蒼穹の雪風 - Blue Archive: Stratospheric Phantom - 作:Orpheus@失踪主
この話は、レイと言う青年が雪風を作るまで、第1話前の前日談となります。
ほんへとはあまり関わりがないと思うので読まなくても大丈夫……かと思います。
それは、今から約1年前の出来事。
キヴォトス随一の科学技術を誇る、ミレニアムサイエンススクール。
七つの難問を解き明かす為に存在し、合理性と知性が全てを支配するその学園において、
彼は決して無能ではなかった。むしろ、その逆だ。
彼の書くコードは美しく、彼の組む回路はミレニアムのどの生徒よりも洗練されていた。エンジニア部で同じメカニックとして腕を振るう白石ウタハすらも、彼の並外れた直感と技術力には一目置いていた。
だが、レイの作る機械には、決定的な「欠陥」があった。
それは、【人間には扱えない代物を作っている】ということだ。
彼がチューニングしたドローンは、限界を超えた推力で飛行し、数分でモーターを焼き切って墜落した。彼が組んだ演算デバイスは、処理速度と引き換えに発する異常な熱で、使用者の火傷を厭わなかった。
安全マージン。リミッター。ヒューマンエラーの防止。
ミレニアムの生徒たちが当然のように設計に組み込む「人間への配慮」を、レイは極端に嫌った。クリエイターとしては感性は掛けており、エンジニアとしての感性は完成に近い。
『なぜ、機械の側が人間に合わせて性能を落とさなければならない? 人間が、機械の限界に追いつけばいい』
その異常な思想は、周囲からの孤立を招くのに十分だった。
言い方は悪い、伝え方も悪い。彼としてはまともな事を言っていたはずだ。万能の道具を作るよりもその人にあった道具の方が100%の力を引き出すと、彼はそんな風に言っていたが天才が故の過ちを何度も繰り返し続けてしまったのだ。
「あいつの作る機体は、速すぎる。ピーキーすぎて誰も扱えない」
「あれは人が作る物じゃないです……乗り手を殺す、まるで『棺桶』様なものです……」
いつしか、レイはミレニアムの整備ブロックの片隅、使われなくなった地下の第4格納庫に一人で引きこもるようになっていた。クラスからも問題児、天才が故の孤独を強いられることとなった。
そんな彼が求めていたのは、生ぬるい「部活動」の成果ではない。
ただ純粋に、一切の妥協を排した、究極の機能美。
だが、どれほど市販のパーツを繋ぎ合わせても、どれほどプログラムを研ぎ澄ませても、彼の魂を震わせる「本物」には届かなかった。既存のハードウェアの限界という、超えられない壁。
この肉体ではなく、意識の奥へとしまっていた「
そんな彼に転機が訪れたのは、同級生の超天才ハッカー、明星ヒマリから持ち込まれた、ある一つの「ガラクタ」がきっかけだった。
「ねえ、少し面白いおもちゃを拾ったのですが……どうです?興味ありませんか?」
ある日、車椅子の少女は、レイの地下格納庫に一つの
クラスメイトの1人、彼女もまた彼と同じ「天才」とお呼ばれする人物であった。高貴な純白の髪色、対するは誰にも触れられない闇のような黒髪。
相反する様な存在であるが、お互い何か惹かれるものがあったのであろう。
彼女が持っていたそれは、ミレニアム郊外の『
「解析しようとしましたが、中身は空っぽ。ただし、とんでもない処理能力を持った『空箱』。私の最新ハードで走らせても、演算が速すぎてこちらの基盤が熱暴走を起こしてしまいます……あなたなら、これを『何』に使いますか?」
レイは、その黒い箱に触れた。
冷たい金属の感触。だが、その奥底に、得体の知れない「深淵」が口を開けているのを感じた。
