怪人赤マントの殺人   作:卯月絢華

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第3話

 それにしても、あの刑事さんたち……善太郎くんの顔を見るなり「事件の犯人」だと疑ってたな。確かに、知らない人から見ると彼という存在は犯人顔というか、悪人顔に見えてしまうらしいから仕方ないのだけれど。っていうか、名前が「善太郎」である以上彼が罪を犯すなんてあり得ない。

 

 そんなことはともかく、私は2人の刑事――名前は男性の方が天堂亮介で女性の方が宮代仁美って名乗ってた――と一緒に「怪人赤マント」を追っていくことになった。もちろん、善太郎くんも渋々文句を言いつつ刑事さんたちに協力した。

 

 それから、2人の刑事の上司――白城警部も合流して、私は遺体の発見状況を詳しく説明した。

 

「私、理化学研究所の近くにある動物園に行こうとしたんですよ。そうしたら、女性……というか、少女がうつ伏せの状態で倒れてたんです。私、裸眼だと視力があまり良くないから、少女がどういう状況になっているか近寄ってみないと分からなかったんです。それで、少女に近寄ったら……ナイフで背中を刺されて殺害されていたんです」

 

「なるほど。――ところで、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 白城警部にそう言われたので、私は自分の名前を名乗った。ついでに善太郎くんのことも説明しておいた。

 

「私は廣瀬彩香と言います。ちなみに、私の隣にいる男性は神船善太郎と言います」

 

 名前を名乗ったところで、刑事さんも白城警部も納得した表情を見せていた。――白城警部は話す。

 

「つまり、廣瀬さんが目撃した時点で少女はすでに事切れていたと」

 

「そうですね。まあ、遺体にナイフが突き刺さっているのは考えてもいませんでしたが……」

 

 それはそうだ。普通、誰かが道ばたに倒れてたら病気か脱水症状を疑うはずだ。それに、私は眼鏡を掛けないとまともにモノが見えないから、倒れている少女の背中にナイフが突き刺さってるなんて思いもしない。でも、少女だったモノ――刑事さんによると名前は坂下杏と言っていた――には、確かにナイフが突き刺さっていた。しかも、背中は血で染まっている。私はその時点でこの遺体を「怪人赤マントの仕業」だと判断したが、やはり事件現場から「怪人赤マント」は逃げ去った後だった。

 

 私は話す。

 

「それはそうと、この事件を『怪人赤マントの仕業』だと想定したら、4人目の被害者が出てしまったことになります。まあ、当然のように私が遺体を発見した時点で『怪人赤マント』はすでに事件現場から逃げ去っていましたが……」

 

 私の話に、天堂刑事が納得する。

 

「確かに、坂下さんの遺体は『怪人赤マント』が起こしたと見られる3つの事件と同様に背中を刺されて亡くなっていますね。この時点で、『4人とも同一犯による殺人』だと断定できます。――そういえば、あなたの友人である西浦沙織さんから『怪人赤マント』の証拠写真をもらっていましたね」

 

 沙織ちゃんが、刑事さんと会っていた? 私は、刑事さんに詳しい話を聞くことにした。

 

「刑事さん、沙織ちゃんと会っていたんですか?」

 

 私の質問に答えたのは、宮代刑事の方だった。

 

「はい。3人目の被害者が出た際に、私は事件の目撃者である西浦さんに聞き込み調査を行いました。その結果、私は『怪人赤マント』と思しき人物の写真を彼女から受け取りました」

 

 そう言って、宮代刑事は私になぜかコンビニのコピー機で印刷されていた「怪人赤マント」の写真を見せてきた。――あれ、この写真って……。

 

「ああ、その写真なら私の元にも送られてきました。沙織ちゃん、『怪人赤マントを目撃したから次は自分が命を狙われる番だ』と怯えてましたが……結果として、4人目の被害者は沙織ちゃんではなく中学生でしたね。これが彼女にとって運が良かったかどうかはともかく、彼女が『怪人赤マント』から命を狙われていることは事実です。だから、私は沙織ちゃんを守るためにもこの事件を追っているんです」

