『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第14話 吐き出されたもの(前編)

第14話 吐き出されたもの(前編)

 第二層の空気は、明らかに落ち着きを失っていた。

 

 静かなはずの通路に、

 遠くから重なった足音が響いてくる。

 

 ——逃げている。

 

 それも、一人や二人じゃない。

 

 通路の先から現れた探索者は、

 皆、顔色が悪かった。

 

 後ろを振り返りながら、

 必死に走っている。

 

 その背後。

 

 影犬。

 粘獣。

 

 複数。

 

「……まずいな」

 

 あの道は正規の進行ルートだ。

 

 普段なら、引き返す選択肢もある。

 だが、今は違う。

 

 化け物を引き連れた撤退者が、

 次々に流れ込んでいる。

 

 今、あの通路に戻れば——

 前後を化け物達に囲まれる。

 

 「一旦脇道に入る」

 

 俺が即座に判断する。

 

 澪と佐伯も、迷わず従った。

 

 細い通路。

 曲がり角。

 さらに分岐。

 

 身を隠すように、

 幾度も進路を変える。

 

 だが、進むほどに嫌な感覚が強くなる。

 

 ——行きすぎだ。

 

 頭の奥が、じくりと痛んだ。

 

 「……ここまでだ」

 

 これ以上進めば、

 戻る道を完全に見失う。

 

 そう判断した、その瞬間だった。

 

 通路の奥。

 

 影が、動いた。

 

 いや——

 影じゃない。

 

 重い足音。

 

 床が、きしむ。

 

 「……来る」

 

 勘が、告げる。

 

 姿を現したそれは、

 今まで見たどの化け物とも違っていた。

 

 上半身は、人型。

 だが皮膚は灰色にくすみ、

 生きているというより、腐りかけている。

 

 動物のゾンビのような顔。

 

 そして——

 左右対称に生えた角。

 

 影犬の牙など比べものにならないほど、

 太く捻れて、長い。

 

 下半身は定まっていない。

 粘性の塊。

 

 だが、

 その中心には確かな芯が見える。

 

 ——何かの半成体。

 

 完成していない。

 だが、明らかに強い。

 

 「下がれ!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 同時に、

 角が大きく振り回された。

 

 空気が裂ける。

 

 「左!」

 

 澪が跳ぶ。

 

 角が、

 さっきまで彼女がいた場所を薙いだ。

 

 床が抉れる。

 

 ——一撃で、終わる。

 

 勘が、

 次の動きを告げる。

 

 「拳、来る!」

 

 半成体が、

 腕を大きく振りかぶる。

 

 拳が落ちる。

 

 佐伯が、

 紙一重で避ける。

 

 壁が、砕けた。

 

 「……冗談じゃない」

 

 あれを受けたら、

 防具ごと潰される。

 

 呼吸が荒くなる。

 

 勘は、

 まだ働いている。

 

 「次、突撃だ!」

 

 角を前に突き出し、

 半身になる。

 

 ——突進だ。

 

 「散開!」

 

 三人が、

 別々の方向へ跳ぶ。

 

 角が、

 通路を一直線に貫いた。

 

 避けきれた。

 

 ……だが。

 

 頭の奥が、

 ずきりと痛んだ。

 

 「……っ」

 

 視界が、

 一瞬だけ歪む。

 

 息を整える暇もなく、

 次の動きが来る。

 

 角。

 拳。

 

 突撃。

 

 勘で読み、

 声を出し、

 体を動かす。

 

 ——間に合っている。

 

 だが、

 そのたびに頭痛が強くなる。

 

 「……ぐっ……やばい」

 

 このままじゃ、

 持たない。

 

 その時だった。

 

 勘が、

 再び告げた。

 

 ——来る。

 

 だが、

 いつもより曖昧だった。

 

 ——角。あれだけは、絶対に食らえない。

 

 俺は、

 自分に振りかざされる角を最大限に警戒した。

 

 大きく振り回す。

 あるいは突撃。

 

「いや、これは……」

 

 気づく。

 

 ――狙いが違う。

 

 半成体の重心が、

 低い。

 

 ——体当たりだ。

 

 そして、俺に向かって、

 角を振り回したのではない。

 

 ――大きく振り返ったのだ。

 

 澪に、

 標的が切り替わっている。

 

「澪!……下が――」

 

 分かっていた。

 

 確かに、分かっていた。

 

 だが——

 

 頭が、割れるように痛む。

 こめかみの奥が、熱を持つ。

 

 体が、

 言うことを聞かない。

 言葉が続かない。

 

 半成体が、

 粘性の下半身を使って

 澪に向かって一気に距離を詰める。

 

 「……っ!」

 

 踏み出そうとして、

 足が遅れた。

 

 それでも、体は動かなかった。

 

 ——遅れた。

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