『終焉』が近いであろう青空世界で私達は生きる......らしいよ?   作:エリオ(別同位体)

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始まりました、銀狼のミレニアム旅。略して『PRSoTM』
彼女はミレニアムで何を以て脚本を成すか、今回も大ボリューム。それではご覧ください

あと、前回https://syosetu.org/novel/397551/6.html
にて冒頭の誰か(エリオ)の語り部でちょっとばかりの仕込みがあるのをコッソリと教えておきます。稀にちょくちょく入れておくので暇さえあれば是非


Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編1章  担当【パンクロード】
Punk Road Spirit on The Millennium


キヴォトスにおいて、その少女の存在は一種の都市伝説、あるいは最悪の災害として語り継がれている。

 

神秘ハンター所属

【パンクロード】銀狼

賞金首51億の小柄の少女。またの名を『ウルフロード』とも。

 

キヴォトスという世界をただの一つの「ゲーム」と見なし、どんなに強固なセキュリティも子供の玩具のように容易くハッキングしてみせるスーパーハッカー。

 

神秘ハンターのメンバー内では最も懸賞金が低いものの、その危険度は他の凶悪犯たちと何ら変わりはない。

ゲヘナ学園がカフカの行方を血眼になって追っているように、銀狼もまた、数々の組織や学園からその身柄を狙われる立場にあった。

 

それもそのはず。

過去に彼女がハッキングの標的にした企業や学園は数知れず、中でもオデュッセウス海洋学園の領海で起こした『ゴールデンフリース号不正豪遊事件』、そしてカイザーコーポレーションのサーバーを数日間にわたり完全沈黙させた大規模Dos攻撃は、今や裏社会の語り草となっている。

 

当然、メンツを潰されたカイザーコーポレーションは、今も執拗に彼女の身柄を追い続けている。

 

─────そして、そんな彼女を狙う組織否、学園がもう一つ。

 

【ミレニアムサイエンススクール】

キヴォトス最高峰の科学技術を誇るその学園は、奇しくも一年前まで、彼女が在籍していた「()()」でもあった。

 

 


 

 

事のはじまりはカフカがブラックマーケットで行動を起こす前日。

 

ミレニアム郊外、立ち入り禁止区域──『廃墟』。

そのエリアの中に存在する薄暗い工場の跡地に、無機質な駆動音と金属がぶつかり合う轟音が響き渡る。

 

「……湧きすぎ。このステージ、モブの配置バランス悪すぎない?」

 

【グラディウス:プロメテウス】

「先見の明の剣」又は「はじまりの剣」を意味する特注のレールガン。

 

気怠げな声を漏らしつつも、鮮やかなネオンカラーのRGを銀狼は静かに構えだす。

彼女の視線の先を埋め尽くしているのは、立体的に四角くデフォルメされた小型ロボ「スイーパー」の群れ。

 

地を這うようにして押し寄せる鋼鉄の波を前にしても、銀狼の瞳に焦りの色は一切ない。

それどころか、退屈な作業をこなすゲーマーのような、冷ややかな余裕さえ浮かべていた。

 

バチバチと青白い電光がレールガンから迸る。

 

「出力70%。─────FIRE」

 

トリガーを引くと同時に放たれた高エネルギーの光条が、一列に並んだスイーパーたちを一瞬で消滅させる。

 

スイーパーたちの残骸はない。

光線にて跡かたなく蒸発した。

代わりに、目に見えない光の粒子が立ち上り、銀狼の身体へ……正確には腰にある端末へと吸い込まれていく。

 

「はい、これで一区切り。今日の分のノルマは達成かな」

 

それの正体は、廃墟に巣食うオートマタやロボットからドロップする、可視化されたキヴォトスの根幹たるエネルギー─────「神秘」。銀狼にとって、それはゲームにおける「経験値」そのものだった。

 

端末を操作し、手に入れた神秘のデータを確認する銀狼。

だが、その背後に偶然生き残っていた五匹のスイーパーが潜んでいた。

スイーパーたちは隙だらけの銀狼を見逃さず、仲間の敵討ちとばかりに鈍い駆動音を立てて不意打ちを仕掛ける。

 

───キィィィンッ!

 

しかし、空気を切り裂くような一閃。

次の瞬間には、五匹のスイーパーの身体が同時に真っ二つへと叩き切られていた。

 

【グラディウス:プロメテウス Mode:BLADE】

 

銀狼が手にするレールガンからは、出力最大にまで高められた蒼く光る熱線の刃が展開されている。

 

「これでSランク。─────パーフェクト」

 

彼女は銃撃の隙を突かれたわけではなかった。

不意打ちを完全に予期し、一瞬にしてスイーパーたちの死角である背後へと回り込み、まとめて一刀両断にした。

真っ二つとなったスイーパーたちはガシャンと派手な音を立てて崩れ落ち、物言わぬ鉄くずへと変わる。銀狼はその残骸から立ち上る神秘の粒子を、余すことなく端末へと吸引し、確実に確保した。

 

銀狼はふぅと小さく息を吐いた。

ハッキングだけでなく、単独での戦闘能力も一級品。これだけの軍勢を相手に、彼女は髪一筋すら乱していない。

だが……。

 

「……やっぱ、退屈」

 

その顔は不服そうに、子供っぽく片頬を膨らませていた。

 

「神秘集め、必要なのはわかるけど、さあ……飽きた」

 

ゲームの作業プレイにうんざりした時のように、銀狼は足元に転がっていたスイーパーの残骸をパチンとつまらなさそうに蹴飛ばした。

 

「いつになったらさあ、私の出番来るの……。もうここに来て三週間。監視するのも疲れたあ……」

 

銀狼はその場にぽてりと蹲り、深いため息を漏らした。

彼女がミレニアムの立ち入り禁止区域であるこの『廃墟』に身を潜めているのには、明確な理由があった。

 

すべては、この廃墟の奥深くに眠る「ある存在」の目覚めを待つ為。

その存在こそが、エリオから渡された彼女の『脚本』における最重要のキーパーソン。

 

脚本の預言によれば、その存在は「ある出会い」をきっかけに目を覚ますという。

 

そして、名もなき器から、キヴォトスの生徒──或いはは世界を救う「勇者」として覚醒する手筈になっている。そこには、その生徒と共に歩む仲間たち、そして彼女たちを導くことになる件のシャーレの『先生』の存在も明確に記されていた。

 

現在の銀狼に与えられたミッションは、先生とその仲間たちがこの場所に辿り着くまで、対象の安全を確保しつつ監視を続け、時が来れば、先生たちを対象の元へと正しくナビゲートすること。

それが、神秘ハンターとして今彼女が担っている大仕事だった。

 

(……まあ、この廃墟には他にも目を光らせておかなくちゃいけない『()()』が潜んでるわけだけど。そっちの監視はあの厄介な二体がいるおかげで、私はノータッチでいいし)

 

そんなことを思いつつも、銀狼は直ぐ思考を切り替える。

 

要するに、お目当てのプレイヤー(先生)がログインしてくるまで、彼女は完全に暇を持て余している状態。

だからこそ退屈しのぎの「作業プレイ」として、この無人の工場で無限に湧き出るスイーパーを相手に、神秘ハンターの仕事の一環である「神秘集め」を黙々とこなしていたというわけだった。

 

「はぁ……。イベント発生までまだ時間かかりそうだし、一回仮拠点に戻ってゲームでも─────」

 

気を取り直して立ち上がろうとした、その瞬間。

 

─────ズゥゥゥゥンッ!!!

