飛躍的と言っても良い勢いで上昇した二人のステータスを見て、ヘスティアが二人を問い詰める。その修行内容を聞いたヘスティアは次の瞬間にはモルディアに突撃した。二人が無茶をしないように派遣したのに、そんな二人をそっちのけで授業などしていたからだ。
だが、モルディアからすれば無茶の一つや二つ、いや幾多もの苦難と超越すべき試練。ソレ等こそが二人に必要な物だと認識していた。自分たちがする事が出来るのは、その道程の中でのサポートと挑戦する二人の背を見守ってやることだけだ。それ以上の介入は野暮でしかないからだ。
「だからって、放置してロキの子供らの相手をする理由にはならないだろう?」
「きちんと見てはいたさ。授業の相手をしながら【千里眼】で見守っていたよ。だが、ことローガ君の修練内容は間違っていなかった。だから、あまり心配はしていなかったよ」
「でも、あの子たちの耐久がめちゃくちゃ上がってたよ?」
「そりゃそうさ。痛みがなければ覚えられるものでもない。何より強者との戦いは大きな経験値になる。彼以下の早さを持つ攻撃は当たらなくなるし、彼以下の力しか持たない生物の攻撃は致命的なソレにはなりえなくなる。上限を更新することは、それ以下の事柄への適応を早める一助となる」
「君もそうなのかい?」
「まぁ、死にかけた経験もあるし死を経験したこともあるよ。その分、多くを喰らってきた。ヘスティア、今の俺が完全な状態じゃないと聞かされてどう思う?」
「今の君がかい?それだけ沢山のことが出来て、逆に何が出来ないの?と聞きたいぐらいなのに」
「人間や世界規模で影響を与えるぐらいなら、問題ないんだがなぁ……俺のやらなきゃいけない事を考えると一切足りないからな。前にも話したけど、俺の戻るべき場所に置いてきた力は惑星いや宇宙規模の影響を及ぼす力だ。それさえあれば、黒竜すら恐るべき要件にはならないと言えるほどに」
「君は……一体どれほどの力を持っているんだい?一個人が持つべきではないぐらい大きすぎると思うけれど」
「どれだけ、か。さぁて、どれだけなんだろうな。俺も全力を出さなくなって久しいからな」
「君はあの子――――セチア君を助けるために使った魔法。アレは君の奥の手なんだろう?だったら、アレは全力を出したとは言えないのかい?」
「アレが全力?冗談はよしてくれよ。俺が全力を出せば四方一帯が更地にならざるを得ないし、ウラノスの封印を破壊しかねない。ことオラリオという街で俺が全力など出せる訳がない。いや、世界で俺が全力を出せる場所はない。だから、俺は世界を構築する魔法を造ったんだ。
あの時使った魔法も、ステイタスに刻み込まれた廉価版。本来の出力によって発動する魔法はあの程度じゃない。それでも、俺の造った世界を崩壊させるだけのエネルギーを発生させたんだ。より全力を出せる理由がなくなったよ」
「ロキのところの狼君もかい?」
「ローガ君か?問題にもならないな。見ててやきもきしたから発破をかけるような真似をしたが、上級冒険者の実力は分かりきっていたからな。恐れるに値しないよ。この身は極限の存在に挑むことを想定して調整し、究極の存在の御座を簒奪したるもの。有限の成長途中のモノはこの身を脅かすには至れないさ」
モルディアの語る極限の存在も、究極の存在もヘスティアには分からない。だが、モルディアの言葉に誇る色がない様子を見るに、モルディアにとっても本位の結果ではない事が察する事が出来た。モルディアからすれば世界を敵に回しても、勝ってみせると言わんばかりの自尊心を感じさせられた。
「君は、一体何をしようとしているんだい?」
「俺が何をしようとしている、か……今はただの暇つぶしだな。若人を育て、世界がどのように変遷していくのかを見つめている。神々と同じだよ。ただ、俺は目の前で起こる悲劇というのが看過できなくてな。生きている以上は、幸せになってもらいたい。ただし、俺の手の及ぶ範囲でな」
