「――これが、神戸近郊で相次いで見つかっている不審者だ。不審者は今までに3人の子供を殺害して、依然逃亡中。兵庫県警捜査一課ではこの不審者を『怪人赤マント』と名付けた」
令和の世の中に「怪人」かよ。馬鹿馬鹿しい。兵庫県警捜査一課の
神戸で「怪人赤マント」による犯行が最初に発生したのは、今から1ヶ月前――令和×年10月中旬のことだった。その時はただ単に「背中を刺されて子供が殺害された事件」として処理していたが、続く2件目の事件によって事態は急変した。
2件目の事件の発生日が10月31日ということで、兵庫県警では過去にハロウィンシーズンに発生した令和史上最悪の殺人未遂事件である「京王線ジョーカー事件」と重ねて考えるようになり、兵庫県警では一刻も早い犯人の逮捕を目標としていた。
しかし、それ以降事件は発生しておらず、兵庫県警では「犯人は未だ神戸という街に隠れているのではないのか」と懸念していた。そんな中、3件目の殺人事件が発生。事件が発生したのは、ポートアイランドの住宅街付近という三宮からも割と近い場所だった。突然発生した第3の事件に対して、兵庫県警捜査一課の警部である
「――天堂君、私の話を真面目に聞きなさい!」
やはり、警部には見透かされている。天堂亮介は上司から叱られて己の無神経さにようやく気づいた。
それから、捜査会議は終了して……天堂亮介は自分のデスクに戻った。
「はぁ……」
「亮ちゃん、ため息なんか吐いても事件は解決しませんよ?」
「仁美さん、そうは言いますけど……やっぱり、この令和の世の中に『怪人』がいること自体がおかしいと思いますよ。江戸川乱歩の小説じゃあるまい」
「江戸川乱歩の小説って、『怪人二十面相』ですよね? 確かに、アレは戦前の話ですもんね」
「そうですよ。怪人なんていわゆる『戦前』に消え失せたようなモノだと僕は考えていますし」
「まあ、亮ちゃんがそう言うなら、そうなんでしょうね。――でも、世の中には『怪人』にまつわる都市伝説もあるんですよ。ほら、六甲山で目撃情報が相次いでいる『ターボばあちゃん』とかそうじゃないですか? 交通安全課の方にも寄せられてますよ? 『ターボばあちゃん』の目撃情報」
しかし、天堂亮介は部下の刑事――
「それ、イノシシの見間違いですよね?」
「もう、亮ちゃんったら頭が固いんだから。ターボばあちゃんがイノシシな訳ありませんよ。ターボばあちゃんはれっきとした『怪人』なんですから」
「まあ、仁美さんがそう言うならそうなんだろうけど……僕はどうしてもモヤモヤするんだ」
「あら、そうなの? まあ、『怪人赤マント』の逮捕……頑張ってちょうだい」
「『頑張れ』って言われても、仁美さんも捜査の担当に入ってますよ? つまり、僕と仁美さんでバディを組むんですよ」
「わ、私が亮ちゃんとバディ!? いやいや、そんな大袈裟な」
宮代仁美はそう言って顔を赤らめた。彼女自身が上司である天堂亮介に対して恋愛感情を抱いているから当然だろうか。別に、警察は内部の人間同士での恋愛を禁じていないが、やはり同じ課の人間が結婚するなんて許されるはずがないと、宮代仁美は思っていた。
それでも、天堂亮介は冷静である。
「まあ、僕は仁美さんとバディを組むことを光栄に思っていますけど。僕が先輩で、仁美さんが後輩。僕たちがそういう関係に当たるのは当然の話ですよ。それはともかく、僕としては一刻も早く『怪人赤マント』を捕まえないと大変なことになる」
「大変なことになるって……つまり、さらなる事件が発生するってことですか?」
「その通りです。捜査会議によると、1人目の被害者は『
「なるほど。――それで、3人目の被害者はどんな人なんでしょうか?」
宮代仁美の質問に対して、天堂亮介は目撃者の情報を持ち出してきた。