 

 私がそう話したところで、宮代刑事は私に当たり前のことを言った。

 

「廣瀬さん、そうは言いますけど……これは立派な連続殺人事件です。だから、あなたのような一般人が出る幕ではないんですよ。それは分かっていますでしょうか?」

 

「はい、もちろん分かっています。――でも、私にとって沙織ちゃんは親友だから、なんとしても事件を解決したいんです。刑事さん、お願いします」

 

 私は、そう言って宮代刑事に頭を下げた。

 

 私が頭を下げたのを見たのか、善太郎くんは私を指さしながら話す。

 

「確かに、頭を下げているそこの女の言う通りだ。俺もそう思うぜ? だから、俺たちも協力者として事件の解決に一役買ってくれ。この通りだ」

 

 善太郎くんが頭を下げたところで、警察関係者は――折れた。

 

「仕方ないですね。――まあ、廣瀬さんが遺体を発見したことは事実ですし、僕たち警察の人間も協力できる範囲であなたたちをサポートしていきたいと思います」

 

 天堂刑事の言葉に対する私の返事は、言うまでもない。

 

「ありがとうございます! それじゃあ、私……沙織ちゃんを呼んできます。彼女、今日は仕事休みって言ってましたし」

 

「そうなんですね。それじゃあ、西浦さんへの連絡は廣瀬さんにお任せしましたよ?」

 

 宮代刑事にそう言われて、私は沙織ちゃんのスマホにメッセージを送信した。

 

 ――沙織ちゃん、確か……今日、仕事休みだったわね?

 

 ――実は、私も「怪人赤マントの仕業」と思しき遺体を目撃しちゃってさ、今……警察の人が来てんのよ。

 

 ――それで、沙織ちゃんには事件現場まで来て欲しいって訳。

 

 ――事件現場は理化学研究所……っていうか、動物園の駐車場付近だから、沙織ちゃんの家からそう遠くはないはずだわ。

 

 ――それじゃ、私は事件現場で待ってるから。

 

 とりあえず、これでいいか。後は、彼女が来るのを待つだけだ。既読、付いてるし。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数分後。白い日産サクラが事件現場に停まった。そして、車の中から黒髪ショートの女性が降りてきた。

 

 黒髪ショートの女性は私の姿を見るなり言った。

 

「ヒロロン、遺体見ちゃったってマジなの?」

 

 もちろんだ。――私は話す。

 

「そうなのよ。私も、『怪人赤マントの仕業』と思しき刺殺体を見ちゃってね。それで、『怪人赤マント』を目撃した沙織ちゃんに来てもらったって訳」

 

「なるほど。――ああ、刑事さんも来ていたのね。宮代さんは知っていますが、そこのお兄さんとオッサン? は初対面だわね」

 

 天堂刑事を「お兄さん」と呼ぶのは分かるけど、白城警部を「オッサン」呼ばわりするのはどうかと思う。――白城警部は話す。

 

「君が西浦沙織さんか。それはともかく、私を『オッサン』呼ばわりするにはまだ早い。私は42歳だからね」

 

「アタシから見て、オッサンじゃん……」

 

 当たり前の話だけど、私も沙織ちゃんも善太郎くんも達也くんも33歳である。つまり、30代半ばと言えば良いのか。白城警部が本当に42歳だとしても、彼を「オッサン」と呼ぶにはまだ早い。

 

 私は、沙織ちゃんの無礼な発言を白城警部に謝罪した。

 

「白城警部、ウチの友人がすみませんでした……。多分、怒ってますよね?」

 

 彼は、笑いながら沙織ちゃんの無礼な発言を受け流していた。

 

「別に良いんだ。40代というのは、もう若くないからね。その証拠に、髪には白髪(しらが)が混じっているし、体力も天堂君や宮代君に比べたら劣る方だ」

 