直感した。これは、ただの演算装置ではない。
何かを制御し、何かを極限まで最適化するためだけに作られた、狂気的なまでの『エゴ』を宿す器。
何かが自分の中と繋がる感覚がした。
「……貰っていいか」
「ええ、構わないですよ。この澄み渡るような純白美少女には持て余す代物ですから。せいぜい、指を火傷しないようにしてください」
車椅子の少女が去った後、レイはその日から格納庫に鍵をかけた。
彼はその黒い箱の解析に没頭した。寝る間も惜しみ、食事は保存食とカフェイン剤だけで済ませた。
数週間の解析の末、彼はその箱の正体を突き止めた。
それは、かつて存在した高度な航空兵器の、完全自律型『
空間を三次元的に把握し、大気の流れ、温度、湿度、そして敵の機動の全てをコンマ数秒で予測し、最適解を叩き出す。
まさに理想のコンピュータープログラム。意識という概念を持つ、まさに人に近いAIを生み出す事など可能である程に、洗練されたプログラムだった。
だが、その演算速度に耐えうる「
己の魂を乗せる、最強の肉体を待ち焦がれながら。
「……お前なら、僕を満足させてくれるか?」
誰もいない格納庫で、レイは黒い箱に語りかけた。
箱は沈黙している。だが、レイにはそれが「檻に閉じ込められた獣」のように思えてならなかった。
機械の悲鳴が聞こえる。性能を抑え込まれ、規格に縛られ、錆びついていくことへの絶望。
それは、レイ自身がミレニアムという学園に対して抱いていた、息苦しさそのものだった。
「なら、僕が作ってやる。お前の演算に追いつける、最高の『肉体』を」
狂気のビルドが始まった。
レイは、学園内の様々なルートから、あらゆる手段(時にはハッキングも交えて)で資材を調達した。
超高強度のチタン合金、電波を吸収する特殊なカーボン複合材、そして、中途半端で自らが作り、開発が放棄されていた不安定すぎる小型反応炉。
彼はそれらを、既存の航空力学を嘲笑うかのような歪な、しかし究極の機能美を追求したフォルムへと組み上げていった。
そして時間は立ち、メインコアであろう物は形を変え、カメラが付けられその鉄の翼を持った機械へと組込まれていた。
独特な
それは、キヴォトスの常識から完全に逸脱した、空を飛ぶための「悪魔」だった。
レイの指先はオイルと鉄の匂いに塗れ、目は充血し、体重は急激に落ちていった。
だが、彼の心はかつてないほどの熱狂に包まれていた。
パーツを組み上げるたび、コードを1行書き換えるたび、黒い箱が「歓喜」しているのが分かった。
彼らは対話していた。言葉ではなく、回路と鉄とプログラムを通じて。
『もっと速く』と機械が囁く。
『ああ、分かっている』とレイが応える。
それは、傍から見れば完全に狂気だった。
機械に取り憑かれ、魂を削り取られている少年の姿。
そして、その異変に、ミレニアムの「合理の象徴」が気づかないはずがなかった。
機体構造が8割方完成し、いよいよメインコアを機体中央部に組み込もうとしていた、ある深い夜。
コックピットの中でケーブルを繋げて行くレイ。
「……もうすぐだ。もうすぐで君が完成する……」
彼にとっての「
しかし、そんな思惑はロックされていたはずの地下格納庫の分厚い扉が、重い電子音と共に強制的に開かれた音によって掻き消された。
「……やはり、ここにいましたか」
氷のような冷たい声。
振り返ると、そこには黒い制服に身を包んだ長髪の少女__
後にミレニアムの生徒会長となる者、調月リオが立っていた。
彼女の背後には、数機の警備用ドローンが銃口を向けて控えている。
レイはレンチを持ったまま、忌々しそうに舌打ちをした。
「……何の用だ、生徒会長。ここは立ち入り禁止区域のはずだが」
