「キリキリ歩け!」
「ちょっと痛いわねん! 乙女になんて仕打ちするのよ!」
「何が乙女だ気色の悪いバケモノめ! おいそこのジジイ! どさくさ紛れに逃げようとするな!」
「ご、後生じゃ! 見逃してくれぇ! 儂には酒池肉林という夢がー!」
さてさて、あれからしばらく。奴隷商人の親玉らしきハゲはミルトさんによって首チョンパされ、無事に魔人達を確保できた僕達は悠々と建物の外へ。
途端、逃げ出した客を拘束している衛兵達という光景が視界に飛び込んできた。ガイナさんの指示によるものか、自称乙女と爺さん相手でも容赦のない対応である。
「む? おぉ! ヴォイド様にミルト嬢! どうやら首尾よく片付いたようですな!」
客達が手荒に連行されていく光景を遠目に眺めていると、指示出しをしていたガイナさんが僕達に気付いて駆け寄って来た。
「そちらも順調なようだな、ガイナ殿」
「無論ですミルト嬢。それよりお怪我はされておりませぬかな?」
「荒事になる前にヴォイド殿が片付けてしまったからな。この通り五体満足だよ」
「流石はヴォイド様! わっははははは!」
壁ぶち抜いて登場した人が何か言ってるや。僕が奴隷商人にしたことと言えば、魔力解放と自動迎撃くらいなものなのにね。
「もう少しばかり作戦成功の余韻に浸っておきたい気分ではありますが、奴等の尋問をせねばなりませぬ故、これで失礼させていただきます」
「その前にガイナ殿、これを。奴等が厳重に保管していた帳簿に顧客名簿、取引場所の地図、それと頭目が使っていた魔素を生み出す魔導具だ。
物的証拠としては十分過ぎる程だろうし、捕縛した客共も言い逃れは出来まい。建物内の調査も後日行ってくれ。あぁ、証拠品の解析鑑定をして詳細が分かり次第伝えてもらえると助かる」
「承知しましたミルト嬢」
「ご苦労だった。隊長殿も今日は終わり次第ゆっくり休むといい」
「勿体なきお言葉ですヴォイド様。あっ、ミルト嬢! この後は寄り道せず真っ直ぐに屋敷へお戻りください! 従者の方も心配しておられた故!」
「む……分かった。いろいろと済まなかったなガイナ殿。感謝する」
「なんのなんの! では!」
言うが早いかビシッと敬礼して、ガイナさんは上機嫌な様子で衛兵の皆とこの場を後にした。
残されたのは僕とミルトさん。そして、僕達の背後で居心地悪そうに縮こまっている魔人諸君。もちろん、檻に入れられてたエルフ娘も救出済みだ。
数にして約30人。当初の目論見通り全員僕の所有物となって非常によろしい。
「ヴォイド殿」
「ん?」
「今回の件、改めて感謝させてほしい。貴方達が居なければ、きっとこうも上手くは行っていなかっただろう」
「気にすることはない。それに、それはこちらの台詞でもある。ミルト殿が居てくれたからこそ、今回こうして迅速に鎮圧できた。私の方からも感謝させてほしい」
いやホントにね。ミルトさんと出会わなかったらタダで奴隷なんて手に入らなかった。何より馬鹿正直にオークションに参加した挙句、そこをミルトさんに見つかってあらぬ疑いをかけられる……なんて未来もあり得たかもだし。
だからあの時バレバレな隠れ方してた君に最大級の感謝を。
「貴方には敵わないな。父様と同格――いや、下手をすればそれ以上の存在に言われては、おとなしく受け取るしかないではないか」
「私は君のお父上ほど立派なものではないさ」
「それは謙遜が過ぎるというものだ。……と、そうだ。何かお礼をしなければならないな」
お礼と聞いてピクリと耳が反応してしまった。
奴隷に加えて更に報酬まで貰えるなんてラッキーにも程があるなー。
「あ、そうか……路銀は全てアイシャが持っていたのだった。他に何か……ナイフ……いやいや、これは流石に。
ならば指輪……うぅむ、これは父様に貰った物だし……」
「……」
何かな何かな〜。と待ってみたけど、何やら自分の体をゴソゴソと探るミルトさん。分かりやすく挙動不審だ。察するに持ち合わせが無いんだろうね。
何だよもう、期待させるだけさせといてさ。無い人から無理にお礼を貰ったらヴォイドとしての評判にも影響が出かねない。だから催促も出来ない。
ここは早々に諦めるが吉かな。それに、ある意味では前払いもされてるし。
「礼ならば必要ない」
「そういう訳にはいかない! 力を貸してくれた者に謝礼すら出せなかったではエルミナスの名が泣くというもの!