 

突如として、工場の天井が丸ごと吹き飛ぶ程の凄まじい大爆発が巻き起こる。

 

「─────は?」

 

あまりにも唐突な奇襲。

 

さすがのスーパーハッカーも、まともな言葉を発する暇さえ与えられず。

轟音とともに崩れ落ちる無数の瓦礫。その冷たい土砂の下へと、銀狼の小さな身体は文字通りあっけなく押し込まれ、完全に下敷きになってしまった。

 

 


 

「……おい」

 

もうもうと立ち込める灰色の煙。

視界を遮るその最悪のカーテンの向こう側から、どこか緊張感に欠けた数人の少女たちの声が響いてくる。

 

「………いま、チラッと下から見えたが、対象が瓦礫に飲み込まれたんだか?」

「うん、私もみた!」

「…………」

 

気まずい沈黙が流れた。爆風でへし折れた鉄骨が、キィ、と頼りない音を立てて揺れる。その沈盛を破ったのは、およそ戦場には似つかわしくない、申し訳なさそうな、しかしどこかおっとりとした声だった。

 

「……火力、間違えちゃいました♪」

アカネ(ゼロスリ)ェ゙(ィ゙)ー!!!」

 

リーダーらしき小柄な少女の怒号が響き渡る。

 

「どうすんだよ! あいつがモヤシだったら今の一発で完全にペシャンコだぞ! 命令は『連れて帰る』だろ、死体袋に詰めて帰ったらあの冷徹女に何言われるか分かったもんじゃねえ!」

「誰がモヤシって?」

 

その瞬間、瓦礫の山を内側から突き破るようにして、一本の鋭い光条が走った。

 

ドォン!と小規模な爆発が再び起こり、不規則に積み上げられていたコンクリートブロックや鉄くずが、木の葉のように四方へと吹き飛ぶ。

同時に、その中から一人の人影が宙へと飛び上がった。

軽快そうに身体を捻り、空中できれいに着地姿勢を整えた銀狼は、何事もなかったかのように自身の衣服を払う。しかし、その端正な顔立ちには隠しきれない苛立ちがはっきりと含まれていた。

 

「まったく、よくもやってくれたね。まさか、天井から来るなんて……。不意を突かれたのは事実だし、そこは褒めてあげる」

 

銀狼は冷ややかな視線を煙の向こうへと向け、愛用のレールガンを小脇に抱え直した。

 

「でも、パフォーマンスとしては30点。不意打ちの爆撃なんて、私から見れば全然スマートじゃない。かと言ってロマンでもない。スマートなやり方ならカフカ、ロマン満載の爆撃ならサムを見習って」

 

辛辣に評価を下す銀狼。

ひと通り言いたいことを言い終えた彼女は、瞳の奥に敵意をぎらつかせながら、煙の中から姿を現した襲撃者たちを強く睨みつけた。

 

「久しぶり、って言った方がいい? 『Cleaning&Clearing』───略してC&C。ミレニアムから離れたこんな寂れた廃墟に、一体何の用?」

 

そこに並び立つのは、上品なメイド服に身を包みながらも、およそ風雅なメイドとは思えぬ物騒な雰囲気を晒しだす少女たち。

 

ミレニアムサイエンススクール公認の秘密組織─────『Cleaning&Clearing(クリーニング・アンド・クリアリング)』通称「C&C」。

 

表向きはセミナーに所属する学園内のトラブル解決や清掃奉仕を行う「メイド部」とされているが、その実態はミレニアムにおける最強の『諜報・エージェント集団』である。

 

学園の最高権力者であるセミナー生徒会長の直属部隊として機能しており、超法規的な隠密作戦や、学園の脅威となる存在の排除、そして指名手配犯の身柄確保といった、裏の汚い仕事(クリーニング)を一手に引き受ける戦闘のプロフェッショナルたち。

 

各メンバーはコードネームを名乗っており、それぞれが個性的。

並外れた怪力と戦闘勘でミレニアム最強と謳われるリーダー【美柑ネル(00(ダブルオー))

天性の幸運と野生の直感で戦場を掻き乱す【一之瀬アスナ(01(ゼロワン))

爆薬とトラップのプロであり、文字通りの爆破清掃を得意とする【室笠アカネ(03(ゼロスリー))

そして、この場には居ないが、遠方の狙撃ポイントからその銃口を向けているであろう精鋭【角楯カリン(02(ゼロツー))

 

個人の戦闘力だけでも学園屈指の化け物たちが揃った、銀狼にとっては最も戦いたくない、最悪のパターンと呼べる顔ぶれだった。

 

「おう。久しぶりだな()()()()()。いや、今は『銀狼』って呼ばれてるんだったな?」

「ほんと、久しぶり、ブローニャちゃん!元気にしてた?」

 

煙を割って前に出た小柄なメイド服の少女───美柑ネルが、その特徴的な赤い瞳を細め、獰猛な笑みを浮かべ、一之瀬アスナも満面な笑顔で手を振る。

 

「……ハッ。わざわざ、親し気に偽名で呼ぶなんて、相変わらずの仲良し組だね。───ほんと鬱陶しい」

 

銀狼はフンと鼻で笑い、レールガンのグリップを握る手に力を込めた。

 

「で? 挨拶は終わり? 去年、私が退屈な学園をドロップアウトした時、もう二度とミレニアムの奴らとは関わらない、会ったとしても最小限って決めたはずなんだけど。わざわざ『廃墟』まで追いかけきたわけ?なら、ストーカーにしては趣味が悪いよ」

「へっ、軽口叩ける余裕があるなら上等だ」

 

ネルが自身の武器である二丁のサブマシンガン『ツイン・ドラゴン』をガシャリと構え、一歩前に踏み出す。

 

「以前から、この廃墟に怪しい人影を見たって報告を受けててな。わざわざセミナーから不審者排除の依頼を受けたわけだが……まさかここに居るのがお前だったとは、とんだ収穫だ」

 

ネルの口元が、さらに獰猛に釣り上がる。

 

「お前がどこで何して遊んでようが、あたしらの知ったこっちゃねえ。だがな、今回はセミナーの『()()』直々の特命なんだよ。お前を見つけ次第、身柄を拘束して、無傷で連れて帰れ、ってな」

「……リオが?」

 

銀狼の眉が僅かにピクリと動いた。

 

ミレニアムサイエンススクールの生徒会にあたるセミナーの生徒会長【調月リオ】

 

冷徹な合理主義者であるあの生徒会長が、わざわざ最強の切り札であるC&Cを動かしてまで、一介の手配犯(元生徒)を連れ戻そうとしている。

その意図が、この『廃墟』の監視任務、ひいては銀狼の持つ『脚本』にどう絡んでいるのか───ハッカーとしての演算脳が、瞬時にいくつもの可能性を弾き出していく。

 

考え抜いた結果、自分を連れ戻す判断をしたあのムカつく程の黒いナイスバディに銀狼はさらに苛立ちを覚えた。

 

「……大方、私のハッキングスキルをまた自分の都合のいいシステム構築にでも使いたいんでしょ。……断るよ。今の私は神秘ハンターの【パンクロード】。あんな冷たい女のデバッグ作業に付き合ってる暇はないんだよね」

「アハハ! 断られちゃったね、リーダー!」

 

アスナが楽しそうに笑いながら、自身のアサルトライフルを構える。

 

「だろうな。お前が素直に従うようなタマじゃねえことくらい、最初から分かってんだよ」

 

ネルの瞳の奥に、好戦的な火花が爆ぜる。

 

「交渉は決裂だ。───おいお前ら! リオの命令は『生け捕り』だ! 手足の二、三本くらいは折っても死にゃあしねえ、無理やりにでも連れて帰るぞ!」

「了解しました、リーダー。あまり物騒なことはしたくありませんが、彼女なら仕方ありませんね。それでは、───清掃(クリーニング)を開始します」

 

アカネが眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、即座に信管を作動させた。

 

ミレニアムの最強エージェント集団を相手に、銀狼の「反骨精神(パンクロード・スピリット)」を賭けた、最悪の戦いが幕を開ける。

 

 


 

「さて、行きますよ」

 

アカネの無機質な宣告と同時に、C&Cの少女たちが爆発的な踏み込みで距離を詰めてくる。

だが、その初動を完全に予測していた銀狼の手が、それよりも一瞬早く動いた。

 

「先手必勝。ハッカーの基本でしょ!」

 

銀狼は【グラディウス:プロメテウス】を前方へ突き出し、トリガーを引く。

最大出力で放たれた蒼い熱線が、迫るネルとアスナの足元を正確に爆破する。

 

「そして、逃げる!」

 

凄まじい閃光と土煙が二人の視界を奪う。その隙を見逃さず、銀狼は即座に反転。

工場の開かれた出口へと向かって疾走し、そのまま屋外の荒涼とした敷地へと逃げ込んだ。

 

まともに正面からやり合うのはゲーマーとして悪手。

まずは足止めし、この場を離脱するのが最適解。

───そう判断して遮蔽物の間を駆ける銀狼の前に、無数の機械的な電子音が割り込んだ。

 

───ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピピピピピピ!