「じゃあ、その先は?暇つぶしが終わった先にある、やらなきゃいけない事って言うのは何なんだい?」
「――――■■を。俺が求められているのは、何時だってその一つだけだよ」
「モルディア君、君は……」
モルディアは心底から辟易と言わんばかりの感情を感じられた。モルディアは自身にとっては本意ではない事をさせられようとしている。本来であれば、自分の嫌な事は嫌だと堂々と言ってのけるあのモルディアがである。それがどれほどの異常か、付き合いの短いヘスティアでも理解できた。
だからこそ、嫌ならばやらなければ良いじゃないかと言おうとした。モルディアからすれば言われるまでもない事柄かもしれないが、言うべきだと思ったからだ。しかし、当のモルディアからそれ以上は言うなと言わんばかりの視線を向けられた。
「その行為に、俺は意味を見出さない。当たり前のことが当たり前に起きるだけだからだ。だが、そう思わない奴もいる。それを心底から大事に思っていて、そうなる結末を許容できない奴だ。俺はそいつに大切なモノを盗られてしまってな。それを取り戻すために、その契約に従っているという訳だ」
モルディアとしても不服としか言いようがない。しかし、その契約を強制され呑んでしまった以上、その契約に従う。自身にとって大切なモノを取り戻すために、自身の時間を使うと決めた。だからこそ、暇つぶしでしかないのだ。彼にとっては総ての事柄が、自分から関わらない限り大きな意味合いを持たない。
だからこそ、関わるのだ。自分にとって大切なモノたちを皮切りに、世界へと関わっていく。何の価値も持てなくなることをこそ彼は毛嫌いするからこそ、外を見つめるために大切なモノを作る。それがやがて別離の運命を迎えることになったとしても、その度に涙する事が分かっていても、無価値なモノにだけはなりたくないから。
何度も幸せを感じて、何度も傷ついて。終わる事の許されない彼の生涯は、まさしく別れと後悔ばかりの生涯だ。けれど、彼は決してソレを悪だとは言わない。何故なら、それこそが人生だ。最後には別離が待っているとしても、悲しみや苦しみが待っているとしても。それは今の、かつての、そしてこれからの幸福を否定する理由にはならない。
だから、彼は繋がりを作ることを止めない。自分の生きる意味を否定したくはないからだ。全ては無為に消えるしかないとしても、彼の中に積み上げられた想い出は決して嘘ではないから。彼の中に蓄積された想い出にいる全ての人々の顔を今でも思い出せる以上、彼は信じて生きていけるのだ。
「だから、俺は世界を否定しない。たとえ俺の理解できない事であっても、そいつにはそいつの譲れない大切なモノがあるという、ただそれだけの話なんだからな」
「その結果、君は本意ではない事をやらされているのに?」
「それだけ相手が本気だったというだけの話さ。事実、その段階で俺に殺されてしまう可能性は多分にあった。激情のままに総てを終わらせる力が、俺にはあったのだから。それでもそうしなかったのは、単純に相手の眼が本気だったのが分かったからさ。ほんの少しでも侮りがあったのなら、その時点で殺してたよ」
モルディアにはソレをなすだけの力があった。二つの側面を持つ絶対的な力を持つ者こそがモルディアなのだから。だからこそ、彼は世界における絶対と呼ばれ、■■の役割を課せられた存在なのだ。
「まぁ、何にせよだ。俺は二人を強くするためには手段を選ばない。俺の協力など不要だとそう思えるぐらいに強くなってほしいからな」
「それって一体どれぐらい先の話だい?」
「さぁて……何時になる事かな。それこそ、あの子たちが多くの人々がこの都市を代表する英雄の一員になれたのなら、俺の力など不要だとそう言えるだろうな。そして、それが遠くない事はなんとなく察せられる」
