感想・お気に入り・評価等ありがとうございます。公式で真初華の情報が出る前に完結させたいので、頑張ります。
デビューライブの回です。
Debut Masquerade 『Primo die in scaena』
Ave Mujica様
……重厚なプレートを横目に、楽屋のドアノブをそーっと回す。
さながら楽屋泥棒のような慎重さで僅かな隙間から中を覗き込めば、中央のソファーに海鈴ちゃんが座っているのが見えた。
流石に早いなー。メンバーの中じゃ一番乗りだ。
何やらタブレットを操作していて、こちらに気づいた素振りはない。
……よし。
ドアの隙間にしゅるりと身体を滑り込ませる。
足音を殺して背後から忍び寄り──
「だ~~れだっ!」
「音歌さんですね。おはようございます」
即答だった。思考時間0秒。迷いなし、驚きなし。
そりゃあ、はなから騙せるとは思ってないけどさぁ。
ここまでノーリアクションだと、張り合いがないというか、なんというか。
「えー、海鈴ちゃんつまんない~。もうちょっと悩んでもよくない?」
「こんなことをするのは音歌さんだけなので。……それより、手を離してもらえませんか?」
「どうしよっかな~」
にんまりと笑って語尾を跳ねあげる。
そうお願いされると、逆に外したくなくなるのが人の性というもので。
なんとかして動揺させてやろうと、まずは手をもぞもぞ動かしてみる。
「……くすぐったいのですが」
「じゃあくすぐったそうにしてよ~」
ダメだ。全然効いてない。
こうなったら……と、さらに追撃しようとしたところで「失礼します」という声とともにドアが開いた。
「……げ。楽屋でなにしてんの?」
「おはようございます、祐天寺さん」
「にゃむちゃんおっはよー。いやぁ、海鈴ちゃんが離してくれなくってさ~」
「全く逆ですね」
目を塞がれたまま声のする方に顔だけ向けて訂正する海鈴ちゃんを見て、にゃむちゃんがはぁと呆れたようにため息をこぼす。
そのまま、ジトっとあたしを睨んできた。
……はいはい。分かってますよーだ。
流石のあたしだって、このライブ前の忙しい時間に用もないのに来たわけじゃない。
ぱっと手を離してから、仕事モードに切り替えて本題を切り出した。
「それでね海鈴ちゃん、ちょっと確認したいことがあってさ。いま大丈夫?」
「ええ、構いませんよ」
そう言って、何事もなかったかのように平然と頷く海鈴ちゃん。
そのポーカーフェイスをいつか崩してやるからなと思いつつ、隣に座って二人で確認作業を進めてゆく。
……このAve Mujicaというバンドは、立ち上げ人であるさきちゃんを中心に回っているバンドだ。
楽曲制作、衣装デザイン、ライブの台本に演出プラン。その全てを一手に担っている彼女は、さながらムジカの女王様。活動方針こそ事務所やメンバーの意向をうかがうこともあるけれど、こと世界観という領域においては彼女の独擅場で、他の追随を許していない。かろうじて、作詞という形でお姉ちゃんが関わっているくらいだろうか。
ただ、そんなさきちゃんの専制政治の下で、裏のまとめ役として実務面を取り仕切っているのが、ムジカのベーシストにしてスーパーしごできウーマンの海鈴ちゃんだ。
さきちゃんの演出やプランを先方に伝えたり、スタジオを予約したり、メンバーのスケジュールを調整したり……。
外部との折衝に関してはチーマネの袋小路さんの仕事だけど、それ以外のバンド内部のタスクはほとんど海鈴ちゃんが処理しているといっていいだろう。
演奏技術もさることながら実務能力まで高い海鈴ちゃんは、バンドとしてはありがたい存在なんだろうけど……。
そこで困ってしまったのが、他でもないあたし。
ムジカになんちゃってマネージャーとして配属されたはいいものの、すでに優秀な実務担当がいたとあっては仕事がない。
仕事がなければ居場所もない。居場所がなければここにいる正当性がない。
ただのメンバーの妹というポジションに成り下がってしまえば、ムジカの活動を外から指をくわえてみているだけになってしまう。それではダメだ。
じゃあ、そんなあたしがどうしたのかといえば、海鈴ちゃんを説得して仕事を分担──もとい、仕事を分けてもらったのである。
これで万々歳かと思いきや、そこからもまた大変だった。
仕事をゲットしたはいいものの、悲しいかなあたしは業界未経験、ド素人のひよっこ。
スタジオの予約ひとつ取っても分からないことだらけで、今は海鈴ちゃんという先生に手取り足取り教えてもらっている状態なのである。
……ごめんね海鈴ちゃん。絶対自分で全部やった方が速いよね。でも文句も言わずに優しく丁寧に教えてくれる! 好き! 投げキッスくらいならあげちゃう!