待ってくれ。直ぐに何か……何か……ぐっ……と、時にヴォイド殿は女性の下着に興味は――」
「君は私を何だと思っているのかね?」
あげる物が無いからって腰下に手を当ててとんでもない物を渡そうとしてくるミルトさん。それこそエルミナスの名が泣くんじゃない?
使用済みの下着なんて受け取ろうものなら、僕のヴォイドとしての立場は秒で崩れてしまう。この場に
そんなの貰って喜ぶのは変態くらいのものだよ?
「ぐっ……で、では、やはりこの指輪を」
そう言って、チェーンに繋げ首から下げていた指輪を取ろうとするミルトさん。その表情は悲しげなもので、とてもこれから礼を渡そうとする人のそれじゃなかった。
目まで潤ませてよっぽど大切な物だろうに、律儀過ぎるというかなんというか……将来が不安だなー。
「今一度言うが、礼は必要ない」
「しかし――!」
「礼ならば既に受け取っている」
「え……」
徐に懐から取り出したるは、ナナカの姿でミルトさんから受け取った割引コイン。
「それはエルミナス家の!」
「今回の件を頼み込んできたナナカ・ロートより、こうして報酬は前払いで受け取った。だからこそミルト殿が気に病む必要は無い。
どうしても礼を渡したいというのなら、後日彼に渡してあげたまえ」
「……そうか。ふふ、ナナカが」
「そういうことだ」
「分かった。ならばそのコインをヴォイド殿への謝礼としよう。では、私もそろそろ失礼する。
ありがとうヴォイド殿。世話になった。魔人……いや、彼等のことを頼む」
「もちろんだ。では、また機会があれば」
「ああ」
差し出された手を取って握手を交わすと、ミルトさんもその場から離れていった。
ふぅぅぅぅ……案外楽しかった。ダラダラとは程遠い1日だったけど、たまにはこうした刺激的な日があってもいいかもね。
時刻はもうじき日を跨ぐ頃合い。サッサと購入した拠点に帰るが吉かな。
と、そこまで考えたところでグゥゥ〜っとお腹の音が路地裏に響き渡った。
魔力を消費するとお腹が減るのは常識中の常識。だけど今のは僕じゃない。あれだけバクバクとタダ食いした挙句、使用した魔力も微々たるものだから腹なんて減るわけもなく。そこまで燃費悪くないし。
つまり、今の音は……。
「……」
「あぅ……」
振り向いてみれば、酷く怯えた様子でお腹を押さえる黒髪の女の子。あの時、変態爺さんに買われた元獣人の魔人だ。
ビクビクとすっかり縮こまって、獣耳も垂れてる上に、尻尾も足の間にクルンとしまわれてる。
僕の視線に気付いた途端、ギュッと目を閉じてしゃがみ込んでしまった。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! ぶたないで……!」
(わー、こりゃ重症だ)
分かってはいた。オークションに出されてた魔人は全員目が死んでたし、奴隷商人達からの扱いはさぞかし酷いものだったのだろう。
あの本にも書かれてたことだ。『万が一にも逆らわないよう、徹底的に躾けることが鉄則』だって。
だからこういう反応が返ってくるのも必然な訳だけど……うーん。視線を向けただけでいちいちビクビクされてちゃ先が思いやられる。
拠点の掃除なんて任せても大丈夫かなぁ。即戦力としては期待できない、か。はぁ……仕方ない。これも必要経費として割り切るしかなさそうだ。
「怯える必要は無い」
「ひっ……!」
「安心したまえ。ゆっくり、深呼吸だ」
この反応からして言葉だけでは不足だろうと、僕もしゃがみ込んで少女を抱き締めた。出来るだけ優しく、慈しむように。トントンと赤子をあやすように背中を叩き続けてあげると、やがて体の震えは小さくなった。
まずは此方に敵意が無いこと。酷い扱いはされないという事実を教えてあげる必要がある。でないと働かせる以前の問題だ。
「君達はもう奴隷ではない。今この場に、君達を害する存在は居ない。もし居たとしても、その時は私が黙らせてやろう」
「……」
「落ち着いたかね?」
「……は、はぃ」
「ふむ。それは何よりだ」
「あっ……!」
もう大丈夫かな? と体を離したけど、直後にまた少女がビクリと体を震わせた。
何で? 何か見て震えたような……あぁ、なるほど。
「気にするな。服とは汚れる物だ」
少女が見ていたのは僕の服。もっと正確に言うなら、抱き締めた時に付着した汚れだ。
少女に限らず、魔人達が着ている服はどれもこれも薄汚れたボロ切れ。劣悪な環境に押し込まれてた影響で、埃やら何やらで凄いことになっている。
綺麗好きな僕としては嫌悪感待ったなしではあるものの、ちゃんとした働き手を得る為には汚れる我慢も必要。
そう、いつかそういう我慢すらしなくていい堕落の極みに到達する為にも、今は演じるのだ。ヴォイドという仮面をね。
「そういえば、バタバタしていて自己紹介も出来ていなかったな。私はヴォイド。好きに呼び給え」
「ぁ……ぁの……」
ふと、1人の少女が遠慮気味に手を挙げた。アレットの門前で目撃し、そして地下室で改めて対話した銀髪の娘だ。他の魔人に比べると、この娘の瞳には幾分か光が戻ってる。
