蒼穹の雪風 - Blue Archive: Stratospheric Phantom - 作:Orpheus@失踪主
ミレニアムサイエンススクールの本校舎、その最も空に近い場所。
立ち入りが制限されているはずの屋上の扉を開けると、夕暮れの強い風が吹き抜けてきた。
赤く染まり始めたキヴォトスの空の下、フェンスに背中を預けて缶のコーラを煽っている小柄なシルエットがあった。
ミレニアムが誇る最強のメイドにして、C&Cのコールサイン
「……あ? なんだ、先生か。こんな所でサボりかよ」
足音に気づいたネルが、赤いスカジャンを風に揺らしながらこちらを振り向いた。
その手には、いつものサブマシンガンではなく、飲みかけのコーラと、購買の安っぽい焼きそばパンの袋が握られている。
「ネル、お疲れ様。……少し、君に聞きたいことがあって来たんだ」
「アタシに? 任務の話なら、アスナかアカネを通せよ。今は非番なんだからよ」
「いや、任務の話じゃないんだ。……レイのことなんだけど」
その名前を出した瞬間、ネルの眉がピクリと動いた。
彼女はフェンスから背中を離し、コーラの缶を屋上のコンクリートに置く。
「……あの空の引きこもり野郎が、どうかしたのか?」
「実は、レイから『謎掛け』を出されてね。キヴォトスの空が巡りゆく理由について、なんだけど……」
先生はこれまでの経緯__ゲーム開発部、エンジニア部、そしてヴェリタスのヒマリから聞いてきた言葉をネルに語った。
それを黙って聞いていたネルは、やがて大きくため息をつき、ガシガシと自分の頭を掻き回した。
「あー、クソッ。あのバカ野郎、またそんな回りくどいポエムみたいなこと言ってんのか。相変わらず素直じゃねぇな」
「ネルには、レイの意図がわかるの?」
「……意図もクソもあるかよ。あいつはただ、ビビってんだ」
ネルは再びフェンスに寄りかかり、夕焼け空を見上げた。
「あいつは昔からそうだ。頭が良すぎるから、人間みたいにコロコロ変わるもんを『非合理的だ』とか言って遠ざけてきた。……でもよ、本当に全部が同じだったら、アタシらがあのバカと一緒に焼きそばパン食って、くだらねぇことで笑う時間も来ねぇだろ?」
「……うん」
「空の色が変わらなきゃ、いつ休んでいいかも分からねぇ。あいつだって、たまには羽を休めて、アタシに殴られる時間が必要なんだよ。……世界が変わらなきゃ、あいつはずっと、あのクソ寒い空の上で独りぼっちのままだ」
ネルは乱暴な口調ながらも、そこには幼なじみに対する深い理解と、確かな温かさが滲み出ていた。
「それに、あいつだって全部を理屈で片付けようとしてるわけじゃねぇ。本当に訳が分かんねぇ時や、アタシらが無茶苦茶やった時……あいつ、よくボソッて言うんだよ」
「……『神のみぞ知るセカイ』、だね?」
「ハッ、なんだ、もう分かってんじゃねぇか」
ネルは凶悪に、けれどどこか嬉しそうに笑った。
仲間たちの想いは、すべて同じ場所に収束している。
レイは、合理主義者のふりをして、実は誰よりもこの『
「……先生。答えはもう、決まってるみたいだな」
「うん。ネルたちのおかげでね」
「そっか。……なら、これを持っていきな」
ネルはスカジャンのポケットから、少し擦り切れた手書きの地図と、真っ黒なカードキーを取り出し、先生に向かって放り投げた。
「あのバカ、今はシャーレにもアイガイオンにもいねぇよ。……そこは、昔からあいつが引きこもる時に使う、アタシしか知らない秘密のガレージだ。さっさと行って、あの偏屈野郎の鼻を明かしてこい」
「ありがとう、ネル。行ってくるよ」
「おう。……あいつのこと、頼んだぜ」
屋上に吹く風を背に受けながら、先生は力強く頷き、走り出した。
残されたネルは、空っぽになったコーラの缶をゴミ箱に放り投げると、夕闇が迫る空に向かって小さく呟いた。
「……さっさと連れ出されてこい、バカ野郎が」
ネルから手渡された地図を頼りに辿り着いたのは、ミレニアム郊外のさらに外れ。廃工場地帯の地下に隠された、忘れ去られた旧時代の格納庫だった。
「……ここか」
先生が黒いカードキーをパネルにかざすと、重厚な金属のゲートが低い駆動音を立てて開いた。
吹き抜ける風と共に、静かな電子音と、
薄暗い空間。しかし、天井のわずかな隙間から差し込む夕陽の光が、その中心に鎮座する『存在』を神々しく照らし出していた。
