いつか夢で見たお話です。
気がつくと、森の内側にいた。
枝葉が隙間を見つけては手を伸ばし、空を奪い合う、森の天蓋の内側。
聞き覚えがありそうで、ないような鳥たちの囀り。重々しい獣が、土を軋ませる音。なんでもないような小川のせせらぎは、ひそやかで、しめやかで、よそよそしく感じられた。
むしろ、この世の神秘の一片に触れるような、危うい高揚感さえあったかもしれない。
周りを見渡す。
視覚的な危険はない。
時折、耳の中に入ってくる獣たちの行進曲は、こちらを警戒するものではなかった。
暑くもなければ、寒くもない。明るくもなければ、暗くもない。
次第に、感覚が、空間に溶けるかのように澄んでいく。今までに感じたもののすべてが、ここにあるべきものだと感じられるような。
満足感にも似た心地よさが、胸の内側で実るのがわかった。
少し歩くと、人が座っていた。
女性だ。髪のほとんどは茶色だったが、ところどころ、まるで、林檎の木に実が成るように、赤が混じっている。
髪は地面に横たわるほどに長かった。
私の子どもを殺さないでいてくれて、ありがとう
女性はそう言った。その唇から発せられた言葉か、髪の隙間から覗く黒々とした目がそう語ったのか、定かではない。
まだたくさんいるから、紹介してあげるね
そう告げると、彼女は自分の膝をぽんぽんと叩いてみせた。
誘われるがままに、近づき、横たわり、頭を乗せる。
彼女と触れ合っている部分から、全身を伝って。
この場所全てが、陽だまりに包まれているような眩しさを感じて、目を閉じた。
己の呼吸に、彼女が合わせるのがわかった。
彼女が髪を撫でる。耳の外側をなぞって、途中で、焦らすように、爪を立てる。
⬛︎⬛︎⬛︎。
彼女が囁く。それと同時に、左頬の上を米粒ほどの大きさの何かが這う。
むずむずと、こそばゆい。
⬛︎⬛︎。
彼女は続けた。しばらくして、これが彼らの名前であることに気がついた。その度に、小さななにものかが、頬の上を、耳の側を通っていく。
⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎――。
毛のないもの。毛深いもの。耳殻をつつくもの。耳に入ろうとするもの。髪の中を、迷いながら通っていくもの。
子どもたちは、様々な方法で自己を表現した。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。
そうして、いくつめかの名前を読み上げる。
目が覚めた。
部屋の、真っ白な壁紙。
閉じたカーテンの隙間から、色付いた日差しが遠慮なく差し込む。
陽だまりのように感じていた部分で、枕を抱いていて、抱擁感や、幸福感といった、表現しようのなかった心の中の熱が、急激に冷めていくのがわかった。
これは安堵か、落胆か。
言語化する意味もない感情に、短く息を吐いた時。
視界の真ん中に、小さな点が降りてきた。
どこからか、糸を垂らして、八つの足を行儀よく畳んで、ゆっくりと横に一周回って見せる。
茶色い毛の生えた体に、僅かに赤い毛が混じっていた。