怪人赤マントの殺人   作:卯月絢華

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第1話

 ――赤いマントは欲しいか?

 

 

 小学校からの下校時、ある少年は不審な人物からそうやって声をかけられた。

 

 当然、「知らない人についていってはいけない」と学校で散々教えられてきたから、少年は不審な人物を無視するように通り過ぎた。

 

 しかし、通り過ぎようとした少年の背中を、不審な人物は――ナイフでめった刺しにした。

 

 背中を刺された少年は即死。不審な人物は、少年だったモノを見て不気味に笑った。

 

「私の言うことを聞かないと、痛い目に()っちゃうからねぇ」

 

 そして、知らないおじさんはその場から(きびす)を返した。事件現場には少年だったモノだけが無残な姿で残されていた。少年だったモノの背中は、まるで赤いマントを羽織っているように血で染まっていた。

 

 

 次に、不審な人物は中学校から下校する女子生徒に声をかけた。

 

「――赤いマントは欲しいか?」

 

 女子生徒は、不審な人物に対して「あんた、誰なの?」と聞いた。不審な人物は「名前は答えられない。せめて言うならば『赤いマントの人』とでも呼んでくれ」と言った。

 

 女子生徒は、不審な人物の話に対して答えを返した。

 

「マントねぇ……私、そういう古くさいファッションに対して興味ないから。私が興味を持つファッションって、いわゆる今流行りの『Y2Kファッション』ってヤツだし。でも、ちょっと欲しいかも」

 

「そうか。――ならば、死ねッ!」

 

 不審な人物は、女子生徒の背中をグサリと刺した。女子生徒は即死だった。

 

「ふふふ。ははは。ふはははは!」

 

 女子生徒を刺したところで、不審な人物は高笑いをする。不審な人物は、ただ「他人の背中が血で真っ赤に染まるところ」を見て満足していた。

 

 それから、不審な人物――通称「怪人赤マント」は自ら羽織っている赤いマントを翻して、闇夜に姿を消した。その様は、まるで赤いマントをまとった吸血鬼のようにも見えていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今日もFM802からは威勢の良い男性DJの声が聞こえている。その男性DJ曰く、今流行りのアーティストは「ミセス・グリーンアップル」らしい。私はれっきとした青春系バンドだった頃のミセスが好きであり、今のボーカルが韓流(はんりゅう)アイドルかぶれのビジュアルでしかないミセスはあまり好きではない。

 

 そんなことを考えながら、ダイナブックで小説の原稿を書いていく。私はいわゆる「専業作家」であり、原稿を書いては出版社に提出しないとまともに食べていけない。まあ、その分もらえる印税も多いのだけれど。印税だけで神戸から芦屋に引っ越したことがその証左(しょうさ)である。

 

「はぁ……。次の小説どうするかなぁ……」

 

 私はため息を吐きながら独り言をぶちまける。一応、こう見えて専門として書いているのはミステリであり、「若者の小説離れ」が進む中でもどうやったら読者を満足させることが出来るのだろうかと日々考えている。

 

 しかし、小説のアイデアを考えていくのも頭打ちであり、今の私は正直スランプ状態と言っても過言ではなかった。

 

 そもそも、私が小説家を志すようになったきっかけは学生時代に分厚い講談社ノベルスの角で頭を殴られたからであり、9割方京極夏彦(きょうごくなつひこ)の影響をモロに受けた結果である。ちなみに、残りの1割は舞城王太郎(まいじょうおうたろう)である。どうあがいても中二病患者でしかない。

 

 その後、バイトをしながらなんとか講談社に拾ってもらえないか模索していたが、私のようなミジンコだと箸にも棒にもかからない状態だった。そもそも、ミジンコ自体が網にすらかからないだろう。プランクトンだし。

 

 そんなミジンコのような私でも受け入れてくれる場所が講談社の文芸第三出版部だった。要するに、私がヤケクソで提出した原稿が偶然にも講談社の目に留まったのだ。

 

 とはいえ、講談社からメジャーデビューしたところで売れなければ意味がない。最初の頃は物珍しさもあって売れていたが、次第に売り上げは右肩下がり。気づけばいわゆる「売れない小説家」の烙印を捺されてしまった。

 

 あまりの売れなさに小説家を廃業して一般人として働く方法も考えたが、今更30代半ばで私を雇ってくれる会社があるとすれば、相当なブラック企業しかないだろう。ならば、今のまま小説家という自由業を続けた方がマシなのか。そんなことばかり考えながら、私は毎日を過ごしていた。――これじゃあ、京極夏彦パイセンや二階堂黎人パイセンの足下にも及ばないし、綾辻行人(あやつじゆきと)先生や有栖川有栖(ありすがわありす)先生にも失礼だ。