 それから、白城警部は話を続けた。

 

「まあ、それはともかく……沙織さん、『怪人赤マント』発見時の様子を詳しく説明してくれないか?」

 

 沙織ちゃんは、白城警部の話に答えた。

 

「はい。――3人目の被害者って、『笹貫海馬』っていう小学生の男の子なんですけど、彼は市民公園の茂みで不審者に詰め寄られていました。最初は不良によるカツアゲだと思っていたんですけど、会話を聞いていると金銭を要求する気配はない。でも、不審者は逆に『赤いマントは欲しいか?』と彼に聞いてきたんです。そうしたら、彼は素直に『欲しい!』と答えて……その結果、背中をナイフのようなモノで刺されて命を落としてしまいました」

 

 沙織ちゃんが目撃した痛ましい事件を刑事さんに説明したところで、善太郎くんは話す。

 

「なるほど。お前の友人は、小学生に対して『赤いマントは欲しいか?』と質問するところを見ていたんだな。普通、『知らない人の声かけには答えるな』って言うが、どうしてその少年は約束を守らなかったんだ?」

 

 私は、善太郎くんのそういう話に対して、色々と思う事があった。

 

「多分、海馬くんの目には『怪人赤マント』が知ってる人に見えたんだと思う。例えば、海馬くんのクラスの担任とか……」

 

 私の発言を、善太郎くんは否定していく。

 

「そんな都合の良い話なんてある訳がないだろ。仮に『怪人赤マント』の正体が笹貫海馬のクラスの担任だったら、俺はこの事件を追うことを辞める。事件の筋書きとしてつまらないモノだからな。お前も『子供殺しの犯人が担任の先生』とかいうしょうもない小説を書いたとして、どうせ担当者からボツを喰らうのがオチだろ? 俺が講談社におけるお前の担当者なら速攻でボツにするレベルだ」

 

 図星。善太郎くんの正論に対して、私は言葉が出なかった。

 

「…………」

 

 気まずーい雰囲気を、宮代刑事がなだめていく。

 

「まあまあ、そんなギスギスしなくても……ケンカしたところで、事件は解決しませんよ」

 

 彼女がそう言ったところで、善太郎くんは謝罪した。

 

「ああ、すまなかった。俺も、少々気が立っていたようだな」

 

「別に、神船さんが謝らなくても良いんですよ。でも、事件現場でギスギスしても何も変わらないじゃないですか。もっと冷静になりましょうよ」

 

 それはそうだな。私は、宮代刑事に言われて気づいた。――改めて、話す。

 

「善くん……いや、神船さんの口が悪いのはいつものことなので、私は彼の話に対して常に冷静なんですよ。だから、気にしないでください」

 

 私がそう話したところで、刑事さんたちは呆れていた。

 

「そ、そうですか……」

「そ、そうなのね……」

 

 呆れる刑事さんを横目に、白城警部は咳払いをした。

 

「――コホン。とにかく、現時点で『怪人赤マント』の正体は被害者たちをよく知る人物だと仮定した。天堂君、宮代君、4人の被害者について共通項がないか調べてくれないか?」

 

 もちろん、刑事さんたちの答えは分かっていた。

 

「分かりました。僕は山本玲央くんと高城阿澄さんについて調べます」

 

「じゃあ、私は笹貫海馬くんと坂下杏さんについて調べようと思います。それで、4人に何かしらの共通点が見つかったら……多分、『怪人赤マント』の尻尾は掴めると思いますし」

 

「それじゃあ、よろしく頼んだよ」

 

 そう言って、警察の人間は去って行った。――事件現場には、私と善太郎くん、そして沙織ちゃんだけが残された。

 

 沙織ちゃんは疲れた様子で話す。

 

「はあ、疲れたわ……。まさか、ヒロロンに呼び出されるなんて思ってなかったし」

 

「沙織ちゃん、ゴメン。多分、沙織ちゃんならあの遺体について何か思う事があるんじゃないかって思ったからさ」

 

