第17話 慎重という選択
クランハウスに戻ると、
いつもより人が集まっていた。
探索から戻ったばかりのパーティ。
これから奈落に向かう者。
装備の手入れをする者。
騒がしいわけじゃない。
だが、どこか落ち着かない。
俺たちは、
リーダーに簡単な報告を上げた。
第二層での異変。
正規ルートの混乱。
半成体との遭遇。
余計な推測は入れない。
見たこと、起きたことだけを淡々と。
リーダーは、
最後まで黙って聞いていた。
「……分かった」
短く、そう言って頷く。
「しばらくは、
深入りは避けて様子見した方がいい
大事なのは行けるかどうかじゃない。
戻れるかどうかだ」
誰も、反論しなかった。
慎重すぎるとは思わない。
あれを見て、
無理に前へ進めるほど、
俺たちも軽く受け止めていない。
報告を終えたあと、
俺たちは工房へ向かった。
クランハウスから少し離れた場所。
探協にも近い。
どのクランにも属さず、
依頼があれば誰の装備でも直す工房だ。
だからここには、
噂も、現実も集まる。
中に入ると、
金属の匂いと炉の熱気が鼻を突いた。
炉の前に立っているのは、
屈強な体格の男。
白混じりの髭。
丸太のような腕。
——長くこの場所にいる人間だと、
一目で分かる。
「……お前らか」
オヤジは、
こちらを見て鼻を鳴らした。
「最近な、
戻ってくる顔が減ってる」
「修理か。
それとも作り替えか」
「作り替えです」
俺が答える。
「第二層で、
半端じゃないのに会いました」
オヤジの手が、
一瞬だけ止まる。
「……ああ」
それだけ言って、
続きを促した。
澪が、
槍を差し出す。
「折れないように。
衝撃を逃がしたいです」
オヤジは槍を受け取り、
穂先を軽く叩いた。
「判断を増やす装備だな」
即答だった。
澪が、
少しだけ目を見開く。
「……分かりますか」
「無茶する奴はな、
“もっと強く”って言う」
オヤジは鼻で笑う。
「生き残る奴は、
“対処できるように”って言うんだ。
——その前提で、逃げ道も考えてな」
次に、
佐伯の装備を見る。
「軽いな。
守る気がねぇわけじゃない」
佐伯が、
少し緊張したまま頷く。
「……何かあった時遅れたくないんです」
「正解だ」
迷いのない声。
最後に、
俺のナイフを見る。
刃をじっと見つめてから、
オヤジは言った。
「切れ味は足りてる」
「欲しいのは、
壊れねぇ方だろ」
「……はい」
オヤジは、
小さく笑った。
「最近な」
炉に素材を放り込む。
火花が散る。
「“行けるうちに行く”
“今しかない”って言う連中が増えた」
「そういう奴ほど、
次の依頼を持ってこねぇ」
槌の音が、
低く響いた。
「装備はな、
勇気の代わりじゃねぇ」
「覚悟を、
支えるもんだ」
その言葉に、
俺は何も返せなかった。
だが——
ここに来た判断が
間違っていないことだけは、
はっきり分かった。
工房を出て
クランハウスに戻ると
小さな噂が流れ始めていた。
「……イカロスが、
中層まで行ったらしい」
異常が続く中で、
彼らは悠々と奥へ進み、
見慣れない新素材を持ち帰ってきたという。
正しい判断をしたはずなのに、
胸の奥がざわついた。
——逃げているだけじゃないか。
ふと、思ってしまう。
もし、昔の自分だったら。
独立して、失敗する前の自分だったら。
あっち側に、
いたかもしれない。
守りに入っている三十の自分が、
少しだけ、怖くなる。
「……今は、このままが良いと思います」
澪の声は、静かだった。
「進める人が進めばいい。
私たちは、戻れる強さを選んだんです」
俺は、何も言わなかった。
否定も、肯定もできない。
ただ、その言葉を受けて——
気持ちに蓋をした。
夜。
クランハウスの屋上から、
奈落の入口が見える。
相変わらず、
何も変わっていないように見える。
だが、俺はもう分かっている。
奈落は、
待ってなどいない。
変わり始めた世界に、
どう追いつくか。
焦らず、
だが止まらず。
慎重という選択は、
逃げじゃない。
生き残るための、前進だ。
それが、今の俺たちの答えだった。