奴隷の主は持て余す   作:ameiro nishiki

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絶望は歓喜へ。さぁ、作戦会議と行こうか

 平凡な暮らし。平凡な家庭。平凡な村。平凡な友達。

 何もかもが平凡で退屈な日々。でもだからこそ大切で、そこが私の居場所だった。

 

 私には何も無い。人より少し魔力量が多いこと以外は、人並み以下の凡人。

 でも別にそれで困ったことはないし、むしろ変に自信が付くこともなかったから、周りの人達とも直ぐに打ち解けることができて良い事ばかりだった。

 

 どこにでもあるような平凡な毎日。畑を耕して、友達と遊んで、父と母とご飯を食べて、疲れきって眠る。

 

 そんな毎日がいつまでも続くと……その日までは思っていた。

 

 

 ある日の夜。私は全身を襲う激痛に目を覚ました。

 何かに襲われたのか、はたまた本棚でも倒れてきたのか。……そのどちらも違う。

 

 全身が赤く発光して、気持ちの悪い痣が肌に浮かび上がる。続けて激しい頭痛に見舞われ、私は助けを求めるようにもがいてベッドから転げ落ちた。

 

 床に這い蹲った瞬間、痛みが更に増した。同時に不快な何かが鼻と口から体内に入り込んでくる感覚を覚えて、私は慌てて口元を覆う。……でも、それも既に手遅れだった。

 

 部屋中に充満したそれが魔素であると気付いた時には、私の体は完全に変わり果てていた。肌には無数の赤い痣。そして、皮膚を突き破って生えてきた暗黒の角。

 

 魔人。

 

 おとぎ話でしか聞いたことがなかった存在に、私は堕ちていた。

 

 理由? そんなの決まってる。村の周辺には魔素溜まりも無ければ魔素の発生源も無い。にも関わらず高濃度の魔素が家の中にまで充満している理由……誰かが人為的に行っているからだと直ぐに思い至った。

 

 痛む体に鞭打って、部屋を飛び出し両親の元へ急いだ。でも、そこに広がっていたのは最悪の結末。

 魔人への変化に耐えられなかった両親は化け物に成り下がり、内側から破裂。もはや人とは呼べない存在に姿を変え事切れていた。

 

 泣き叫ぶ気力すら湧いてこなかった。どうして? 何故? 私達が何をした?

 

 そんな疑問が頭の中をグルグルと駆け回り、力なく座り込んで目の前の光景を眺めるばかり。

 

 やがて何もかもが分からなくなった頃、頭上から声が響く。

 

 「おっ、1匹生き残ってら」

 

 「この村は当たりっすね。合計で16匹ってとこっすか」

 

 「おうよ。これでまたガッポリ稼げるぜ」

 

 知らない男達だ。我が物顔で家に上がり込み、下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしている。

 直感で悟った。嗚呼、こいつ等の仕業だと。

 

 私の中で何かが切れる音が聞こえると、無我夢中で男達に掴みかかっていた。怒り、憎悪、困惑、いろんな感情がごちゃまぜになった思考で襲いかかった……けど、私は為す術なく殴り飛ばされていた。

 

 「お〜飛んだ飛んだ。魔力も禄に流せねぇ魔人ちゃんは殴り飛ばしやすいでちゅね〜?」

 

 「よく見りゃかなり上玉っすよこの魔人。胸も尻も顔も良い。コイツは高値が付きそうだ」

 

 「ああ。いい商品が手に入ったぜ」

 

 たった一度。たった一度殴り飛ばされただけで意識が飛びかけた。

 自慢じゃないけど、私は村の中でも相当にタフだった筈なのに。魔力に恵まれてるからこその丈夫さだったのに……今や見る影もない。

 

 噂には聞いていた。これが、魔人に堕ちるということ。

 

 「安心しな、殺しゃしねぇ。これからみっちり教育してやるからよ。逆らうことの愚かしさと、従うことの快楽ってやつをな」

 

 「さぁ〜首輪と奴隷紋を付けましょうね〜? 大丈夫、お前なら新しいご主人様に可愛がってもらえるさ」

 

 ……そこから先はあまり覚えていない。

 確かなのは、首に決して消えない奴隷紋と首輪を付けられたこと。平凡な私の日常は、そこで終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 暗い地下室の中で横たわる。昔を思い出すなんていつ振りだろう。どうして思い出したんだろう。

 

 逆らうことも、生きることも、痛みも、感情すら忘れたのに、どうして今になって思い出してしまったんだろう。

 

 死ねるならば死にたい。だけど、奴隷紋が自死を許さない。自ら死を選ぶこともできない。生きたくなんてないのに……どうせ、この先何も変わりはしないのに。

 