 

「……っ、チッ!あのトラップ工芸家!」

 

屋外の経路上にも、アカネが事前に設置していた指向性地雷と感知式爆弾の群れが張り巡らされていた。逃走経路を完全に読まれている。

銀狼は超人的な反射神経で地面を蹴り、地雷の起爆範囲を紙一重で掻い潜りながらジグザグにステップを踏む。背後で連続して巻き起こる爆風が彼女の背中を強く押した。

体勢が僅かに崩れる。銀狼の脳内の危険察知アラートが、最大音量で鳴り響いたのはその瞬間だった。

 

「もらった」

 

───ドンッ!!!

 

遥か遠方、完全に死角となる遮蔽物から放たれたであろう、超高初速の狙撃音。

角楯カリンの放った対物ライフルの一撃が、空間を切り裂き、正確に銀狼の胸元へと着弾した。不意の爆撃、アカネの罠、そしてこの狙撃。

すべては銀狼をこの一点に追い詰めるための、C&Cによる完璧な連携方程式。

───勝負あり。普通なら、誰もがそう確信する。

 

「やったか……!」

 

土煙の向こうで、ライフルの残響を聞きながらカリンが呟く。

しかし、巻き上がる煙を割って姿を現したのは、衣服の裾さえ焦げていない、無傷の銀狼だった。

 

「……言ったでしょ。パフォーマンスとしては30点だって」

 

銀狼の前に展開されていたのは、ホログラムのように輝く無数のネオンサインと、バグったようにノイズを発する奇妙な空間の障壁だった。

 

エーテル編集 UB_3451(全自動バリア)

「スナイパーが潜んでることくらい、あなたたちの過去の行動データログを見れば一目瞭然。知っている以上、私の前で一度放たれた軌道(プログラム)は、二度目は通らないよ」

 

驚愕に目を見開くC&Cを置き去りにし、銀狼は逃走から一転、猛烈な速度でアカネへと突撃した。今回は得物を振るわず、自身の拳と体術のみを用いた鋭い格闘戦を仕掛ける。

 

「室笠アカネ、格ゲーは得意?私はリアル対戦型(ファイト)も大得意だよ!」

「くっ……!」

 

アカネは咄嗟にハンドガンで応戦し、近接格闘へと持ち込むが、銀狼の体術は並みのハッカーどころかその手のプロ選手の域を遥かに超えていた。

流れるようなステップで銃口のラインを外し、アカネの手首を叩いて射線を逸らし、その懐へと容赦なく滑り込む。

 

「あたたたたたたたッ!!!」

 

「まずい!?───ゼロスリー!今から援護するッ!」

 

遠方の地点。ビルの屋上からカリンが焦りを含んだ第二射を放とうとするが、銀狼はアカネと拳を交えながら、空いた左手で虚空をタイピングした。

 

「そこ、邪魔」

【エーテル編集 UB_5053(ジャミング・インジェクション)】

 

カリンが覗くスコープの視界が、突如として五彩の砂嵐……ノイズで埋め尽くされる。

それだけでなく、彼女の持つライフルの撃針部品に直接バグコードのようなものが現れた。

突然の異常現象により引き金が物理的に完全ロックされる。

 

「なっ……! 銃が、動かない……ッ!?」

 

「がッ!?」

「まずはひとり」

 

遠くでカリンの悲鳴に近い無線が響くのと同時に、銀狼の鋭い掌打がアカネの胸元に決まった。

容赦のない衝撃波がアカネの意識を刈り取り、天輪(ヘイロー)は消え、彼女はその場に崩れ落ちる。

 

アカネ先輩(ゼロスリー)ッ!……う!?」

 

仲間のダウンに声を上げたカリンだったが、突如として自身の首の後ろにチクリとした痛みが走る。

 

《ゆだんたいてき!ゆだんたいてき!》

 

カリンが振り返ると、そこには自分を嘲笑うかのように佇む、銀狼の姿にそっくりなデフォルメされた人形が浮遊していた。

 

「い、つの、間に……─────────」

 

カリンは人形の手に持つ注射針──そこに仕込まれていた強力な麻酔によって一瞬にして意識が薄れ、アカネと同じく、ヘイローと共に得物を落としてその場に倒れ込んだ。

 

銀狼は自身の端末を操作しながら、満足げに不敵な笑みを浮かべる。

 

「これで二人。……ナイスアシスト『()()』ちゃん♪」

【エーテル編集 UB_560&4003(空間転移&気配遮断)】

 

銀狼が事前に仕込んでいた隠密コード。これによってプロメテウスに搭載されている人工知能モジュールを小人化した存在の一体『奴隷』を密かにカリンの背後へと転送し、完璧な形でカリンに不意打ちを成功された。

流れるような動作でアカネとカリンの二人を完全無力化してみせた銀狼。

 

しかし、彼女の額にはまだ一筋の汗が流れている。

まだ、C&Cのツートップ───怪物めいた強さを誇るネルと、不確定要素の塊であるアスナが残っている。

 

「ッ!?───ゼロワンッ!」

「うんっ!」

 

アカネの崩落と同時に、ネルの鋭い怒号が荒野に響き渡った。

合図と同時に、ネルは一切の躊躇なく両手の銃口を銀狼へと固定し、容赦のない牽制射撃を浴びせる。その極大の弾幕に重なるようにして、アスナが風のように地を駆け、倒れたアカネの元へと滑り込んだ。

 

「っと、危な」

 

銀狼は軽快なホップステップで弾道を予測し、ダンスを踊るかのような身のこなしでネルの射線を回避しながら、アカネの身体から滑らかに距離を取る。深追いはしない。

すでに次の手を盤面に描いているからだ。

アカネの胸元に触れ、呼吸と脈を確認したアスナが、いつもの満面の笑みをネルへと向けた。

 

「リーダー、大丈夫! 寝ているだけ!」

「らしいな……! さっきからカリンの援護がねえってことは恐らく、アイツもやられたな……」

 

ネルは視線を銀狼から外さないまま、歯噛みした。

一瞬の隙を突かれたとはいえ、ミレニアムが誇る隠密と狙撃のプロが、こうもあっさりと一人のハッカーに無力化された。

 

───ブローニャ(アイツ)。去年より、遥かに手強くなってやがる。

 

ネルの赤い瞳に、冷徹な警戒と、それを上回る圧倒的な闘争心の火が灯った。

 

ミレニアムに在籍していた頃の彼女は、確かに優秀ではあったが、所詮は少し不可思議な能力を使えるだけの、ただの学生、弱いハッカーに過ぎなかった。

C&Cの足元にも及ばない───かつての認識は、完全に過去のものだ。

 

技術の精度、状況判断の速度、そして格闘戦の身のこなし。頼れる仲間が二人同時に無力化された以上、目の前にいる元後輩の実力は、もはや「別人」だと思った方がいい。

 

レールガンを軽く肩に担ぎ直し、銀狼は退屈そうに首を傾げた。

 

「どうする? 降参する? これ以上戦っても、ゲームとしての利益(ドロップ)なんて何もないし。このまま私を見逃してくれれば、痛い目を見ずに済むよ?」

「はっ! 随分と舐められたもんだな、あたしも」

 

ネルは獰猛な笑みを浮かべたまま、短く息を吐き出す。

彼女のプライドを逆撫でするには十分すぎる挑発。しかし、ミレニアム最強のリーダーは、決して頭に血が上っただけの戦闘狂ではない。

 

「オイ、アスナ! 倒れた二人を安全圏まで下がらせろ。あたしが時間を稼ぐ、それまでに───」

「はーい! 了解、リーダー!」

 

ネルの指示が終わるより早く、アスナはアカネの身体を軽々と抱え上げ、俊敏な動きで後方の遮蔽物へと走り出した。

 

「んじゃ、いくぞ! オラッ!」

 

ネルは両手の『ツイン・ドラゴン』を乱射しながら、猛然と地を蹴った。

最初からトップギア、フルスロットルの突撃。金色の龍が刻まれた二挺一対の銃口から放たれる弾丸の嵐を引き連れ、圧倒的な速度で一瞬にして銀狼の懐へと肉薄する。

対する銀狼は、迷うことなくプロメテウスをブレードモードへと変形。蒼い熱線の刃を掲げ、ネルの超近接戦闘を正面から迎え撃った。

 

「っ……!」

 

弾丸をブレードで叩き落とし、肉薄するネルの蹴りを銃身で受け止める。二挺のサブマシンガンを鎖で繋いだネル独特の変則的な猛攻が銀狼を襲い、凄まじい衝撃波によって足元のアスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れた。

 

(やっぱ、強い!)