「3人目か。名前は『
「ポーアイですか。最近、新興住宅街として人気がありますもんね。医療センターや動物園もあるし」
「そうですね。――それはともかく、3人ともポートアイランドの住民ということで……兵庫県警ではポートアイランドの警備を厳重に行うように頼んでいます。まあ、いずれ仁美さんにもお鉢が回ってくると思いますが……」
「つまり……私が亮ちゃんとポーアイで共同捜査を行うってこと?」
「まあ、そういうことですね。――とりあえず、僕はちょっと昼休憩で抜けさせてもらいます。捜査会議中、飲まず食わずで結構お腹ペコペコですし」
「そうね。昼休み返上で捜査会議でしたし、ちょうど良いと思いますよ?」
宮代仁美からそう言われて、天堂亮介はデスクを後にした。そして、宮代仁美は大きくため息を吐いた。
「はぁ……。私、亮ちゃんの力になっているのかしら……」
宮代仁美にとって、天堂亮介という存在は先輩である。その一方で、宮代仁美は天堂亮介に対して恋愛感情を抱いている。それが良いとか悪いとか関係なく、彼女は天堂亮介という存在を「恋人」として見ている。だからこそ、中々心に秘めたる想いを彼に打ち明けることが出来なかった。
宮代仁美の独り言は続く。
「それにしても、あの目撃者……色々と意味深なことを言ってたわね。名前は西浦沙織だったかしら。とにかく、彼女なら何か知っているかもしれない。ここは、もう一度彼女をウチの署まで呼び出すべきかな」
そう言って、彼女は改めて西浦沙織のスマホに電話を入れた。
「もしもし、私は兵庫県警捜査一課の宮代仁美と申します。西浦沙織さんのお電話で間違いないでしょうか?」
「はい。確かに……私が西浦沙織ですけど、もしかして『怪人赤マント』について警察に何か言い忘れていたことでもありましたか?」
「いや、そうじゃなくて……西浦さんからもっと話を聞きたいと思って電話したんですけど」
「そうですか。――私、シフトがあるんで今から勤務先の梅田に行かないといけないんですよ」
「仕事中でしたか。これは失礼しました。――でも、西浦さんから聞きたい話はまだまだありますので、また気が向いたらウチの署まで来てください。いくら私が警察の人間でも、強制力はありませんから」
「分かりました。それじゃあ、私はこれで失礼します」
西浦沙織がそう言ったところで、通話は終わった。
「――彼女なら、怪人赤マントを捕まえられるかもしれないわね」
宮代仁美は、心の中でそう思いながら「怪人赤マント」に関する捜査資料をまとめていた。
☆☆☆
「ただいま戻りました。――仁美さん、机の上に突っ伏してどうしたんですか?」
天堂亮介が休憩から戻ると、宮代仁美はデスクに突っ伏して眠っていた。
「むにゃ……まだ寝させてくださいよぉ……」
「いや、仁美さん……今、仕事中……」
「……はっ! 私、いつの間に寝ていたんでしょうか?」
「僕が休憩から戻る前からだと思います。――まあ、このデスクには仁美さん以外いませんでしたし、居眠りしてしまうのも無理はありませんが……」
「そ、そうなの……? 何か、すみませんでした」
「別に、僕に謝らなくてもいいんだ。刑事は常に不眠不休の職業だから、たまには休息も必要だと思いますよ?」
そう言って、天堂亮介は宮代仁美をフォローした。彼女は、よだれをティッシュで拭ってから話す。
「ですよね。亮ちゃんがそう言う以上、どこかで休む時間も必要ですよね。――ふぁーあ」
宮代仁美は大きなあくびをしながらそう言った。天堂亮介は、呆れている。
「仁美さん、いくら何でもあくびが大きすぎます」
「ご、ごめんなさいっ! ここ、一応オフィスでしたね」
「まあ、オフィスというか……捜査デスクというか……そんな感じですけどね」