唐突に、ん~まっと投げキッスを送ってみる。
なぜ急に……? というような海鈴ちゃんのキョトンとした顔が妙に面白かった。
ライブ前だし、確認はこんなもんでいいかな。あまり負担をかけたくないし、近日中に対応が必要な案件は大体確認し終えたし。
スマホをしまってふと顔を上げると、いつの間にか対面ににゃむちゃんが座っていた。
長い睫毛に縁取られた瞳で、こちらをじーっと──まるで陳列棚の商品を検品するような目で見つめてくる。
「……てかさ、あんたほんとウイコに似てるよねー」
ウイコ……お姉ちゃんのことかな。
「うん。でもほら、見分けはつくでしょ?」
「そりゃそうだけど……。双子じゃないのにここまで似てるって珍しくない?」
「似てるっていうか、あたしが似せてる部分もあるしね」
にゃむちゃんと海鈴ちゃんも、例にもれず初対面ドッキリをくらったタイプの人だ。
立ち居振る舞いに差がありすぎてすぐにバレちゃったけど、少なくとも初見のぱっと見では看破されてない。
たしかあの時、海鈴ちゃんがあたしをどう呼ぶかでちょっと焦ったっけ。
海鈴ちゃんはお姉ちゃんとクラスが同じだから、本名を知っている側の人間だ。
お姉ちゃんもそれを分かっていて、クラスメイトには芸名の“初華”か苗字の“三角”で呼んでくれとお願いしている。海鈴ちゃんはもともと他人を苗字で呼ぶタイプだから今までは“三角さん”で問題なかったんだけど、あたしというもう一人の“三角さん”が参戦したことによってややこしくなってしまった。
たぶん世間一般的には、こういう場合は名前で呼び分けるのが自然なんだろう。
だが、あたしたちの場合は話が別。どこに耳があるか分からない芸能界で、もし何かのはずみで初音さんなんて呼ばれようものなら、お姉ちゃんの本名なんてすぐに広まってしまう。
それで結局、お姉ちゃんのことはこれまで通り三角さん、あたしを音歌さんと呼んでもらうことにしたのだ。
「むしろ、個人的には声に驚きましたが」
「声?」
海鈴ちゃんの意外な指摘に、思わず素っ頓狂な返しをしてしまった。
声が似ているというのは、今まであまり言われたことがなかったかもしれない。
バンドをいくつも掛け持ちしているくらいだし、やっぱり耳がいいのかな。
「歌声は分かりませんが、話し声はほぼ同じかと」
「たしかにウミコの言う通りかもねー。目閉じてたらどっちか分かんなくなりそう」
「お二人が似ていると感じてしまう要因には、そこも関係していると思います」
なるほどねえ、新しい視点だ。
鏡で自分の顔を見ることはあっても、自分の声を録音して聞くことはないから、割と無自覚だった。
まあ、お姉ちゃんと似ていると言われて悪い気はしない。
っていうか、歌声も同じなら完全カバーもできるんじゃない?