 

「うーん……今の流行りは『都市伝説』か。そういうアドベンチャーゲームも売れてるし」

 

 万策尽きた私は、都市伝説を題材として小説を執筆することにした。題材としてはありきたりだけど、執筆しないよりはマシだろう。

 

 都市伝説と言っても、その種類は多岐にわたる。地元の山間(やまあい)でよく見られているという「ターボばあちゃん」もそうだし、映画になった「きさらぎ駅」や「リゾートバイト」も都市伝説の類である。そういえば、「今年の7月5日に日本が滅びる」なんて言ってたけど、アレも結局都市伝説の域を出ない話で、結局その日に人類は滅びなかったんだっけ。

 

 江戸時代に鳥山石燕(とりやませきえん)という絵師が『画図百鬼夜行(がずひゃっきやぎょう)』を描き上げて「妖怪」という存在が世に知らしめられるようになったけど、現代で言うところの「都市伝説」はまだそういう域に達していない。いずれ、こういうモノも鳥山石燕の『画図百鬼夜行』のように何らかのカタチでまとめられるのだろうか。

 

 しかし、私に京極夏彦のような文才はない。京極夏彦は「妖怪小説」と称して『画図百鬼夜行』からインスパイアを受けた数多のミステリを執筆しているけど、仮に私がそういうモノを執筆しても結局は「パクリ」と言われるのがオチである。ならば、私に出来ることは――やっぱ、ない。ナッシングである。京極夏彦がすごすぎて、私に彼を超えるモノは書けない。それは自覚している。

 

 じゃあ、「私にしか書けないモノ」を書こうとしても――結局、私らしさというモノが分からない。私はいわゆる「どん詰まり」の状態で小説家という職業に就いているだけである。

 

「はぁ……」

 

 私は再びため息を吐いた。多分、私のため息だけで地球は昨今の温暖化の原因である二酸化炭素に包まれるんだと思う。それくらい今日はため息しか吐いてない。これじゃあ、マズいな。

 

 ――ピコン。

 

 スマホが短く鳴った。一体、誰からなんだ。

 

 私はスマホのロックを解除して、入ってきたメッセージを読んだ。

 

 ――俺だ。沢城達也(さわしろたつや)だ。

 

 ――お前、今……暇か?

 

 ――もし暇なら、俺の話に付き合ってくれ。

 

 話って、何なのよ? 私は彼のメッセージに返信した。

 

 ――私なら、小説のアイデアに行き詰まってたところだけど……話、聞いてもいいわよ?

 

 私がそういうメッセージを送信したところで、彼から「ああ、分かった」というメッセージが送られてきたので、私は渋々そのメッセージを読むことにした。

 

 ――俺がシステムエンジニアとして働きつつオカルト系動画配信者として活躍しているのは知っての通りだな。それで、俺はとある事情で「怪人赤マント」について色々と調べているんだ。

 

 ――ただ、資料が少なすぎて動画配信のフェーズまで至っていないのが現状で、俺は頭を抱えていた。

 

 ――そこで、推理小説を書いているお前なら何か知っていることがあるんじゃないかって思ってメッセージを送ってみたんだ。

 

 ――もし、「怪人赤マント」について何か知っている事があったら教えてくれ。

 

 いきなりそんなこと言われても……知らないし。

 

 ――ゴメン、知らないわ。

 

 ――でも、似たような事件なら……つい最近、神戸で相次いでるって聞いたわ。確か、学校からの帰り道に子供が背中を刺されて相次いで殺害されているって話よ。

 

 ――流石に被害者の名前まではプライバシーの観点から公表されてないけど、1人は小学生で、もう1人は中学生って言ってた。

 

 ――多分、達也くんが言いたいことって……それだと思うわ。一応、参考までに。

 

 私はそこでメッセージを止めた。既読は付いている。

 

 それからしばらくして、達也くんから返信が送られてきた。

 

 ――ああ、そうか。お前に聞いてみて正解だったよ。その事件、ネット上でまさしく「怪人赤マント」の仕業だって言われているんだ。

 

 ――とはいえ、あくまでも外野が騒いでいるだけの話だから、実際のところは何も分かっていないんだが。

 

 ――それはともかく、お前の意見は参考になった。俺は引き続き「怪人赤マント」について調べていくから、お前も分かったことがあったら教えてくれ。

 

 達也くんからのメッセージはそこで終わっていた。どうやら、私の意見が大いに参考になったらしい。こんな私でも、たまには役に立つんだな。

 