 思い出したくなんてなかった。あの頃を……だって――。

 

 「生…きたく……なっ、ちゃ…うじゃん……」

 

 掠れた私の呟きは誰にも届くことはない。同じ場所に捕らえられてる人達にすら届かない。

 きっとこの人達の未来も救われないものだろう。みんな諦めてる。私と同じで、希望を捨てた。

 

 ……一緒に死ねたら、どれだけ幸せかな。

 

 そんなことを考え始めた、その時。

 

 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 轟音と共に天井が崩れ落ち、誰かが叫びながら落ちてきた。

 奴隷商人だ。私を捕えた張本人が、血だらけになって蹲っている。

 

 「く、そがぁっ……! おいお前等! 俺を守れ! 奴を殺せ!!!」

 

 血に濡れた状態で放たれた言葉は私達への命令。この言葉に、私達は逆らえない。奴隷紋と奴隷商人の魔力は繋がってる。だから拒んでも意味がない。

 

 命令通り立ち上がり、奴とやらを殺しに私達が動く……筈だった。

 

 「な、何故だ……何をしてるお前等! これは命令だ! その矮小な命を賭して俺を守るんだよ!! 働けゴミクズ共ぉっ!!!」

 

 「……」

 

 体は、動かない。違う、他ならぬ私の意思が、自分自身を押しとどめた。こんなことは初めてだ。逆らえる筈のない命令に今、私達は抗っている。でも、どうして……?

 

 「奴隷紋とは単なる奴隷の証にあらず」

 

 「ひっ……!」

 

 声が聞こえた。低い男の声。奴隷商人とは違う声音。

 その声は上から響いてくる。空いた穴から誰かが舞い降りてきた。

 

 顔は分からない。暗いからじゃない。彼は、仮面で顔を隠してた。あの時(・・・)と同じように。

 

 「主人の魔力で行動を縛り、意のままに操る。そこに本人の意志など関係ない。魔力のみで他者を操れるのだから、さぞ楽な仕事だろう。

 だが、その根底が魔力によるものであるならば、私に阻めぬ道理は無い。既に貴様と奴隷達との繋がりは断ち切った。……どうだ? 孤独になった気分は」

 

 「断ち切った、だと……? 馬鹿な! そんなこと出来るはずがない!! 奴隷紋は呪いも同じ! そんな簡単に解呪できるわけがないのだ!」

 

 「同じ事を言わせるな。こと魔力に関してならば、私より高みは存在しない」

 

 男の声音は怒りでも、憎悪でも、悲哀でもない。ただ平坦に、淡々と事実を告げるようなものだった。

 

 恐れはなかった。未だ正体も分からない存在に私が抱いていたのは……畏怖ではなく畏敬。真っ暗だった私の生に、荒々しくも美しく舞い降りた巨大な光。

 

 忘れていた感情が蘇る。鼓動が速くなる。頬が熱を帯びる。

 

 「何なんだ、何なんだテメェはぁ!!!」

 

 「その問いに答えてやるほどの価値が貴様にはあるのか? ……いいや、無いな」

 

 「俺を誰だと思ってやがる! 俺を手にかければ連合が黙っては――」

 

 そこから先の言葉は紡がれることは無かった。

 

 彼の他にもう一人、剣を携えた女性の一振りで、奴隷商人の首はあっけなく宙を舞った。

 

 「聞くに耐えないな」

 

 「殺してよかったのか?」

 

 「ああ。上で物的証拠も押さえたし、数人の実行犯と客も捕えた。あとはゆっくり尋問すればいい。

 奴等についての情報が出てくるのも時間の問題だろう。感謝する」

 

 「私は友人に頼まれただけだ」

 

 「それでもだ。……さて、あとは奴隷達の処遇をどうするかだが」

 

 女性が私達の方へ視線を向けると同時に、私の脳裏に過ぎったのはこれまでの暮らし。

 

 また奴隷として扱われるのではないか。それとも処分されてしまうのではないか。

 そんな考えが次から次へと湧いてきて、私達は壁際へ後退った。

 

 「問題ない。全て私が引き受けよう」

 

 「引き受ける? それはどういう……?」

 

 「もはや彼等に戻るべき場所は無い。かと言って国に保護されてもやれることなど限られているだろう。

 彼等の立場になって考えてみろ。奴隷売買を規制しなかった国に保護され、もう安心だなどと言われて信用できるのか? いや、無理な話だ」

 

 彼が近付いてくる。迷い無く、真っ直ぐに、私の目の前まで歩み寄って、跪いた。仮面の奥に見える瞳が私を射抜く。

 

 恐怖は無い。心臓の鼓動は鳴りっぱなしだ。心が、どうにかなってしまいそう。

 

