さてさて、ロアルに上手いこと言いくるめられたその後、僕は紹介された物件へと足を運んでいた。
今思えば内見をしてからの方が良かったのではとも思ったけど、既に支払いは済ませてしまっているので時既に遅し。まぁ今のところ後悔はしてない。何故なら。
「はえ〜……確かにお買い得」
アレットの商店街からもほど近い場所に佇む大豪邸。屋敷はもちろん広い庭や噴水付き。極めつけはこれでもかってくらい照明用の魔導具がそこかしこに設置してある。
これで2億。僕価格じゃなかったら10億はしてもおかしくないね。ロアル曰くアレット発展に伴い建築したは良いものの、高過ぎて買い手がつかなかったらしい。そりゃそうでしょうよ。
表向き、つまりヴォイドとしての拠点ならば素晴らしい物件だと言える。……がしかし、正直なところこの広さは少々どころかだいぶ困るね。
僕は絶対的に面倒くさがりだ。何をするにしても楽をしたい性分である。
でも僕が率先してやる数少ない行動の一つに掃除というものがある。本拠点のボロ屋はこじんまりとしてて掃除もそれほど苦じゃない。綺麗好きで面倒くさがりな僕にとってはちょうどいい規模なのだ。
しかしながらここはどうだろう? この広さを僕1人で掃除なんて、面倒くさがりの僕じゃなくてもやる気は起こらないと思うんだ。
「早くも手放したくなっちゃった」
2億の物件を購入当日に売っ払う……ロアルの顔もあるしそんなことはしたくないけど、絶望的に掃除が面倒くさい。だが掃除をしなければ汚れる。綺麗好きな僕にとってそれは死活問題だ。
じゃあやっぱり手放そうか。どう考えても僕1人じゃ――。
(……あ、そうか。何も1人でやる必要ないじゃん)
考えてみれば単純なことだった。やりたくないなら誰かにやらせればいい話なのだ。幸いまだまだ資金にも余裕はある。使用人を1人雇ってしまえば万事解決ではないか。
(いや待った。これだけの広さを1人に任せても掃除の質が落ちるだけか。それじゃ本末転倒だ)
かと言って複数人雇ってしまうとその分出費が増える。この豪邸を掃除させるのだから相応の給金を出さないと不満が出るよね〜。タダ働き……は反逆されでもしたら面倒の元でしかないから却下。
む〜ん……安月給でも手を抜かずに最高の状態を維持してくれるような、そんな都合の良い人は居ないものか。ブラック上等! ガンガン仕事ちょうだい! って人がさぁ。
「…………あっ」
居るわけないと思いながらも頭の中で候補者を思い出していると、ふと記憶に引っかかる候補が居た。
一仕事終えてアレットに帰ってくる際に見かけた奴隷の魔人達だ。奴隷なら一度買ってしまえば給金は必要ないんじゃない? 最低限の衣食住さえ提供すれば文句も出ないだろう。
うん、うんうんっ、我ながら名案だ!
(あとは奴隷達の人数と値段次第かな。優秀かつリーズナブルな人を買おう)
次の目的は定まった。そうと決まれば即行動。問題は肝心の奴隷商人達がどこで商売をしてるかだけど、衛兵にそれとなく見張るように言ってあるから聞けば一発だろう。
(で、衛兵の詰め所に来たのはいいものの)
住宅街から少し外れた場所に佇む詰め所。さぁヴォイドの姿に変身して聞き込みを! というところで何やら衛兵達が慌ただしく動いているのに気付いて踏み止まった。
とてもじゃないが話しかけられる雰囲気じゃない。皆殺気立ってるし、こりゃ余程の事態と見るべきか。
「見つかったか!?」
「いやどこにも。クソッ、よりにもよってエルミナスのご令嬢を見失うなんて……!」
「バカっ、声が大きい! これは内密に処理するべき事案だ。とにかく一刻も早くミルト様を見つけなければ、我々の首が飛ぶぞ……!」
「せっかくアレットで成功しかけてきたのに、冗談じゃない! あのお転婆め!」
ダダ漏れである。それでいいのか衛兵諸君。
どうやら人探しをしているらしい。エルミナスってどこかで聞いたことがあるような?