「君から見て、じゃないんだね?」
「俺から見て英雄と名乗れるのはごく一部の人間だけさ。まだ人間の側面しか見せられないこの世界の住人じゃあ、まだまだ青いとしか言いようがない。俺にとって英雄と呼べる存在がいるのだとすれば――――それは世界を救う英雄だ」
【救世】を成したる者こそ英雄だと、モルディアは告げる。下界の悲願たる【救世】、かつて神時代の結晶と呼ばれた者たちですら成しえなかった奇蹟をクリアしなければならないとはモルディアのハードルはどれだけ高いのかと思わざるを得ない。
「ベル君たちは、至れるかな?君の言う地平まで」
「さぁて、未来を見通す権能を使わなくてはその未来は分からないな。だが、あの子たちはこの下界における大きな変数だ。その変数が至る場所が何処なのか、それは現在を生きる俺たちが論じることのできないものだ。しかし、分からないからこそ、その変化は未知数で、その未来は神秘的なんだ。そうだろう?」
モルディアはその口元に笑みを浮かべる。いずれ訪れるその未来が大層楽しみだと言わんばかりの表情に、ヘスティアはソレまで抱えていた負の感情が抜けていくのを感じた。己に課せられた巨大すぎる役割より、家族とはいえ他人の未来に楽しみを見出せるのなら問題ないだろうと思ったからだ。
事実、モルディアは自分の役割をそこまで重くは捉えていない。どれほど巨大なモノであったとしても、その時を迎えるまでどうするのかは自分の意思で選ぶのだ。何を大切にするのかは自分の手で選ぶことが出来る。それがどれほどの幸せなのかを知っているから。
翌日、モルディアは二人を連れてまた【ロキ・ファミリア】を訪れていた。そこでは前日と同じようにフィンたちと今度はロキが居合わせていた。何とも複雑そうな表情を浮かべるベートの姿に首を傾げつつも、歩み寄る。
「おはようございます、神ロキ」
「おお、おはようさん。早速で悪いけど、礼を言わせてもらうわ。ありがとうな、モルやん」
「はて、俺が何か?」
「そんな謙遜せんといてぇな。レフィーヤの頼みを聞いてくれて、リヴェリアたちに授業してくれたんやろ?代価を払うのはこっち側やのに迷惑をかけてばっかりで申し訳ないわ」
「ああ、その事ですか。大して負担にもならないので良いですよ。あの程度は元の世界でも一定以上の実力者であれば誰でも使ってる技術ですから」
「そうなん?モルやんの故郷って大分魔境なんやな」
「別に故郷じゃありませんよ。俺の故郷は滅び去って久しいですし、表現するなら純粋に暮らしている場所と言うべきでしょうね。俺の暮らしている場所にもここみたいなダンジョンがあるんで、実力者はこぞって集まってますね」
「それ、大丈夫なんか?」
「最悪の場合は俺が介入したりしてましたけど、まぁ大丈夫でしょう。いざとなれば俺の恩寵を持っている奴がどうにかするでしょうし、それでも難しければ俺の眷属が動く。それで大抵の事はどうにかなります」
「それでもどうにかならん場合はどうするん?」
「そんな事態にはならないでしょうけど、問題ありませんよ。あそこは最強の軍神様が守る場所ですからね」
顎を撫でつつ笑みをこぼしながらそう言うモルディアにアイズはムッとし、レフィーヤはモヤッとし、エリスは顔を歪めた。モルディアの態度には全幅の信頼があったからだ。アイズたちの事を子供としか見ていないモルディアの確かな一人の人間に対する信頼を感じたからだ。
要するに、自分たちでは手に入れられないモノを持っているその誰かに嫉妬したのだ。他者とは隔絶した領域に位置するモルディアに全幅の信頼を受けるというのは相当な難易度だからだ。少なくとも、この地上でそこまでモルディアの信頼を受けているのはヘスティアぐらいだろう。もちろん、ヘスティアに向ける信頼の色は異なるが。
