第10話 返済日、そして立ち位置
結果だけを見れば、今月の返済はなんとか乗り越えた。
影犬の素材。
牙が二本、爪が七本。
合計で、十七万。
粘獣(ジェルビースト)の素材。
骨が一つ。
十万。
合わせて、二十七万。
三人パーティでの成果だ。
パーティ貯蓄として一割を回し、
残りを三人で分ける。
一人あたり、およそ八万。
そこから、それぞれ装備の整備に二万。
手元に残ったのは、六万だった。
俺は、そのうち四万を返済に回す。
残り、二万。
通帳を閉じたところで、
ふと、考えてしまう。
——もし、これがソロだったら。
二十七万。
分配はない。
返済を終えても、なお二十万が手元に残っていたはずだ。
喉の奥が、きゅっと鳴る。
数字は、残酷なほど正直だった。
チームを組めば、生き残る確率は上がる。
だが、稼ぎは確実に減る。
——分かっていた。
それでも、実感として突きつけられると、重い。
クランハウスに戻ると、
それぞれの選択が見えてきた。
澪は、素材を現金化しなかった。
「牙と爪、一つずつ使います」
六万相当を、装備の強化に回すらしい。
「次は、もっと余裕を作りたいので」
先を見据えた、静かな判断だった。
一方で、佐伯は顔を明るくして言った。
「なあ、焼肉行きません?」
俺と澪の顔を見て、笑う。
「せっかくだし、三人で。
生きて帰って、ちゃんと稼げた日なんて、
なかなかないじゃないですか」
……悪くない。
金の使い道として正しいかどうかは分からない。
だが、あの奈落から戻ったあとに、
皆で同じ卓を囲むというのは、確かに意味がある。
それぞれが、少しだけ気分を切り替え、
また奈落に向かう準備をするのだろう。
とはいえ——
俺たちは、まだ一階層で足踏みしている。
アウルズ・パスの先輩パーティでも、
探索はせいぜい七〜九階層だ。
慎重に、確実に。
だが、一歩ずつみんな前に進んでいる。
そんな中で、
クランハウスの空気が、どこか浮つき始めていた。
原因は、イカロスだ。
「奈落中層への入り口を発見」
「階層守護者を討伐」
その報告を基準に、
奈落はこう呼び分けられるようになった。
入口から、一〜十階層。
これまでの範囲を——上層。
そして、
雰囲気の違う大広間を越えた先を——中層。
危険度は、跳ね上がる。
奈落が全部で何層あるのかは、
誰にも分からない。
底があるのかどうかすら、不明だ。
他のクランは、色めき立っていた。
中層に乗り込む。
先行者になる。
名を売る。
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その空気を、
クランリーダーが静かに止めた。
「方針は、変えない」
広場に集まった探索者たちを前に、
短く、だがはっきり言う。
「安全マージンを取る。
無事に帰ることが、最優先だ」
一拍置いて、続ける。
「俺たちは、英雄じゃなくていい」
ざわついていた空気が、少しだけ沈む。
「名を残すために潜るんじゃない。
明日も、次も、全員が生きて戻ってくるために潜る」
その言葉を聞いて、
俺は胸の奥で、静かに頷いた。
返済は終わった。
だが、奈落は続く。
イカロスに追いつく必要はない。
焦る理由もない。
俺たちは、まだ一階層だ。
この前少し無茶な冒険もした。
だが――
生きている。
生きることこそが最優先。
それが、アウルズ・パスのやり方だった。