それから、宮代仁美は西浦沙織への電話のことを天堂亮介に話した。
「それはそうと、さっきふと気になることがあったので笹貫海馬が殺害された事件の目撃者である西浦沙織さんのスマホに電話したんですけど……彼女、『今から仕事がある』と言って電話を切ってしまったんです。多分、彼女も色々忙しいんだと思います。確か、梅田の大手家電量販店に勤務しているって言っていましたし」
「なるほど。――しかし、笹貫海馬が殺害されたところを見ている彼女なら……『怪人赤マント』を捕まえる手がかりになるかもしれませんね」
「やっぱり、亮ちゃんもそう思っているんですね。それじゃあ、話は早いです」
「――?」
天堂亮介は、宮代仁美の話に対して首をかしげている。
「亮ちゃん、首をかしげてどうしちゃったんですか?」
「いや、何でもありません。後々分かることだと思います」
「そ、そうですか……」
天堂亮介と宮代仁美の話は、なんだかぎこちないまま終わってしまった。
「それじゃあ、私……ポートアイランドまで聞き込み調査に行ってきますから。亮ちゃん、お留守番の方をよろしく頼みましたよ?」
「分かりました。僕は僕で捜査資料の方をまとめておきますから、仁美さんは安心して聞き込みに行ってきてください」
天堂亮介がそう言ったところで、宮代仁美は捜査一課の部屋から消えていった。
そして、宮代仁美と入れ替わるように警部の白城康弘が部屋に入ってきた。
「白城警部、お疲れ様です」
「ああ、天堂君か。『怪人赤マント』についての捜査は順調か?」
「いえ、全然。今さっき、宮代刑事がポートアイランドまで聞き込み調査に向かったところです」
「そうか。まあ、彼女が聞き込み調査に向かっているなら安心して欲しい。多分、細かいところまで調べてくれるはずだ」
「警部がそう言うなら、僕も宮代刑事のことを信頼したいと思いますが……彼女、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。ここは、彼女を信じてやれ」
「分かりました。――ところで、警部はどうしてウチの部署に?」
天堂亮介の質問に、白城警部は少し深刻そうな顔で答えていく。
「実は、あの捜査会議の後……『私がやりました』と言ってウチの署に被疑者が出頭してきたんだ。しかし、私の目にはその人物が『怪人赤マント』だとは思えないんだ」
「なるほど。出頭してきた被疑者の名前って、分かりますか?」
「ああ、被疑者は『
「分かりました。――僕、八代隆二に会わせてください。彼を取り調べたら、何か分かることがあるかもしれません」
「そうか。――彼は、まだ取調室にいる。もし聞きたいことがあったら、彼から根掘り葉掘り聞き出せば良い」
「それじゃあ、僕……取調室に行ってきます」
「分かった。――よろしく頼んだよ」
白城警部にそう言われて、天堂亮介は取調室へと向かうことにした。――彼の胸の内は、未だにモヤモヤとしていた。
☆☆☆
――取調室へ向かう道というのはいつ通っても気が重い。天堂亮介はそう思いながら八代隆二がいる取調室へと向かった。
取調室の中に入ると、みすぼらしい身なりの男性が身体を震わせて椅子に座っていた。
天堂亮介は、みすぼらしい身なりの男性に対して話しかけた。
「あなたが、『怪人赤マント』こと八代隆二ですか。僕は兵庫県警捜査一課の天堂亮介という者です。僕は警察の人間ですが、あなたに危害を加えるようなことは一切しませんからご安心ください」
みすぼらしい身なりの男性は、天堂亮介の話に対して――怯える姿勢を見せていた。
「ほ、本当ですか……。た、確かに私が『怪人赤マント』こと八代隆二ですが、ほ、本当に危害を加えないでしょうか?」
「もちろんです。私は警察の人間として、あなたを取り調べに来ただけですから」