 

美甘ネル

───「約束された勝利の象徴」と称される、ミレニアムサイエンススクール最強の戦力

 

ゲヘナ学園最強の空崎ヒナや、トリニティ総合学園の『歩く戦略兵器』剣先ツルギと並び、キヴォトス全域でも指折りの実力者として数えられる怪物。

 

彼女がそう謳われる所以は、特に中・近距離の接近戦における無類の強さと、その圧倒的な「()()()()」にある。

前者はネル自身が「あたしの間合いに入って勝てるヤツなんか、このキヴォトスのどこにもいない」と豪語する程であり、その圧倒的な突進力と制圧力はキヴォトス中の要人の間でも広く知れ渡っている。

 

そして真に恐るべきは後者だ。

ネルはその荒々しい見た目や口調のせいで単なる戦闘狂に見られがちだが、どれ程激情に呑まれていようとも、その思考は常に冷徹沈着。鋭い観察眼で一瞬にして戦況を見極め、最適な解を導き出す戦う戦略家でもあるのだ。

 

故に、これ以上なく厄介。加えて迷いなど無縁に近い性格。

恐れを知らない神秘ハンターの仲間───あのカフカでさえ、「ゲヘナの空崎ヒナよりも、ミレニアムの美甘ネルとだけは戦いたくない」と事前に漏らしていた程だった。

 

(でも──────刃の剣に比べたら、重さも鋭さも全然足りない!)

 

頭脳戦のみならず、神秘ハンターの狂戦士()との果てしない模擬戦で鍛え上げられた銀狼の死線(ゲーム)の経験が、ミレニアム最強の猛攻をギリギリのところで凌がせていた。

 

(とはいえ、このままじゃジリ貧。……明日、筋肉痛で起き上がれなくなるの確定だけど。一気にバフをかける!)

 

銀狼は空いた手で素早く空間のキーボードを叩き、自身の身体能力の制限を一時的に強制解除(ハック)した。

 

『速度上昇(スピード・アップ)』

『回避率上昇(エボリューション・ブースト)』

『会心率上昇(クリティカル・リンク)』

 

「っと、雰囲気変わったなァ、おい!」

 

一瞬にして銀狼の残像がブレ、放った銃撃がすべて虚空を切り裂いたことに、ネルの戦闘勘が即座に牙を剥く。

 

「ガツンとくるヤツで行こう」

 

銀狼はブレードを瞬時にキャノンモードへと逆変形。

銃口をネルではなく、彼女の真上へと向けた。放たれた極大の光条が、工場の外壁から突き出ていた巨大なホログラム・実体混在のコンクリートブロックを正確に撃ち抜く。

 

凄まじい質量を持った瓦礫の雨が、ネルの頭上へと降り注ぐ。

 

「!?────チッ!」

 

すでに退路は銀狼の射線によって制限されている。

完全に追い込まれ、回避不可能と判断したネルは、逃げる代わりに牙を剥いた。

 

「おおおおおッ!!」

 

ネルは降り注ぐ巨大なブロックを、自慢の怪力と『ツイン・ドラゴン』の銃撃によって力ずくで粉砕し、強引に跳ね除けてみせたのだ。

 

「ちっ……化け物メイド」

 

銀狼は小さく舌打ちを漏らす。

 

「ハハッ、やるじゃねえか……! まさか、このあたしと正面から対等に渡り合うなんてな。てめぇ、ほんとにあのブローニャか? 去年まではチヒロのやつに、セキュリティ破られてビービー泣かされていたくせによォ!」

「……神秘ハンターになってから、色々あってね。ま、今のだって全然本気じゃないけど」

「強がりやがって。ハァ、ハァ……今ので随分と息が上がってんじゃねえか」

 

ネルの指摘通り、制限解除の反動で銀狼の呼吸は乱れ、肩が小さく上下している。

しかし、彼女の瞳にある不敵な光は消えていない。

 

「…………エリオから色々、能力の制限をかけられてるの。だから、これはただの『縛りプレイ』。簡単にゲームオーバーになると思ったら大間違いだよ」

 

言い放ちながら、銀狼は内心で舌を巻いていた。

実際、銀狼には目の前のキヴォトス最強格のメイドを跡形もなく打ち破る「()()」────プログラムを改変し、世界の理を書き換える程の絶対的な超高次元の権限が、あるにはあった。

 

遥か高み、すべてのパラメータがカンストした絶対的な最高位の頂点。

かつてパンクロードの伝説として君臨していたあの“完全無欠のデータ”をそのまま手元に展開できれば、ミレニアム最強の美甘ネルとて、ただの薄い紙切れのように容易く消去(デリート)できる。

 

だが、そんなチートじみた力を私用的なゲーム(理由)で使うことは、神秘ハンターのリーダーであるエリオから固く禁じられ、そのシステム領域ごと厳重に没収されている。

今のキヴォトスというステージにおける銀狼は、エリオの脚本(シナリオ)に合わせるため、本来の最高出力を大幅にダウングレードされた状態────即ち、最強格の生徒たちには一歩及ばない、絶妙なハンデを背負わされた実力者に甘んじているのだ。

 

かと言って、このまま負けるなど、最高のハッカーパンクロードとしてのプライドが絶対に許さない。

 

────、その時。

 

「お待たせ、リーダー! ブローニャちゃん、私も混ぜてよ!」

 

緊迫する二人の間に、そんな底抜けに明るい声が飛び込んでくる。

仲間を安全圏へ送り届けたC&Cのサブリーダー──── 一之瀬アスナの戦線復帰だった。

 

「遅せえぞ、アスナ。アイツらはちゃんと、無事────」

 

ネルが言い終えるより、銀狼のトリガーを引く指の方が早かった。

ガシャン、とキャノンモードの砲口が、戦線に戻ったばかりのアスナへと正確に固定される。放たれた蒼い光線が、空気を激しく焦がしながら直線状に襲い掛かった。

 

「わっ、わっ!?」

 

常人なら反応すらできずに直撃してしまうタイミング。

しかしアスナは、まるで飛んできた水風船でも避けるかのように、予測不能なステップでその一撃を間一髪で回避してみせた。

 

「ブローニャ!てめぇ、どういう……────」

 

味方の安否を確かめる暇さえ与えない速攻に、ネルが怒号を上げて問い詰める。

だが、銀狼はそれに一切答えない。ネルの言葉を完全に無視し、弾幕を張りながら今度はブレードを抜いて猛烈な速度でアスナへと肉薄へする。

 

「わっわっ!? ちょっと待って、ブローニャちゃん! 一旦、待って!」

「待たないッ!」

 

一閃。

挨拶代わりに放たれた鋭い横薙ぎの刃を、アスナは髪一筋の距離で飛び退いてかわす。冷徹に、確実にアスナの意識(ライフ)を削り取ろうとする銀狼と、それを紙一重にしのぎ続けるアスナ。二人の少女による、一瞬の猶予もない攻防が始まった。

 

 


 

 

「ちょこまかと! いい加減、当たって!」

 

苛立ちを隠そうともせず、銀狼はブレードを激しく振るう。しかし、アスナはダンスでも踊るかのような奇妙なステップで、そのすべての刃線から滑り落ちていく。

 

「ねえ! なんで私をしつこく狙うの!?」

「アンタみたいな運ゲーだけで生きている女が、ゲームにログインしただけでクソゲーになるの!」

 

銀狼にとっては、予測可能なネルの怪力よりも、不確定要素の塊であるアスナの「豪運或いは直感」こそが、この戦場で最優先に処理すべきバグのような存在だった。

緻密に計算されたプログラミングも、完璧な戦術チャートも、この女のデタラメな幸運の前ではすべて無意味に帰してしまう。ゲーマーとして、これ程不愉快な対戦相手はいない。

 

「オイ!あたしを無視するんじゃねえッ!!」

 

そこへ、置き去りにされていたミレニアム最強竜が猛り狂って肉薄する。

ネルが『ツイン・ドラゴン』の銃身を叩きつけようとしたその瞬間、銀狼の冷徹な瞳が怪しく光った。

 

