイルまで一ヶ月もない間に、コネもないまま旅館の当てを見つけることは難しい……。

 

 考えれば考えるほど、思い浮かぶ案の欠点ばかりが目につき、思考がまとまらなくなっていく。

 

 一人では答えを見つけられないと悟った俺は、師匠の元を訪れた。

 

「……というわけなんです。俺にはどうすれば良いのか、もう分からなくて……」

 

 師匠はしばし目を閉じた後、静かに口を開いた。

 

「ふむ……話を聞く限り、君は焦り過ぎて視野が狭まってしまっているようだね」

 

「え……?」

 

「時間がない時ほど、人は焦ってしまう。

 普段なら見えるようなことも見えなくなってしまうものだ。

 

 今回、君はしっかり自分で解決案を導き出せている。それは褒められるべき点だ。

 後、君にまだ足りていないのは情報収集能力だね」

 

 そう言いながら師匠はあるパンフレットを取り出す。

 

「これは……?」

「最近、学園と提携を結んだ温泉旅館だよ。

 ウマ娘の疲労を抜くのにかなり良い効果を持つ温泉があるようでね。ここの女将主導の専用回復プログラムもあるそうだよ?」

 

「師匠! 本当に……本当に、ありがとうございますっ!」

 

 師匠に頭を下げ、急いでトレーナー室へ戻る。

「やれやれ……そういう一直線な所は、若い頃の私にそっくりだよ。……頑張りなさい」

 

 後ろで師匠の声が聞こえた気がしたが、耳に届くことはなかった。

 トレーナー室へ着き、俺はすぐさまPCへ向かい、申請とスケジュール調整にとりかかっていく。

 

 ──放課後。

 授業を終えたグランがトレーナー室へ顔を出す。

 

「うーん、やっぱり身体が30マイル重い感じがする……。

 うん、ちゃんとトレーナーに相談しよう。マイルールでそう決めたしね。

 トレーナー、ちょっと話が……ってどうしたのその資料?」

 

 グランの疑問に答えるように資料を掲げながら

「グラン! 突然だけど、温泉に行こう!!」

「え……えぇっ!?」

 

 ──────────────────────────

 

 週末。

 元々休養日だった予定を生かし、一泊二日で予約したトレセン学園提携の温泉旅館へ向かう。

 

「それで、トレーナー。どうして突然温泉に? あたし、50マイル驚いちゃいました」

「いや、やっぱり桜花賞の疲れが抜けきれてなさそうだったからね。

 ここで一気に疲れを取ってNHKマイルに備えよう、ってことさ」

 

 そう言うと、グランはどこかばつが悪そうな顔をする。

「あ、あはは……やっぱり気付かれちゃってた?」

「当然だろ? 俺は昔からグランのことを見てたからな。分かるに決まってるさ」

「あはは、さすがトレーナー! あたしのこと良く分かってる! でも、疲れてるのはあたしだけじゃないよね?」

 

「え……?」

「トレーナーもそうだよね。

 あたしのためにいっぱい働いてくれてるのは分かるけど……休息も大切だよ?」

「……ああ、ありがとな」

 

 そんな風に他愛もない話をしながら一時間程バスに揺られ、目的の温泉旅館の前へ到着する。

 

 外装は落ち着いた和の雰囲気で、疲労を取る場所としては、ぴったりだと思えた。

 女将と若女将の手厚い歓迎を受け、

 チェックイン後は、荷物を置き早速温泉へ向かう。

 

「じゃあ、後で合流しよう。ゆっくり入ってきてな」

「うん! ……ね、トレーナーも、昔みたいに一緒に入る?」

 

「ばっ!? い、一回も一緒に入ったことないだろ! バカ言ってないで早く行ってこいって!!」

「あはは、お兄さんの顔真っ赤! 久しぶりにそんな顔見ちゃった! じゃ、また後でね!」

 

「はぁ……全く……。冗談が過ぎるって……」

 

 だが、旅館に来る前にあったグランの焦りから来ていたであろう、顔の強ばりはなくなっていた。

 

「これも温泉の力かな……?」

 そう呟きながら、俺も温泉にゆっくり浸かると、トレーナー業で溜まっていた疲れを取れていくように感じる。

 久しぶりの本格的な休息、夜の夜空や街の景色を眺め、ゆっくりしているうちにいつの間にか一時間近くも経っていた。

 

「うわ、もうこんな時間か。そろそろ上がらないと」

 

 上がると既にグランはのんびりとソファに座り、リラックスしていた。

 

「グラン、早いな。もう上がってたのか?」

「……あ、トレーナー。遅いよ!」

 

「ごめんごめん。温泉が気持ち良くてな。グランもゆっくり浸かれたか?」

「それはもう! 100マイル気持ち良かったよ! 