「……では、これから歌いますので、海鈴審査員は、どれだけ似ているかの判定をお願いします」
え、という反応を無視して、こほんと咳払い。
「サッちゃんはね サチコっていうーんだ ほんとはね」
正気? と言わんばかりに目を見開くにゃむちゃん。
「だけどちっちゃいかーら──」
ガチャリ。
無機質なドアの開閉音がして、慌てて歌声をひっこめる。
スタッフさんだったら気まずいなと思いつつ振り返れば、立っていたのは睦ちゃんだった。
「あ、ムーコじゃん!」
「若葉さん、おはようございます」
「睦ちゃんおはよ~」
部屋に入ってきた睦ちゃんが、返答なのかどうかも定かではない吐息と一緒にこくりと頷く。
あ、早速にゃむちゃんが絡みにいった。
……分かりやすいなぁ。
メンバー内の人間関係におけるにゃむちゃんの行動指針はかなりシンプルだ。
上昇志向の持ち主でかなりの野心家。ムジカも成りあがるための手段のひとつという印象。だからこそ、親が大物芸能人である睦ちゃんや、数字に繋がりそうなお姉ちゃんには積極的に絡みにいくし、逆にあたしみたいな存在にはドライに対応する。
とはいえ、あたしだってお姉ちゃんの妹なわけだし、一応はマネージャーでスタッフ枠だから、そこまでないがしろにされてるわけじゃない。
さっきあたしを見ていたのも、動画ネタに使えないか考えていたんだろう。初華にそっくりな妹がいた、みたいな。ま、事務所が許さないだろうし、そもそもお姉ちゃんが拒否するから実現はしないだろうけどね。
結果として、現状のにゃむちゃんからあたしへの態度は、プラスマイナスが相殺されてフラット? かな、たぶん。むしろ、お互いに期待がないぶん、ある意味では一番気楽な相手かもしれない。
……その一方で、何を考えているのかよく分からないのが睦ちゃんだ。
とにかく寡黙。反応も薄い。表情筋が死んでるのかってくらい動かない。
でも、無視してるわけじゃないし、グループチャットには一言返してたし、人間嫌いではない……のか?
時々、ガラス玉みたいな目で人間観察をしているみたいに人をじっと見ていることがあるのが、ちょっと不気味だ。
たしか、さきちゃんの幼馴染なんだっけ。バンドの打診をされたのも相当早かったらしいし、仲がいいんだろう。
となると、最低限の人間性の保証はあるわけだが……。
下手に突いて藪蛇になるのもイヤだし、とりあえず様子見でお願いしたい相手ではあった。
……そうこうしているうちに、外が騒がしくなってきて楽屋にもスタッフさんたちが出入りし始める。
そろそろ戻らないとな、と楽屋を出ようとしたところで海鈴ちゃんに声をかけられた。
「もうすぐ通しリハですが、三角さんはどちらへ」
「お姉ちゃん? たしかにまだ来てないね。あたし今日朝早かったから何にも聞いてないや」
「では、念のため連絡をお願いできますか?」
「おっけ~。じゃあね、海鈴ちゃん」
楽屋を離れ、比較的電波のいい屋外──関係者入口のあたりに移動する。
スマホから電話をかけると、すぐにお姉ちゃんが出た。
「おねえちゃーん! 通しリハ前だよ! 今どこ!?」
「ご、ごめん初華。今向かってるから」
声の向こう側から聞こえるのは車の走行音。タクシーの中か。
……っていうか。
「もー。お姉ちゃん、初華じゃなくて音歌でしょ!」
「あっ、そう……だよね。ごめん」
「そんな何度も謝らないでよ。気をつけてね?」
「う、うん」
そう。
あたしがムジカのマネージャーになるにあたって、あたしたちは、他人の目や耳がある場所──家の外では互いに偽名で呼び合うことにした。
これは、お姉ちゃんの正体を隠すためのカモフラージュであり、同時に普段から偽名に慣れておくための訓練でもある。
たとえ電話越しでも、二人きりでも、家の外であればそのルールは絶対。
……ってか、何であたしの方が気にしてるんだろう。ふつう、お姉ちゃん側がもう少し神経質になるべきなんじゃないの?
バレても構わないと思っているわけじゃないだろうけど……全体的に危機感が薄いというか、やり方がヌルい。
この辺がいまいち謎なんだよなぁ。
「で? なにしてたの?」
「……ちょっと、星を見てたんだ」
「星?」
お姉ちゃんの言葉に、反射的に空を仰ぐ。
頭上に広がるのはインクをこぼしたかのような濃紺。
まるで空に大きな蓋を被せたかのような暗闇の中を、仲良くしっぽを焦がした雲たちが、東へ東へと逃げるように大挙して押し寄せている。
逃避行の軌跡を追って西へ目を向ければ、遠く彼方でさようならと元気よく手を振る太陽の、その茜色の指先だけがちらと見えた。
星は──見えない。
すぐに、あぁプラネタリウムか、と気づいた。
「それにしても、ほんと星好きだよねぇ~。なんで?」
「……何となく、かな」
「ふ~ん」
ライブ直前にわざわざ見に行くほど好きなのに、帰ってきたのはずいぶんと曖昧な答え。
あたしには言いたくないってことかな。
それとも、単にまだ言語化できていないというだけ?