「ふ~ん、モルやんがそこまで言う相手がおるんや。そら、いつか会ってみたいもんやな」
「そうですね、機会があればそれも良いでしょう。ところで、他にも言いたいことがあるのでは?」
「……ほんま、モルやんにはなんでもお見通しなんやな。詳しい話は中でさせてもろてもええか?」
「もちろん。内々の話であれば、外でするべきではないでしょうし。ただ、その前にこの子の修行をつけていただいても?俺との話し合いにこの子たちの時間まで使うのは勿体ないですし」
「それもそうか。じゃあ、誰に相手してもろた方がええかモルやん指定してくれるか?」
「そうですね……ベート君かフィン団長殿かな?ベルの戦闘スタンスはベート君に近いものがあるし、ベルやエリスはどちらかと言えばパワーよりもスピードや技術で翻弄するタイプだから、そういう点ではフィン団長殿が適役かな。エリスは短文詠唱だから、リヴェリアさんの教えは合わないだろうし」
「そうか。じゃあ、ベート。頼めるかい?」
「……正気か?」
「君的にも良いだろう?今の
「……チッ。分かったよ。おら、さっさとついてこい」
ベートに連れられ歩いていく二人。気になるのかチラチラとモルディアの方を見ていたが、モルディアが手を振っていたので修行に集中することにした。そんな二人を見送った後、モルディアは団長室に案内された。一緒にいた面子はそこで解散するのかと思っていたが、残っている事にモルディアは首を傾げる。
「おやおや、これは熱烈な歓迎だな?俺は何かやったか?」
「まぁ、大事な話やから同席しといてもらおうと思ってな。んで、改めてやけどありがとうな、モルやん」
「ふむ。それは先の話とは別件の話ですね?そうだな……ローガ君のランクアップに関して、ですかね?」
「……モルやんって、何なら分からんの?」
「目の前にない事であれば、理解はできませんね。俺は俺の持っている力の中で特筆すべきなのは理解する力、いや理解しようとずる力だと思ってます。どんな力にも理屈がある。発生理由が偶然でも、ソレを使う方法には理屈がありますから」
「嘘やない、な。まぁ、それはええわ。んでな、ここからお願いがあるんやけど」
ロキからの提案に目を細めるモルディア。そんなモルディアの行動に緊張が走り、ソレを察してモルディアは表情を戻したが腕を組んでロキにとがめるような視線を向けた。
「……神ロキ、今回の修行の件はアナタが提示した交渉の代価であった筈。これ以上の交渉を行いたいのであれば、それは神フレイヤと神アストレアとの交渉を待つべきだし、それ以上に主神たるヘスティアの裁定を仰ぐ必要がある。そういう条件なのですから、まずそちらに話を通すべきでは?」
「いや、今回の一件は神と君の交渉ではなく、我々【ロキ・ファミリア】が君にお願いしたい交渉なんだ。便宜上、主神たるロキから話させてもらったけど、その四神間交渉の件とは別件なんだ」
「なるほど?じゃあ、話を聞かせてもらおうか。受けるかどうかはその後だがね」
モルディアが聞く姿勢を取ると一安心したのか、息を吐き出すロキ。それに対して周りは緊張した面持ちを崩すことは出来なかった。モルディアの気配は決して緩んではいなかったからだ。聞く耳を持つというだけで、その頼みを聞く気が基本的にないからだ。
友好的な姿勢を基本的にしているからこそ分からないが、モルディアは身内以外にはそこまで優しくはない。線引きがしっかりしているからこそ、その線より外にいる者には基本的に厳しい。友好的ではあっても、身内のような扱いは基本的に期待できない。だからこそ、この1年あまりフィンは交渉を行うことが出来なかったのだから。
