『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第20話 調査後の評価と沈黙

第20話 調査後の評価と沈黙

調査から戻ったクランハウスは、

 妙に静かだった。

 

 誰かが成果を誇ることもない。

 達成感を口にする声もない。

 

 ——無事に戻った。

 

 それだけが、

 全員に共有された事実だった。

 

 探協の担当者は、

 帰還後すぐに別室へ向かった。

 

 書類整理と、

 調査内容の取りまとめ。

 

 俺たちは、

 しばらく待機となった。

 

 装備を外し、

 土と汗を落とす。

 

 誰も余計な話をしない。

 

 まるで全員が、

「まだ終わっていない」と

 理解しているかのようだった。

 

 やがて、

 リーダーに呼ばれる。

 

 小さな会議室。

 

 中にいたのは、

 探協の担当者とリーダー。

 

 そして——

 アウルズ・パスの中でも、

 数組のパーティだった。

 

 その中に、

 俺たちも含まれている。

 

 「……時間を取らせてもらいます」

 

 担当者はそう前置きし、

 視線を巡らせた。

 

 「今回の調査について、

  クラン全体としての評価は

  後日まとめて共有します」

 

 「ですが——」

 

 一拍。

 

 「いくつかのパーティについては、

  先に話しておきたい」

 

 その中で、

 担当者の視線が

 わずかにこちらに寄る。

 

 「あなた方のパーティです」

 

 佐伯が、

 無意識に背筋を伸ばした。

 

 澪は、

 静かに聞く姿勢を崩さない。

 

 担当者は、

 手元のメモに目を落とす。

 

 「今回、

  アウルズ・パスは全体として

  非常に安定していました」

 

 「進行速度、

  戦闘処理、

  撤退判断」

 

 「どれも中堅クランとして

  理想的です」

 

 リーダーが、

 小さく頷く。

 

 だが、担当者は続けた。

 

 「その中で——」

 

 「あなた方は、

  少しだけ、性質が違っていました」

 

 空気が、

 わずかに張る。

 

 「戦闘参加は最小限」

 

 「主な役割は、

  物資運搬、記録、後方警戒」

 

 「それにもかかわらず、

  戦闘が始まる前の立ち位置が

  常に安定している」

 

 俺は、

 無意識に息を詰めていた。

 

 「撤退判断が早い、

  というわけではありません」

 

 担当者は、

 はっきりと言い直す。

 

 「そもそも、

  危険な位置に立っていない」

 

 「敵が現れてから動くのではなく、

  動く前提で配置されている」

 

 「結果として、

  戦闘が始まった時点で

  余裕が生まれている」

 

 佐伯が、

 小さく息を呑む。

 

 澪は、

 わずかに視線を伏せた。

 

 「これは、

  一人の判断では成立しません」

 

 「パーティ全体の呼吸と、

  状況把握が

  自然に噛み合っている」

 

 「アウルズ・パスの中でも、

  特にそれが顕著でした」

 

 それは、

 明確な評価だった。

 

 だが——

 褒め言葉ではない。

 

 「もう一点」

 

 担当者は、

 少しだけ間を置く。

 

 「あなた方は、

  “起きていない異常”にも

  注意を向けていましたね」

 

 背中に、

 冷たいものが走る。

 

 「危険が出た時ではなく、

  危険が“出ていない”ことを

  不自然だと感じている」

 

 「これは、

  経験則だけでは説明できません」

 

 「勘、と呼ぶには

  精度が高すぎる」

 

 「現時点では、

  能力として扱うつもりはありません」

 

 「ですが——」

 

 担当者は、

 まっすぐこちらを見る。

 

 「奈落が、

  それを“排除していない”ように見える」

 

 沈黙。

 

 澪が、

 小さく息を吸った。

 

 「……通された理由、ですか」

 

 担当者は、

 否定しなかった。

 

 「ええ」

 

 「第六層までの進行は安定していました」

 

 「戦闘は多かった。

  ですが、想定の範囲内です」

 

 「それにもかかわらず、

  半生体の痕跡は一切出なかった」

 

 「——避けられた、

  というより」

 

 「最初から、

  その線を踏ませなかったように見える」

 

 偶然ではない。

 

 その感覚だけが、

 胸に残る。

 

 「今回の調査を境に、

  探索者とクランの扱いは変わります」

 

 担当者は淡々と続けた。

 

 「クラン単位での

  信頼度を設定します」

 

 「さらに、

  パーティ単位での

  ランク分けも始める予定です」

 

 世界のルールが、

 静かに更新されていく。

 

 「アウルズ・パスは、

  “安定して戻れるクラン”として

  一段上に置かれるでしょう」

 

 リーダーが、

 ゆっくりと頷いた。

 

 「……理解しました」

 

 担当者は、

 最後に俺たちを見る。

 

 「あなた方は、

  前に出るタイプではない」

 

 「ですが——」

 

 「状況に飲み込まれず、

  自分の立つ場所を選べる者は、

  これから必ず必要になります」

 

 それだけ言って、

 席を立った。

 

 会議室を出たあと、

 誰もしばらく口を開かなかった。

 

 佐伯が、

 ようやく息を吐く。

 

 「……俺たち、

  目、つけられました?」

 

 「多分な」

 

 俺は、

 そう答える。

 

 澪は、

 窓の外を見ていた。

 

 「でも……

  安心はできませんね」

 

 「通された理由が、

  まだ分からない」

 

 その通りだった。

 

 評価は、

 安全の証明じゃない。

 

 むしろ——

 観測対象になった、ということだ。

 

 夜。

 

 一人で屋上に出る。

 

 奈落の入口は、

 今日も変わらずそこにある。

 

 だが、

 もう同じ場所には見えなかった。

 

 慎重という選択。

 立ち位置を選ぶ判断。

 警告しない勘。

 

 それらすべてが、

 “偶然ではない”と

 見られ始めている。

 

 沈黙は、

 嵐の前兆だ。

 

 ——そして、

 嵐はいつも、

 立ち位置を試してくる。

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