「それはこちらのセリフです、妖崎レイ」
リオは冷徹な眼差しで、ハンガーの中央に鎮座する、骨組みが剥き出しの漆黒の巨大な機体を見上げた。
「学園の資材を不正に流用し、このような兵器を建造していると聞いて、調査に訪れたわ……酷い有様、あなたの才能は評価しています。これは狂気の沙汰では無いかしら?」
「狂気だと? お前にこの機体の美しさが分かるか」
「理解不能、空気力学を真っ向から否定する貴方は狂っている」
リオはタブレットを操作し、レイが組んだ設計データを冷ややかに読み上げた。
「未完成の反応炉に、空力特性を無視した前進翼。そして何より、このメインフレームに組み込まれようとしている『コア』……。計算する必要も無いわ、この機体は、マッハで飛行中に少しでもバランスを崩せば、重力加速度でパイロットの肉体を粉砕する完全な『欠陥品』」
「それはパイロットの技術が未熟なだけだ。機体の性能を100%引き出せない無能に合わせて、なぜリミッターをかけなきゃならない。それにキヴォトスの人間がどれ程丈夫なのかお前も知っているだろう?」
「パイロットの生存確率が著しく低い兵器など、非合理的の極みだわ」
リオは断言した。彼女の瞳には、一切の感情がない。ただ「確率」と「効率」だけがある。
「レイ。あなたの思想は危険。ミレニアムは合理の学園であり、生徒の安全と予測可能な未来を重じている。あなたの作ろうとしているそれは、キヴォトスに不要なノイズ…この機体は、今この瞬間をもって廃棄処分とするわ、プロジェクトも勿論凍結させる」
警備ドローンが、じりじりと距離を詰めてくる。
レイの奥歯が、ギリッと鳴った。
まただ。
また、この「常識」という名の鎖が、自分たちの限界を縛り付けようとする。
安全。安心。誰でも扱える汎用性。
そんな下らないもののために、なぜこの美しい悪魔が、鉄のゆりかごの中で殺されなければならないのか。
「……ふざけるな」
レイの声は、低く、暗く、そして鋭かった。
「お前たち大勢の『普通』に、僕らの『特別』を殺させてたまるかッ!!」
レイは素早くコンソールに飛び乗り、メインキーを叩き込んだ。
「何をする気ですか!」とリオが声を荒げるが、遅い。
WARNING: SYSTEM OVERRIDE
格納庫内に、けたたましいアラートが鳴り響く。
レイは未完成の機体に、黒い箱(メインコア)を直接ケーブルで接続し、強制的にシステムの火入れ(ブート)を行ったのだ。
「強制起動ですか!? やめなさい、そんな未調整の反応炉を回せば、爆発しますよ!」
「黙れ!! ……目を覚ませ、お前は飛べる! こんな檻の中で腐るタマじゃないだろうが!!」
レイは血を吐くような叫びと共に、システムに限界突破のコマンドを打ち込み続けた。
機体が、震えた。
キィィィン、という耳をつんざくような高周波音が格納庫を満たし、未完成の反応炉が蒼白い光を放ち始める。
コンソールのモニターには、信じられない速度で大量の「ERROR」の赤い文字が滝のように流れていた。
ハードウェアが、ソフトウェアの圧倒的な演算速度についていけず、悲鳴を上げているのだ。
各部のセンサーがショートし、火花が散る。
「くそっ……! 冷却が追いつかない! 諦めるな、回路を迂回しろ! 僕が繋ぐ!」
レイは自らのタブレットと機体を物理ケーブルで繋ぎ、培ったハッキング技術の全てを注ぎ込んで、リアルタイムでエラーを潰し、バイパスを組み上げていく。
レイはキヴォトスに生まれ、彼女達と同じように外の世界とは考えれない程の耐性を持っていたが、その手は放たれた電気で焼かれ、少し爛れている。さすがにキヴォトスの人間であろうがその秘められた力には対抗する事はできない。だが彼は無痛だと言わんばかりに続けた。