だが、フィンとしてはその第一歩。つまり、聞く耳を持たせるという行為が最も難しいと考えている。モルディアはメリットとデメリットを両天秤に置ける人物であるからだ。何でもできるモルディアではあるが、ダンジョンや冒険者としてのイロハに関してはフィンたちに分がある。
無論、モルディアに出来る事に比べればフィンたちに提供できるものは限られている。何故モルディアがダンジョンに積極的に潜りたがらないのかは分からない。戦闘経験はフィンたちとは比較にならない程に積んでいる事は理解できるからこそ、ダンジョンに潜れば容易に今の収入の数倍の金が稼げるのに潜らない理由が分からない。しかし、突くべきはその点しかないのが現実だった。
「モルディア君、僕たちは君に定期的な技術顧問をお願いしたいと思っているんだ」
「技術顧問?前回のような授業を所望している、ってことか?」
「それもあるけれど、ベートと行ったような実戦的な鍛錬もお願いしたいと思ってるんだ」
「実戦的な鍛錬?彼のようにランクアップを期待しているのなら、それは期待外れとしか言いようがないぞ」
「それはもちろん分かっているとも。けれど、僕たちもトップファミリアの一角だ。その上で命を落とすことなく鍛錬を積むという意味では君以上の相手もいないというのが現実なんだ。それは分かってくれるだろう?」
「【猛者】に頼めば良いんじゃないか?これを機にお互いのファミリアが手を取り合って強くなればいいだろう?」
「それが出来ると、本気で思うかい?」
「いいや、まったく?だが、できなければ世界は滅ぶ。前にも言ったが、【フレイヤ・ファミリア】と共闘できたとしても君たちでは黒竜に勝てない。それが現状の揺らぐことのない事実だ。俺はソレを撤回する気もないし、君たちも理解している事だろう。
その上で訊くよ。俺に指南した程度で黒竜に勝てると、本気で思ってるのかい?」
「………………」
モルディアの問いにフィンは黙り込む。フィン自身、その問いに対する答えは一つしかないからだ。ソレをモルディア自身も理解していた。答えは――――
「いや、そんな事は思っていないよ」
「だろうな。もし思っていると答えたら、その時点で話を聞くのは止めようと思っていたよ。その上で訊いてやるよ。そう思っているのに、どうして俺の教えを受けたいだなんて言うんだ?君たちの敵は理不尽だ。モンスターを生み続けるダンジョンに神時代の結晶と呼ばれた連中ですら惨敗した相手。そんな連中と戦わなくてはいけないんだからな。連中と君たちの間にある差は決して一朝一夕で埋まるモノじゃない。それは理解しているだろう?」
「理解しているからこそ、さ。強くなれるために必要であれば、どんな事だってしなくちゃいけない。それは君だって理解してくれるだろう?」
「もちろん。俺も無二を下すために自分の体を弄繰り回した。親から貰ったこの肉体の中で、人間のままであり続けるモノはもう何も残っちゃいない。俺が俺であると証明できるモノは最早魂と記憶だけだ。この目も鼻も口も耳も、五感や内臓の総てが人間のモノではない。だからこそ、俺は最強へと至ったんだからな」
モルディアの告げた言葉に誰もが驚愕の視線を隠せなかった。嘘であると思いたかった面子はロキに視線を向けたほどだった。ロキはその視線を受け、首を横に振った。モルディアの言葉に嘘は感じなかったからだ。事実、モルディアの言葉に嘘はなかった。
「君たちのような恩恵もなく、世界で最も強い幻想に唯人の身で勝とうなど思い上がりも甚だしい。勝つためなら。己の目的を叶えるためならば、どのような手段であっても取るべきだ。プライドなど捨ててしまえ。少なくとも俺はそうして生きてきた。プライドなど持つのは自分の手で願いを叶える力を得てからの話だ」
「君のいう事に間違いはないと思うよ。でも、ソレが自分だけの裁量でどうにもならない場合もある。それは君にだって分かるだろう?」