「そうね。ああいう刺殺体を見てしまった以上、アタシに助けを求めるのは必然的よね」

 

 沙織ちゃんがそう言ったところで、善太郎くんも話す。

 

「彼女が、お前が常日頃から言う知り合いの『西浦沙織』か。俺はお前と初対面だからな、詳しいことはまだ聞いていない」

 

「あら、そうなの? ヒロロンが『善くん』って呼ぶぐらいだから……アンタのこと、『善逸さん』だと思ってたけど」

 

 沙織ちゃんの話というか……ボケに対して、善太郎くんは呆れた表情を見せた。

 

「俺はそんな『雷の力で鬼の首を斬る剣士』のような名前じゃねぇよ。俺は神船善太郎という立派な名前の持ち主だ」

 

「神船善太郎ねぇ……。アンタ、中々かっこいい名前じゃないの。っていうか、『善太郎』って言われるとアレを思い出すのよね、アレ」

 

 沙織ちゃんが言う「アレ」に対して、私は思い当たる節が色んなところにあった。私の一番の推しアーティストであるhitomiのアレンジャーというか、デビュー時のプロデューサーだった小室哲哉から鞍替えした時のプロデューサーが「渡辺善太郎」っていう名前だったからである。まあ、若くしてこの世を去っちゃったんだけど。彼がこの世から去ってしまって随分経つけど、改めてhitomiにとって惜しい人を亡くした私は考えている。――そんなこと、今はどうでも良い。

 

「まあ、ともかく……善くんは悪い人じゃないから、沙織ちゃんにとって力になってくれるはずよ? まあ、口は悪いけどさ」

 

 そう言っている端から、善太郎くんはその悪い口を沙織ちゃんにぶちまけた。

 

「ああ、口が悪くて悪かったな。でも、俺はこれが普通だと思っているし、今更矯正する気はない。だから……諦めろ」

 

「ふーん、そうなんだ。――でも、アタシは善太郎さんのそういうところ、嫌いじゃないわよ? 人間、少しぐらい性格が悪くても才能が良ければ見逃してもらえるって言うしさ」

 

「才能か。俺に才能なんてあるのだろうか……」

 

 沙織ちゃんに言われて、善太郎くんはどういう訳かへこんだ表情を見せていた。――へこんだ表情の彼を横目に、私は話す。

 

「善くん、こんな私よりもよっぽど頭良いし、スポーツ万能だし、手先も器用だし、才能の塊だと思うけどなぁ」

 

「そうか。まあ、彩香がそう思うならそうだろうな。――俺はこれで帰るぞ」

 

 そう言って、善太郎くんはライムグリーンのバイクにまたがった。

 

「分かったわ。事件について何か分かったことがあったら、善くんのスマホにメッセージ入れておくから」

 

「ああ、分かった」

 

 そう言って、善太郎がまたがったバイクはその場から去った。

 

「それじゃあ、アタシもそろそろ帰るわ。――ヒロロンも、帰った方が良いと思うわ」

 

 沙織ちゃんにそう言われた以上、仕方ない。――私は話す。

 

「そうね。――沙織ちゃん、多分私も刑事さんから事情聴取を受けると思うけど、私は私で思ったことを刑事さんに言っていくつもりよ? 多分、沙織ちゃんもそうしてただろうし」

 

「ヒロロン、分かるじゃないの。その通りよ。刑事さんには、ありのままのことを話せば良いのよ」

 

「ありがとう。――それじゃあ、私も帰らせてもらうわ」

 

 そう言って、私は「計算科学センター」とかいう動物園の最寄り駅にしては大袈裟な名前の駅から無人運転のモノレールに乗り込み、ポートアイランドから神戸側へと戻った。――結局、動物園には行けずじまいだったな。マヌルネコ見たかったのに。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その日の夜。私はスマホで達也くんと話していた。私はいわゆる「ガラケー世代」だから、こうやってスマホでビデオチャットという名のテレビ電話ができること自体が未だに不思議で仕方ない。しかも、通話料は無料(タダ)である。すごい時代だ。