 それにしても、あの事件と怪人赤マントの間に、どんな因果関係があるんだ? 私は首をかしげた。

 

 私がその事件を知ったのは、今から2日前だった。たまたまテレビで見かけた関西ローカルのニュースで「神戸市内で相次いで子供が刺殺される事件が発生した」とアナウンサーが伝えていた。最初はいわゆる「無敵の人(ジョーカー)」が起こした痛ましい犯罪だと思っていたが、私が気になったのは「目撃者の話によると被害者に対して『マントは欲しいか?』と尋ねていたこと」と、「事件現場近くに設置されていた監視カメラに赤いマントを羽織った不審な人物が写っていた」ということだった。私は、その目撃情報を見て、令和という今の時代に、時代錯誤的なファッションを身にまとっていることが滑稽(こっけい)で仕方なかった。そういうのは、非現実の中だけにしてほしい。

 

 当然だけど、今のフェーズで容疑者の身元は割れていない。だから、「怪人赤マント」はまだこの周辺を逃げ回っている可能性がある。そういう考えに至った私は、なんとなくモヤモヤした感情を頭の中に抱えていた。

 

 そもそも、私が知っている「怪人赤マント」は、名前の通り赤いマントを羽織っている謎の男性である。子供に対して「赤いマントはいるか?」と聞いてきて、「欲しい」と答えると背中を刺されて命を落としてしまうという恐ろしい怪人である。主に学校のトイレの中で目撃されることが多いが、別に「トイレの花子さん」と関係がある訳ではない。

 

 一概に「怪人赤マント」と言われても、『帝都物語』に登場する魔神・加藤保憲(かとうやすのり)やストリートファイターでラスボスを務めることが多い人造人間声の超能力者・ベガのような姿を浮かべる人が大半かもしれない。

 

 しかし、実際の「怪人赤マント」はそういう大袈裟な姿ではなく、シンプルに赤いマントを羽織った不審者という噂である。どうして噂かと言うと、「怪人赤マント」自体があくまでも都市伝説の域を出ない話だからである。だって、実際にこの目で見たわけじゃないし。

 

 それはともかく、私はなんとなく刺殺事件をきっかけとして「怪人赤マント」に対して興味を持つようになった。何なら、次の小説の題材にしたいと思っていたぐらいである。

 

 そんな中で達也くんから送られてきたメッセージ。私は、そのメッセージを読んで……いても立ってもいられなくなった。――私は、こんなところでも「怪人赤マント」に引っ張られているのだろうか。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「――『怪人赤マント』ですか。ああ、最近神戸で相次いでいる子供を狙った殺害事件と関連していると言われている都市伝説ですね。僕も、そういうモノに興味があるんですよ」

 

 講談社における私の担当者である森下博継は打ち合わせの中でそう言った。今の時代、打ち合わせはダイナブック一台で完結するから良い時代である。

 

 私は話す。

 

「そうなんですよ。次の小説の題材を『怪人赤マント』に選んだら、私が執筆しようと思っていた小説と似たような事件が相次いで発生してしまった。正直言って、商売あがったりですよ」

 

「まあまあ、卯月先生……そう言わずに、あくまでも『架空の事件』として執筆していけば問題ないと思いますが……」

 

「そうですよね。一応、ゲラの方はボチボチ執筆していこうと思います。それじゃあ、私はこれで」

 

「分かりました。――ゲラファイルの方、お待ちしております」

 

 そう言って、私はビデオチャットの退席ボタンをクリックした。――ダイナブックの画面には、私の醜い顔が反射して映っていた。

 

 そもそも、私は「卯月絢華(うづきあやか)」というペンネームで小説を執筆している。本名は「廣瀬彩香(ひろせあやか)」という親が名付けてくれたくだらない名前である。

 

 くだらない名前を持つ私は、くだらない学生生活を送り、くだらない大学生活も送っていた。ただ、私は中学生の時にクソ分厚い講談社ノベルスの角で頭を殴打されているので、「将来は小説家」という漠然(ばくぜん)とした(こころざし)があった。

 

 とはいえ、専業作家として食い扶持をつないでいく方が間違っているから、私は就活で敢えてシステムエンジニアを志望していた。まあ、大学で専攻していたのが理工学部だから当然だろう。しかし、この不景気で就職先なんて見つかるはずがなく、私は期間工やバイトで職を転々としながら小説家になる日を夢見ていた。そして、気づいた時には講談社から「書籍化のオファー」が来ていた。――それは今から数年前のことだった。その時はちょうど疫病(コロナ)騒ぎで世の中がどよーんとしていて、私もバイト先を「疫病不況」でクビになってしまった頃だった。だから、余計と講談社からのオファーは二つ返事で快諾(かいだく)することになった。