ネルにキャノンモードの砲口を向けると見せかけ────銀狼は、愛銃プロメテウスの「もう一つの形態」を起動させる。それ見たネルは調子抜けた声を上げた。

 

「───は?」

 

【グラディウス:プロメテウス Mode Reason: Accelerator】

 

「なんじゃそりゃッ!!?」

 

ネルが驚愕の声を上げたのも無理はない。銀狼の手元で複雑に駆動変形(ハック)したプロメテウスは、一瞬にして重厚な『バイク』へとその姿を変えた。

 

銀狼は自身がマシンに跨るのではなく、即座に無人走行のアクセルを全開までハックして固定。超重量の鉄塊と化したバイクは、凄まじい質量と推進力をもってネルの身体を正面から捉え、そのまま道連れにするように猛スピードで突っ込んでいく。

そのまま凄まじい爆音を響かせ、無人のバイクはネルを巻き込んだまま向こう側の廃ビルへと力ずくで押し飛ばした。激しい激突音とともに、ネルの小さな身体がコンクリートの壁の向こうへと消えていった。

 

「リーダー!?」

 

想定外の事態に、さすがのアスナも一瞬だけそちらへと視線を奪われる。

その隙を、銀狼が見逃すはずがなかった。

 

「よそ見してる場合ッ!」

 

鋭い踏み込みとともに、銀狼の小柄な身体がアスナの懐へと滑り込む。

ハックによってブーストされた速度はアスナの超人的な直感すら上回り、その容赦のない蹴りの一撃が、アスナの無防備な横腹へと深く突き刺さった。

 

鈍い衝撃音とともに、さすがのアスナも苦悶の声を漏らして激しくよろめく。

そんな彼女を冷徹に見下ろしながら、銀狼は胸の中で冷静に演算していた。

 

「直撃したとはいえ、あの程度の不意打ちで、あの美甘ネルが落ちないことくらい分かっている」

 

バイクの直撃を食らったとはいえ、あの怪物は数分もしないうちに必ず戦線に復帰してくる

 

「けど、一之瀬アスナ───貴方さえここで落ちれば、勝ちはこっち。勝機は私のものだよ」

 

C&Cの連携を完全に崩壊させ、この「ゲーム」に勝利する。

冷たく勝利を確信する銀狼。しかし、腹を押さえて膝をついたアスナは、恐怖に怯えるどころか、どこか哀しげな、ひどく純粋な瞳で銀狼を見上げてきた。

 

「ねえ……なんで、ミレニアムを退学しちゃったの?」

「あ?」

 

あまりにも場違いな問いかけに、銀狼の眉が不快そうに跳ね上がる。

 

「エンジニア部も、ヴェリタスも、セミナーも……そして、私たちC&Cも、みんな貴方の帰りをずっと待っているんだよ?」

「……それで?」

 

冷淡に突き放す銀狼。だが、アスナは諦めずに言葉を紡ぐ。

その言葉と目には、一切の悪意も、エージェントとしての計算もなかった。ただただ、一人の友人として或いは元後輩を想う温かさを持っていた。

 

「また、一緒に学校生活を楽しまない? ブローニャちゃんが帰ってきたら、みんなと一緒に、楽しいことをいっぱい探して……」

「黙れ」

 

冷酷な拒絶の言葉が、アスナの言葉を遮った。

 

「ブローニャちゃん……?」

「貴方みたいな能天気に、私の何がわかるって言うの?」

 

銀狼の小さな肩が、激しい怒り───或いは、言葉にできない程の絶望の情念によって小刻みに震え始める。その瞳は、いつものゲーマーとしての冷徹さを失い、底知れない暗い色に染まっていた。

 

「退屈という檻に生まれ、人生という名のクソゲーを思い知らされ……あんな、ただ技術の高さだけを競い合う実力主義の学園で、私が何を楽しめっていうの」

 

自分の居場所を見失っていたかつての過去。

しかし、彼女がミレニアムを捨てた本当の理由は、そんな生易しいものではなかった。

 

「私は知っている───エリオが私に見せてくれた、あの酷い未来を」

 

銀狼の脳裏に、神秘ハンターのリーダーから誠意として教えてくれた、自身の『末路』の光景が過る。

それは、何一つ満たされないまま、ただ怠惰と退屈の濁流に身を任せ、行けるところまで行ってしまった末に待っている、あまりにも孤独で愚かな結末。

 

「逃げて正解だった。あんな退屈な場所に留まっていたら、私はあの最悪最低の未来に進んでた。 だから私は、晴れて神秘ハンターになった……!あんな結末を認めない!銀狼という人生の名のクソゲーを、私の手で書き換えて、心の底から笑えるエンディングにする為に!」

 

叫び終えた銀狼は、胸の奥の痛みを押し殺すように息を吐き、確実に意識を刈り取るため、無防備なアスナへと冷酷に近づいていく。

 

しかし───アスナは、笑っていた。

 

「そっか……ブローニャちゃんは、楽しくなかったんだね」

 

その底抜けに純粋な笑顔のまま、アスナは慈しむように呟く。

そして、次の瞬間、彼女の瞳の奥に野生の輝きが爆ぜた。

 

「でも! やっぱ君がいないとつまらないかな!」

 

アスナの手が、自身のポケットから何かを勢いよく掴み出し、至近距離の銀狼へと投げつけてきた。

銀狼の演算脳が、その物体の形状を瞬時にスキャンする。それは先程安全圏へ運んだはずの、室笠アカネが所持していた強力な戦闘用爆弾だった。

 

仲間を運ぶ合間に、ちゃっかりとアカネの懐から失敬していたのだ。この土壇場でそれを武器の代わりに使うという、計算を超越したデタラメな野生の勘。

 

「なっ……くッ!!!」

 

あまりの至近距離。銀狼は咄嗟に防御しようとするが、乱数調整(豪運)を味方につけたアスナの一撃は、容赦なく銀狼の目の前で大爆発を起こす。

 

「つかまえたぁ!」

 

凄まじい爆炎と黒煙を突き破り、一之瀬アスナが弾丸のような勢いで飛びかかってきた。

爆破の衝撃を至近距離で食らい、体勢の崩れた銀狼をそのまま組み伏せようと、長い手足が視界を覆う。

 

「こ、の……! 運ゲー女ァッ!!」

 

驚異的なしぶとさとデタラメな突進力に、銀狼は初めて心の底からの怒声をあげた。

丸腰のままでは完全に押し潰される。

そう判断した一瞬の交錯の中、銀狼は【エーテル編集】のコマンドを最速で叩く。

空間の座標データを強制的に書き換え、遥か遠方の廃ビルにネルごと突き刺さっていたはずの愛銃【グラディウス:プロメテウス】を、手元へと瞬時に呼び戻した。

 

ガシィィィンッ!

 

手の中に収まると同時に、プロメテウスの形状をキャノンモードへと固定する。

もはや引き金を引いて零距離射撃をする猶予すらない。銀狼は手元に戻った重厚な銃身をそのまま力任せに振り抜き、飛び込んできたアスナの脳天へと強烈な一撃を叩き込んだ。

 

ゴツンッ!!!