……まぁ、大体の予想はつくけどね。
島にいたころ、お姉ちゃんは日が落ちると決まってどこかへ行っていた。
いつの間にやら姿を消して、気づけばふらっと帰ってくる。
島内には見知った人しかいないし、行ける場所も限られているから、誰も行き先をしらないまま好きにさせていたのだけれど、靴や服の汚れを見るに近くの山に行ってたんだろう。
たぶん、お姉ちゃんは逃げてたんだよね。
あたしたち家族から。
別に虐待とかがあったわけじゃない。
お母さんは豊川関係でこそお姉ちゃんを縛りつけていたけど、それ以外はわりと放任主義で、パパが死ぬまでは親子間の仲もそこまで悪くなかったと思う。血のつながっていないパパも、むしろお姉ちゃんのほうに甘いくらいだった。
でも今思い返してみれば、その不自然な優しさこそが、お姉ちゃんの孤独を強めたのかもしれない。
家にいることに耐えきれなくなって、夜の山に逃げて、星に囲まれて。
そこが、お姉ちゃんにとって唯一安心できる場所だったんだろう。
──あたしにはまだ、踏み込むことが許されていない領域。
「そっか、じゃあ遅れないようにね」
「うん」
電話を切り、もう一度空を見上げる。
太陽はとうに落ち、空は漆黒に塗りつぶされている。
新月の夜。恐ろしいほどに暗く、島ならばよく星の見える日。
だけどここ東京では、眩いほどの人工の光が月の代役を務めている。
星は──やはり見えない。
ねぇ。
偽物の星しかないこの東京で、お姉ちゃんは何を支えにしてるの? どこに逃げてるの?
お姉ちゃんを照らしているものは、なに?
もし、お姉ちゃんを照らすものが何もないというのなら──
本物の星になってあげられるのは、きっとあたしだけだ。
◇◇◇
「お姉ちゃんおつかれ~。カッコよかったよ~」
「ありがとう、音歌」
雑用の雑用をこなし、無事デビューライブを見届けてから楽屋に入ると、舞台衣装姿のままのお姉ちゃんが出迎えてくれた。
にこっと笑うその仕草は……なんだろう。ちょっといつもと違う感じがする。
劇中の一人称が“僕”だったし、その余韻で若干ボーイッシュに感じるのかな。sumimiでのお姉ちゃんとはまた違うカッコよさだ。
じゃあご褒美のハグを、と両手を広げて近寄ると、すいすいっと避けられる。
「待って音歌。いま私、汗かいてるから」
「えー全然気になんないし大丈夫だよ~」
「私がっ……気にするのっ」
逃げるお姉ちゃんに追うあたし。
懐かしいなぁ。昔もよくこんなふうにお姉ちゃんを追いかけまわしたっけ。
ただでっかい昆虫を見せたいだけなのに、すぐ逃げちゃうんだもんなぁ。
「……あまりイメージがないのですが、これが姉妹のスタンダードなんですか?」
「どーだろ、アタシだって自分の家のことしか知らないし。……ただまぁ、これは例外なんじゃない?」
にゃむちゃんの答えに、「なるほど」と頷く海鈴ちゃん。
なんだなんだ?
あたしとお姉ちゃんの仲の良さが気になるのか?
「もしかしてぇ~海鈴ちゃんも妹が欲しかったり?」
「いえ、そういうわけでは」
「しょうがないなぁ、じゃああたしが……」
と言いかけたところで、ちょうど更衣室からさきちゃんが出てきた。
楽屋内を見渡してから、業務連絡というような事務的なトーンで話し始める。
「車を用意していただきましたので、二人ずつ乗ってくださる?」
「あー! サキコもう着替えちゃったの? 写真撮ろうと思ったのにー」
「祐天寺さん。仮面バンドの自覚をお忘れなく」
「え~」と崩れ落ちるにゃむちゃんを無視し、さきちゃんはそのままドアの方へ。
ん? もしかして帰ろうとしてる?
「豊川さんは?」
「少しほてりを冷ましたいので、電車で帰りますわ」
「じゃあ私もっ──」
「え? このあと打ち上げあるよ?」
お姉ちゃんの言葉に強引に割り込むと、さきちゃんは「は?」と振り返った。
「……聞いていませんわ」
「メンバーだけの小規模なやつだから、わざわざ言わなくてもいいかな~って。どうせみんな、このあと暇でしょ?」
「正体がバレない範囲であれば、この後の行動について特に制限は設けません。私は参加いたしませんが、気兼ねなくご自由にどうぞ」
「なんで? さっきほてりを冷ましたいって言ってたじゃん。要は空いてるんでしょ?」
くっと苦虫をかみつぶしたような顔をするさきちゃん。
なんで? 根っからの打ち上げ嫌い?