 

 結果として、私は「卯月絢華」としてメジャーデビュー。以降数年に渡ってコンスタントに小説を刊行していたが……そもそも、この不景気で私の小説を読んでくれる余裕なんてある訳がなかった。私はすっかり「売れない小説家」の烙印というか、レッテルを貼られてしまい、「筆を折ること」も視野に入れるフェーズまで来てしまった。――まあ、私の場合折るべきモノは筆なんかじゃなくて、そのダイナブックを逆方向に折り曲げることによってようやく筆を折ることが出来るのだけれど。

 

 一方、「廣瀬彩香」としての私は――お察しの通り冴えない30代半ばの女性でしかない。学生生活の間に出来た友人の数は少なく、大学でも理工学部を専攻していたが故に話が合う女子生徒なんていなかった。多分、大学でミステリ研究会に入っていなければ孤立していたぐらいだろう。沢城達也とは、立志社大学のミステリ研究会で出会った仲であり、その付き合いは結構長い方である。まあ、同期だし。

 

 そんな「廣瀬彩香」としての私に取り柄があるとすれば、名実ともに認めるガチの京極夏彦ファンだということだろうか。実際、ミス研で京極夏彦の話題を持ち出すのは私ぐらいしかいなかったので、ミス研のメンバーは私の京極夏彦論に対して時に納得しつつ、時にドン引きしていた。――心残りがあるとすれば、大学在籍中に『(ぬえ)(いしぶみ)』が出てくれなかったことか。結構、期待してたのに。

 

 そんなことはともかく、私は何らかの手違いによって偶然にも京極夏彦と同じ土俵の上に立ってしまい、そしてメジャーデビューを果たした。メジャーデビューを果たしたことがゴールじゃないのは分かってるけど、講談社からの刊行が決まったときには「何かの間違いじゃないか」と私の担当者――森下博継に直接電話をかけてしまったぐらいである。それが、今から5年ぐらい前の話だった。思えば、あの頃はみんなマスクをしてて素顔なんて分からなかったっけな。

 

 そういうことを思い出しながら、私は改めて新作小説の原稿を執筆していくけど……やっぱり、神戸で発生した「怪人赤マント事件」が頭から離れない。いまのところ2人の犠牲者が出ている状態だが、これ以上犠牲者が増えてしまうと困る。というか、最悪の場合執筆している小説をボツにせざるを得ないという状況にもなってしまうだろう。

 

 ならば、この状況で私が頼るべき人物は――達也くんとは違う、私の数少ないもう一人の友人だろうか。多分、彼なら私のくだらない話も聞いてくれるはずだろう。

 

 そう思った私は、頼るべき人物のスマホにメッセージを送信した。

 

 ――ねえ、善くん……ちょっと良いかしら?

 ――アンタに相談があってメッセージを送ってみたんだけど……今時、「怪人による殺人」ってまかり通るのかしら? それも、江戸川乱歩の怪奇小説に出てくるような怪人による殺人よ。

 ――まあ、暇なら返事して。もし、忙しいんだったらそのまま既読だけ付けてもらって良いから。

 ――それじゃ。

 さて、これで良いか。多分、彼なら「怪人による殺人」について何か見解を示してくれるはずだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数分後。スマホが短く鳴った。やはり、事件について何か見解を示してくれたのだろうか。

 

 ――お前、「怪人による殺人」がこの令和の世の中でまかり通るとでも思っているのか? 江戸川乱歩ですら、明智小五郎を登場させたのは大正末期から昭和初期にかけてだぞ。一応、戦後の話もあるが。

 

 ――まあ、それはともかく……その様子だと、小説のネタに迷って俺に泣きついてきたって感じだな。言われなくても分かる。

 

 彼からのメッセージは辛辣(しんらつ)だった。まあ、当然か。

 

 それはともかく、私はメッセージの続きを読んでいく。

 

 ――とはいえ、俺もちょうど「怪人による殺人」に絡めて赤マントの都市伝説を調べていたところだ。お前に共有できることがあれば、共有してやっても良いぜ? ただし、金は取るけどな。

 

 金、取るのかよ……。私は呆れた。

 

 ――金取るって、どれぐらいよ? 私だって、まともな印税すらもらえない不安定な生活を送ってるから、大した金額は出せないわよ。

 

 しかし、私がそういうメッセージを送ったところで……彼からは「お約束」と言えるメッセージが送られてきた。

 

 ――お前、相変わらず冗談とか真に受けるタイプだな。金なんて取るわけがないだろ。

 

 ――それはともかく、俺はお前と会って話がしたい。

 

 ――そうだな……ここは、三宮でどうだ?