漆黒の機体、スーパーシルフ【雪風】。
鋭角的なステルスフォルムと、恐ろしいほどの殺意と美しさを内包したその巨体のノーズコーンに背中を預け、腕を組んで待っている青年の姿があった。
先生の足音に気づき、レイは帽子を少し上げてこちらを振り返る。
「……遅かったな、先生。もう答えを見つけるのは諦めて、置いていこうかと思ってたよ」
皮肉げに、けれどどこか嬉しそうに笑うレイ。いつも猫を被ったような口調ではなく、素の口調でほんわかと喋って笑っている。
その声は格納庫の中に静かに反響した。
「待たせてごめん、レイ。……ミレニアム中を歩き回ってたから」
「ゲーム開発部、エンジニア部、ヴェリタス、そして……C&C。先生が歩いてきた軌跡は、全て雪風のセンサーで見てたから知ってるよ」
レイは機体から身体を離し、先生と正面から向き合った。
彼の白く濁った瞳の奥には、確かな光が宿り、先生の言葉を待っている。
「じゃあ、聞きましょうか。……何故、このキヴォトスの空は巡りゆくのか。先生の『答え』を」
先生は、ミレニアムの生徒たち……彼を知る友人たちから集めてきた言葉の欠片を胸に、真っ直ぐにレイの目を見つめた。
ただの現象としての空ではない。妖崎レイという不器用な少年が、なぜこの空の下にいるのか。その全てを肯定する、たった一つの答え。
先生は、静かに口を開いた。
「__________。」
格納庫の奥から吹き込んだ強い風が、先生の紡いだその言葉を攫っていく。
それは、レイと先生、そして傍らに佇む雪風にしか聞こえない、彼らだけの秘密の言葉。
それを聞いたレイは、一瞬だけ微かに目を丸くした。
完璧な論理の壁が、柔らかく崩れ落ちていくような表情。
やがて彼は、心底愉快そうに、けれど今まで見せたどんな顔よりも穏やかで、年相応の少年らしい笑みを浮かべた。
「……それが先生の答えか___いいね。気に入った」
その答えに完全に満足したように、レイは深く頷き、微笑んだ。
彼は傍らのラックに置いてあった黒いパイロットヘルメットを手に取ると、先生へと真っ直ぐに差し出した。
「ようこそ、先生。僕の
迷いのない、誇り高きエスコート。
先生がそのヘルメットを受け取った瞬間、格納庫の奥で雪風のメインエンジンが低い咆哮を上げ始めた。
凄まじい轟音と熱風が、地下格納庫を揺るがす。
開け放たれたカタパルトハッチから、一機の漆黒の戦闘機が空へと射出された。
夕闇と星空が混ざり合う境界線を切り裂き、音速を超えて成層圏へと舞い上がっていく『妖精』の姿。キヴォトスの防空レーダーは、彼らの存在をただのバグとしてしか認識できない。
彼らが遥か上空で何を見て、何を語り合っているのかは、文字通り、神のみぞ知るセカイだ。
……誰もいなくなった秘密基地。
主を失った静寂の空間に、再びふわりと風が舞い込んだ。
その風は、モニターの明かりだけが残された整備デスクの上に無造作に置かれていた、一冊の古いノートのページをパラパラと捲り……とある一室で、ピタリと止まる。
そこには、几帳面な字で、こう記されていた。
『白く濁った空には、境界線など存在しない。
全てが変わろうとも、私は変わることは無い。
それは信念であろうか? 疑念であろうか?
いいや、違う。″それ″は私の夢である。
まだまだ先は長く、天のみぞ知るんだ。本当の答えは』
ページが静かに揺れる。
今日もキヴォトスの空は、彼らの青春を乗せて、美しく巡り続けていた。
【あとがき】
どうも、オルフェウスもとい失踪主です。
ようやくエデン条約編書けるぞおおおおお!!と思ってたらまさかのとんでもニュース。
ふふふふっ、フォックス!!(辞めないか!!)
待ちに待ったFOX組が登場と聞いてもう凄くドキドキしてますわよ!
これはバチコリ書かなければなら、こちらが無作法というもの。
頑張って引き続き投稿していきます。
誤字、感想、高評価ありがとうございます。
これからも貰えるとモチベーションが上がりますのでよろしくお願いします!!
(なお、投稿主は現在、家電製品アドバイザー(AV製品部門)の取得に忙しい為まだまだ投稿速度は遅れますので書きだめが溜まりしだい解放していきます。これからも、この下手な文しか書けない男の小説を楽しんでもらえると幸いです。後、感想文はしっかり見てます!これから様々な学園の子達との関わりがわかっていくと思うので楽しみにしてください!)
ではまた……