 後は、そう! お風呂上がりのマイルール、牛乳の一気飲み! これすれば元気120マイルだよ!」

 

 二人で牛乳を掲げ、飲み干す。昔から一緒にやってるこのマイルールはどこか落ち着く感じがした。

 その後は、夕飯の時間となり食堂へ向かうと、旅館の地元の食材を使ったご飯が提供され、二人してお腹いっぱいになるまで食べていった。

 

「ふぅ、お腹いっぱい……。こんなに美味しい料理をお兄さんとも一緒に食べられて、150マイル嬉しい!」

「ああ、俺もグランと久しぶりにのんびり食事できて良かったよ。

 後、お兄さん呼びに戻ってるぞ?」

 

「えへへ、こんなときぐらい良いじゃない。久しぶりにこう呼んでみたけど、なんだか懐かしく感じちゃう」

「そうだな、俺も久しぶりにその呼び方を聞いて、懐かしくなったよ」

 

 たわいもない話をしながら部屋に戻る。

 そのまま就寝まで部屋でのんびりしようかと思っていたが、グランの方はそわそわと少し落ち着かない様子だった。

 

「……ね、お兄さん。ちょっと暑くなっちゃったからさ、少し散歩しない?」

「……? ああ、いいけど……」

 

 少し緊張した顔でお願いをして来るグランが珍しく、疑問を持ちながらもグランと外へ出る。

 お互い何も喋らず、星を見ながら歩いていく。

 

「お兄さん、あたしね……。今度のNHKマイルカップだけは、絶対勝ちたいの。

 変則二冠を達成したいとか、マルスちゃんに勝ちたいとか、そういう思いもあるよ。

 

 ……けど、一番は、ここまで見守って育ててきてくれたお兄さん……トレーナーに最高の勝利をプレゼントしたいの!」

 

 グランの言葉を聞き終え、俺の胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 

「……そんなふうに思ってくれてたんだな」

 ぽつりぽつりと噛み締めるように言葉を紡いでいく。

 

「ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」

 そう前置きしてから、続ける。

 

「でも、俺はグランと一緒に勝ちたいんだ。

 それが俺にとって、一番のプレゼントだよ」

 一歩近づき、グランを見つめながら本心を伝える。グランもどこかはっとしたような顔をした後、笑顔を見せる。

 

「そうだよね。うん、ありがとうお兄さん。じゃあ一つお願いしても良いかな?」

「うん」

「本番までに全力であたしを鍛えてほしい。誰にも負けないくらい。

 そしてあたしが一番でゴールするところ、ゴールの前で見てて」

 

「ああ、わかった。全力でグランを強くするよ。レースの時もゴールの後、一番に迎えにいく。

 約束だ、今度は絶対破らないから」

「……うん!」

 そうして二人で部屋へ戻り、敷かれている布団の上でのんびりと昔話に興じている内、いつの間にか二人とも寝てしまっていた。

 

 

 翌日、旅館の温泉で朝風呂と朝食を取り十分に疲労を取ることが出来たと思えるほどだった。

 女将さん達に別れを告げ、昼頃にはトレセン学園へ戻ると、NHKマイルへ向け徹底的なトレーニングを行っていく。

 

 

 以前敗北したアドマイヤマルスが出走を表明しているが、今の俺たちにとっては越える壁が一つ増えた、という程度だった。

 

 なぜなら、今の俺たちは彼女も含めたライバルに勝つこと、ではなく、レースに勝つことだけしか考えていなかったからである。

 

 師匠のチームにも協力してもらい、併走に加え、本番を意識したレースなど、トレーニングをこなしていき、あっという間に時間が過ぎ、レース当日を迎える。

 

 ──────────────────────────

 

 東京11R 芝1600m、NHKマイルカップ当日。

 

 パドックでグランはいつも以上に集中しながらも、スキップのマイルールを行い価値へのルーティンを定めていた。

 

 すると珍しく、アドマイヤマルスの方からグランに近づいていく。

 ライバルとして意識はしているが、学園ではそこまで関わりはないと聞いていたが……。

 