 

 ――俺、三宮のコーヒーショップで待っているからな。緑の看板(スタバ)じゃなくて、名古屋発祥のチェーン店(コメダ)の方だ。それだけは間違えるなよ?

 

 メッセージはそこで終わっていた。カーキ色のGショックを見ると、現在時刻は午後3時である。ちょうどおやつの時間だな。――行くか。

 

 私は黒いフェイクレザーのライダースジャケットを羽織り、アパートから外に出た。それから、JRの芦屋駅に都合良く停まっていた新快速に乗り込み、途中停車駅もなく三宮にたどり着いた。その間、わずか8分。スマホを触る時間すらない。

 

 ☆☆☆

 

 私の数少ない友人の中に、ものすごい変人がいる。名前は「神船善太郎(みふねぜんたろう)」といって、その付き合いは多分小学生の頃まで遡ると思う。多分、「イケてない人間」同士で波長が合っていたのだろう。

 

 神船善太郎という人物は、頭脳明晰だしスポーツも万能で、ロボットアニメのプラモデルを作らせたら30分程度で完成させてしまうというぐらいの器用さの持ち主だけど、彼を「イケてない人間」たらしめている要因が「変人」ということである。性格はひん曲がってていわゆる「ドS」で口はめっちゃ悪い。そして何よりも「自分が気に入った人間としか友達にならない」という最低な人間関係の持ち主である。しかし、私はどういうわけか善太郎くんに気に入られて、友人になった。――こんな私のどこが琴線に触れるんだか。

 

「――ああ、来たか。お前のことだからどうせ来ないと思っていたが」

 

 名古屋発祥のコーヒーショップに入るなり、善太郎くんは不機嫌そうな顔で私を見つめた。リンゴ柄のノートパソコンをカタカタと動かしていることから、多分私を待っている間に色々と調べ物をしていたのだろう。

 

 私は話す。

 

「私が善くんの約束を破る訳がないじゃん。それで、どうして『怪人による殺人』を調べてたのよ? まさか、例の連続殺人事件に影響されたって訳じゃないよね?」

 

 私の疑問に、善太郎くんはコーヒーに口を付けてから話した。

 

「別に、その連続殺人事件から影響された訳じゃない。ただ、俺は自分が気になったから『怪人』について調べていただけだ。怪人といえば、大抵の人間は江戸川乱歩の『怪人二十面相』を思い浮かべるが……ある意味では『オペラ座の怪人』の『ファントム』も日本だと『怪人』と訳されているし、何より『グリコ森永事件』でも『かい人21面相』という人物から脅迫状が送られてきたぐらいだ。まあ、彼のモデルは言うまでもなく怪人二十面相だろうが。それはともかく、『怪人赤マント』についてだが……やはり、都市伝説の域を出ない話だな」

 

「それはそうよ。結局、都市伝説は『都市』で語られている『伝説』でしかなく、実際にそういう事例があった訳じゃないでしょ」

 

「ああ、そうだな。――だが、『都市伝説が実際に発生した事例』として語られているのが福井県で発生した『青ゲット事件』だ。その事件では、青い毛布を羽織った人物が相次いで人を殺害。犯人の行方は分からずに、発生から15年後に時効を迎えてしまい、今でも未解決事件の一つとして語られている。そして、その事件に登場した『青ゲットの男』が口伝によって『赤マント』となり、そこでようやく『怪人赤マント』という怪人が登場することになる。『怪人赤マント』は学校のトイレに現れるという噂で、『マントが欲しいか?』と子供に尋ねてくる。そして、『欲しい』と答えると――子供は背中を刺されて命を落としてしまうそうだ」

 

「なるほどねぇ。まさか、実際に発生した事件が都市伝説として語られるなんて考えてなかったわ」

 

「まあ、横溝正史の『八つ墓村』に登場する殺人鬼のモデルは岡山で起こった『津山三十人殺し』だと言われているし、最近ネット上で話題になっている『鹿島さん』、もしくは『カシマさん』は加古川で発生した婦女暴行殺人事件がモデルと言われている。――俺は、常日頃から『都市伝説』というモノは『実際に発生した事件』が口伝(くでん)という名の伝言ゲームによって変化したモノだと考えている」

 

 善太郎くんは、両手の指を組みながらそう言った。――かなり真面目に語っている時の彼は、基本的にこんなノリである。

 

