第22話:正解の中ですれ違う
第二層での探索も、すっかり日常になっていた。
影犬の動き。
粘獣の間合い。
床の鳴り方。
どれも、体が覚えている。
進むか、止まるか。
引くか、踏み込むか。
判断は速い。
少なくとも——迷ってはいない。
「……この先、右」
俺が手を上げると、
澪と佐伯が即座に動く。
影犬が二体。
配置は悪くない。
戦闘は短く終わった。
だが、刃を収めながら、
俺は小さく息を吐く。
(……近い)
危険を感じた距離が、
以前より、わずかに短い。
間違ってはいない。
だが、余裕が減っている。
進路を変え、
脇道へ入る。
遠回りだ。
だが、安全だ。
——そう判断した。
しばらく進んだところで、
足音が聞こえた。
重い。
迷いがない。
直後、
血のついた影犬の死骸が転がっているのが見えた。
通路の奥から現れたのは、
四人の探索者。
視線が、
まず武器に吸い寄せられる。
刃の根元。
金属に刻まれた、
角を象った紋章。
——ブラックホーン。
自然と、
体が少しだけ緊張した。
先頭に立つ男は、
大きな刃物を肩に担いでいる。
防具は最低限。
無駄がない。
顔を見て、
記憶と一致した。
(……黒瀬、大河)
最近、
探協でも話題になっている男だ。
討伐数が、
群を抜いている。
実力者。
顔と名前だけは、
知っていた。
視線が合う。
黒瀬は、
一瞬だけ俺たちを見て言った。
「……珍しいな」
低く、乾いた声。
「そこそこやれるだろうに、
まだ、この辺りで足踏みか」
——驚いた。
戦闘を見られたわけじゃない。
動きも、判断も、
今のところ普通だったはずだ。
それなのに——癖を見られた。
評価じゃない。観察だ。
澪と佐伯が、
わずかに身構えるのが分かる。
俺は、
一拍置いて答えた。
「今日は、ここまでです」
黒瀬は鼻で笑った。
「金になる層じゃねぇぞ」
「戻れる層です」
短く返す。
一瞬の沈黙。
黒瀬は、
否定もしなければ、
肯定もしなかった。
「違いねぇな」
その時だった。
背後で、
ぬめる音。
粘獣だ。
振り返る前に、
黒瀬が動いた。
大きく踏み込み、
刃を一閃。
粘獣は、
形を保つ間もなく崩れ落ちた。
黒瀬の仲間は、
誰一人、援護しない。
黒瀬一人で、
終わった。
「邪魔だ」
それだけ言って、
刃を担ぎ直す。
すれ違いざま、
黒瀬は続けた。
「最近な」
足を止めずに。
「下が、静かすぎる」
——勘が、反応しない。
危険じゃない。
だが、胸がざわつく。
黒瀬は振り返らずに言った。
「静かな時ほど、
値は跳ねる」
「稼ぎたいなら、
先に進むことだな」
四人の背中が、
奈落の奥へ消えていく。
しばらく、
誰も口を開かなかった。
「……強い人ですね」
澪が、ぽつりと言う。
「ああ」
佐伯も頷く。
「……でも」
少し考えてから、
続けた。
「一緒に行きたいとは、
思わない」
俺は、
何も言わなかった。
ただ、
胸の奥で整理する。
あの人は、
越えることで進む。
俺たちは、
越えないことで進む。
どちらも、
今は生き残っている。
だが——
(奈落は、
その違いを
気にしていない)
遠回りのルートを選ぶ。
安全だが、
時間と体力を削る。
勘は、
正しく働いている。
それでも、
少しずつ、
何かが削れていく。
出口が見えた時、
全員が安堵の息を吐いた。
今日も、
戻れた。
正解だ。
だが——
(正解のままで、
どこまで行ける?)
その問いに、
勘は答えなかった。
第二層の闇は、
静かだった。
静かすぎるほどに。