うんうん、そうでなくちゃね。無気力なままでは僕としても困るし。
「何かな、お嬢さん」
「……わ、私達はもぅ……魔人、です。なので、ヴォイド様と一緒に居ても……きっとご迷惑を……」
「ふむ。君達と共に居ることで、周りからの私の評価が変わる。とでも言いたいのかな?」
「……」
僕の問いに申し訳なさそうに頷く少女。
確かに良い目では見られないだろうね。下手をすればヴォイドとしての地位も失うかもしれない。
なら、そうなる前に阻止すればいいだけの話だ。必要ならアレットごと変える。不自由なく暮らす為に必須ならば、それくらいはしてみせよう。
……あぁ、そっか。うん。アレットそのものを僕の夢の一部にするのも悪くないかもしれない。
「くだらないな」
「っ……?」
「他者からの評価ほどどうでもいい物は無い。私は私の信じる道を行くのみだ。
その道の上に君達が居た。だから救い上げた。ただそれだけのことだよ。だからもう、自らを下に見るな。
己を捨てる必要も無い。己を隠す必要も無い。己を封じ込める必要も無い。ただ己としてそこにあれば良い。堂々と歩きたまえ。
前を向け。虐げられたのなら尚更前を向け。その視線の先には私が居る。もう孤独ではないと理解しろ。
言った筈だ。君達はもう家族だと。家族が助け合うのは、当然のことだろう。違うかね?」
「「……」」
少しでも使い物になってくれないものかと、思いつく限りのそれっぽい発言をしてみた。これでダメならガイナさんかミルトさんにでも押し付けようかな……。僕の為にならないなら匿ってても仕方ないし。
「ヴォイド、様……!」
(あれー?)
チラリと様子を窺ってみたら、皆して号泣してる。いや、それだけならまだ分かるけど……何で揃いも揃って跪いてるの? まるで統率の取れた軍隊のそれ、は言い過ぎかもだけど。
「この命、我が主の為に」
……まぁ、うん。結果オーライってことにしておこう。
「殊勝な心がけだが、堅苦しく接する必要は無いぞ」
「い、いえ……! させてくださいっ、どうか……!」
「私達は死んだも同然の身。そんな存在を救い上げるだけでなく、家族として迎え入れるその器……感服致しました」
「もう俺には何も残っていない。だが、アンタが必要だと言うのなら、この身を好きに使ってくれ」
「そ、それが……恩返しに、なるのなら……」
(う、う〜ん……何か重いんだよねぇ)
真面目に働きますってことだと捉えればそれでいいんだけど、光が戻った皆の目が主の為に死地へと赴く騎士みたいで非常に重たい。別にそこまで求めてないんだけどなぁ。
炊事洗濯、身の回りについてのことが出来れば僕としては文句なし。最悪、掃除さえまともにやってくれればそれでいいのだ。
改めさせるべきか否か。そんな感じで悩んでいると、再び腹の音が盛大に響いた。またあの獣人娘だ。
「あぅ……ごめんなさぃ」
「その、ヴォイド様。どうかご容赦を。この子はまだ育ち盛りで――」
「理解しているとも。それに獣人は他種族よりも食欲が旺盛だと聞く。が、どうせ奴等は満足に食事も与えていなかったのだろう?」
「……」
ぼくの問い掛けに小さく頷く少女に、僕は内心で大きな、それはもう特大級のため息を吐いた。
どうやら今日という日はまだ終わらないらしい。出費がかさむなぁ。
「晴れて自由の身となった祝いだ。まずは皆で腹を満たすとしよう」
「い、いえ! これ以上ヴォイド様から施しを受けるなど……!」
「家族とは、何だね?」
「……た、助け合うもの」
「分かっているじゃないか。ならばついてきたまえ。
あぁそれと、周りの目など気にするな。魔人だからと見下す輩は所詮それまでの存在だ。先程も言ったが君達は既に私の身内である。堂々と胸を張って歩きなさい」
ビクビクされながらついて来られても迷惑ってもんだ。
まぁ、こんな時間に外出してる人なんてそう居ないだろうし、仮に見られたところでいくらでも誤魔化しようはある。
僕だけなら魔力で認識阻害を施せばいいんだけど、それをしちゃうと他の人からは魔人達だけが歩いてるようにしか見えないから、そっちの方が大騒ぎになりそう。
他人へ認識阻害を施すことも出来なくはない。ただ面倒だからやらない。対象が30人とか面倒くささ極まるってもんだよ。
さて、目指すはもちろんニャーカの酒場。
こんな時間ではほとんどの店は閉まっている。けど、あそこはニャーカさんの気まぐれで早く閉まったり遅く閉まったりとまちまちだ。
当然既に閉まってる可能性もある。もしやってなかったら……まぁ、その時改めて考えればいいでしょ。
「にゃ? ヴォイドさんじゃにゃいの」
「こんばんはニャーカさん。良い夜だな」
「それ、激務を乗り越えたニャーカに対する嫌味にしか聞こえにゃいにゃん」
「そんなことはないとも」
タイミングの良いことに、ちょうど酒場の看板を片付けようとしていたニャーカさんと出くわした。
ギリギリセーフ、それともアウトかな?