「グランアレグリア。また貴女と走ることがあるなんてね。

 でも、残念。どれだけ頑張ろうと、私には勝てないわよ?」

 

「……そんなことないよ、マルスちゃん。今のあたしは……今までとは違う。

 名実ともに最強マイラーなんだから!」

 

 自信に満ちた、不敵な笑顔を浮かべ応えるグラン。その今までとは違う雰囲気に気圧されたのか、一瞬彼女の顔が強ばる。

「?! ……そ、そう! なら、前回と同じように私が貴女を下してあげる。今度は、二度と、そんな自信が持てないくらいに!!」

 

「かかってきなよ、マルスちゃん。

 あたしはもう、誰にも負けないから」

 

 彼女たち二人による闘志のぶつけ合いは俺でも感じ取れる程、熱いものだった。

 あっという間にバ場へ入場時間となり、ウマ娘達のゲートインが始まる。

 

「頑張れよ、グラン……」

 俺は祈るような気持ちで、彼女を応援する。

 

 

「さあ18人のウマ娘、ゲートイン完了。NHKマイルカップ……スタートしました!」

 

 グランは集中を切らさず、抜群の反応で飛び出す。

「よしっ、良いぞ!」

 

 だがいつもの展開とは違い、先行集団ではなく、そのまま後方集団へ位置を取る。

 

「おっと、一番人気、グランアレグリア。綺麗なスタートを決め飛び出しましたが、どうやら今日は後ろからレースを展開するようです!」

 

 これまでの公式戦でグランが差しで走ったことはほとんどなかった。

 だが、タイキシャトルとの併走の中で、彼女を後ろから差しきる脚の鋭さに磨きがかかっていき、今ではこれまでの先行と同レベルの戦術にまで昇華させていた。

 

 アドマイヤマルスはこれまでグランと同じように先行寄りの走り。

 それに加え、自身の前にいる強い娘をマークし、最終直線で発揮される鋭い末脚で抜き去る戦術を得意としていた。

 今彼女は、グランに意識を向けているからこそ……ここで意表を突くことが出来る! 

 

 

「くっ……! (朝日杯も含めこれまでのレースからグランアレグリアは先行する、と思っていた。……いや、思い込まされていた!)

 やってくれたわね……グランアレグリアっ!!」

 

 

「……ごめんね、マルスちゃん。でもあたしもマイルで最強を証明するために、そしてトレーナーのために、このレースを勝ちたいから!」

 

 それぞれの位置取りは大きく変化しないまま、向こう正面から第3コーナーへ差しかかる。

 

 ここにきてグランは外を回り、じわじわと進出を始めていく。

 そして、一度強くターフを踏みしめ、

「あたしの……トレーナーのために、絶対、勝つんだぁ!!」

 

 そう叫ぶと同時にグランは急激に加速する。

 そしてアドマイヤマルスも含め、先行集団を一気に交わし先頭へ躍り出る。

 

「来た、来たぁ!! 桜花賞ウマ娘、グランアレグリアが外から飛んでくるっ!!」

 

「くぅっ……! (あり得ない、あり得ないっ! 皐月でも、ここでも、私が負ける!?)

 ……そんなこと、認められるかぁっ!!」

 

 最終直線に入り、さらにグランは加速していく。

 

「グランっ! いけぇぇ!!」

 俺は必死に、喉を枯らす程全力でグランを信じ、応援し続ける。

 

「返しなさい……。そこは、私の席だぁっ!!」

 だが後ろからまだ終わっていないとばかりに、アドマイヤマルスが凄まじい末脚で、グランに迫ってくる! 

 

「さあ、最後の直線! 最初に立ち上がってきたのはグランアレグリアだ! 後ろを突き放しにかかる! 

 しかし、アドマイヤマルス、アドマイヤマルスだっ! ものすごい末脚でグランアレグリアに迫る! どちらが、どちらが先にゴールを駆け抜けるのか!」

 

(勝つ、絶対勝つ! ここで勝ってあたしはマイルで最強のウマ娘にっ!)

 

(私はこれ以上、負けられない! 私が最強だと証明するために!!)

 

「「はぁぁぁっっ!!!」」

 

「ゴールっ! グランアレグリアとアドマイヤマルスが重なりながら、ゴール板を駆け抜けた! 