「……何故、そう思う?」
「君は恐らくだが、大きな組織を率いた経験があるだろう?そういう組織を率いた者特有の経験を君からは感じるんだ。僕たちと【フレイヤ・ファミリア】が手を取り合えないと理解している話しぶりからもその事は察せられるよ。そうだろう?」
「まぁ、それは否定しない。大きな組織特有のしがらみも個々人の感情によるしがらみも理解はできるさ。だけど、その流儀に俺が従わなきゃいけない理由はないよな?」
「まぁ、確かにそれはそうかもね」
「おい、フィン」
モルディアの言葉に同意を示すフィン。その行動はこの交渉自体を台無しにしかねない言葉だった。だからこそ、ロキはフィンを止めようとした。それに対して掌を向けることでロキを制止したフィンは改めてモルディアの眼を見る。
「その上で、僕たち、いや、僕は君にお願いしたいと思っているんだ」
「お願い?交渉ではなく?」
「ああ、あくまでもお願いだ。もちろん、やってくれるなら君の望む通りの報酬を払うつもりではいる。僕たちの叶えられる範囲で応えたいとは思っているんだ。それは前提として、こちらの頼みを聞いては貰えないだろうか?」
「……一応、確認しよう。俺は君たちに実戦的な訓練をつける。その代わりに君たちは俺の望むモノを可能な範囲で提供する。この言に間違いは?」
「ない。僕たちが強くなる代わりに、君の望むモノを準備しよう。それこそ、君の行っていた魔石の補給を僕たちが代行しよう。それ以外の事柄も僕たちがやろう。だから、どうか僕たちを強くしてくれ」
そう言って頭を下げるフィンの姿に、モルディアは頬杖を突きつつ片目を閉じる。暫くそのままにしており、フィンはその間微動だにせず頭を下げ続けていた。時計の秒針がちょうど一周した頃、モルディアは頬杖を解き口を開いた。
「本当に理解しているのか?自分の言葉がその要のファミリアを傾けかねない代物であるという事を」
「もちろん。だからこそ、君の求める対価には僕が率先して活動するつもりだ。他の仲間には僕がどうしても動けない場合に協力をお願いしようと思っているんだ。問題はないだろう?」
「……………………ハァ。俺が君の願いを聞いた上で、そんな事をさせていると知られた日には俺に対するヘイトがとんでもないことになるだろうが。そう言って俺に割引でもさせるつもりだったのか?」
「さて、どうだろうね」
「白々しい……まぁ、別に構わんがね。俺の手間を排除したところで、俺が君たちに協力するメリットにはならない。ベルとエリスの教育に関しても、そこまで君たちに頼る意味を見出せない。ダンジョンが未知にあふれているとしても、それは俺の予想の範囲を出ない。事実、俺は深層に行った際に起こった総てのトラブルを対処したしな」
「それはこれまで君にとって対処できる問題しか起こってこなかっただけじゃないかな?ダンジョンでは何が起こるか分からない。その常識が君の常識を上回る日が来ないとは限らないんじゃないかな?」
「まぁ、ありえないとは言わんな。だが、その俺の認識が覆る事も証明しきれないんじゃないか?俺が経験してきた事柄に当てはまらない事がダンジョンで起きないとは限らないだろう。それこそ例えば……深層に出現した芋虫型のモンスターとか、な?」
「「「「「ッ!?」」」」」
現状、【ロキ・ファミリア】だけが把握している秘密。武器を劣化させる液体を出すモンスターの存在。先日オラリオに現れた植物型のモンスターの類似系ではあると思っているが、深層にいるモンスターの存在まで認識しているとは思わなかった。
「その反応を見るに、俺が知らないと思っていたのか?まぁ、無理もない話だろうがな。俺単独で潜れる範囲とはいえ、そこまで潜る旨味を俺が感じていないから潜っていないだけなんだがな」