……ああ、そうだ。確か世界に名高い剣聖四ツ柱の1柱がそんな名前だった気がする。探し人はそのご令嬢ってことかな。
ミルト・エルミナス、ね。察するにお忍びでアレットに来たはいいものの、衛兵の護衛が鬱陶しくて撒いたとかそんなとこだろうなー。なかなかやるね。
ま、どうでもいいや。衛兵達の仕事を邪魔してもなんだし、面倒くさいけど僕自らが探すとしよう。なぁに、魔人を探すくらいならわけないさ。
(魔力展開っと)
自分を中心に魔力を練り上げ、それを広範囲に張り巡らせる。イメージとしては蜘蛛の巣に近い。
すっぽりとアレットを覆い尽くしたこれは、主に索敵とかで使うことが多い技である。今回の目的は魔人だね。
魔人は他の人と違って魔力の質が異なる。常人の魔力が薄く伸ばされた生地なら、魔人のそれは発酵してパンパンに膨れ上がった生地。
通常であれば魔力は意識していなくても体中を巡るもの。反面、魔力回路が破壊されてる魔人は魔力が行き場を失って一か所に集まってるんだよね。
違いは一目瞭然。だからこうして探せば――。
(見っけ)
簡単に見つかる。
ここから程近い場所にある建物の地下深く。1人2人ならまだしも、軽く10を越える魔人が一か所に集まっているから、まず間違いなく奴隷達だろう。
(わ〜、ひっどい)
ある程度ならば魔力探知で対象の人物が何をしているか、何をされてるのかが分かる。
背格好から察するに女性の魔人が、奴隷商人と思われる男に足蹴にされてた。どんな存在であれ商品を雑に扱うなどと商人失格ですな。と、ロアルなら言うのだろう。
出来ることなら綺麗な状態で手に入れたいし、さっさと行って済ませるのが一番だ。
てなわけで歩くこと数分。特に邪魔が入るでもなく目的の場所に到着した。パッと見、建物の外観は普通の民家と変わらない。
なるほど、木を隠すなら森の中ってやつか。奴等にも奴隷売買を大っぴらに行ったらマズイって自覚はあるのかも。国に規制されてなくても褒められた職業じゃないしね。
……にしても、近くに衛兵の姿が見受けられないのは何故? 監視しておいてって言ったのにな〜。怠慢だぞ。それとも返り討ちにされた? だとしたら御愁傷様、何かごめん。
「ん〜、こういうのって普通に入って行って大丈夫なのかな? 招待制とかだったらお手上げなんだけど……ん?」
どうしたものかと悩んでいると、ふと建物近くに置かれた荷物の影で何かがピョコピョコ動いているのが視界に入った。
一度気になってしまうと確かめずにはいられない。それが好奇心。
気付かれないように背後から忍び寄れば、その正体は不審者――もとい、黒髪ショートの女の子。ピョコピョコ動いてたのはこの娘の髪だったようだ。
「情報ではここで合ってる筈だが……もしかしてもう運び込まれてしまったのか? うぅむ、どうするべきか……正面、いや別に入口がある可能性も」
「なにしてるの?」
「いやなに、この建物内で奴隷売買が行われるという情報を掴んでな。それを阻止すべくここで張り込んでいるのだが、動きが無くてどうしたものか悩んでいるんだ」
「へ〜。なんで阻止?」
「当然だろう。国は見て見ぬふりをしているだけで奴隷売買は認可されてはいないのだ。
そんな非人道的な行い、見過ごせる筈がないじゃないか。そもそも……って誰だ君は!?」
「今更な反応ありがとう。でも大きな声を出したら気付かれるよ?」
「ハッ……!」
尤もな指摘をすると女性は慌てた様子で再び隠れた。何故か僕の手を引っ張って。
「急に引っ張ったら危ないでしょ」
「誰のせいだと……! というか何者なんだ君は! ここで何してる!?」
「僕はどこにでも居る人畜無害な一般市民だよ。コソコソしてる誰かさんを見かけて興味本位で話しかけてみただけ。
不審者ってことに変わりはないし、衛兵呼んでいい?」
「だ、ダメだ! ようやく抜け出してきたのにまた部屋に缶詰めなど御免被る! それに私は不審者ではない!」
「つまり衛兵から逃げてきたの? 十分不審者じゃない」
「だから違う! 私はミルト・エルミナス! かの剣聖四ツ柱が1柱、ヴォルグ・エルミナスの1人娘だ!」