 どちらが勝ったのか……決着は写真判定に持ち込まれました!」

 

 

 周りは同着じゃないか、いやアドマイヤマルスが、いやいやグランアレグリアだ、などと一瞬の決着に対する推論を話していた。

 俺はゴールを目の前に、祈るような気持ちでグランの勝利を願っていた。

 

 だが、なかなか確定しない。この待っている時間が永遠のようにも感じる……。

 ターフにいる二人も掲示板を食い入るように見つめている。

 

「お願い……」

「……っ」

 

「あっ、結果が出ました! 一着は……ハナ差4cmで、グランアレグリア! グランアレグリアです! 見事、NHKマイルカップを勝利! これでラインクラフト以来、二人目の変則二冠を達成です!!」

 

「やった……。やったぁぁ! 勝ったよ、トレーナー!!」

 

 一瞬呆然とし、次の瞬間には喜びを爆発させるグラン。

 彼女のその喜ぶ姿を見て、俺は涙が止まらなかった。

 

「あぁ……、やったな……グラン……」

 客席からグランに対する多くの大歓声が飛び交う。グランはそれらを受け止めながら、座り込み呆然とするアドマイヤマルスに話しかける。

 

「私が、負けた……」

「マルスちゃん」

「っ!! なっ、なに! 無様に負けた私を笑いにでもきたの?!」

 

「ううん……むしろ逆! 

 マルスちゃんのお陰であたしは、200マイル全力を出して勝負出来た! だから、お礼を言いたくて……ありがとう! 

 また、勝負しよう!」

 

 座り込んでいる彼女へ向け、笑顔を見せながらグランは手を伸ばす。

 どこか諦めたようにアドマイヤマルスは笑いながら続ける。

 

「はぁ……。確かに、私たちの成績は互いに一勝一敗ずつ……。いいわ、貴女のその挑発に乗ってあげる」

「!! うん! まあ、次もあたしが勝つけどね!」

「へぇ、言ってくれるじゃない。でも残念、次こそは私よ」

 

 グランが喜びに満ち溢れた笑顔を、マルスは呆れたような、だがどこか喜色を混ぜた笑顔を互いに返す。

「次のレース……今から楽しみにしてるわ……」

 

 一方、俺はウィナーズサークルで、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、グランを迎える。

「おめでとう……。グス……そして、ありがとうグラン。一緒に……夢を叶えてくれて……。約束通り、ゴールで君を待ってたよ……」

 

 俺のその有り様にとても驚きながらも、いたずらっぽく笑いながら「トレーナーって、意外と泣き虫だったんだね?」とからかってきた。

 

「うん、こちらこそありがとう、トレーナー! 

 あたし、貴方と一緒だったから、ここまで来れたよ!」

 

 眩しく笑うグランにつられるように俺も笑顔を返した。

 そして互いに多くのファンがいることも忘れ、抱き合う。その姿に勝利とはまた別の大歓声が飛び交っていく。

 

 こうして最後まで騒がしくも、俺たちの変則二冠ローテは幕を下ろしていった。

 

 ──────────────────────────

 

「……こんなこともあったなぁ。懐かしい」

 

 アルバムにあるNHKマイルCのトロフィーを掲げているグランを見ていると……。

 

 

「トレーナー! 何してるの? そろそろトレーニング時間だよ……って、わぁぁ、懐かしい! クラシックの時のじゃないですか! 

 ……ふふっ。この時のトレーナーの泣き顔、ずっと覚えてますよ。

 顔グッチャグチャにしちゃってて……!」

 いたずらっぽく笑うグランに、俺は困ったように言葉を返す。

 

「えぇ……? 恥ずかしいから忘れてほしいんだけど……」

「ふふっ、ダメでーす! トレーナーのことは500マイル、なんでも覚えてますからね? 

 それよりも、次のレースに向けてトレーニング始めましょう? 

 タイキ先輩も、待たせちゃってますから!」

 

「おっと、それはまずいな。急いで行こうか!」

「はい!」

 

 アルバムをしまい、トレーナー室を一緒に出ていく。

 俺たちはどれだけ時間が経とうと、次の目標へ向かって歩み続けている。

 グランアレグリアの名に相応しい、栄光の大歓声を浴びるために。




最後までお読みいただきありがとうございます。

未熟なところは多いと思いますが、グランアレグリアの物語を書いて少しでも彼女の魅力が伝われば良いな、と思ってます。これからまた続き書くかどうかは、まだ未定ですが、また少しずつ書いていければ良いなと思ってます!

最後に、感想やこうした方がいいよ、という指摘等、いろんなことを書いてほしいです。よろしくお願いします!!

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