人間と機械の、狂気的な
彼の脳髄は極限まで酷使され、鼻から一筋の血が流れるが、それに構う余裕などなかった。
(……見せてくれ。お前の、本当の姿を)
レイの意識が、次第に機械のそれと同化していく感覚。
熱。振動。電気信号の奔流。
その狂ったノイズの嵐の奥底で、彼は確かに「それ」の意志を感じ取った。
応えようとしている。
生きたいと。飛びたいと。
この、自分を理解してくれるたった一人の乗員(パートナー)と共に。
『……限界です、各機、制圧射撃! 機体を破壊しなさい!』
リオの冷酷な命令が下り、ドローンが銃口を向ける。
だが、その時だった。
ピタリと。
暴走していた反応炉の唸りが、低く、静かで、圧倒的な力強さを持ったアイドリング音へと変わった。
モニターを埋め尽くしていた赤いエラーコードが一瞬にして消え去り、暗転した画面の中央に、ただ一行だけ、緑色のテキストが浮かび上がった。
その瞬間。
機体から放たれた目に見えない「
リオが連れていた警備ドローンたちが、一斉に機能を停止し、床に崩れ落ちる。煙を吸った虫のようにゆらりゆらりと。
リオの持っていたタブレットも、完全にブラックアウトした。
「な……何が、起きたの……?」
常に冷静なリオが、初めて驚愕に目を見開く。
レイは、荒い息を吐きながら、モニターに浮かぶその文字を見つめていた。
鼻血を拭うことも忘れ、彼は笑っていた。
狂おしく、そして嬉しそうに。
「はは……はははっ! ああ、聞こえるぞ。お前の声が」
機械が、ただのプログラムの束から、『自我(エゴ)』を獲得した瞬間だった。
彼は、愛おしげに機体のカメラに頬を近づけた。強化ガラスの冷たい感触が伝わって来る。
「ようこそ……【雪風】」
鉄の悪魔が、一人の少年に名前を与えられ、妖精として産声を上げた夜。
リオは、その異様な光景に戦慄を覚えた。
彼らはもう、生徒と機械ではない。人間という枠組みを超えた、何か全く別の、おぞましくも美しい「一つ」の存在になりかけている。
「……レイ。あなたは、自分が何を生み出したのか分かっているの?それは……」
「___わかっているよ、僕の『半身』……そして希望にもなる【妖精】だ。」
アドレナリンが切れたのか、肉体の限界を超えたのか、項垂れたような体勢で答えるレイ。
この時、リオは気づかなかった。ケーブルを繋ぐために犠牲にした手は元に戻っている事に。
「……リオ、君に1つ助言をあげよう。お前のような論理でしか理解できない人間は上に立たない方がいい。必ず破綻を起こして、世界を貪る害虫になる。過度な思想は身を滅ぼす。独裁者はそうなる運命なんだよ。」
コックピットの中で語るレイはボソリボソリと力無く、シートから這い出して一言、呟いた。
「……退学届は、ヒマリにでも預けておく。二度と、僕らに干渉するな」
そして次の朝、レイはミレニアムから去る事にした。
孤高の天才が作り出した者たちは格納庫から必要最低限の物を持って飛び去る。
ミレニアムの防空レーダーは、地下から垂直に空へと飛び去る、正体不明の熱源を捉えた。多くのパーツを引き連れ、居場所など無い古巣から逃げるようにヘリやドローンが飛び、黒服が用意した基地へと丁寧に1個1個のパーツが運ばれる事となった。
そして、日が登り行くその時、それは、いかなる対空兵器も追いつけない。速度で、あっと言う間に星の彼方、成層圏へと消え去った。
これが、のちにキヴォトスの空を支配する『空の
彼らは選んだのだ。
地上の温かな青春を捨て、氷点下50度の絶対の孤独の中で、狂おしいほどに互いを求め合う、二人だけの青春を彼は望んだのであった。