 

「――なるほど。お前はポートアイランドで『怪人赤マント』が起こした殺人と思しき事件の遺体を目の当たりにしたのか」

 

 達也くんがそう言ったところで、私が言うことは分かっていた。

 

「そうなのよ。たまたま動物園に行こうと思ってポートアイランドまで向かったら、動物園の駐車場で女の子が倒れてて、声をかけようと思ったら……その女の子、背中をナイフのようなモノで刺されて亡くなってた。仮に『怪人赤マント』の仕業だとしても、残虐極まりないわ」

 

「そうだな。俺も動画配信サイトで新しい動画をアップしたが、動画のコメント欄には『最近神戸で起こってる連続殺人事件は怪人赤マントの仕業なんじゃないか』という旨のコメントで溢れかえっているところだからな」

 

「新しい動画って、『衝撃! 怪人赤マントは実在した!』とかいうヤツよね? 私もその動画は見させてもらったけど、私が前に言ったことが参考になってるみたいね」

 

「ああ、『怪人赤マントは元々青い毛布を羽織った男だった』という説だな。もちろん、今回動画を配信するにあたって大いに参考にさせてもらった」

 

「それはどうも。――まあ、善くんの受け売りなんだけどさ」

 

「『善くん』って、お前の腐れ縁のアイツか。俺とお前はあくまでも大学のミス研での縁だが、その『善くん』とかいう人物は……どれくらいの付き合いなんだ?」

 

「どれくらいって言われても……小学生の頃からの腐れ縁って言っちゃえばそれまでだけど」

 

「そうか。――また、俺も『善くん』とやらに会ってみたいな」

 

「まあ、いつかは会えるはずよ。今はまだ、その時じゃないだけで」

 

 私が達也くんに善太郎くんのことを説明するときは、なんだか歯切れが悪くなるというか、話がぎこちなくなってしまう。仮に私が達也くんに善太郎くんのことを素直に言ってしまえば、達也君は善太郎くんに対して嫉妬しちゃうかもしれないから。

 

 そんなことを心の奥底で考えつつ、私は話す。

 

「ところで、達也くん……今度、直接会える日は来るのかしら? 仕事が忙しいのは分かるけどさ」

 

「そうだな……今日って、何曜日だっけ?」

 

「火曜日だけど、それがどうしたの?」

 

「実は、明日……訳あって有給休暇を取得したんだ。だから、お前と会うには好都合なんじゃないかって考えただけだ。俺が直接芦屋に向かうか、お前が尼崎まで来てもらうか……どっちが良い?」

 

 私は熟考の末、達也くんに結論を出した。

 

「そうね……せっかくだし、尼崎まで行こうかしら? どうせ、キューズモールでしょ?」

 

「ビンゴだ。お前が芦屋に住んでいる以上、俺としては芦屋から新快速一本で行けるキューズモールがデート場所として最適だと思っているからな」

 

「分かった。じゃあ……明日、キューズモールのデッキで待ってるから」

 

 私は、そう言って達也くんとの会話を終えた。通話時間は30分弱だったが、通話料は無料だった。

 

 そもそもの話、沢城達也という人物は尼崎に住んでいる。尼崎の大手電機メーカーでシステムエンジニアとして働いているから当然だろう。尼崎自体が「兵庫県の中でもべらぼうに治安が悪い場所」として知られているが、彼自身は塚口の高級マンションに住んでいるらしい。なぜ「らしい」かというと、私は彼の自宅に行ったことがないからだ。こういう仕事をしていたら、彼の自宅に向かう機会もない。

 

 そんなことはともかく、私は達也くんから突然デートの予定を取り付けられてしまった。っていうか、これがデートなのかどうかも怪しい。まあ、キューズモールには映画館も併設されてるけど。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 翌日。私は達也くんに言われた通りキューズモールのデッキ前で待ち合わせをしていた。

 