あぁ、君がそうなんだ。そのヴォルグとやらのご令嬢さんがこんな所でコソコソとは、親御さんが知ったら悲しむだろうね。
「ふーん」
「反応が薄い……! えっ、父様ってそんなに有名じゃない……? いや、そんな筈は」
悲観することないよ。単に僕が興味ないだけだからさ。この娘がどこの誰であろうと知ったこっちゃないもんね。
「あ、誰か出てきたね」
「なにっ? 隠れろっ」
くだらない事を話してたら建物から二人組の男が出てきた。しかも見覚えのある顔……いや、頭だ。
あの見事なまでのツルッパゲと芸術点高めの悪人顔。間違いない、昼間に二ポーン食堂前でククルゥに絡んでた連中だ。
「チッ、むしゃくしゃが治まんねぇ。あのクソアマとキザ野郎。アレットから離れる前にぜってー殺す」
「イライラしてんのは分かるけどよ、商品に当たり過ぎんなよ。傷が付いちまったら価値が下がるだろ」
「うるせぇ! オメェは何とも思わねぇのか!?」
「いくら何でもミスリル級の冒険者は相手が悪い。女の方ならまだしもな」
「クソが……よし、あの女は捕まえるぞ。魔人に落として商品にするか、俺の性処理道具にしてやる」
「わっるい奴」
「へっ、心配すんな。お前にも分けてやるよ」
「そいつぁいいね」
下品にも程がある会話を続けながら、男達は路地へと消えていった。本人の預かり知らぬところで大ピンチになってるよククルゥ。
まぁ、あれだけ派手な平手打ちしちゃ恨みを買って当然か。それとなく無事を祈っておくよ。
「やはり情報は正しかった」
「情報って?」
「奴等は奴隷商人の中でも相当にたちが悪い部類なんだ。男、女、子供、種族すら関係なく拐っては高濃度の魔素に晒して人為的に魔人を作り出し、それを売り捌く。魔素に耐えられなかった者は皆息絶え、弔われることも無い。
こんな蛮行を見逃してなるものか。国や父様が動かないなら私が動くまで。私にはそれを成せるだけの力がある」
「へー」
つまり相当な極悪人ってわけかー。確かにそんな顔してるよね、うん。ま、そんな連中から奴隷を買おうとしてる僕も大概だけどさ。
怒られそうだからミルトさんには言わないでおくけど。
「ちなみに奴隷って結構お高いの?」
「……? さぁ、私も詳しくは知らないが、最低でも1人100万メアとは聞いたことがある」
えぇ? 1人100万? あの豪邸の規模から考えて最低でも6人くらいは必要だとして、出費は600万……でもそれは安かった場合に限られる。
あの極悪人共が素直に低価格で売るとは考えにくい、よね。絶対、確実にぼったくってくる筈だ。それに買った後も何かと入用になるだろうし、更にトータルの出費はかさむと考えるべきだ。
そんな馬鹿らしい買い物なんて割に合わな過ぎるでしょ。こりゃ奴隷の選択肢は無しかな〜。
……いや、待てよ?
「あのさ、奴隷売買は絶対禁止ってわけじゃないんだよね?」
「嘆かわしいことにな」
「じゃあさっき言った誘拐は?」
「それに関しては犯罪に決まっているだろう? 人を人為的に魔人へと堕とすのも重罪だ。極刑レベルのな」
「へぇ〜。じゃあ、あの人達を叩きのめして奴隷を解放しても実質ミルトさんに罪は無いわけだ」
「当然だ! 法を犯しているのは奴らの方なのだからな!」
「なるほどなるほど。ふぅん? へぇ〜。そうなんだぁ」
じゃあつまり、わざわざ真っ当に奴隷を買わなくても、奪い取ればタダってわけだ。しかも助け出してくれたことに恩を感じて、奴隷達が僕の為に積極的に働いてくれる可能性も高い。
違法に奴隷売買を行っている連中を懲らしめる大義名分がこちらにはあるから、罪にも問われない。むしろ感謝されて更に僕の評判は上がるだろう。
完璧じゃないか。お金をかけず働き手を確保できるなんて夢のようだ。良い情報ありがとうミルトさん。
「よしっ、奴等がここを根城にしている事は分かった。さっそく踏み込んで奴隷達を解放――」
「あーちょい待ちミルトさん」
危うく突撃をかまそうとしてたミルトさんの手を取り引き止めた。