 

鈍く重い金属音が荒野に響き渡る。

 

「あ、痛っ”!」

 

あまりの痛みに、アスナの動きがピタリと止まった。

その場で頭を抱えて蹲るアスナ。銀狼はすぐさまバックステップを踏んで距離を取り、いつでも追撃に移れるよう銃口を突きつける。

 

───勝負はついた。今度こそ、確実に脳震盪を起こして意識を手放すはず。

そう確信していた銀狼の目の前で、蹲っていたアスナがゆっくりと顔を上げた。

しかし、その表情には先程までの獲物を狙う獣のような鋭さも、友人に向ける温かさも、一切消え失せていた。ただただ、何も映していない白紙のような瞳で、自分の手元をぽかんと見つめている。

 

「──────あなた、だれ、?」

「はっ?」

 

あまりにも突飛な言葉に、銀狼の思考が数秒間フリーズする。

 

「いや、何ふざけてるの。そういうおとり作戦、私には通用しないよ。ほら、さっさと銃を手にして戦いなよ」

 

銀狼が苛立ち交じりに顎で指し示す。そこには、先程の衝撃で地面に転がったアスナの愛銃『サプライズパーティー』が虚しく転がっていた。

だが、アスナは自分の足元にあるアサルトライフルを不思議そうに見つめるだけで、一向に拾おうとしない。

 

「じゅ、う?」

 

アスナはまるで生まれて初めて見る玩具を前にした子供のように、首を傾げながら、おそるおそるその引き金に触れた。

 

「これ、どう、使うの?」

「…………」

 

その場に、冷たい沈黙が流れる。

 

(おかしい。さっきと全然違う……)

 

アスナのうつろな声を耳にしながら、銀狼の背中に冷たい汗が伝う。

目の前で起きているこの異常事態─────何か計り知れないシステムの致命的なバグを前にして、銀狼の脳裏に、神秘ハンターに入ってまだ月日が経って間もない頃の『ある会話』が不意に蘇る。

 

 


 

 

『カフカ。どうして、私たちって他と違うの?』

 

アジトの薄暗い一室で、銀狼はふと気になってそんな質問を投げかけた。

ソファに腰掛けていたカフカは、手元を止めて銀狼の問いに少し不思議そうな表情を浮かべる。

 

『違う、って? どういう意味かしら?』

『そのままの意味。サムを除いて、私たちは元々どこかの学校に在籍してたじゃん。カフカはゲヘナ。私はミレニアム。刃は……まあ、あいつのことはやめておく。あんまり過去に触れてほしくなさそうだし。……兎も角、私たちってキヴォトスの一般的な生徒の枠から外れてる。すごく異質だなって、客観的に見たら思ったの。それでね』

『なるほどね。確かに私たちはキヴォトスでは変わり者だわ』

 

カフカはどこか愛おしむように微笑み、紫色の瞳を細めた。

 

『神秘ハンターになったのも、その変わり者故に満たされないモノがあって、それを埋めるために入った。それは事実よ。……でもね、銀狼』

 

カフカは優しく言葉を続ける。

 

『別に不思議でもなんでもないわ。このキヴォトスの生徒の中にはね、私たちと同じように、何かしらの致命的な「欠点」を抱えている子がたくさんいるの。……学園一の力を持っていてもその重責に押しつぶされてしまう子、自分を縛る環境を嫌って酷い癇癪を起こしてしまう子。ほら、思い当たる人は意外と多いでしょう?』

『……確かに。別に不思議でもなんでもなかった。忘れて』

 

何かを察した銀狼は、それ以上追及するのをやめて端末に視線を戻したのだった。

 

 


 

 

(─────ああ、そういうこと。一之瀬アスナ、貴方も()()()()か)

 

回想から現実へと意識が引き戻される。

キヴォトスの生徒たちが持つ、一見すると完全無欠に見える「神秘」の裏側。

そこには、時に精神の均衡を崩し、その存在の根幹を露呈させてしまう危うさが常に孕んでいる。目の前の一之瀬アスナというデタラメな存在もまた、例外ではなかった。

 

銀狼は突然の変貌ぶりに困惑しつつも、自分の放ったプロメテウスの一撃が、アスナの頭部に致命的な衝撃を与えて高次脳機能障害ような状態を引き起こしたのだと推測した。

とりあえず、敵であろうと元同級生だ。このまま放置するわけに居心地が悪い。

 

銀狼がアスナの身体を診ようと、おそるおそる一歩を踏み出す。

 

─────ドォォォォンッ!!!

 

その時だった。

廃墟の向こう、先程無人バイクで吹き飛ばしたはずの廃ビルが、内側から激しく爆散。

 

コンクリートの破片を四方へと撒き散らし、もうもうと立ち込める赤黒い炎と煙の中から、一人の小さな影がこちらへとゆっくりと歩み出てくる。

 

「ハァ……ハァ……よくも、やってくれたなァ、ブローニャ……!!」

 

美柑ネルだ。

メイド服のあちこちが破れ、全身に煤と血の滲む擦り傷を負っているものの、その佇まいに衰えは一切ない。むしろ、スカジャンを肩に引っ掛け、両手の『ツイン・ドラゴン』を引きずるその姿からは、周囲の空気が歪む程の闘気が立ち上っていた。

 

「あ?……アスナ? おい、どうした。何があった」

 

ネルは敵が目の前に居るのにもかかわらず、情けなく地面に座り込んでいる相方に語り掛ける。

しかし、相方の様子は明らかにおかしかった。いつもの底抜けな明るさは完全に消え失せ、弱々しい声を漏らしながら、ただ頭を抱えて怯えたように蹲っていたのだ。

 

「これ、なぁに……? わたし、どうやって、たたかうの……?」

 

力の抜けた手から滑り落ちる『サプライズパーティー』。アスナのその変わり果てた姿を見た瞬間、ネルの脳内で何かが激しく弾け飛んだ。

 

「てめぇ……アタシが寝ている間に、アスナに何をしやがったァァァッ!!!」

「は?待って、違う! これは戦闘中のハプニングで……!」

「うるせえええええッ!!」

 

言い訳など聞く耳持たない。仲間を傷つけられた怒りで完全に限界突破したネルが、地を爆破するような踏み込みで突撃してくる。

迎撃用のプロメテウスは未だ手元にあるものの、バフの効果時間が切れて満身創痍の銀狼では、この状態のネルの猛攻を捌き切ることは不可能に近い。

 

濡れ衣を着せられた銀狼と、怒り狂うキヴォトス最強のメイド。二人が完全に一触即発となった、まさにその刹那─────。

 

突如として、大気を引き裂く凄まじい砲撃音が鳴り響いた。

どこからともなく放たれた無数の弾丸──散弾銃の雨が、一触即発だった三人を容赦なく襲った。

 

「「!?」」

 

ネルは本能的な危機察知で咄嗟にバックステップを踏み、銀狼は迷うことなく地面に蹲るアスナをその愛銃『サプライズパーティー』ごと抱えて、爆風が吹き荒れるその場から大きく離れる。

容赦のない鉄の嵐が通り過ぎた荒野に、ネルの鋭い怒声が響き渡った。

 

「誰だッ! あたしらの邪魔すんじゃねえ!!」

 

ネルの怒りに応えるような言葉はない。

ただ、立ち込める砂煙の奥から、ズズ……ズズ……と不気味な足音が響き、一機の巨大な機械が姿を現した。

 

それは、人間を模したオートマタなどでは断じてない。

白を基調とした洗練された装甲。昆虫か蜘蛛を彷彿とさせる四本の頑強な多脚構造で大地をしっかりと踏みしめた、異形の「超巨大機動兵器」だった。

 

その低い重心のボディの上部には、左右に突き出るようにして二基の凶悪な機関砲がそびえ立ち、その銃口は禍々しい赤色に染まっている。機体の中央には、侵入者を値踏みするように黄赤色の四角いヘイローが不気味に明滅していた。

 

【王冠】の名を冠する

デカグラマトン第一の預言者─────ケテル

 

完全な沈黙を保ったまま、ただテリトリーの侵入者を抹殺することだけを目的とした無機質な殺意が、その巨体から陽炎のように立ち上っている。

 

「しまった……!」

 

天才ハッカーらしからぬ、痛恨の表情を浮かべて銀狼が焦りの声を漏らす。

 

「戦いに夢中で、場所を把握していなかった! ここは……デカグラマトンの……ケテルのテリトリーッ!」

 

キヴォトス全域の脅威とされるデカグラマトン。その第一の預言者が絶対的な縄張りとする領域に、自分たちは深く足を踏み入れてしまっていたのだ。

ケテルは一切の言葉を発することなく、左右の機関砲をこちらへ向け、圧倒的な質量と火力を以て、満身創痍の三人に容赦なく襲い掛かった。

 

 


 

 

ケテルから放たれる、容赦のない機関砲の掃射。爆発の衝撃波が荒野を削り、熱風が少女たちの肌を灼く。

 

「オラオラオラッ!!」

 

ネルは飛んでくる弾幕をバックステップで回避しながら、両手の『ツイン・ドラゴン』を狂ったように連射した。逃走の足を止めず、激しい反動を力ずくで抑え込んで放たれた弾丸の雨。

それらは正確にケテルの白い装甲へと着弾するが、金属の激突音を派手に響かせるだけで、白い機体を怯ませることすらできない。

 

「チッ! ダメか……!」

 

ネルは悔しそうに歯噛みした。確実にダメージは入っているはずなのに、この巨大なボスを前にしては決定打に遠く及ばない。

 

