第21話 線を越える者、越えない者
調査依頼から数日後。
奈落周辺の空気は、
目に見えて変わっていた。
探索者たちの会話が、
以前よりも鋭くなっている。
「一級が、
次は中層を本格的に攻めるらしい」
「二級でも、
条件次第で七階以降を任されるってよ」
——呼び方や奈落に挑む時の対応が変わった。
探協が出した正式通達は、
今までの注意喚起じゃない。
評価制度の明文化だった。
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クラン評価(公式)
• 一級クラン
上位クラン。
中層以降の探索を前提とした戦力・実績を持つ。
奈落上層第七層以降をメインに活動できるレベル。
• 二級クラン
中堅。
上層4〜6層の安定探索を担い、
条件付きで深度拡張を認められる。
奈落の知識量、経験値共に上位には及ばないが、
ベテランと言われるレベル。
• 三級クラン
まだまだ駆け出しの域を出ない。
上層1〜4層を探協から推奨されるレベル。
訓練・実績を積んでいく段階。
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そして、
もう一つ。
パーティ単位の評価。
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パーティ評価(クランの内部指標)
• A〜Eの5段階
• そこに ±を含めた3段階の評価 が付く
進行速度。
帰還率。
戦闘処理。
判断の安定性。
そして——
想定外への対応力。
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アウルズ・パスは、
二級クランとして正式に登録された。
想定通りだ。
だが——
掲示板の奥の特別な部屋の中で、
担当者の立ち会いという条件でのみ
クランリーダーだけが見られる内部資料の一部を、
俺たちは後から聞かされることになる。
「……お前たちのパーティな」
リーダーは、
少しだけ言いにくそうに言った。
「Bだ」
佐伯が、
目を見開く。
「……駆け出しレベルにしては上、ですよね?」
「十分にな」
澪は、
静かに頷いた。
だがリーダーは続ける。
「ただし、
評価理由が少し特殊だ」
戦闘力ではない。
討伐数でもない。
「戦闘が始まる前の立ち位置判断」
「危険域に入らない立ち回り」
「判断が必要になる前に、
判断を終えている」
——同じ説明だ。
探協担当者の言葉と、
ほぼ一致している。
「アウルズ・パスの中でも、
確かにそこが一段抜けている」
「無茶をしない。生き残る方針の探索は俺も評価している」
リーダーは、
少しだけ間を置く。
「それと、
お前の持つその勘の冴えが別枠で評価をされていた」
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その評価は、
同時に線引きでもあった。
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探協のロビーの空気は、
二つに割れていた。
「Aを狙うなら
今しかないだろ」
「二級のままじゃ、
いずれ頭打ちだ。
多少無茶をしても行くしかない」
越える側の声。
一方で——
「安定評価を落としたら、
次は上に戻れなくなる」
「あくまで現時点での評価だ。
無理して上げる意味はない」
越えない側の声。
佐伯が、
注意喚起の掲示板を見ながら言う。
「……線、
はっきりしましたね」
「ああ」
俺は、
短く答える。
越えられる線。
越えない方がいい線。
それが、
クランやパーティごとに線引きされただけだ。
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夜。
屋上で、
三人並んで座る。
澪が、
静かに言う。
「評価が付いたからって、
奈落が変わるわけじゃないです」
「変わるのは、
人の判断です」
佐伯が、
小さく笑う。
「……昔の俺なら、
A狙いで奥に行ってました」
「今は?」
俺が聞く。
「今は——
Bでも、
ちゃんと戻れる方がいい」
その言葉に、
俺も少しだけ救われた気がした。
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線は引かれた。
一級。
二級。
三級。
A。
B。
C。
だが——
本当の線は、
評価表には書かれていない。
生きて戻れるかどうか。
それだけだ。
俺たちは、
まだ越えない。
だが、
越えられないわけでもない。
その位置にいることを、
今は選ぶ。
慎重という選択は、
遅れじゃない。
それを、
胸を張って言える場所に、
ようやく立てた気がしていた。