「わ、分かりました……」
それから、天堂亮介による八代隆二の取り調べが始まった。
「あなたが3人の
「は、はい……。確かに、私は3人の子供の命を奪い、殺害しました……」
「そうですか。――それでは、殺害するにあたって何か話しかけましたか?」
「えっと……子供たちには『赤いマントは欲しいか』と聞きました」
「分かりました。――それでは、子供たちはどのようにして殺害したんでしょうか?」
「そ、その……背中をグサリと刺して殺しました。殺した子供の背中は、赤いマントを羽織ったように赤く染まっていました」
「――そうですか。質問は以上です」
天堂亮介が質問を終えたところで、八代隆二は声を震わせながら話す。
「け、刑事さん……わ、私はこれからどうなってしまうんでしょうか……」
「とりあえず、今はあなたの犯罪が実証されるかどうかです。今の段階だと、『虚偽の証言を残している可能性』も考えられますからね」
「きょ、虚偽の証言ですか……。わ、私は嘘を
八代隆二という男性は嘘を吐いているかもしれない。天堂亮介はその可能性を頭の中で考えた。しかし、「虚偽の証言」が嘘だとしたら意味がない。
天堂亮介は、取調室から戻る途中で自問自答していた。そこにある事実が本当なのか。それとも……嘘を吐いているのか。もはや、彼の頭の中には迷いが生じていた。
捜査一課のデスクに戻ると、宮代仁美も聞き込み調査を終えて戻っていた。
「あら、亮ちゃん。どこに行っていたんですか?」
「被疑者の取り調べです。仁美さんと入れ違いで、白城警部から『私が怪人赤マントだ』と名乗る人物が出頭してきたと聞いたので……」
「なるほど。その被疑者、なんていう名前でしょうか?」
「八代隆二という神戸市西区在住の男性で、身なりはホームレスの様にみすぼらしかったです。何というか、取り調べの最中も目が泳いでいて、常に震えた声で話していました」
「目が泳いでいて、震えた声で話していた……。それって、嘘吐いてるんじゃないんでしょうか?」
「ああ、やっぱり仁美さんもそう思いますよね。僕も、『八代隆二はやっていない』と思っています。もしかしたら、他に真犯人がいる可能性が……」
「ああ、それなら先ほどポートアイランドで聞き込み調査を行って分かったことがありますよ?」
「それ、詳しく教えてください」
「分かりました」
宮代仁美は、天堂亮介に対して聞き込み調査で得られたことを説明した。
「まず、3つの事件で共通して言えることとして、被害者は学校から下校する時に狙われて殺害されたということです。恐らく、犯人は下校時間――つまり、午後4時から5時の間を狙って犯行を重ねたと言えます。次に、遺体の発見場所ですが……山本玲央さんは埠頭公園の近くで、高城阿澄さんは中学校のテニスコートの近くで、そして笹貫海馬は市民公園の茂みの中で殺害されていました。笹貫海馬さんに関しては、西浦沙織さんという目撃者がいます」
「ああ、仁美さんが言っていた女性ですか。――あれから、彼女とは連絡が付いたんでしょうか?」
「いえ、電話はしましたが……『仕事がある』と言って電話を切ってしまいました」
「そうですか。――いっそのこと、直接会ってみてはどうでしょうか? 多分、彼女も『怪人赤マントに命を狙われているかもしれない』という感じで怯えていると思いますし」
「確かに、そうかもしれませんね。そうと決まりましたら、明日にでも直接西浦さんと話をしてみようと思います。多分、女性同士なら話もしやすいでしょうし」
「それじゃあ、後のことは仁美さんにお任せします。僕は、引き続き八代隆二のことを取り調べますから」
「分かりました。――それじゃあ、亮ちゃんは亮ちゃんの仕事をしてちょうだい。私、亮ちゃんのこと応援してるから」