「達也くん、そろそろ来るはずなんだけどな……」

 

 心の中でそんな独り言を呟いていると、茶色いジャケットを羽織った男性が私に声をかけてきた。男性は下ろした髪に、全盛期の頃のチバユウスケのような見た目をしている。あの、1998年のフジロックで観客の将棋倒しのせいで一時演奏が中断した時のミッシェルガンエレファントと言えば分かるだろう。あの時のチバさん、かっこよかったけど。

 

「俺だ。沢城達也だ。待たせてすまなかった」

 

「別に良いのよ? どうせ塚口からキューズモールに向かう過程で人身事故に巻き込まれたんじゃないかって思ってたから」

 

「ああ、その通りだ。宝塚線は人身事故が頻発しているからな。たった一駅で、30分近くかかってしまった」

 

「そうだったのね。私ですら、芦屋から尼崎まで10分もかかってないのに」

 

「それはそうだろう。芦屋から尼崎は、お前が思っている以上に近いからな」

 

「ところで、達也くんはどうして今日という日に有休を取得したのよ? 何か、見たい映画でもあったの?」

 

「いや、見たい映画はない。ただ、お前の顔は見たかったが」

「それでわざわざ有休を取得したって訳?」

 

「正解だ。――とりあえず、フードコートに向かうぞ。話はそこでする」

 

 達也くんにそう言われて、私はキューズモールのフードコートへと向かった。――何がしたいんだ。

 

 

「――そうだ。俺も『怪人赤マント』について思う事があったんだ」

 

 達也くんは、ラーメンをすすりながらそう言った。ちなみに、私はカレーライスを注文した。

 

「確かに、昨日見た動画でも意味深なことを言ってたわね。『神戸で発生している事件も怪人赤マントの仕業なんじゃないか』とかそんな感じ」

 

「その通りだ。俺のところにもコメント欄で『事件を解決してくれ』という依頼が寄せられているからな。俺、探偵なんかじゃないのに」

 

「探偵ねぇ……」

 

「お前、探偵の知り合いでもいるのか?」

 

 達也くんにそう言われたけど、彼に善太郎くんのことを悟られては困る。――私は慌ててごまかした。

 

「いや、何でもないわ。ただ、刑事さんとは知り合いになったけどさ」

 

「刑事? ああ、そういえばお前も『怪人赤マントの仕業と見られる刺殺体を見た』って言ってたな。もしかして、その過程で刑事と知り合いになったのか」

 

「うん。刑事さんは『天堂亮介』と『宮代仁美』っていう2人の刑事さんだったわね。それで、警部は『白城康弘』って名乗ってた。警察関係者だけあって、3人ともいい感じの人だったけどさ」

 

「そうか。それは良かったな」

 

「だからさ、達也くんが思ってる以上にこの事件は早く解決するんじゃないかって私は思ってるのよ」

 

「それはそうだろう。警察が動いている以上、俺たち一般人の出る幕なんてないからな」

 

「確かに、達也くんの言う通りね。私たちは一般人だから、事件の解決に関与する方が間違ってるわ。――もしかして、達也くん……事件に関して何か証拠でも持ってんの?」

 

 しかし、そんな都合の良い話なんてない。達也くんは私の質問に対して否定の答えを出した。

 

「そんなモノを持っている訳がないだろ。いくら俺が動画配信者でも、汚い裏ルートは使わない」

 

「そうよね。――なんか、ゴメン」

 

 私が謝ったところで、達也くんは「別に良いんだ」と言っていた。彼は真面目である。

 

 それから、達也くんとは他愛ない話をしていた。多分、「今年もビクトリア神戸は強かった」とかそんな話だったと思う。――私、ビクトリア神戸じゃなくて川崎フロンアーレのサポなんだけど。

 

 他愛ない話を終えたところで、私と達也くんはキューズモールの最上階に向かった。最上階といえば、映画館がある場所だが……目的は、そこではなく映画館の隣にあるゲームセンターだった。