モルディアからすれば、ダンジョンの事柄はおおよそ理解している。その上で自身で解決する気が欠片もない。それはあくまでもこの世界の問題はこの世界の人間の手で解決するべきだ、という思想があるからだ。この世界の問題に対して自分から首を突っ込む気がないのだ。どこまでも自分が部外者だと思っているが故に。
「俺はあくまでも部外者だ。この世界の人間ではなく、どこまで行っても俺はこの世界の問題の外側にいる存在でしかない。だからこそ、俺は首を突っ込まない。俺が単独でこの世界に積もり積もった問題を解決したとしても、それは決してこの世界のためにはならないからだ。一人の超越者がもたらす結果にどんな価値があるだろう?」
「出来る事をせずに避けることが正しいと、君は言うのかい?」
「さぁて、な。だが、強力な力が目の前にあるからと飛びつくような行為が正しいとは、俺には思えないな。君たちはもう少し、自分というモノを大事にした方が良い。それが願いのために総てをかなぐり捨ててきた化け物から言える、ただ一つの事だよ」
「そうだとしても。今自分たちが出来る事を避けて通ろうとすることが正しい事だとは、僕は思えない。払うべきリスクと引き換えのメリットの事を考えれば、退くべきではないと僕は思う。この世界の未来を担うのが僕らだと言うのなら、どうかお願いだ。僕たちに力を貸してくれ」
そう言ってフィンは頭を下げた。それは常にフィンが考えていたメリットとデメリットを外に置いた行動だった。ソレが理解できたからこそ、旧知の仲であるリヴェリアとガレスは表情に出さないまでも驚いていた。同族の名誉を復権する事を第一に考えていたコイツがよくも、と。
その心底をモルディアは見抜いていた。旧知の仲である彼らがそこまで思うのなら本気なのだろうと。だが、だからこそ理解できなかった。
「…………フィン団長殿、頭を上げてくれ。こちらの質問に答えてくれれば、今回の依頼を受けよう。その答えがどのようなモノであれ、俺は君の願いをかなえよう。そのつもりで答えてくれ。
――――君は何故、俺を信じる?俺はこの都市に来て一年ほどの新参者だ。そんな輩を、どうして君は信じられる?多少の力は示したが、大言壮語を吐いている愚か者だと、どうしても思わないんだ?」
「そんな事かい?だったら答えは簡単だ。君の眼を、君の行動を見て、ソレを信じるべきだと、僕が思ったからだ。君は決して嘘をつかず、自分の信念を貫く人だと僕が思ったからだ。それでは不足かな?」
「…………いいや、十分だ。そちらの要望に応えよう。その上で、こちらも要求をさせてもらう。
1つ、こちらのルーキーに引き続き教育役を設置してもらう。相手は……そうだな。アイズ嬢を指名しよう。こちら側の理由は控えさせてもらうが、そちらにとっても悪い話ではないだろう?無論、そちらの事情を優先させてもらって構わないしな。
第二に、俺を雇う場合は月に一千万ヴァリスを用意する事。その上で、その月の教導内容に応じて俺がその月に得られる報酬を決める。これに事前の相談はなく、俺の独断によって決められるものとする。
第三に、【ヘスティア・ファミリア】に悪評が発生した際にコレの除去に協力する事。俺は俺が行う総ての事柄に関して、君たちに嘘偽りのない情報を出すことを約束する。その代わりに他のファミリアの裏工作などにより俺たちのファミリアが危機に陥れられた際、その復権に協力してもらう。
上記の事項に対して何か言いたいことは?」
「そうだね……三つ目の事項に関して、だけど。僕たちにも僕たちの立場がある。例えば、君たちが
「考慮はしよう。ただし、その某かが闇派閥に利用されているだけの可能性もある。そうしなければ生きていけなかった可能性も。もちろん前提としてその某かが何もしないように監視はしよう。だが、その人物の存在によって責めたてられるのは認められないな」
