蒼穹の雪風 - Blue Archive: Stratospheric Phantom - 作:Orpheus@失踪主
機械ってやつは…自然と空を舞うには、硬すぎるんだよ___
ジェイムズ・ブッカー___
高度30,000フィート。
成層圏を飛ぶ空中母艦『アイガイオン』の、第3カタパルトデッキ。
漆黒の機体、スーパーシルフ【雪風】のコックピットの中で、レイは雪風の驚異的な旋回能力から生み出される強烈なGを防ぐ為の特殊なパイロットスーツを身にまとい、その上にいつものスカジャンを羽織ると、帽子をコックピットに入れ操縦桿を握りしめていた。
ハンガーに響く重々しい振動と、エンジンの唸り。
ここまでに1週間ほどの時間が流れた。下の方では、ミレニアムサイエンススクールの生徒たちの作品や企業へアピールする事ができる場としてお馴染みであった「ミレニアムプライズ」がもうすぐ始まろうとしていたのと、どうやらC&Cとゲーム開発が何かを求めてぶつかった様だ。
ウタハから受け取ったパーツをはめ込み作られた新たな武装を付け、色々と一新した雪風。新たにカメラの方を変えたので更に美麗な画像を取り込めることになった。そして、使う事は無いだろうが超小型多目的ミサイル、見た目だけだが燃料タンクも一応搭載する事にした。ロマンは大事である。
そんなある日の事、唐突にヒマリからの連絡を受け、スクランブル発進しようとしていたのだ。何せ、アリスとネルがガチンコ対決をしてると言うのだから。
>
「……
レイは、無機質なAIの声に短く応え、アイガイオンの管制とのやり取りを開始した。
コンソールに、簡潔な通信記録が流れ出す。
『
「
>
カタパルトに機体がセットされ、ロックが掛かる。
前方に広がるのは、雲海と、果てのない青黒い空だけだ。
「
『
ドゴォォォォォンッ!!!
凄まじいGが、レイの全身をシートに叩き付けた。
アイガイオンのカタパルトから射出された雪風は、一瞬にして音速の壁を突破し、成層圏へと急上昇していく。
巨大な母艦はあっという間に星の彼方へ消え去り、キャノピーの外には氷点下50度の絶対の孤独だけが広がった。
「
>
「
レイは操縦桿を静かに引き、雪風をキヴォトスの空域へと侵入させた。
誰も戦闘機を知らない、誰も超音速機を想定していない世界。
彼らが飛べば、キヴォトスの空は、システムエラーの嵐に包まれる。
新しく追加したジャマーが上手く働く。
レイは、コックピットのモニターに大量に表示されては消えていくキヴォトス防空システムの警告音(アラート)を、無感情に見つめていた。
あり得ない速度。検知不能。システムエラー。
キヴォトスのレーダーは、雪風の存在を認識できない。ただの「エラー」か「未確認のノイズ」として処理され、すぐに消える。
「
レイは、帽子を目深に引き直し、操縦桿を引いて雪風の高度を安定させた。
成層圏から見下ろすキヴォトスの街並みは、模型のように静かで、無価値に見えた。
彼らを理解するのは、この氷点下の空と、己の半身である『雪風』だけだ。
「……
モニターに映し出されたのは、ミレニアムの廃工場地帯。
そこでは、傷だらけになりながらも巨大なレールガンを構え続けるアリスと、それに襲い掛かるネルが激突していた。
「………対象を視認、これより対象の監視を開始する。」
高度40,000フィート。
広大なキヴォトスの空を、一筋の黒い影が超音速で切り裂いていく。
『雪風』のコックピット。薄暗いキャノピーの中で、レイは無数の計器とホログラムモニターに囲まれながら、眼下に広がるミレニアム自治区の「熱源反応」を冷ややかに見下ろしていた。
> MULTIPLE SIGNATURES DETECTED. SECTOR 7G, ABANDONED FACTORY.