 

「せっかくだ。1000円程度なら何か取ってやる」

 

 そう言って、達也くんは両替機に北里柴三郎を突っ込んだ。北里柴三郎は10枚の100円玉に分解された。

 

 私は、達也くんに「青い毛虫のようなパペットのぬいぐるみを取って欲しい」とお願いした。ちなみに、お台場のテレビ局で朝にアニメとして放送されていて、同じぐらいぬいぐるみとしても人気がある「なんかちいさくてかわいいヤツ」にはあまり興味がない。

 

「分かった。この青い毛虫のキャラを取れば良いんだな。まるでセサミストリートのクッキーモンスターだが、体格的にはエルモの方が近いか」

 

 そんなことを言いながら、達也くんはクレーンゲームのアームを動かしていく。当然だけど、ゲームセンター側も簡単に取れる設定にはしていない。

 

「クソッ」

 

「またかよ……」

 

「ああ、ダメだ」

 

「そっちじゃない」

 

「惜しい」

 

「いや、なんでそっちの方向に行くんだよ」

 

「お前は『犬神家の一族』のスケキヨかよ」

 

「ああ、また逆方向だ……」

 

「いや、これはイケるかもしれない」

 

 達也くんがそんなことを9連発して……残るゲーム数は1回となってしまった。これで取れなければ、もう諦めるしかない。

 

「達也くん、頼んだわよ……」

 

 私は祈りながら、達也くんが「青い毛虫のようなパペットのぬいぐるみ」を取る様子を見守っていた。

 

「――プライズを、ゲットしましたー!」

 

 クレーンゲームが虹色に光っている。これは、いったか。

 

 そんなことを考えていると、達也くんが私の方へ振り向いた。

 

「――取れたぞ、青い毛虫のキャラ」

 

 確かに、達也くんの手には「青い毛虫のようなパペットのキャラ」が握られていた。そして、私にそれを差し出してきた。

 

「ありがとう。まさかホントに取っちゃうなんて思ってもいなかったわ」

 

 私がそう言うと、達也くんはドヤ顔をしながら話した。――若干顔がムカつくけど、ドヤ顔なら仕方がない。

 

「俺、意外とこういうモノが得意だからな。なんとか1000円ギリギリで取ってやった。仮に何かあった時は、このぬいぐるみを『俺代わり』だと思って大事にしてやれ」

 

 もちろんだ。私は「青い毛虫のようなパペットのキャラ」を抱きしめた。

 

 

 結局のところ、デートにも満たないデートまがいのことはあっという間にお開きになった。Gショックを見ると午後5時30分だったから当然だろうか。

 

「今日は楽しかったわ。また、私の方からコンスタントに尼崎へ向かおうかしら」

 

「そうだな。こうやってお前と直接会うことで、事件について分かったこともあったしな」

 

「事件って、『怪人赤マント』のこと?」

 

「ああ、そうだ。お前が事件の目撃者で助かった。なんというか、『怪我の功名』というヤツだろうか」

 

「そうね。――達也くん、仮に私が『怪人赤マント』から命を狙われたら……助けてくれるの?」

 

「それはどうだろうか……。でも、俺は仕事柄お前がピンチの時に駆けつけることが出来ないからな。俺は『正義のヒーロー』なんてモノじゃないし」

 

「そっか。――それじゃあ、私はこれで」

 

 そう言って、私は達也くんの前から踵を返した。もちろん、私の手には彼が1000円で取ってくれた「青い毛虫のようなパペットのキャラ」が握られていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 アパートに戻ると、スマホに不在着信が入っていたことに気づいた。――よく見ると、兵庫県警からの電話だった。

 

 私は、恐る恐る不在着信から電話をかけ直す。

 

「――もしもし、兵庫県警でしょうか? 先ほどは着信に気づかずすみませんでした」

 

 電話に出てくれたのは、宮代刑事だった。

 