 「だからこそ、私が彼等の帰る場所……いや、居場所となろう。家族にな。奴隷でも、魔人でもなく、一つの存在として」

 

 彼の手が私の頬に触れる。酷い扱いを受け続けてボロボロになった私の肌を、彼は慈しむように撫で擦る。

 

 「私が君達の光となろう。さぁ、あとは君達次第だ」

 

 気付けば、私は大粒の涙を流していた。

 何もかもを諦め絶望していた私の前に現れた光。救われたどころか、彼は私を、私達を家族と呼んでくれた。

 

 綺麗な服が汚れることも気にせず、彼が袖で涙を拭ってくれる。それでも涙は止まることはなかったけれど、彼は嫌な顔一つ浮かべずに拭い続けてくれた。

 

 「ぉ……なま⋯ぇ……は」

 

 長い間、声を発することもしなかった弊害で、酷く掠れた声で問いかけた。こんな声を聞かれたくない……でも、それ以上に知りたかった。彼の事を。

 

 「ヴォイド。さぁ、君の未来を決めたまえ」

 

 

 

 この日、私は出会った。出会ってしまった。

 生涯を賭けて仕えるべき本当の主人に。愛しい人に。

 

 嗚呼……我が主、ヴォイド様。この命、貴方様のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しばかり遡り――……。

 

 

 

 

 

 

 

 「すまないな。急に呼び出してしまって」

 

 「いやいやとんでもない! ヴォイド様がお呼びとあらば何処へでも!」

 

 ミルトさんと別れてから、僕は直ぐにヴォイドとして街の衛兵に招集をかけた。魔力でちよちょいっとね。

 一番早く駆け付けてくれたのはアレットの門前で僕を出迎えてくれた顔見知りの衛兵。流石の早さ、褒めて遣わす。

 

 大通り沿いにあるニャーカの酒場を、これまたヴォイド権限で貸切状態にしてもらい、今やここはさながら衛兵の詰所状態である。

 むさっ苦しいたらないよね。もう少し女性とかも雇った方がいいよ? 花が無さすぎて泣けてくる。

 

 「それより申し訳ありませんでしたヴォイド様。頼まれていた奴隷商人共の監視ですが、上手いこと撒かれてしまいまして……」

 

 「構わない。奴等については既にこちらで捕捉している。それに、今回呼び出したのはそれについてだ」

 

 「おおっ! 流石はヴォイド様! もう尻尾を掴まれたということですな!」

 

 「ふっ」

 

 ミルトさんがね。まぁ事を円滑に進めるためだから言わないけど。

 

 「にゃにゃ〜ん。ご注文どうするかにゃ? ヴォイドさん」

 

 「恐らくこれから荒事になる。酒は頼めないが、士気を高める為にも彼等に力の付く料理を出してくれ。料金は私が負担する」

 

 「了解にゃ〜ん」

 

 ここの店主である獣人のニャーカさんに注文を終えて、どうだと言わんはわかりに小さく笑みを浮かべる。

 

 正直、僕の奢りだなんて絶対嫌だけど、貴重な働き手を得るためと考えればこれくらいの出費は許容範囲。

 衛兵約30名分の食費と奴隷代600万。どっちを取るかなんて分かりきってることだ。

 

 「よ、よろしいのですか?」

 

 「構わんさ。無理な呼び出しに応じてもらっただけでも感謝しているんだ。これくらいはさせてくれ」

 

 「はっはっはっはっ! やはりヴォイド様は器が大きい!

 そういうことであれば遠慮なく頂戴いたします。……して、今回我々は何をすれば?」

 

 「ずばり、奴等の壊滅。とある筋からの情報によれば、奴等は意図的に人を魔人へと堕とし奴隷として売り捌いているらしい」

 

 「なっ……」

 

 「おいおい、いくら何でもそれは」

 

 「ああ、とても人の所業とは思えん」

 

 「おのれクズ共が……!」

 

 うんうん、いい感じに奴等にヘイトが向いてくれてる。その調子で燃えてくれたまえ衛兵諸君。

 

 「意図的に……そうか、であれば例の事件も奴等が関わっている可能性が高いですな。ヴォイド様もそこに至り我らを招集したと」

 

 「え? ……あ、ごほん。そういうことだ」

 

 例の事件ってなんぞ? なんて言ったら台無しなので、あくまでも知ってる風を貫いておく。

 

 「隊長、例の事件ってもしかして」

 

 「ああ。近年、辺境の村々が不自然に壊滅している事件だ。被害に遭った村はいずれも魔素が充満している状態。

 現場に残されていたのは、異形の姿に変貌し事切れていた住民らしき者達だけ。

 どの村々も魔素とは縁遠い場所だったにも関わらず、こんな事が立て続けに起きている。怪しくない訳がない」

 