正面から戦おうにも、ネルは先程、銀狼がバイク形態で吹き飛ばした一撃によって内側に大ダメージを負っており、その身体はすでに満身創痍。

おまけに戦力として数えられないどころか、おとり作戦の判断すらつかない行動不能のアスナを抱えている。

 

対する銀狼もまた、バフの制限時間が切れた反動で筋肉が悲鳴を上げており、とても単独でこの最高難易度のボスを突破できる状態ではなかった。

 

このまま戦えば、確実に全滅する。

 

傷つき、疲弊しきった彼女たちに残された選択肢は、もはやこのテリトリーから「逃げる」こと以外に存在しなかった。

 

(ハァ……ハァ……最悪。完全にバッドステータスの塊じゃん。……でも、この盤面をひっくり返すのがプロゲーマーでしょ)

 

銀狼は、隣で悔しそうに『ツイン・ドラゴン』を構え直すネルを一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ねえ、美柑ネル。────ちょっと、取引しない?」

「……あァ? こんな時に取引だと?」

 

ケテルの猛攻を紙一重でかわしながら、ネルが鋭い視線を銀狼へと向けた。

 

「そう。条件は簡単だよ。私がこの絶対絶命の状況を打破して、ついでにこのバグっちゃったメイド(一之瀬アスナ)の診察も引き受ける。……その代わり、今回の私の身柄は見逃すこと。これでどう?」

「はぁ!?」

 

ネルは驚きと不信の入り混じった声をあげた。

いまやC&Cは全滅寸前。まともに動けるのは目の前の元後輩、銀狼ただ一人という現実が重くのしかかる。ネルはチッと舌打ちをし、悔しそうに拳を握りしめた。

 

「……わかったよ。乗ってやる。けどな、こっちはお前に色々言いたいことも聞きたいこともあるんだ。勝手に逃げるんじゃねえぞ!」

「逃げる? ふん、こんな面白い展開(イベント)から逃げるなんて、ゲーマーとして三流でしょ」

 

銀狼の口元が、いつもの不敵で生意気なラインへと釣り上がる。

最高難易度のボス、退路を断たれた絶体絶命の戦場。そのすべてが、彼女のパンクロード・スピリットに熱い火をつけていた。

 

「いいから黙って私の実力を見てなよ。────勝利の象徴(ダブルオー)

 

そう笑いながら言い放ち、銀狼は手元に戻した【グラディウス:プロメテウス】を固く握り直した。傷だらけの先輩メイドたちをその背に庇うようにして、一歩、また一歩と、絶対的な無機質の殺意を放つ超巨大機動兵器ケテルの方へと歩みを進める。

 

「さて……第二ラウンドの始まりだね。バグ技なし、完全実力勝負のボス戦といこうか」

 

荒廃した高速道路にて。

黄赤のヘイローを輝かせるケテルを正面に見据え、銀狼は不敵に挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 


 

 

舞台は、廃墟の奥に横たわる荒廃した高速道路へと移っていた。

ひび割れたアスファルトからは雑草が生い茂り、錆びついたガードレールの向こうには、どこまでも沈黙したミレニアムの廃墟群が広がっている。遮蔽物の少ないこの一本道は、ケテルという広域破壊兵器を相手にするには最悪のステージだった。

 

「ケテル。その異名は『最もきらびやかに輝く至高の王冠』……。廃墟の奥に眠る存在を守るために、テリトリーへ踏み込んだ者を容赦なく排除する自動防衛システム」

 

銀狼は荒い息を整えながら、眼前の巨体を睨み据えた。

銀狼は知っている。

このデカグラマトン第一の預言者は、戦況に応じて三種類の形態を使い分ける極めて厄介なギミックを持っていることを。

 

最初に対峙するのは、二基の機関砲とミサイルポッドを装備した重武装形態「Type.V」。

ケテルの巨体から、空を埋め尽くす程のミサイルの群れと、激しい機関銃の嵐が吐き出された。荒廃した高速道路の床面が次々と爆破され、コンクリートの破片が猛烈な勢いで飛び散る。

 

「そんな大振りの弾幕、私の回避率(ステータス)なら掠りもしないよ!」

 

銀狼はステップを刻み、重力を無視したような軽やかな身のこなしで鉄の雨をすり抜けていく。爆風の煙を切り裂き、プロメテウスをブレードモードへと変形させた銀狼は、一直線にケテルの足元────多脚の懐へと一気に潜り込んだ。

 

蒼い熱線の刃が、ケテルの頑強な脚部の関節を的確に切り裂く。

さらに追加で、ケテルに装着した機関銃部分も刈り取る。

 

────ガガガガッ!と火花が散り、巨体が大きく揺らいだ。序盤の主導権を握ったのは、間違いなく銀狼の方だった。

 

しかし、機械の王冠はすぐさま次の手を打つ。ケテルは背後から巨大なパラシュートを展開し、ガシャガシャと不気味な駆動音を立てて後方へと緊急後退。

待って24秒。ケテルの機体上部のパーツが変わり、周囲の味方に強力なバフをかける電磁兵器を装備した電子戦形態「Type.E」へと姿を変えた。

 

直後、高速道路の斜面や奥、割れた地面の隙間から、小型ロボ「スイーパー」と「オートマタ」の軍勢が津波のように召喚される。バフによって赤く目を光らせた機械の群れが、一斉に銀狼へと襲い掛かった。

 

雑魚()を呼んで盤面を埋める作戦?────甘い。数で来るなら、こっちだって数で対抗するまで」

 

銀狼は不敵に笑い、プロメテウスのグリップに埋め込まれたAIモジュールを起動した。

 

《うおおおおお!正義は勝つ!》

《ククっ、余に逆らったことを後悔するがいい》

《オラ!ご主人様に喧嘩売ったバカはどいつじゃああ!!》

《これ、残業代でる?》

 

『友達』『魔王』『奴隷』『低所得者』

電子的な笑い声を上げながら、銃身から放たれた4つの自律AIが戦場へと飛び出していく。

 

「出欠大サービスっ!」

 

さらに銀狼は【エーテル編集】のコードを最速でタイピングし、空間の光折率をハック。自身の姿を模した完璧な「分身(デコイ)」を、高速道路上に何十体も同時に生み出した。

 

「は、え?ブローニャがいっぱい居るッ!?」

「すごい、いっぱい、いるぅ……」

 

ネルの困惑した声と、まだ立ち直れていないアスナの感情のない声が響く。

 

どれが本物かも分からぬまま、一斉に襲いかかる銀狼の分身とAI小人たち。

「Type.E」の軍勢は、その圧倒的な物量とハッキング戦術の前に手も足も出ず、二周目のラウンドも銀狼の完全勝利で幕を閉じた。粉砕されたスイーパーとオートマタの残骸が、荒れた道路にゴロゴロと転がる。

 

────ガ……ギギ…… 

 

手下をすべて消し飛ばされ、ケテルのヘイローが激しく明滅する。

第一の預言者は最後の手段として、最大火力形態「Type.C」へと最終変形を遂げる。

 

バチバチとオレンジ色の極大エネルギーが砲口に集約されていく。正面からの純粋な火力勝負──それが、機械の出した最終結論だった。

 

「いいね。逃げずに正面から殴り合うボスとしてプライド。好きだよ、そういうの。──火力勝負と行こうか」

 

銀狼はプロメテウスをキャノンモードへと戻し、空間に浮遊するバフアイコンを自身の銃身へと全て流し込んだ。

 

攻撃力上昇

会心率上昇

属性貫通付与etc.

