『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第19話 指名依頼と、静かすぎる六階層

第19話 指名依頼と、静かすぎる六階層

半生体の目撃情報が、

 急に途絶えた。

 

 昨日まで確かにあったはずの報告が、

 探索者協会の掲示から消えている。

 

 探索者たちがざわつくよりも先に、

 探協のほうが動いた。

 

 ——指名依頼。

 

 それが、

 アウルズ・パスに届いた。

 

 探協の会議室で、

 担当者は書類を一枚置き、淡々と切り出した。

 

「現在の奈落上層、

 第一層から第六層までの状況を

 改めて確認したいと考えています」

 

 その言葉だけなら、

 珍しくもない。

 

 だが、次の一文で空気が変わった。

 

 「無事に戻れるクランの基準が、

  どのラインなのかを知りたい」

 

 佐伯が、

 思わず息を呑む。

 

 澪は、

 視線を落としたまま黙っている。

 

 担当者は続けた。

 

 「第七層以降は、

  上位クランが各自で判断して進める領域です」

 

 「しかし、第六層までは違う」

 

 「中堅クランが

  無理なく進める限界値」

 

 探協が知りたいのは、

 どこまで行けるかじゃない。

 

 どこまでなら、

 安定して戻ってこられるか。

 

 その測定に、

 アウルズ・パスが選ばれた。

 

 理由は明確だった。

 

 探索の安定性。

 奈落に関する既存の知識量。

 探索者個々の技量の平均値。

 

 派手さではなく、

 信頼。

 

 そして、担当者は一拍置いて言った。

 

 「今回の調査には、

  私も同行します」

 

 一瞬、

 室内の空気が止まる。

 

 「……え?」

 

 佐伯が、思わず声を漏らした。

 

 澪は視線を上げ、

 リーダーを見る。

 

 リーダーはわずかに眉を動かしたが、

 すぐに頷いた。

 

 「現地で確認したい、ということですか」

 

 「ええ」

 

 担当者は落ち着いたまま答える。

 

 「今回の目的は討伐ではありません」

 

 「数字や報告書ではなく、

  “どう進み、どう戻るのか”を

  この目で見たい」

 

 ——見に行く。

 

 それはつまり、

 判断の重さが一段上がるということだ。

 

 「足手まといにはなりません」

 

 担当者はそう前置きしてから続けた。

 

 「最低限の奈落対応訓練は受けています」

 

 「戦闘は行いません。

  後方行動になります」

 

 視線が、

 自然と俺たちに向けられる。

 

 「護衛と記録補助を、

  アウルズ・パスにお願いしたい」

 

 それは、命令ではなく依頼だった。

 

 リーダーは少し考え、答えた。

 

 「……分かりました」

 

 「前線に出ない形で、

  こちらが責任を持ちます」

 

 担当者は、小さく頭を下げた。

 

 「助かります」

 

 「今回の調査は、

  “無事に戻れるかどうか”を測るものです」

 

 「だからこそ、

  戻る判断ができるクランと

  一緒に動きたい」

 

 その言葉を聞いて、

 俺は理解した。

 

 探協は俺たちを

 使い捨てに来たわけじゃない。

 

 ——suggest to measure.

 

 どこまでなら、

 人が戻ってこられるのか。

 

 そして、

 誰がその基準になれるのか。

 

 調査隊は、

 総勢二十三名。

 

 アウルズ・パスは全員参加。

 俺たちはサポーターとして同行する。

 

 物資の運搬。

 状況の記録。

 地形と気配の変化の把握。

 

 戦闘は、

 上位パーティに任せる。

 

 ——前に出ない立場。

 

 出発。

 

 第一層、第二層。

 

 ここまでは、

 いつもの奈落だった。

 

 影犬。

 粘獣。

 

 数は多いが、

 動きは読める。

 

 第三層に入ってから、

 戦闘の回数は増えた。

 

 だが、

 焦るようなものじゃない。

 

 上位パーティは落ち着いていた。

 

 距離を取り、

 誘導し、

 確実に仕留める。

 

 「いつも通りだな」

 

 前線の誰かが、

 そう呟く。

 

 俺も、同意はできた。

 

 敵は増えている。

 だが、異常じゃない。

 

 第五層。

 

 影犬二体。

 床には粘瘴。

 

 そして——

 壁際に、人型の影。

 

 「……影、混ざってます」

 

 俺が記録を取りながら言う。

 

 影爪。

 

 単体なら、

 そこまで強くない。

 

 だが、

 混ざると厄介だ。

 

 影犬が前を抑え、

 粘瘴が足を奪う。

 

 その隙間に、

 影爪が入る。

 

 爪が振られる。

 影が、遅れて走る。

 

 致命傷じゃない。

 

 だが、

 位置とタイミングが狂う。

 

 「……判断、ずらしてくるな」

 

 前線の剣士が、低く言った。

 

 対応は早かった。

 

 影犬を優先。

 影爪は追わない。

 

 主役が消えると、

 影爪も引いた。

 

 戦闘は、短時間で終わる。

 

 怪我人はいない。

 

 「厄介だが、

  想定内だな」

 

 ベテランの一言。

 

 それが、この戦闘の評価だった。

 

 第六層でも、

 同じ傾向が続いた。

 

 戦闘は多い。

 だが、致命的じゃない。

 

 奈落は、

 騒がしい。

 

 ——それでも。

 

 胸の奥が、

 落ち着かなかった。

 

 勘が、

 何も言わない。

 

 警告がない。

 それ自体が、

 異常だと感じた。

 

 危険はある。

 だが、

 “来る”感覚がない。

 

 調査は、

 第六層で区切られた。

 

 「異常なし」

 

 担当者が、

 淡々と記録する。

 

 誰も、反論しなかった。

 

 帰還路。

 

 佐伯が、ぽつりと言う。

 

 「……行けちゃいましたね」

 

 澪が、少し考えて答える。

 

 「行けた、

 というより……

 通された感じがします」

 

 奈落の出口が見えた時、

 俺は振り返った。

 

 奥は、

 何も変わっていないように見える。

 

 だが、

 何も起きていないとは思えなかった。

 

 半生体は、

 消えたわけじゃない。

 

 姿を隠しただけだ。

 

 探協が知りたいのは、

 奈落の深さじゃない。

 

 世界として、

 どこまでなら安全が保てるのか。

 

 その測定に、

 俺たちは使われた。

 

 それが、

 正しい判断だったのかどうか。

 

 答えは、

 まだ出ていない。

 

 ただ一つだけ、

 確かなことがある。

 

 奈落は、

 静かに整えられている。

 

 その整い方が、

 人間の想定と

 同じとは限らないということだ。

 

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