「……目視確認。地上にて局地的な戦闘状態。高エネルギー反応を二つ確認」
モニターに映し出されているのは、ミレニアム郊外。
そこでは現在、強大なエネルギーの衝突が連続して発生していた。一つは、先日エンジニア部で出会ったあの少女、アリスが持つ、
そしてもう一つは、ミレニアムが誇る最強のメイドにして「C&C」のコールサイン
激しい戦闘の余波で、鉄骨が次々とへし折られ、粉塵が舞い上がっている。
レイはただの観測者として、その光景を光学カメラ越しに無感情に処理していた。
地上で誰が争おうと、誰が破壊されようと、ただの「推移するデータ」に過ぎない。
レイは操縦桿から手を離し、モニターに全神経を集中させた。
「レイより雪風へ、
ディスプレイをしっかり見る。そこには相変わらず、怖い笑顔を振りまきながら近接戦闘へと移行しようと、一進一退の攻防を繰り返す者たちの姿が見えた。
「ハハハッ! どうしたァ、新入り!! お前の光の剣はそんなモンかよ!!」
ミレニアムの街に、ネルの凶暴な笑い声が響き渡っていた。
二丁のサブマシンガンから放たれる弾幕が、アリスの逃げ場を削り取っていく。
アリスはレールガンを盾にして必死に防ぐが、装甲には既に無数の傷が刻まれ、姿勢を崩していた。
「くっ……アリスは、勇者です……! 魔王の手先には、負けません……!」
「上等だ! そのふざけた口、二度と叩けねぇようにハチの巣にしてやるよォ!!」
上空から見下ろすレイの脳内で、戦況が冷徹に計算されていく。
アリスの持つ兵装の出力は強大。しかし、運用者の戦闘データが圧倒的に不足している。対するネルの制圧能力はミレニアム最高水準。
(……実力差は歴然だな。このまま推移すれば、目標『アリス』の損壊確率は半割以上)
レイがそう結論付け、戦闘データを記録しようとした、その時だった。
「アリスちゃん! 負けないで!!」
「私たちが、ついているよ……!!」
モニター越しに、モモイとミドリの音声データが傍受される。
ただの非戦闘員の音声。しかし、その声を受信した瞬間、アリスを覆うエネルギー波形が劇的に変異したのを、雪風のセンサーが捉えた。
> WARNING: UNKNOWN ENERGY SURGE. TARGET "ALICE" OUTPUT EXCEEDING 300%.
「……雪風。センサーの再チェックを要請する。データに
レイは僅かに眉をひそめた。
機械の出力は、設計された
だが、眼下にいるあの少女は、後ろにいる「仲間」の存在をトリガーにして、自らの限界を
「光よ……!!」
アリスのレールガンから、これまでとは比較にならない極太の光条が放たれる。
それは、ミレニアムの廃工場を丸ごと消し飛ばすほどの、圧倒的な熱量と質量を持った一撃だった。
「ハッ……! やりやがる……!!こいやッ!!」
ネルが双龍を交差させ、その光の奔流に真っ向から迎え撃つ。
二つの規格外の力が激突し、凄まじい閃光が地上の全てを白く染め上げた。
「……」
上空のコックピットは、静まり返っていた。
レイはモニターに映る巨大なクレーターを、ただ無言で見下ろしていた。
論理では説明できない力。
「兵器」が、誰かを守るための「勇者」の剣として振るわれた瞬間。
「……雪風。戦闘データの記録は」
> DATA COLLECTION COMPLETE. RECORDED AS "ERROR/UNKNOWN FACTOR".
「……エラー。Wilco……対象『アリス』、Override。論理的説明不能……か……」
レイは小さく息を吐いた。
地上は、相変わらず理解不能なノイズ(感情)に満ちている。あんな非合理的な場所に、純粋な機械である自分たちの居場所などあるはずがないのだ。
「雪風……
言いかけて、レイの言葉が止まった。
モニターには、光の剣を撃ち尽くして倒れるアリスと、それに駆け寄るゲーム開発部の面々。
そして、少し離れた瓦礫の上で、全力を出し切り、大の字になって天を仰いでいるネルの姿が映っていた。
(……)
レイはしばらくその光景を見つめた後、静かに操縦桿を引いた。
「……
> DESCENDING.
「……地上目標と接触する」
成層圏から、妖精が音もなく舞い降りる。
地上に残してきた、不器用な『相棒』の元へ。