でも、こちらとしては来てもらわないと困るんだよねぇ。
……もうお店予約しちゃったし。
「お願いお願い! さっき予約いれちゃったんだよ~。それに、メンバー全員じゃないと事務所が全額負担してくれないって。ねっ? ねっ? タダだし、乾杯だけちょっといてくれるだけでいいからさ」
やばい。直前に提案すれば、逆になし崩し的に来てくれるかなって思ったのが間違いだった。
でも~。このメンバーって絶対、打ち上げなんか興味ありませんってタイプが多いじゃん。こうでもしてくれないと来てくれないと思ってさぁ~。
キャンセル料だけは払いたくないよ~。
「わ、私は良いと思うな。打ち上げ」
意外にも、加勢に来てくれたのはお姉ちゃんだった。
打ち上げに積極的なのはにゃむちゃんくらいだと思ってたから、かなり驚き。
「もちろん、さきちゃんの気持ちが優先で、無理にとは言わないけど……仕事以外で皆で集まれる機会って、あんまりないと思うし」
「初華……」
何かを躊躇うようにまつ毛を伏せるさきちゃん。
しばらくして、その表情がふっと緩んだ。
「そうですわね……。では、少しだけ参加させていただきます」
「ざぎちゃんありがとぉ~」
「ちょっ、音歌さん!? ひっつかないでくださる!?」
危なかった……。もう少しで多額の負債を抱えるところだった。
「ムーコはどうすんの?」
「行く」
「ふ~ん。……ウミコは?」
「みなさんが参加するのであれば」
よしよし。これで全員参加だ。
っていうか、あたし的には多少人数が減っても良かったんだけど、さきちゃんだけは別なんだよね。
さきちゃんが来ないと睦ちゃんが来ない。睦ちゃんが来ないとにゃむちゃんが、みんながいないと海鈴ちゃんが……と考えると、さきちゃんだけは絶対に必要なのだ。
打ち上げの開催が無事決定し、あたしはこぶしを天に突き上げる。
「じゃあ、みんなで打ち上げ会場にレッツゴー!」
◇◇◇
「……それで、どうして打ち上げ会場がイラン料理店なんですの?」
「あっ、ナンだけにってこと? さきちゃん上手ーい」
「そういうことでは……」
そんなわけであたしたちがやって来たのは、ライブ会場からほどほどの距離にあるビルの2階にあるイラン料理店。
色鮮やかな絨毯、現地のものであろう様々な装飾品、果ては隅っこの鳥かごの中にインコ。入口のドアからして木彫りだし、入る前から何となく勘づいていたけど、想像以上に異国情緒満載の空間だった。
エキゾチックなランプに照らされた薄暗い店内には、あたしたちを除いて年配のお客さんが一組だけ。まさに、商店街の片隅にある入ったことない外国のお店って感じ。
ただし、注文はスマホからだそうな。
これも流石に、時代の流れってやつですかねえ。
テーブルを挟んだこちら側に海鈴ちゃん、あたし、お姉ちゃん。あちら側にむつみちゃん、さきちゃん、にゃむちゃんと座り、とりあえず各自で頼んでいこうという流れになった。
「ですが、理由は私も気になりますね。音歌さんの好みですか?」
「ちがうよー。あたしだって色々考えてお店を決めてますぅ」
ぷくーっと頬を膨らませ、右隣に座る海鈴ちゃんに不満ですとアピールする。
「まず一番気をつけなきゃいけないのが、仮面バンドってことでしょ? 普通なら個室のお店にするんだろうけど、それだとまだリスクがあるなーってあたしは気づいちゃったわけ」
店員さんが近くにいないことを確認してから小声で続けた。
「個室だって、出入りするときに他のお客さんに見られちゃうじゃん。だったら最初からあたしたち以外誰もいないようなお店で、しかも若い人が行かないお店にすればよくない? それに、どんなお店でも店員さんの目はある。でもこういう外国の人のお店だったら、お姉ちゃんのことを知ってる確率はぐっと下がるよね。あたしたちの会話だって分かんないかもしれないし」
「理屈自体は通ってますね」
「そーだけど……。なんかこすくない?」
「こすくないって!」
対面に座るにゃむちゃんが難癖をつけてきたので、すぐさま突っ込む。
結構大変だったんだからね! 会場から近すぎても遠すぎてもダメで、混んでないお店って全然ないんだから!