「何故止めるっ。奴等が居ない今、警備も手薄になっているかもしれないだろ」
それはその通りだけど、君が助けちゃったら僕に得が無いじゃないか。恩を売るのは僕であって君じゃないのだよ。
とは言え馬鹿正直に言っても反発されそうだし、ここはヴォイドで鍛えた口八丁手八丁の出番である。
「現状、この情報を持ってるのは僕とミルトさんだけ。中に拉致、魔人化、違法売買の証拠があるとも限らない。
もし無かった場合ここで奴隷達を助け出したとしても、証拠不十分で奴等が処罰されない可能性もある。
それどころか、言いがかりをつけられてミルトさんが責められる事になるかもしれない。だから今踏み込むのは悪手だよ。捕まりたくなければね」
「む、な、なるほど」
「そこで、より確実に奴等を罪に問う為に、タイミングを図るのさ。
具体的には、まさに奴隷売買が行われている瞬間。現場を押さえる事はもちろん、集っているであろう悪党共を一網打尽にできる。加えて僕達だけじゃなく、衛兵も引き連れて行けば証人も増えるし、万が一下手人を取り逃したとしても代わりに捕まえてくれるって寸法さ」
「おお、なるほど! 凄いな君はっ! ……いや、しかしな、衛兵は……」
「ミルトさんが衛兵を遠ざけたいってのは何となく分かったけど、自分の都合と違法に堕とされた奴隷達。どっちを選ぶの?」
「そ、そうだな。悩むまでもなかったことだ。
ではそれでいこう! だが、肝心の衛兵はどうするのだ? 違法に売買が行われていると私が口添えしたところで、どこまで信じてもらえるやら」
「それに関しては任せてよ。知り合いに衛兵達に顔が利く人がいるからさ。事情を話せばきっと力になってくれるさ」
「お、おぉ……!」
もちろん、その知り合いとは僕。つまりはヴォイドである。ここぞとばかりに築いてきた信頼を乱用するのだ、ふふん。
「何から何まで済まないな。まだ出会ったばかりだというのに、こんなことに巻き込んでしまって申し訳なく思う。君は英雄だ。誇るといい」
「それは全部が無事に終わってからだね」
「何かお礼が出来れば……おぉっ、そうだ。これを君に託そう」
感謝の念をビシビシと放つミルトさんが、ダメ押しとばかりに取り出したのは1枚のコイン。
硬貨、じゃないみたいだ。赤やら青やら、やたらとカラフルな1枚。記念硬貨ってやつかな?
どちらにせよお金にはならなそう……はぁ。
「これは?」
「エルミナス家は商売も盛んに行っていてな。その規模は世界中にまで広がっている。
このコインはそのエルミナス家が営業している全ての店舗で使える物で、謂わば割引券のようなものだ。
コインは数種類あって、これはその中でも最上級。どんな商品でも半額で買えるぞ」
半額、だと……? 素晴らしい! 下手に中途半端な金額を貰うくらいなら、確実に安く商品を買えるこちらの方がよほど得だ。利用する時は高級品を選ばなければ。
「じゃあ遠慮なく」
「うむっ。そうだ、まだ名前を聞いていなかったな。良ければ聞かせてくれないか?」
「ナナカ・ロート。好きに呼んでいいよ」
「ナナカ。ふふ、ナナカだな。記憶したぞ、良い名だ」
そう? 別に自分の名前が良いなんて思ったことなんてないけど……まぁミルトさん言うならそうなんだろう。知らんけど。
「それじゃ、僕は知り合いに相談してくるよ。ミルトさんはここで見張っててくれる?
奴隷売買が開かれそうになったタイミングで……え〜っと、そうだな……あ、ニャーカの酒場ってとこに来てよ。大通り沿いにあるから直ぐ分かると思う」
「ニャーカの酒場、だな。よし分かった!」
「決まりだね。それじゃ、また後で」
今後の方針も定まったところで、僕は足早にその場を後にした。
「そういえば、私の名を聞いても怯まなかった相手はナナカが初めてだな。大抵は腫れ物を扱うような態度を取るのに。
度胸もあるし機転も利く。衛兵に顔が利く知り合いが居る程度には顔も広い。あれで一般市民とはなんの冗談だ。
……父様以外の男性と手を繋いだのは初めてだったな。ナナカ……ナナカ・ロートか。ふふ、後で会うのが楽しみだ」