 あ、そういうことね。理解。

 

 「その通り。おそらく被害に遭った村は何らかの方法で魔素溜まりにされ、住んでいた者達は残らず魔人に堕とされた。生き残った者のみを攫い、売り捌いているのだろう。

 そして、私は奴等こそがその事件に関与していると睨んでいる」

 

 「おのれ悪党共が……! よくものこのことアレットの地を踏めたものだ! 許せん!」

 

 「まだそうと決まったわけではないが、ほぼ確定だろう。君達には、犯行の証拠回収と奴隷商人の捕縛に協力してもらいたい。場合によっては殲滅だ」

 

 「もちろんです! 全力をもって協力いたしますとも!

 ……しかしながらヴォイド様、今作戦においてこれだけの要員が必要でしょうか? ヴォイド様お一人居ればかなりの戦力と考えますが」

 

 「この世に絶対は無い。万が一取り逃せば新たな被害者を生む可能性は大いにあるだろう。

 その可能性を摘むためにも、過剰なくらいの戦力は必要だ。だからこそ君達には期待している。それに、証人は多いに越したことはないからな」

 

 「なるほど、なるほどなるほど! 理解しましたぞ! 貴様等! ヴォイド様の信頼を裏切ることは私が許さん!

 全力をもって事に当たるのだ! 誰一人として逃がすな!」

 

 『おう!!!』

 

 よーし、いい感じ。衛兵達を完全に味方につければ、どさくさ紛れに奴隷達をタダで回収しやすくなるからね。

 いちいち理由を聞かれてボロが出るのだけは避けたいのだ。

 

 「それでヴォイド様、作戦はどのように?」

 

 「それについてはもう一人待ち人が……ふっ、噂をすればだな」

 

 魔力感知に反応あり。酒場の入口を潜ってきたミルトさんの姿を見て、僕は口角を上げた。

 

 「ん? すまない、本日は貸し切りで……って、あーーーーーっ!!! ミルト様!! 今までどこに!?」

 

 「うっ……」

 

 ミルトさんを視界に入れた途端、衛兵の1人が声を上げた。

 

 そういえば衛兵達の護衛から抜け出してきたんだっけ。

 

 「こ、これはいかんっ。ヴォイド様、作戦前にミルト嬢を安全な場所まで案内してもよろしいですかな?」

 

 わぁ、本当に守るべき対象として見られてるんだね。話した感じ、そんな枠に収めるべき人じゃないと思うけどなー。

 ま、エルミナスのご令嬢だから無理もないんだろうけど。同情するよミルトさん。

 

 「それには及ばない。彼女も今回の作戦に参加する仲間だ」

 

 「ええ!? いやしかしヴォイド様! エルミナス家のご息女を危険に晒す訳には!」

 

 「彼女は君達が思うほど弱くはないさ。むしろ実力だけなら君達より上だろう」

 

 きっとそうだと思う。だって剣聖の娘さんだし、よく見たら剣も腰に差してるし、そこそこは強いよね? うん。

 

 「失礼したミルト・エルミナス殿。私はヴォイド。貴女のことは既に友人から窺っている。

 拘束する気はないので、どうかこちらに来ていただきたい」

 

 「む……うむ、分かった。ところで、ナナカ()は?」

 

 「残念ながら彼は戦闘要員ではないからな。私への救援要請を終えた後に帰宅してもらった」

 

 「そうか……なんだ、居ないのか。はぁ……」

 

 露骨にため息を吐かれた。解せぬ。

 

 何だか釈然としない気持ちでいるとキッチンの方から元気な声と共に、両手と尻尾に皿を乗せたニャーカさんが現れた。

 

 「はいは〜い、お待たせにゃ〜ん♪ 大皿スタミニャ定食30人前にゃん♪」

 

 「相変わらず仕事が早いなニャーカ」

 

 「うちは安い早い美味いが売りだからにゃ〜。そこのお嬢さんも突っ立ってにゃいで食べてくにゃ〜」

 

 「え、あ、あぁ……」

 

 そのお嬢さんがエルミナスのご令嬢って知ったら、ニャーカさんどんな反応するんだろう。

 

 「さて、まずは腹ごしらえといこう。作戦の概要を伝える。食べながら聞いてくれ」

 

 「うす! ゴチになりますヴォイドさん!」

 

 「バカッ! 言葉遣い!」

 

 「構わないとも」

 

 ふふふ……それじゃ始めようか。捕らわれの魔人大救出大作戦(籠絡編)を!

 

 え、ダサい? 知らんね。僕の利益となるならば何だっていいのだ。

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