『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第18話 慣れと、違和感

第18話 慣れと、違和感

第二層に足を踏み入れるのは、

 もう何度目になるか分からない。

 

 入口の空気。

 湿り気。

 反響の仕方。

 

 それらは、

 すでに身体が覚えていた。

 

「……ここまで来るのも、

 普通になってきましたね」

 

 佐伯が、

 通路の先を見ながら言う。

 

 第二層の奥。

 第三層への入口が見える位置だ。

 

 まだ踏み込んだことはない。

 だが、

 “見える距離”には来ている。

 

 「慣れた時が一番危ない」

 

 そう返しながら、

 俺は足を止めた。

 

 「待て」

 

 二人も、

 即座に止まる。

 

 床に走る、

 細いひび。

 

 前回は、

 なかったはずのものだ。

 

 「……崩落の前兆?」

 

 澪が距離を取る。

 

 「まだ大丈夫そうだ。

 でも、通る理由もない」

 

 頭痛はない。

 強烈な警告もない。

 

 それでも、

 胸の奥がざわつく。

 

 「一応回り道する」

 

 佐伯は、

 一瞬だけ第三層の方向を見る。

 

 だが、

 何も言わずに頷いた。

 

 この判断が、

 もう共有できている。

 

 別の通路へ入ると、

 空気が変わった。

 

 湿り気が、

 はっきり強い。

 

 壁際に、

 薄く残る粘性。

 

 「……粘獣?」

 

 佐伯が小声で言う。

 

 「近いが、違う」

 

 俺は首を振る。

 

 新しい。

 乾いていない。

 

 澪が、

 床と壁を見比べる。

 

 「痕跡の規模と数が……合いません」

 

 「確かに……一体分じゃないな」

 

 倒された痕でも、

 移動した痕でもない。

 

 ——通過した痕。

 

 それも、

 これまでの粘獣より

 重たい何かが。

 

 「……これ以上は進まない」

 

 俺は短く言った。

 

 今日の目的は、

 層を進めることじゃない。

 

 変化を、

 見逃さないことだ。

 

 少し先で、

 影犬を一体確認する。

 

 一層では、

 完全に慣れた相手。

 

 だが、

 距離の詰め方が違う。

 

 無駄が、

 確実に減っている。

 

 短い合図。

 

 三人が、

 同時に動く。

 

 澪の槍が進路を制限し、

 佐伯が回り込む。

 

 俺が死角から刃を入れる。

 

 ——倒せた。

 

 だが、

 消えるまでが遅い。

 

 形を、

 前よりも保っている。

 

 「……やっぱりですね」

 

 澪が、

 影犬の残滓を見ながら言う。

 

 「強くなっている、というより……

 “完成してきてる”感じですね」

 

 俺は、

 静かに頷いた。

 

 「数を増やしてるんじゃない。

 質を、揃え始めてる」

 

 第三層の入口が、

 視界の端にある。

 

 進もうと思えば、

 行ける距離だ。

 

 だが——

 

 「今日は、ここまでだ」

 

 誰も、異論を出さない。

 

 慣れたからこそ、

 引き返す理由が分かる。

 

 帰路につく。

 

 背後に、

 追ってくる気配はない。

 

 それが、

 一番不気味だった。

 

 奈落の出口が見えた時、

 三人とも、

 無言で息を吐いた。

 

 「……半生体」

 

 佐伯が、

 ぽつりと言う。

 

 「最近、

 見てないですよね」

 

 「見てない」

 

 俺は答える。

 

 「でも、

 近づいてる」

 

 澪が、

 静かに言った。

 

 「第三層の方から……

 そんな感じがします」

 

 俺は、

 何も言わなかった。

 

 同じことを、

 感じていたからだ。

 

 第二層は、

 もう“通過点”になりつつある。

 

 だからこそ、

 罠になる。

 

 慣れは、

 武器にもなる。

 

 同時に、

 刃にもなる。

 

 今日は、

 越えなかった。

 

 それが正解かどうかは、

 まだ分からない。

 

 だが少なくとも——

 

 今日も、

 生きて帰った。

 

 それだけは、

 確かな事実だった。

 

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