 

────ありったけの強化データを上乗せしたプロメテウスが、臨界点を超えて眩い程の蒼い光を放つ。

 

「出力100%。臨界点突破────出力999%、フルバースト

 

ケテルの放った極太の破壊光線と、銀狼の放った渾身の蒼い一撃が、高速道路の真ん中で真っ正面から激突した。

 

────ドオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

 

周囲の視界が純白に染まる程の、凄まじいエネルギーの爆発。

光が収まった時、荒廃した高速道路の真ん中に立ち尽くしていたのは、銀狼だった。

その前方では、超大型砲をひん曲げられたケテルの鋼鉄の身体から、バチバチと電流の火花が飛び散り、機能停止の白煙が上がっている。

銀狼はプロメテウスをパチンと弄びながら、ゆっくりとケテルに近づき、その無機質なカメラに向けて親指を下に突き出す──サムズダウンの仕草をして見せた。

 

「次はレベルを上げて出直して来て────バイバイ」

 

これ以上ないゲーマーとしての煽り文句と共に、銀狼は第一の預言者ケテルを相手に、完全なる勝利を収めてみせたのだった。

 

電流の火花を散らしながら、ケテルは背後から再び巨大なパラシュートを展開し、荒廃した高速道路の遙か彼方へと急速に後退、そのまま廃墟の闇へと去っていった。

 

その撤退を端末の画面で確認した銀狼は、勝利の余韻に浸る間もなく即座に反転。背後で一部始終を呆然と眺めていたネルの元へと駆け寄った。

 

「ちょっと、ポケッとしてないで! 早くここから逃げるよ!」

「あ、あァ!? おい待て、アイツは今逃げただろ、何であたしらが逃げなきゃなんねえんだよ!」

 

納得のいかないネルが声を荒らげるが、銀狼の表情は真剣そのものだった。

 

「バカ言わないで。この廃墟に潜んでる『デカグラマトンの預言者』は、今のケテルだけじゃない。……ここには、もう一体いるの。クールタイムに入った私じゃ、連戦なんて絶対に無理。ゲームオーバーになりたくなかったら、早くしなよ」

「っ……チッ、そういうことかよ!」

 

流れるような銀狼の合理的な状況説明に、ネルもようやく事態の深刻さを把握した。アスナを再びその背へと力ずくで背負い直し、銀狼の先導に従って荒廃した高速道路を全力で駆け抜ける。

 

背後の暗闇からは、彼らの排除を諦めていないオートマタたちの不気味な足音が微かに響いていたが、領域の境界線を越えると、それ以上の追撃が仕掛けられることはなかった。

 

そのまま彼女たちは息を切らしながら、手前のエリアで未だに眠りこけているカリンとアカネの待つ、事が始まった無人の工場へと滑り込んだ。

 

 


 

 

「う、ん……あれ、わたし、いつの間に……」

「アカネ先輩!……うう、頭が痛い……」

 

強力な麻酔からようやく覚醒し、ふらふらと頭を押さえるカリンとアカネ。

二人の無事を確認したネルは、背中からアスナをそっと下ろした。カリンたちが不安そうにアスナの顔を覗き込む。

 

「……あ。みんな、おはよー!」

 

そこには、先程までの虚ろな状態が嘘のように、いつもの満面な笑みを浮かべて元気に手を振る一之瀬アスナの姿があった。

 

「アスナ先輩……?って、なんで敵と一緒にいるんだ?」

「ああ……まあ色々あってな」

 

困惑するふたりに一から説明をするネル。

悪戦苦闘の連続。アスナの異常。ケテルの乱入。

この数時間で起きた出来事に、聞かされたふたりは頭を抱えた。

 

「なるほど。私たちが寝ている間にそんなことが……」

「あ、あのアスナ先輩?いま、大丈夫なのか……?」

「うん! さっき、ブローニャちゃんにもう一回、頭をごつんってしたらね、モヤモヤが消えて急に頭がすっごく軽くなって、今、絶好調!」

「……はぁ、プロの仕事に対して簡単に『ごつん』とか言わないでよ」

 

銀狼は呆れたようにため息を漏らしながら、淡々と端末のログをスキャンする。

 

「頭部に強い衝撃を受けたことで、彼女の脳と宿る神秘に一時的なバグが生じて、高次脳機能障害みたいな症状を引き起こしていた、か」

 

冷静にアスナの症状を述べる銀狼。周りがざわつく中、銀狼は淡々とアスカに問いただす。

 

「一之瀬アスナ、改めて質問するけど、さっきのどのくらいの頻度で起こる」

「さっきの、って?」

「…………今まで当たり前にやってきたことが、突然思い出せなくなる。支離滅裂な言動、急な混乱状態。全部」

「あ、それなら、ひとりでいるときかな。みんなといる時は滅多にないけど、気が抜くとぼっとしちゃうんだ!」

「は? 何だそりゃ。おい、アスナ。なんで黙っていた」

 

初耳の事実に困惑と怒りを隠さないネル。アカネとカリンも同様、皆、アスナに厳しい目線を送る。

 

「え、えっと、任務とかみんなの前ではなってなかったから…大丈夫かなって」

「さっきなってたじゃねえか!大体、お前は……!」

「はいそこまで、この症状に関しては今でも謎が多いから、責めないでやって」

 

銀狼から見てもアスナの症状は謎に満ちたもの。

察するに彼女が起こす豪運や直感に関するものだと推測できるが、手がかりは少ないため、これ以上調べあげるのは困難だろう。

 

銀狼はひとつの箱をアカネへと手渡した。

 

「はい、これ。急遽して作った対処薬。一応、1年分用意していた置いたから。後でちゃんと飲ませておいて」

「……分かりました。起こり次第、ありがたく使わせておきます」

「ありがとう、ブローニャちゃん!」

 

薬が渡った途端、アスナが銀狼に向けて飛びつく。

 

「熱いッ!離れて!あと、その胸邪魔!」

 

その様子は大型犬に戯れるのを嫌がる小型犬。

アスナはその豊満なボディで小柄な銀狼を包み込んだ。対する銀狼は好意のスキンシップから離れようと、抵抗する。

 

「それと……もう一つお土産」

 

アスナを何とか退かし、銀狼が地面に放り投げたのは、先程倒したケテル(Type.V)の機関銃の一パーツだった。鋼鉄の破片がガシャリと音を立てる。

 

「……なんだこれ?」

「C&Cが手ぶらでセミナーに帰るわけにはいかないでしょ。そのデータをセミナーのサーバーに提出して、こう報告しなよ。──『廃墟に人影()は最初から居らず、代わりに機械(ケテル)が襲ってきたから返り討ちにした。当初の情報はただの誤報だった』ってね。これなら、お互いにwin-winになるはずだし」

 

物的証拠(ケテルのパーツ)を突きつけ、自身の存在を完全に隠蔽するための工作を持ちかける銀狼。ネルはそのパーツを拾い上げ、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「……へっ。ハッカーの考える隠密工作ってのは、相変わらず手が込んでるやがるな。いいだろう、約束は約束だ。今回の件、約束通り──『リオ』には言わないでおいてやるよ」

「話が早くて助かる。それじゃ、ゲームクリア。お互い、もう関わらないようにしよう。じゃあね」

 

銀狼は満足げに手を振ると、自身の拠点を畳むべく、再び廃墟の闇へと軽快に姿を消していった。

残されたC&Cの面々が、遠ざかる銀狼の背中を見送る。

 

「リーダー……本当に、あのブローニャちゃんのこと、セミナーには誤報として伝えるんですか?」

 

アカネの冷静な問いかけに、ネルはポケットに手を突っ込み、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「ああ、伝えるさ。アタシは嘘はつかねえ。今回の件は約束通り、あの冷徹女────()()()()()()()()()()()()

 

ネルはそこで言葉を区切り、遠方のミレニアム本校舎を見上げた。

 

「……()()には、ですか。……流石、リーダー。ズルいですね」

「そうだな」

「うんうん。ひどーい!」

 

「うるせッ!」

 

美柑ネルが口にした言葉は、決して銀狼を完全に見逃すという意味ではなかった。

セミナー(リオ)には言わないが、それ以外の────特異現象捜査部の明星ヒマリには、この不可解な事態の全貌をきっちり報告する」という、巧妙な遠回しの宣言だったのだ。

 

最高のスーパーハッカーでありながら、ネルの『言葉の裏の罠』に、銀狼は全く気づいていなかった。

 

────このネルの報告が回り回って、あの全知の美少女天才 明星ヒマリの元へと届くことになる。

 

そして、自分が完全にミレニアム側に先回りされているという最悪の状況に銀狼が気づくのは、のちに廃墟の奥深くで、ホログラム姿の明星ヒマリと最悪の再会を果たす、その瞬間までお預けとなるのだった。




スタレ予告番組で、刃ちゃんと姫子、帰寂に心を踊らされるまま終わった途端、Fateコラボ第2弾で完全にやられた作者です。

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次回もお楽しみに ノシ

追記:
2026年5月24日 日間ランキング24位取らせて頂きました。応援ありがとうございます!
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