モルディアはベルの善性を理解している。アレは相手に悪いところがあっても、その上で良いところを見ようとする。それが根は善良な、それこそ少女であればきっと見逃すことが出来なくなる。だが、良い事をして周りから責めたてられるなど看過するべきではない。たとえ、それほど世界がまっとうではないとしても。
善人が善良な事をして責めたてられるような世界なら、そんなものは滅んでしまった方が世のためだ。全てを救うことは出来なくとも、己の手を差し伸べることが出来るモノは報われるべきだ。たとえ、その手を振り払われようと。ソレが出来る人間は素晴らしい人間であることに違いはないのだから。
「君たちがその人物に対する責任を負えると言うのなら、僕はその条件を呑もう。ただし、その人物が某かのトラブルを引き起こした際には庇い立てはできないと思ってくれ。僕たちはオラリオを代表するファミリアだからね」
「分かった。では、この条件でそちらの要望に応えよう。とはいえ、まずは俺の条件を達成する方が先だろう。アイズ嬢やティオナ嬢は自分の武器の代金もあるだろうしな。最低限の要件を達成可能になってから依頼は出してくれ」
「分かった。こちらの準備が出来次第、またお願いをさせてもらうよ。そうだ、これから早速ダンジョンに向かおうと思っているんだけど、良かったら君もどうだい?」
「お断りしておこう。だが、そうだな……もしあの青年が生きていたら聞いておいて貰えるか?『俺の忠告は役に立ったか?』とな」
「それは構わないけれど……一体、誰に?」
「まぁ、顔を合わせて見れば分かるだろうさ。少なくとも、その質問を聞いた相手は分かるだろうさ」
それだけ告げるとモルディアは立ち上がった。これ以上は語る事もないだろうとそう言わんばかりの態度にフィンは肩をすくめ、リヴェリアは目をつむり、ガレスは顎に手を添える。モルディアの態度にはその場にいる者たちへの配慮に欠け、しかしそれが当然と思わせるだけの重みがあった。
だが、実際フィンたちにこれ以上モルディアを引き留める理由がないのは事実だった。モルディアの言った条件を達成するために様々な手はずを整えなければならないのは事実で、そのために動き始めなければならないのも事実だ。だが、あまりにも淡白すぎるのでは?とレフィーヤは思わざるを得なかった。
「さて、早速動き始めようか。あれだけ煽られて動かないようじゃ、名が廃るってものだしね」
「不器用な奴じゃの。まぁ、らしいとも言えるかもしれんが」
「だが、言っていることは事実だ。彼の期待に応えられるように立て直しを行う事は急務と言えるだろう」
「えっと……どういう意味っスか?」
「モルやんはな。ウチ等なら自分の課題を簡単にクリアするだろう、って言うとったんや。クリアしたうえで自分に挑んで来い、ってな。ある意味、不器用な信頼の証ってことやな」
モルディアはそもそも他人に対して期待などしない。彼に出来ない事はほとんどないし、誰かに頼るなどと言う事をモルディアは暫く行ってこなかった。それは彼自身の能力の高さとどこまでも果てしない規模の広さが由来だった。
そんな彼も他者に目をかけるという事はする。ほとんどは身内限定だが、極めて稀ではあるが他者にもその視線を向けることがある。元の世界では自分の加護を授けた者たちのごく一部のみだった。この事からもその視線に留まることがどれほど大変なのか、察して余りあるだろう。ちなみに加護を受けただけなら何百万人と存在している。
無論、この事実をその場の面々は知らないが、それでもモルディアほどの才人に注目されているという事実は彼ら彼女らを刺激するには十分すぎた。各々が気合十分という意思を露にした。ロキとフィンたちはそれを良い傾向だと判断し行動を始めるのだった。