「にゃ? ありゃ〜、にゃんか大勢引き連れてるにゃん」
「昼間に店で作戦会議をしただろう?
彼等はその作戦で救出された者達だ。訳あって今は私の身内ということになっている」
「ふぅん? 救出ってことは荒事? まぁ、にゃんにしても無事でにゃによりにゃん。
それで、こんにゃ時間にニャーカににゃにか用事でも――」
相変わらずのにゃにゃにゃ口調連打に内心で苦笑を溢していたその時、またまた大きな腹の音。
ここまで来れば犯人は誰かなど考えるまでもなく、案の定、獣人娘が申し訳なさそうにお腹を押さえていた。
「……にゃるほど。ヴォイドさん、寄って行くにゃん?」
「いいのか? 見たところ既に閉店準備をしているようだが」
「今日の客入りはイマイチだったにゃん。食材を余らせるより使い切った方がニャーカとしても助かるにゃん」
「先程は激務と聞こえたがね」
「激務でも余ることはあるにゃん。今日はたまたまその日だった。それだけにゃん」
それはきっと嘘だ。ニャーカの酒場は夜ともなればたくさんの客でごった返す大人気店。今日僕が訪れた二ポーン食堂が昼の主役なら、此処は夜の主役。
このアレットの中でも一、二を争うことくらいは流石の僕でも知ってる。
わざわざこんな言い回しをしてるのも、僕等に気を遣わせないためだろう。良い女ってニャーカさんみたいな人のことを言うんだろうなー。
「だそうだ。お言葉に甘えさせてもらおう」
「あの……本当に、よろしいのでしょうか……?」
「まだ言っているのか。頑固だな君も」
「うっ……ヴォイド様の心遣いは大変嬉しく思います。ですが――」
「俺達はその……今は魔人だ。堂々と店を利用しちゃ、そこの獣人さんにも迷惑なんじゃ……?」
「ふむ。こう言っているが、ニャーカさんとしてはどう感じているのかね?」
「え? どうもこうもお客はお客にゃん。魔人だから追い出す、にゃんてのは三流以下。だから君達が
そ、も、そ、も、よいしょーーっ!」
「わぁっ……!?」
何を思ったのか、ニャーカさんがいきなり獣人娘を後ろから抱き上げた。
「同族で、しかもこんにゃに小さにゃ子がお
「あぅ、ぁの……その……汚れる、から」
「気にしにゃーい気にしにゃーい! さぁさ、みんにゃ入るにゃん!」
「わっ、わっ……!、ヴォ、ヴォイド様ぁ……!」
(気に入られちゃったなー)
僕に助けを求めてくる獣人娘を抱っこしたまま、ニャーカさんは意気揚々と店内へ消えて行った。
「……あの、ヴォイド様」
「気にするな。ニャーカさんは大体いつもあんな感じだ。さぁ、せっかくお呼ばれしているのだから行こうじゃないか」
「は、はいっ」
とにもかくにも彼等の食事は確保できた。無駄に歩き回る必要も無くなったのは大きい。
こんな感じで今後も恩を売りまくって行けば、魔人達も何れは率先して僕の代わりに掃除をしてくれるようになるに違いないさ。ゆくゆくは家事全般を丸投げされても大丈夫な存在になってくれれば万々歳である。
くふふ。今はただお腹いっぱいに食べて、僕の為に働いてくれたまえよ。
(ヴォイド様自身が優れた人格者であり、そのお知り合いの方も偏見を持たない素晴らしい方ばかり。
嗚呼……貴方に拾われたことだけでも幸運なのに、貴方はまだ私達に幸福を与えてくださるのですね。
我が主ヴォイド様。貴方の為なら私は奴隷のままでも構いません。どうかこの身、一生お傍に……)
……? なんだろう。ちょっと寒気を感じた気がする。風邪かな?