「ああ、彩香さんですか。多分、外出中だろうと思ってかけ直すのを待っていたんです。――それで、明日……事情聴取に来てもらえないでしょうか?」

 

 やはり、電話は事情聴取のことだった。私の答えは分かっている。

 

「はい。私はいつでも事情聴取できますが……何時頃でしょうか?」

 

「事情聴取は早ければ早いほうが良いので、午前10時ぐらいでどうでしょうか?」

 

「そうですか、分かりました。それじゃあ、明日の10時……そちらへ向かわせてもらいます」

 

「分かりました。それでは、お待ちしております」

 

 そういう訳で、私は宮代刑事から事件に関する事情聴取を受けることになった。まあ、いつかは受けないといけないモノだし、こればかりは仕方ないだろう。私はそう思っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 翌日。私は兵庫県警本部にいた。もちろん、「怪人赤マント」に関する事情聴取である。

 

 取調室には、黒髪ショートの女性がいる。間違いなく、彼女が宮代刑事である。

 

 刑事さんは話す。

 

「それでは、これから事情聴取のほうを行いたいと思いますので、よろしくお願いいたします」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

「改めてになりますが、遺体発見時の状況を詳しく教えてください」

 

 そう言われた以上、私は素直に坂下杏の遺体が発見された時の状況を話す。

 

「遺体は、動物園の駐車場に遺棄されていました。最初は病気か脱水症状で倒れているものだと思っていたので、私は女の子が倒れている方に近寄ったんです。そうしたら……背中にナイフが刺さっていて、血で真っ赤に染まっていましたね。刑事さんの話が正しければ、彼女は中学生ですので、恐らく制服を着ていたと思われます。そして、犯人は上着を脱がしてブラウスの状態にしたんでしょう」

 

「なるほど……。確かに、11月中旬という時期にブラウスだと、少々寒いですもんね」

 

「だからこそ、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えているんです。まあ、一般人の考えですので、あまりアテにしないほうが良いですが」

 

「いい線行っていますね。――実は、亮ちゃん……いや、天堂刑事が被害者について調べていると、ある共通点が見つかったんです」

 

「共通点? それって、何でしょうか?」

 

「被害者は、4人とも『同じ学童保育』に通っていたんです」

 

「学童保育? ああ、放課後に共働きの両親がいる家庭が子供を預けるために開かれている保育園のようなモノですね。――まさか、犯人はそこの学童保育の関係者だと言いたいんでしょうか?」

 

「いえ、私もまだそこまで考えてません。今、天堂刑事が聞き込み調査を行っていますが……」

 

「つまり、天堂刑事が戻らない限り詳しいことは分からないと」

 

「そういうことになりますね……」

 

 宮代刑事の話が正しければ、「怪人赤マント」は多分、学童保育の関係者なのだろう。でも、私がその証言を聞いた瞬間、なんというか……心の中で、モヤモヤとしたものが発生した。このモヤモヤ、一体何なんだろうか?

 

 私は、宮代刑事に話す。

 

「あの、私……天堂刑事が戻ってくるまで待っていても良いでしょうか? どうせ暇ですし」

 

「分かりました。天堂刑事なら、あと10分程度で戻ると思いますが……もしかして、犯人について思い当たる節でもあるんでしょうか?」

 

「いえ、思い当たる節はありません。ただ、私の知り合いがそこの学童保育で保育士として働いているんです」

 

「なるほど」

 

「その知り合いが事件の犯人だとは考えたくもないですが、万が一のことがあったら……私、自分の心が壊れてしまいそうで……」

 

「ああ、廣瀬さんの気持ちは分かります。そういう場面、私もたくさん見てきましたし」

 

 

 そう言って、俯いた顔を見せていた私は、宮代刑事から慰められた。――いや、その知り合いが「怪人赤マント」だとは考えたくもないけど、大抵の場合……私が考えている「嫌な予感」は99パーセントの確率で当たってしまう。ほぼ100パーセントである。そんなモノが当たるより、宝くじが当たってくれた方が良いのに。

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