「お待たせしましたー。こちらお飲み物です」
注文してすぐに、民族衣装に身を包んだ女性の店員さんがお盆にグラスをのせてやってきた。
「まずはオレンジジュースのかた」
「は~~~い」
元気よく手を上げると、女性の若い店員さんと目が合う。瞬間、店員さんから「えっ」と声が漏れた。ちら、とお姉ちゃんのほうに視線。
あ。
「えぇと、次はマンゴージュースの……」
いま、明らかにお姉ちゃんのことを知ってる素振りだったよね。なんで初華が二人いるの? みたいな。
店員さんの動きも、どこかぎこちなくなったように感じる。
「……以上ですね。では、食べ物が決まりましたらスマホからご注文をお願いします。なにか質問があれば遠慮なくお尋ねください」
店員さんは、そのまま飲み物を置いてつつつーっと下がっていった。
「バレましたね」
「ダメじゃん」
……うぐぐ、何も言い返せない。
こうなったらいっそ開き直るしかない!
あたしはグラスを持って勢いよく立ち上がった。
「り、リビアーモ!」
「どうしてイタリア語なんですの……?」
◇◇◇
「しくしく、しくしく」
「ま、まぁ店員さんだし、大丈夫じゃないかな」
まさか、あたしの完璧な作戦が失敗するとは……。
左隣に座るお姉ちゃんの慰めが今は心苦しい。
「ごめんね……さきちゃん」
「多少リスクがあったのは確かですが、トラブルに発展する可能性は低いでしょう。初華の言う通り相手は店員ですし。それに、明確な証拠がない以上、個人の発信力にも限界があります」
「ただ……」とさきちゃんが続ける。
「これからはより一層注意を払うよう、お願いしますわ」
「払う払う。今度はもうがっちがちの会員制レストランとかにするから!」
「あんた、そんなツテあんの?」
「これからつくりますぅ~」
にゃむちゃんに言い返したあたりで、今度は料理が運ばれてきた。
適度に会話を挟みつつ、一旦、各々料理を食べ進めていく。
あたしが注文したのはキャバーブ・クビデという料理。説明文を読むに、要はケバブらしい。ケバブという単語だけは知っていて、食べたことはなかったしこの機会にと選んでみたが、イメージに反して出てきたのはシンプルなビーフ&ラムのミンチ肉串焼きだった。
しかも、お皿を囲うように配された肉の真ん中には、黄色いライスと焼きトマトがついている。
あたし的には、ながーい肉の塊をぐるぐる回しながら削いでいくイメージがあったんだけど……キッチンの方でぐるぐるしたんだろうか。それともあれはパフォーマンス?
いまいちよく分からない料理だったが、とりあえず美味しかったのでよしとする。
食べ終えて周りを見渡すと、大体みんな同じくらいのペースだった。
それにしても……さきちゃん、打ち上げには乗り気じゃなかったのに、わりとガッツリ食べるんだなぁ。
あと食べ終えてないのは……睦ちゃんと、お姉ちゃん。
お姉ちゃんが頼んだのは、たしかフェセンジャンだっけ。
鴨とクルミとザクロの煮込みシチューみたいなやつ。
あたしと違って付け合わせはナンにしたらしい。どろどろのシチューにナンを浸して、美味しそうに食べている。
……なんか無性に食べたくなってきたな。
ちょうど最後の一切れというところで、あたしは待ったをかけた。
「お姉ちゃん、それ最後ちょうだい」
「うん。いいよ」
迷いもなく頷くお姉ちゃん。
そのままお皿ごとスライドしてきたので、突っぱねて大きく口を開ける。
「あーん」
「音歌……みんな見てるから」
「なんで? いいじゃん」
「もう……」
お姉ちゃんは困ったように苦笑しながらも、ナンを手に取りシチューに浸してあたしの口元に差し出してくれた。
ぱくっとキャッチ。うーん、おいひい。
「……ってか、ウイコちょっと甘すぎじゃない?」
「そ、そうかなぁ?」
「だってさ、何でも言うこと聞いてるじゃん」
頬杖をつきながら、にゃむちゃんが若干呆れたように目を細める。
「年の近い姉妹って仲良くなりやすいけどさ、そのぶん喧嘩も多くない? いくら姉だからって不自然っていうか」