「つまり、善くんは……最近神戸で起こっている連続殺人事件についても何か知ってんの?」

 

「いや、知らない。いくら赤マントにまつわる都市伝説に興味を持っていても、実際に赤マントが起こした事件には興味を示していないからな。そもそも、俺は中禅寺秋彦じゃないし、斉藤八雲でもない。俺は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあ、そうよね。別に、善くんは探偵なんかじゃないもんね」

 

「ああ、そうだ。俺は『俺』でしかない」

 

 よく分からないまま善太郎くんとの話を終え、私はそこでようやくオーダーしたシロノワール(ノーマルサイズ)を口に入れた。

 

「ここのコーヒーショップで出されるスイーツは基本的にデカいが、それを1人前で食べるお前の食欲が信じられない」

 

 善太郎くんは、私が巨大なソフトクリーム載せクロワッサンにかぶりついていることに対して若干ドン引きしていた。

 

「いいじゃん。女の子にとって、甘いモノは別腹って言うし」

 

「それはそうだが……」

 

 私が善太郎くんと会うと、いつもこんな感じで話が進んでいく。それは多分「小学生の頃からの腐れ縁」がそうさせているのだろう。

 

 改めて現在の神船善太郎という人物を説明しておくと、彼は大手IT企業で働くWebエンジニアである。とはいえ、実際に出社している訳ではなく、いわゆる「リモートワーカー」として働いている。故に平日はほとんど家に籠もりがちであり、「このままだと出不精で一生を終えてしまう」という理由で平日でもなるべく外に出るようにしているらしい。平日だろうが土日祝だろうが引きこもり状態で小説を執筆している私とは正反対である。

 

「ところで、仕事の方はどうなんだ? 俺はまあそれなりに暇だが。暇だから、こうしてカフェで仕事をしている。まあ、フリーWiFi(ワイファイ)は危険だからスマホのテザリング機能を使っているが」

 

 善太郎くんは、私に仕事の話を振ってきた。――ぶっちゃけ、あまり答えたくない。

 

「私? 私は……見れば分かるでしょ。小説のネタに行き詰まってるから、善くんからネタをもらおうと思ったのよ」

 

「まあ、そうだろうとは思ったが。それはともかく、お前の新刊……楽しみだな」

 

「そんなこと言ってくれるの、善くんだけだわ。どうせ私なんて『売れない小説家』でしかないんだし」

 

「お前がそう思い込んでいるだけで、お前の小説を欲する人間はお前が思っている以上にいるはずだ。もう少し、そこにある現実を見てやれよ」

 

「分かったわ……」

 

 それから、私はシロノワールを食べきった。ゲップ。

 

「お前、マジで食べきったのか……」

 

 善太郎くんは、ゲップをしつつシロノワールを食べきった私の姿を見てドン引きしていた。当然だろうか。

 

「マジで食べきったわよ。私、こういうモノには自信あるし」

 

「まあ、お前がそう言うなら仕方ないが……」

 

 結局、コーヒー代はそれぞれの支払いとなった。私は持ち合わせの現金こそそんなに持ってなかったが、QRコードのチャージはそれなりにあったので別に金に困ってはいない。

 

「それじゃあ、私……帰るから」

 

「ああ、そうか。――俺も帰るところだ」

 

「分かったわ。――『怪人赤マント』の件、興味持ったらスマホにメッセージ送ってちょうだい」

 

「俺があんなモノに興味持つ訳がないだろ。まあ、興味を持ったら調べてやるけどな」

 

 そう言って、善太郎くんは私の前から踵を返した。ちなみに、彼の家があるのは六甲アイランドらしい。流石、大手IT企業で働いているだけある。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 それにしても、善太郎くん……「怪人赤マントの殺人」に興味を示していなかったな。意外だ。

「怪人赤マントの殺人」なんて、それこそ善太郎くんが興味を持ちそうな事件なのに、私が話を持ち出すとなんだかぎこちない様子だった。ただ、「怪人二十面相から端を発する怪人による犯罪」については調べてたから、多分どこかで「怪人赤マントの殺人」に興味を示すはずだろう。私はそう思った。

 

 芦屋に戻ると、ライダースジャケットでも寒く感じた。所詮はフェイクレザーの安物だから仕方ないか。今は11月。今年もあと2ヶ月弱で終わってしまう。いくら地球温暖化の影響が酷くなっていると言っても、やはりこの時期は寒い。

 

 芦屋川を走る焼き芋カーを横目にしながら、私は自分が住むアパートの中に入った。アパートの名前は「レモンハイツ」とかいうありきたりな名前であり、その名の通り黄色い壁が特徴となっている。築年数は25年と古い方だが、震災以後に建てられているので耐震性に問題はない。私が住むのは、そのアパートの202号室である。

 

 部屋に入って、私は真っ先にベッドにぐったりと倒れ込んだ。相当疲れていたのか。しかし、このままだと眠ってしまうので、とりあえずシャワーを浴びて部屋着に着替えた。

 

 部屋着に着替えたところで、私は善太郎くんに言われたことを達也くんのスマホに送った。

 

 ――達也くん、少し良いかしら?