そう言って、宮代仁美は天堂亮介を励ました。天堂亮介は、若干恥ずかしそうな表情を見せながらパソコンを開き、八代隆二の調書をまとめる作業に入った。
☆☆☆
翌日。宮代仁美は西浦沙織が住むマンションへと向かっていた。マンションは、ポートアイランドで言うところの居住区にあった。
「――すみません。西浦沙織さんのお宅でしょうか? 私は兵庫県警捜査一課の宮代仁美という者です。多分、昨日ご連絡の方をさせていただいたと思いますが……」
宮代仁美の話に、西浦沙織は答えていく。
「ああ、あなたが昨日の刑事さんでしたか。昨日はすみませんでした。家電量販店のシフトが入っていて出勤途中だったんですよ」
「そうでしたか。これは失礼しました。――とりあえず、話は中の方でさせていただきます」
そう言って、宮代仁美は西浦沙織の部屋の中へと入っていった。
「――それで、『怪人赤マントから命を狙われている』ということは本当でしょうか?」
宮代仁美は、西浦沙織に率直な質問をぶつけた。当然だけど、彼女はありのままのことを答えていく。
「はい。私……『怪人赤マント』をこの目で見てしまいました。それも、子供を殺害する瞬間を目の当たりにしてしまいましたから、多分次に狙われるのは私なんだと思います」
「なるほど。――『怪人赤マント』を目撃した証拠はありますでしょうか?」
「はい、あります」
そう言って、西浦沙織は宮代仁美に「怪人赤マント」の写真を見せた。
「これが『怪人赤マント』です。とっさの判断で撮った写真ですので画質は良くありませんが、名前の通り赤いマントを羽織って逃げている途中でした。恐らく、私の気配に気づいてしまったんでしょう」
宮代仁美は、西浦沙織のスマホの画面を見つめる。確かに、スマホの画面には「赤いマントを羽織った人物の姿」が表示されている。
スマホの画面を見た上で、宮代仁美は話す。
「西浦さん、私にその写真をいただけないでしょうか? 一応、物的証拠は欲しいですし」
「大丈夫です。――エアドロップ、使えますか?」
「あー、エアドロップは使えないですね……」
「分かりました。それじゃあ、近くのコンビニで印刷しますので……少しだけお待ちください」
そう言って、西浦沙織はコンビニプリントをするために一旦アパートから出て行った。
「プライベートのスマホなら、エアドロップ使えるんだけどなぁ……こればかりは仕方ないか」
宮代仁美は独り言を呟いた。そして、西浦沙織の部屋を見渡す。彼女の部屋は清掃が行き届いていて、常にロボット掃除機が掃除をしている。恐らく、家電量販店のノルマで購入させられたモノだろうと宮代仁美は考えた。
部屋を見渡しているうちに、西浦沙織は戻ってきた。
「刑事さん、これが『怪人赤マント』の写真です。紙での証拠が残せただけ、逆にエアドロップが使えなくて良かったと思います」
そう言って、西浦沙織は宮代仁美に「怪人赤マント」の写真を手渡した。
「ありがとうございます。――それにしても、本当に赤いマントを羽織っているんですね……。一体、どういう目的があってこんなファッションをしているんでしょうか? 今が令和だと考えると時代錯誤にもほどがあります」
「そうですよね。刑事さん、私もそう思います」
西浦沙織がそう言ったところで、宮代仁美は「怪人赤マント」の写真を警察手帳に挟んだ。
「それじゃあ、そろそろ私は失礼します。もし、犯人が見つかったら西浦さんにも連絡しますからね」
そう言って、宮代仁美は西浦沙織のアパートを後にした。
「――これが、『怪人赤マント』の写真ですか。逆にエアドロップじゃなくて印刷物として受け取って正解でしたよ」
天堂亮介は、「怪人赤マント」の写真を見てそう言った。彼の言葉を踏まえた上で、宮代仁美は話す。