「あたしとお姉ちゃんはトクベツなんです~」
ごっくんと料理を飲み込んでから、お姉ちゃんの腕にしがみついて舌をべーと出した。
……不自然、ねぇ。まぁ言いたいことは分かる。
お姉ちゃんは昔から優しかったけど、ここまで何でも言うことを聞いてくれるのは、あたしが名前を貸しているという裏事情があるからだ。
それをしらないにゃむちゃんからすれば、あたしとお姉ちゃんの関係が多少不自然に映るのも無理はない。
「……ところで。さっきから気になってたんだけど、その“ウイコ”ってお姉ちゃんのこと?」
「あぁ、あんたには話してなかったっけ」
そういえば、と思い出して聞いてみると、にゃむちゃんが「ほら」と手のひらを広げてみせてきた。
「名前に“こ”が付くと可愛くない? ウイコ、ムーコ、ウミコ、サキコ……」
そのまま、指を折りながらメンバーの名前を並べていく。
……なんか悪い予感がしてきたな。
「……ねえ。その場合、あたしってどうなるの?」
「え? 音歌だから……オトコ?」
「ぜ~~~ったいヤダ!」
「そう? 可愛いじゃ~ん」
男って! 性別変わっちゃってるじゃん!
その意地悪な笑顔……絶対分かってやってるよね。
「アクセントに気をつければ問題ないのでは」
「海鈴ちゃんは黙ってて! ……おねえちゃ~ん、にゃむちゃんがいじめる~」
「あはは……。いじめのつもりはないんじゃないかな?」
「だよね~。ウイコ分かってるぅ」
違います。あたしは傷ついてます。
「変えなかったら、お姉ちゃんとコラボさせないからね」
「……仕方ないなぁ。じゃあオーコで」
あたしの脅しに、にゃむちゃんがやれやれと肩を竦めた。
何かすごい駄々をこねてるみたいになってるけど、これは当然の抗議だよね!?
あだ名をつけられること自体は憧れてたから別にいいんだけどさ。
雑談の途中、ふと対面に目を向ければ、睦ちゃんは食べ終わるまでもう少し時間がかかりそうだった。
追加でデザートでも食べようかな、というところでスマホのバイブ音が鳴る。
音の源はさきちゃん。
背中と背もたれの間に置いてあるバッグからスマホを取り出し、画面を見て──瞬間、その顔がさっと凍りついた。
……なんだろう。なにか不味いことでも起きたんだろうか。もしかして今日のライブ関係? いや、それならあたしのところにも情報が届くはず。ならプライベートかな?
あたしが推測している間に、さきちゃんはすぐに表情から強張りを消し去ってしまった。
そのまま、静かに席を立つ。
「では、わたくしはこの辺りで」
「えっ、もう帰っちゃうの? デザートは?」
「結構です」
「じゃあタクシー呼ぶ? 片方が現場じゃないから自腹だけど」
「いえ。幸い、タクシーを待つよりも電車を使ったほうが早いので、そちらで帰りますわ」
ふーん、タクシー使わないのか。やっぱり倹約家なんだなぁ。お金持ちほど実はケチってやつだ。
「この時間だし一人は危ないよ、私も……」
「繁華街を通りますし、問題ありません」
後を追うように立ち上がったお姉ちゃんを片手で制して、さきちゃんが続ける。
「それに初華。あなたは有名人なのだから、相応の自覚を持っていただかないと困ります」
そりゃそうだ。いくら変装しているとはいえ、不特定多数の人間と長時間同じ場所にいなければならない電車は避けた方が良いに決まってる。
ぐうの音も出ない正論に、しゅんと縮こまるお姉ちゃん。
さきちゃんは、最後に一瞬だけ睦ちゃんにアイコンタクトを取ってから「お先に失礼」と店を出て行ってしまった。
カランコロン、とドアベルの音がやけに大きく響く。
主役の一人が抜けたテーブルには、なんとも言えない微妙な空気が澱んでいて。
「えぇっと……デザート食べるひとぉ~……」
おどけて提案するも、挙手はゼロ。
閑散とした店内に、あたしの声だけが虚しく吸い込まれていった。
……いいもん。あたしだけ、いっちばん高いやつ頼んじゃうから!