水無飛沫主催の企画「しぶころ」投稿作品です。
いつか夢で見たお話です。

1 / 1
第1話

気がつくと、森の内側にいた。

枝葉が隙間を見つけては手を伸ばし、空を奪い合う、森の天蓋の内側。

 

聞き覚えがありそうで、ないような鳥たちの囀り。重々しい獣が、土を軋ませる音。なんでもないような小川のせせらぎは、ひそやかで、しめやかで、よそよそしく感じられた。

 

むしろ、この世の神秘の一片に触れるような、危うい高揚感さえあったかもしれない。

 

周りを見渡す。

視覚的な危険はない。

時折、耳の中に入ってくる獣たちの行進曲は、こちらを警戒するものではなかった。

暑くもなければ、寒くもない。明るくもなければ、暗くもない。

次第に、感覚が、空間に溶けるかのように澄んでいく。今までに感じたもののすべてが、ここにあるべきものだと感じられるような。

満足感にも似た心地よさが、胸の内側で実るのがわかった。

 

少し歩くと、人が座っていた。

女性だ。髪のほとんどは茶色だったが、ところどころ、まるで、林檎の木に実が成るように、赤が混じっている。

髪は地面に横たわるほどに長かった。

 

私の子どもを殺さないでいてくれて、ありがとう

 

女性はそう言った。その唇から発せられた言葉か、髪の隙間から覗く黒々とした目がそう語ったのか、定かではない。

 

まだたくさんいるから、紹介してあげるね

 

そう告げると、彼女は自分の膝をぽんぽんと叩いてみせた。

誘われるがままに、近づき、横たわり、頭を乗せる。

彼女と触れ合っている部分から、全身を伝って。

この場所全てが、陽だまりに包まれているような眩しさを感じて、目を閉じた。

己の呼吸に、彼女が合わせるのがわかった。

彼女が髪を撫でる。耳の外側をなぞって、途中で、焦らすように、爪を立てる。

 

⬛︎⬛︎⬛︎。

 

彼女が囁く。それと同時に、左頬の上を米粒ほどの大きさの何かが這う。

むずむずと、こそばゆい。

 

⬛︎⬛︎。

 

彼女は続けた。しばらくして、これが彼らの名前であることに気がついた。その度に、小さななにものかが、頬の上を、耳の側を通っていく。

 

⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎――。

 

毛のないもの。毛深いもの。耳殻をつつくもの。耳に入ろうとするもの。髪の中を、迷いながら通っていくもの。

 

子どもたちは、様々な方法で自己を表現した。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。

 

そうして、いくつめかの名前を読み上げる。

 

目が覚めた。

部屋の、真っ白な壁紙。

閉じたカーテンの隙間から、色付いた日差しが遠慮なく差し込む。

陽だまりのように感じていた部分で、枕を抱いていて、抱擁感や、幸福感といった、表現しようのなかった心の中の熱が、急激に冷めていくのがわかった。

これは安堵か、落胆か。

言語化する意味もない感情に、短く息を吐いた時。

 

視界の真ん中に、小さな点が降りてきた。

どこからか、糸を垂らして、八つの足を行儀よく畳んで、ゆっくりと横に一周回って見せる。

茶色い毛の生えた体に、僅かに赤い毛が混じっていた。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。