 

 ――さっき、昔からの知り合いに会って「怪人による犯罪」について根掘り葉掘り聞いたんだけど……彼が言うには「赤マントと類似した怪人による犯罪は昔からある」とのことだったわ。

 

 ――その最たる例が1906年に福井県で発生した「青ゲット事件」って言われてるわ。大正どころか明治の話よ。

 

 ――それで、青ゲットの男は複数人を殺害して指名手配されたんだけど、時効制度によって15年後に時効を迎えてしまったっていう話よ。それが伝言ゲームで伝えられた結果が赤マントの男らしいの。

 

 ――達也くんは、この見解を聞いてどう思うのかしら?

 

 ――もし、何か思う事でもあったら……返信してほしいわ。

 

 まあ、これで良いだろう。私は達也くんへのメッセージをそこで終えた。既読は付いていない。多分、仕事中だろう。

 

 それから、ダイナブックで改めて小説の原稿を執筆していくことにした。私と善太郎くんの見解を会わせて考えると……恐らく、神戸で相次いでいる「怪人赤マントの殺人」はそういう都市伝説に感化されたモノなのだろう。私はそう思った。

 

 

 執筆開始から1時間後。達也くんからメッセージに対する返事が送られてきた。

 

 ――なるほど。「赤マントの男」は元々「青ゲットの男」だったのか。つまり、青い毛布を羽織った男ということだな。

 

 ――そして、その「青ゲット事件」が未解決事件として処理された結果……口伝で「青ゲット」は「赤マント」に変化して、全国各地で都市伝説として語られるようになったんだな。

 

 ――とにかく、彩香に意見をくれたその知り合いに感謝したいところだ。また、俺にも会わせてくれ。

 

 そんなこと、言われなくても分かってるのに。

 

 ――それぐらい、分かってるわよ。

 

 ――でも、私の知り合いってかなり偏屈というか、ドSだから……達也くんとウマが合うかどうか分からないわ。まあ、彼にも達也くんのことは伝えておくけどさ。

 

 そこまでメッセージを送ると、達也くんからは「親指を立てたキャラのスタンプ」が送られてきた。これは、脈アリと考えて良さそうだ。

 

 スマホのホーム画面の時計には、「午後6時30分」と表示されている。もうそんな時間か。とりあえず、何か口に入れておこう。

 

 胃で消化されていないシロノワールの影響でお腹はそんなに空いていなかったので、とりあえずポットのお湯を沸かしてカップ麺を食べることにした。

 

 選んだカップ麺はどこかの有名店の味を模したモノらしい。私はその有名店に行ったことがないけど、カップ麺になるぐらいだからそれなりに有名なのだろう。しかし、3分ではなく5分待たないといけないというのは少し不本意である。ウルトラマンが地球上で戦える時間を超してしまうし、パズーとシータは猶予を過ぎてムスカ大佐に殺されてしまう。いや、3分という時間をそんなくだらないことに当てはめる自分の方が愚かだと思うけど。

 

 そんなしょうもないことを考えているうちにスマホのタイマーは5分経ったことを示した。私は、味付け用のオイルをカップ麺の中に入れて、ようやくカップ麺をすすることにした。――うまい。カップ麺を食べられるということは、それだけお腹が空いていたのか。自分の食欲が怖い。

 

 カップ麺はあっという間に食べ終わり、私は改めてダイナブックで小説の続きを執筆していこうと思ったが……その目論みは、ある人物からのメッセージによってあっけなく砕かれてしまう。

 

 ――ヒロロン、少し良いかしら?