「こればかりは、西浦さんに感謝せざるを得ませんよ。彼女も『自分の命が狙われているかもしれない』ということで我々兵庫県警に泣きついてきましたからね」
写真を見て気づいたことがあったのか、天堂亮介は話す。
「しかし、この写真……八代隆二とは似ても似つかぬ姿をしていますね。八代隆二はなんというか、男性にしてはあまりにも華奢というか、栄養が足りていない体格をしていました。でも、この写真に写っている『怪人赤マント』は華奢ではなく、むしろ一般的な大人の体格そのものです」
「つまり、亮ちゃん……『八代隆二はシロ』って言いたいんですか?」
「その通りです。僕が見る限り――八代隆二という被疑者はシロです」
「じゃあ、事件は振り出しに戻ってしまったってことでしょうか……」
「その通りです。ウチの署に出頭してきた八代隆二は、『偽りの怪人赤マント』でしかありません」
天堂亮介がそう言ったところで、宮代仁美はガックシとした表情を浮かべていた。
「はぁ……」
ため息を吐く宮代仁美を、天堂亮介は励ます。
「ため息を吐かなくても、『写真』という物的証拠のおかげで『怪人赤マント』の尻尾は少しだけ掴めました。あとは、この写真を元に犯人を捕まえていくだけです」
「そんなこと言ってくれるの、亮ちゃんだけですよ。――それじゃあ、私、もう少しだけ頑張ってみようと思います。『怪人赤マント』は、意外な場所に潜んでいる可能性もありますし」
宮代仁美がやる気を取り戻した時だった。緊急通報が、捜査一課の元に入ってきた。
「――捜査一課に緊急通報! 神戸市中央区、ポートアイランドで子供の遺体を発見! 遺体は……背中を刺された状態です! 恐らく、『怪人赤マント』による犯行とみられます!」
通報を聞いていたのか、天堂亮介は言う。
「仁美さん、これ……僕たちが行くべきなんでしょうか?」
宮代仁美の答えは、当然のモノである。
「もちろんです。私と亮ちゃんで、事件現場に向かいましょう」
「分かりました」
そう言って、天堂亮介と宮代仁美はパトカーに乗り込み、事件現場であるポートアイランドへと向かった。
――現在時刻、午後4時35分のことだった。
☆☆☆
4人目の遺体が発見された場所はポートアイランドの居住区でも南端の方――理化学研究所の近くだった。少女だったモノは背中を刺されてうつ伏せの状態になっていて、やはり背中は血で赤く染まっていた。
天堂亮介と宮代仁美の姿を確認したのか、刑事の1人が声をかけてきた。
「天堂刑事、宮代刑事、お疲れ様です」
「こちらこそ、お疲れ様です。――それで、被害者の身元は分かるんでしょうか?」
天堂亮介の質問に、刑事が答えていく。
「現場に残されたカバンから、事件の被害者は『
「なるほど。――それで、そこにいる女性が『怪人赤マント』という可能性は考えられるんでしょうか?」
どうやら、天堂亮介は事件現場に居合わせていた女性が気になるらしい。女性は茶髪のショートボブに華奢な体格をしていて、黒いライダースジャケットを羽織っていた。
女性は話す。
「あの……むしろ、私が遺体の第一発見者なんですけど……。それに、私は赤いマントなんて羽織ってません。黒いジャケットなら着ていますが」
「ああ、そうでしたか。これは失礼しました。お名前の方を伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっと……私は『廣瀬彩香』と言います。一応、小説家という自由業に就いていて、理化学研究所というよりはその近くにある動物園で気分転換をしようと思っていたところだったんです」
「なるほど。つまり、廣瀬さんが理化学研究所に着いた時点で少女の遺体はすでにあったと」
