東京駅を囲むように建てられたビル群の内が一つ、そのテラス席にて、1人の少女が物憂げに、夏の陽光に照らされた赤レンガを見下ろしていた。
ドレスのような白い服を身に纏い、同じく白い帽子で日差しを遮る。妙齢の貴婦人が装うような衣装であり、ともすれば着させられてると感じる代物であったが、少女には不思議と似合っていた。
日本人離れした彼女の美しい
否。周りを見渡しても、彼女に視線を向ける者は誰一人としていない。異性同性問わず魅了する容貌でありながら、意識どころか記憶の片隅にすら残っていない。
誰も彼女のことが見えてないかのように。
世界からその場だけろが切り取られたかのように。
日常の中に浮かびあがる異常。
「珍しい顔だな。まさかまた拝むことになるとは」
であれば、その異常に声を掛ける男もまた、尋常の存在でないのは自明の理。
男の容姿もまた非常に整っていた。
逆立てた金髪、全てを見通すような鋭い瞳を携え、情を乗せない表情は、一見すると冷たい印象を与える。
真夏の太陽のもと黒いコートを羽織っていながら意にも介さず。冷徹な顔には汗一つ浮かんでいない。
憂いた顔を持ち上げて、隣に立つ男の顔を見て少女は呟いた。
「げ」
その一言とともに淑女然とした雰囲気は崩壊した。美麗な顔は歪められ、忌避感以上、嫌悪感未満という微妙な雰囲気を放ち始めた。
「随分なご挨拶だな」
「誰も彼もが覚えてない中、わけの分からない理由で記憶を持ち越してる、意味不明な相手への対応としては上等でしょ」
両者、呆れたように鼻息一つ。
異端な存在にしては、余りに人間臭い反応であった。
何しに来たのか?少女は目線て問いかける。
彼らは別に仲良く待ち合わせをしていたわけではない。どちらにとっても、意図しない遭遇であった。
「なに、目的は一緒だろう」
だが、決して偶然というわけではない。
彼の言葉を肯定するかのように、2人は駅を見下ろす。
否。良く良く観察すれば、彼らの視線は駅そのものではなく、そこに佇む1人の少年に注がれていた。
一般的。平均的。至って平凡な少年である。
観察者2人とは比べるべくもなく普通で、正しい意味で誰の目にも留まらない。
では紫の少女が、彼から目を離せないのは如何なる道理か。
青空の下、初対面の少年と少女が見つめ合う理由は。
何かに導かれるように、彼らが言葉を交わしたのは何故か。
誰が信じるだろうか? 少年と少女が、文字通り世界を救ったなどと。
「念のため聞いておくけど、貴方が裏から手を回したなんてことは 」
「それこそまさかだ。俺がそこまで労を払う義務はないし、必要性を感じない」
記憶を失った彼ら2人が出会わない未来もあった。むしろ目算としてはそちらの方が圧倒的に高かったであろう。
だが彼らは出会った。再び。
運命? 宿命? それとも偶然?
「どうでもいいわね」
「ああ、どうでもな」
2人の出会いを見届けた男は満足げな様子を見せ、踵を返した。
「あら? もう帰るのかしら?」
「ああ。見るべきモノは見た。俺がここに留まる理由はもうない」
「次元孔に落ちた私が存在している理由とか、ここまで来た動機とか、そういうのは気にならないわけ?」
「? なにを不思議に思う必要がある? マリス・カルデアスがビーストとして成立した以上、一時的とはいえ融合していた君もまたビーストとしての資格、ひいては単独顕現を獲得していたと考えるのが当然では?」
「いや、まあ、その通りなんだけど……そうアッサリ言われるとなんかムカつくわね……」
目を三角に釣り上げ、三白眼で男の背中を睨みつけるが、睨まれている本人はどこ吹く風……と思いきや。どこか、気まずそうな雰囲気を醸し出してる。
男のらしくない様子に、少女はおや?と片眉を上げる。
去る足を止めて、背を向けたまま口を開ける。
「君がわざわざここにいる理由について、だが……これを答えるのは俺個人としても少々気恥ずかしい。我が事と同じだからな」
「へえ! 良いことを聞いたわ! 言いなさい絶対言いなさい!私だけが恥ずかしい思いをするのは不公平ってもんでしょ!」
「君と同じなのだから言う必要はないだろう」
「良いから言いなさい。言わなきゃ分からないことも……いいえ、言った方が良いことなら、なおさら口にしなきゃね」
「そういうものか? そうか。それならいいか。君が来た理由、すなわち俺がここに来た理由は、至ってシンプル。ただ単純に――」
振り返った先にあったのは、彼という男にはとても似つかわしくない、子供のような笑顔で。
――美しいものを見たかった。
その言葉を最後に、男はその場から消えていった。
彼の姿を見送り、少女も最後に2人の姿を見納めようと視線を巡らす。
だが2人してどこかに移動したのか、見つけることは出来なかった。
権能を用いれば見つけることは容易だが、そこまでする必要はないだろうと自重した。
少し残念な気持ちを抱えたまま、少女は席を離れようとした、その瞬間。
「あの、すみません。相席してもよろしいでしょうか?」
背後から、懐かしい声が掛けられる。
気配を探れば、よく知る気配が2つ。
運命? 宿命? それとも偶然?
どれでも良い。ただ、この時を楽しもう。
「ええ、もちろん。歓迎するわ」
それだけを決めて、彼女は――