『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第15話 吐き出されたもの(後編)

第15話 吐き出されたもの(後編)

間に合わない。

 

 ——そう思った瞬間だった。

 

 視界の端に、

 黒い影が飛び込んでくる。

 

 盾だ。

 

 大盾が、

 澪の正面に叩き込まれる。

 

 半生体の突進の軌道が、

 わずかに——だが、確実に逸れた。

 

 澪の体が、

 弾き飛ばされるように後ろへ転がる。

 

「——っ!」

 

 半成体の体当たりは、

 澪の体を掠めて通り過ぎた。

 

 そして、

 戦場の空気が変わった。

 

 「下がれ」

 

 低い声。

 

 落ち着いていて、

 迷いがない。

 

 半成体の拳が、

 澪に向かって大きく振りかぶられる。

 

 だが、その前に——

 

 槍が、伸びた。

 

 受け止めない。

 弾かない。

 

 槍は、拳の内側に潜り込み、

 引き込む。

 

 「……っ!」

 

 重心が、

 奪われる。

 

 半成体の上体が、

 わずかに前のめりになる。

 

 その瞬間。

 

 矢が走った。

 

 鋭く、

 無駄がない。

 

 狙ったのは、

 軸脚の関節。

 

 矢が刺さり、

 半成体の足が崩れる。

 

 床が、砕ける。

 

 体勢が、

 完全に落ちた。

 

 「——今だ」

 

 次の瞬間、

 剣が閃いた。

 

 好青年のような顔をした剣士が、

 背後に回り込んでいる。

 

 一切の躊躇もなく、

 首元へ。

 

 ——切断。

 

 頭部が、

 床に転がる。

 

 だが、

 終わりじゃない。

 

 槍使い——

 リーダーが、前に出る。

 

 踏み込み。

 迷いなし。

 

 心臓を、貫いた。

 

 その瞬間。

 

 半成体の体が、

 形を保てなくなる。

 

 粘性となって

 崩れ落ちる。

 

 影が、

 薄れる。

 

 ——消滅。

 

 静寂。

 

 ほんの数秒。

 

 だが、

 俺たちがどれだけ足掻いても届かなかった相手が、

 もう、そこにはいなかった。

 

 気づけば、

 周囲に八人の探索者が立っている。

 

 全員、若い。

 

 二十代だろう。

 

 誰一人、息を乱していない。

 

 槍を持つ男——

 天城レイ。

 

 弓を構えた女の子。

 

 剣を納める好青年。

 

 大盾を拾い上げる、大男。

 

 腰にナイフを下げ、

 小さめのバックパックを背負った女の子。

 

 剣と盾を持つ男が、もう二人。

 

 そして、

 大きなバックパックを背負った男。

 

 ——八人。

 

 誰も、無駄な動きをしていない。

 

 誰も、遅れていない。

 

 全員が、

 最初から最後まで、同時に動いていた。

 

 「……大丈夫か」

 

 天城レイが、

 澪を見る。

 

 澪は、

 少し遅れて頷いた。

 

 「……はい。

  助かりました」

 

 レイは、短く言う。

 

 「運が良かったな」

 

 運。

 

 なぜ簡単にそう言い切れるのか、

 俺には分からなかった。

 

 「……あれは」

 

 俺は、

 言葉を選ぶ。

 

 「第二層では……」

 

 「成り損ないだ」

 

 レイが、即答する。

 

 「中層から上に吐き出されたんだろう」

 

 吐き出された。

 

 その言葉が、

 妙に引っかかる。

 

 「完成してない。

  だから、ここにいる」

 

 そう言って、

 レイは仲間たちに合図を出す。

 

 全員が、

 すぐに動く。

 

 警戒。

 周囲確認。

 補給。

 

 無駄がない。

 

 「……俺たちは、

  もう一度奥を見る」

 

 レイが言う。

 

 「無理はするなよ」

 

 俺は、

 それだけ返した。

 

 レイは一瞬だけ、

 こちらを見る。

 

 そして、

 何も言わずに背を向けた。

 

 八人が、

 奈落の奥へ消えていく。

 

 その背中を見ながら、

 俺は思う。

 

 ——同じ場所に立っていたはずなのに。

 

 見ているものが、

 まるで違う。

 

 澪が、

 小さく息を吐いた。

 

 「……すごいですね」

 

 「……ああ」

 

 佐伯は、

 何も言えずに立っている。

 

 俺は、

 頭を押さえた。

 

 まだ、痛い。

 

 勘は、

 確かに役に立った。

 

 だが、

 限界も、はっきり見えた。

 

 英雄は、

 ああやって前に出るんだ。

 

 俺たちは——

 

 生きて、

 戻るしかない。

 

 奈落は、

 吐き出した。

 

 そして、

 まだ、

 飲み込むつもりだ。

 

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