「はい。少女――刑事さんたちが言う坂下杏という人物は、私が理化学研究所へ到着した時点ですでに遺体として転がっていたんです」
4人目の遺体の目撃者――廣瀬彩香がそう言ったところで、刑事たちはそこでようやく自らの名前を名乗った。
「そうですか。――ああ、すみません。僕は天堂亮介という者です。兵庫県警捜査一課の刑事で、『怪人赤マント』による連続殺人事件について追っていたところだったんです」
「私は宮代仁美と言います。天堂刑事の部下で、同じく『怪人赤マント』による事件を追っていたんです」
「天堂さんに宮代さんですか。2人とも刑事さんで、少なくとも悪い人ではないみたいですね」
廣瀬彩香の意外な一言に、天堂亮介は冷静なツッコミを入れた。
「僕たちが悪い人な訳ありませんよ。むしろ、僕はそういう『悪い人』を捕まえる仕事に就いていますし」
「それはそうですよね。何か、疑ってすみませんでした。――そうだ、もしかしたらあなたたちなら善くんも受け入れてくれるかもしれないですね」
「善くん? それ、一体誰なんでしょうか?」
宮代仁美の質問に対して、廣瀬彩香は正直に答えた。
「ああ、神船善太郎っていう私の知り合いです。彼も『怪人赤マント』について追っているんですよ」
「なるほど。――それで、神船さんはどこに?」
「仁美さんでしたっけ?」
「はい、そうですけど……」
「善くんなら、そろそろここに来るはず――」
廣瀬彩香が何かを言いかけた時、ライムグリーンのバイクが『アキラ』のワンシーンのように横切って停まった。ライムグリーンということで、車種は恐らくカワサキのニンジャだろう。
そして、ライムグリーンのバイクから、男性が降りていく。彼は黒いフルフェイスのヘルメットを被っていて、その素顔は分からない。
「善くん、来たわね」
廣瀬彩香がそう言ったところで、フルフェイスのヘルメット男はそのヘルメットを脱いだ。男性は、世界的な日本人ヒップホップユニットであるクリーピーナッツのラッパーのようにウェーブのかかった黒髪で、その大柄な体格も相まって逆に一連の事件の犯人じゃないかと天堂亮介は疑いの目を向けた。
大柄な男性は、廣瀬彩香に向かって話す。
「ああ、お前が言うから来てやっただけの話だ。それに、俺は探偵じゃないのに、事件現場に来ただけで探偵扱いするなよ」
「でも、刑事さんがいる以上善くんには探偵役を務めてもらわないと困るのよ」
「お前はそう言うかもしれないが、俺は好きでこの事件を追っている訳じゃない。たまたま『都市伝説における怪人』について調べていた過程で今回の事件に出くわして、お前が事件に巻き込まれただけだろ」
男性――神船善太郎は、廣瀬彩香に向かって辛辣な言葉を並べていた。
そんな辛辣な言葉に対して、彼女は冷静に話す。
「まあ、事件に巻き込まれたのは私の責任だけどさ、刑事さんも駆けつけてきた訳なんだし、善くんももうちょっと刑事さんたちのことをを信頼しても良いんじゃないの?」
「だから、俺は探偵じゃねぇよ。――まあ、そこに刑事がいる以上、俺は探偵役を務めるしかなさそうだが」
「そうね。――刑事さん、神船くんに今までの事件のことを詳しく説明してもらえないでしょうか?」
廣瀬彩香の要求を、2人の刑事はのんだ。
「分かりました。――それじゃあ、あなたたちは『遺体の目撃者』ということで事情をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。私が『坂下杏』という少女の遺体を目撃したことは事実ですし、今更事実は変えられませんからね」
「それじゃあ……廣瀬さん、神船さん、よろしくお願いします」
こうして、天堂亮介と宮代仁美は廣瀬彩香と神船善太郎という2人の協力者の力を借りて「怪人赤マント」の事件を追うことになった。