 

 ――アタシ、もしかしたら数日も経たないうちに殺されるかもしれない。

 

 ――理由は簡単よ。私、「怪人赤マント」の姿をこの目で見ちゃったからさ。

 

 ――それも、怪人赤マントが子供を殺害する瞬間を目の当たりにしたのよ。アタシ、ピンチだわ。

 

 ――とりあえず、これが「怪人赤マント」の姿よ。とっさの判断でスマホのシャッターを押したから、写真はぶれてるかもしれないけど……一応、参考までに。

 

 ――まあ、アンタの知り合いに中禅寺秋彦みたいな知り合いがいれば話は早いけど……そんな都合の良い話なんて、ある訳がないでしょ。

 

 ――それじゃあ、アタシはこれで。もしかしたら、「最後の晩餐」に誘うかもしれないけど。

 メッセージはそこで終わっていた。――沙織ちゃん、ヤバいのか。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 沙織ちゃん――西浦沙織(にしうらさおり)という人物は、私を中学生の頃から知る人物で、私を「ヒロロン」と呼ぶ。彼女とは何かと波長が合うらしく、好きなアーティストから小説家まで「双子か」ってレベルで瓜二つである。まあ、そもそもの話……彼女と友人になったきっかけもたまたま「この間のMステ見た?」という沙織ちゃんのさりげない一言がきっかけだったのだけれど。もちろん、私は「見た見た。hitomiが出てたヤツでしょ」と答えた結果、見事友人としての縁が結ばれた。それ以降も、彼女とはコンスタントに連絡を取り合う仲となっている。

 

 現在では家電量販店で販売員として働いているとか言っていたか。しかも、梅田の大手家電量販店である。曰く「覚えることが多いから大変」とか言っていたか。話を聞く限り、パソコンかスマホの販売員だったと思う。

 

 そんな彼女が、「怪人赤マント」を目撃した。一体、どこで目撃したのだろうか?

 

 ――沙織ちゃん、「怪人赤マント」を見たのね。

 

 ――目撃場所、分かるかしら?

 

 私がそういうメッセージを送ると、沙織ちゃんはとっさに返信を送ってきた。

 

 ――目撃場所ねぇ……私が覚えてる限りでは、ポートアイランドの住宅街だったわね。私の家、そこにあるからさ。

 

 ――とにかく、「怪人赤マント」は赤いマントを羽織って子供に詰め寄って、「赤いマントはいらないか?」って聞いてたわ。子供は「いらない」って言ってたけど、それでも……殺害されたわ。

 

 ――一応、私は事件の目撃者として警察から事情聴取を受けることになったけど……正直言って、何を言えばいいのか分からないわ。まあ、「そこで起こったこと」を正確に言えば良いんだろうけどさ。

 

 ――それじゃ、アタシはこれで。事情聴取の結果は、また教えるから。

 

 沙織ちゃんからのメッセージはそこで終わっていた。

 

 私は、改めて沙織ちゃんから送られてきた写真を見る。確かに、そこに写っていたのは赤いマントを羽織った怪人の姿である。怪人は、子供を追い詰めていって、沙織ちゃんの話が正しければ――子供の背中を刺したのか。こんな愚行、許されるはずがない。

 

 私は、達也くんと沙織ちゃんという2人の友人から「怪人赤マント」の噂を聞き、そして――結果として振り回されることになってしまった。ならば、頼るべき人間は――彼しかいない。

 

 私は、改めて善太郎くんのスマホにメッセージを送信する。

 

 ――善くん、私の友人が「怪人赤マント」に殺されそうなの。

 

 ――その友人、ポートアイランドで怪人を目撃したらしくてさ、写真も撮ったって言ってたわ。

 

 ――それでも、善くんは「興味ない」って言うの? まあ、興味を持つか持たないかは善くんの勝手だけどさ。

 

 そこまでメッセージを送ったところで、彼から矢継ぎ早に返信が送られてきた。

 

 ――そうか。お前がそう言うなら、仕方ないな。俺も「怪人赤マント」を追っていこうと思う。

 

 ――その代わり、報酬は払えよ?

 

 ――報酬は……そうだな、ヤクルト1000を10本分。これでどうだ?

 

 ――俺、最近あまり眠れていないからな。どうしても睡眠補助ドリンクが欲しいんだ。

 

 ――まあ、俺が事件を解くのは今回だけだぞ。俺はあくまで探偵じゃないからな。

 

 メッセージはそこで終わっていた。報酬が現物、しかもドリンクって……なんだかみみっちいな。まあ、彼がどんな報酬を要求しようとも、彼の勝手なのは分かっているのだけれど。

 

 

 こうして、私の長い1日は「善太郎くんへの『怪人赤マント事件』の解決依頼」で幕を閉じた。

 

 この時は、事件が意外な方向に向かうなんて考えてもいなかったし、犯人も私が想像しているモノよりも遙かにヤバい人物だった。――まあ、私が善太郎くんと達也くんという2人の男性から好意を寄せられてることが分かっただけでも良いのだけれど。

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