『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第3話 ファーストステップの代償

第3話 ファーストステップの代償

しばらく進んだところで、明かりが見えた。

 

 松明だ。

 誰かが、いる。

 

 俺たちが警戒しながら近づくと、そこには三人組の探索者がいた。

 装備は俺たちと明らかに違う。革と金属を組み合わせた防具、刃こぼれ一つない長剣、無駄のない立ち姿。

 

 ——生き残っている人間。

 

 その中の一人、短く刈り上げた髪の男が俺を見る。

 

「お前ら、今入った組か」

 

 俺は頷いた。

 

 男の視線が、俺の手元に止まる。

 正確には——握っていた黒い牙に。

 

 「……影犬、倒したのか」

 

 空気が、少し変わった。

 

 「最初に当たったのが、あれか。運がいい……」

 

 俺は眉をひそめる。

 

 「運がいい?」

 

 男は肩をすくめた。

 

 「影犬は“最弱クラス”だ。

  奈落じゃ、あれは入口の番犬みたいな……いや、それ以下のもんだよ」

 

 胸の奥が、冷えた。

 

 あれが——最弱。

 

 あれで、人が簡単に溶けて死んだ。

 

 男は続ける。

 

 「だがな。出会って早々逃げ出すのと、初遭遇で倒したってのじゃあ話が全然違う。

  あれを越えられるかどうかが、“ファーストステップ”だ」

 

 ファーストステップ。

 

 化け物と遭遇し、生き残る。

 ただそれだけのことが、最初の関門。

 

 「それで——」

 

 男は俺の手に視線を戻す。

 

 「その牙、売る気か?」

 

 「……価値が、あるんですか」

 

 「ああ。一本、だいたい五万だ」

 

 五万。

 

 その数字を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは——

 さっき死んだ男の顔だった。

 

 彼の命と引き換えに残ったものが、五万。

 

 安すぎる。

 

 だが同時に、別の考えも浮かぶ。

 

 ——警備の勤務、何回分だ?

 

 男は俺の沈黙を、誤解したらしい。

 

 「失望した顔すんな。

  奈落じゃ、それでも“最低限稼げる部類”だ」

 

 現実的な声だった。

 

 「加工すりゃ、装備にも使える。

  ナイフに混ぜれば、今より少しはマシになる」

 

 そう言われて、俺は自分のナイフを見る。

 

 刃は欠け、黒ずんでいた。

 さっきの戦闘で、明らかな傷ができている。

 

 ——最初から、限界だったのか。

 

 「奈落で長く生きたいならな」

 

 男は、はっきりと言った。

 

 「素材を集めて、装備を良くするしかねぇ。

  腕だけじゃ、必ず死ぬ」

 

 否定できなかった。

 

 俺は、運で生き残っただけだ。

 

 男は少し考え、続ける。

 

 「お前、見どころはあるよ。

  ファーストステップを越えたってだけでな」

 

 意外だった。

 

 褒められるとは、思っていなかった。

 

 「今回、帰還するか?」

 

 「……まだ、決めてません」

 

 男は頷いた。

 

 「だったら覚えとけ。

  初回探索を越えて、それでも続ける気があるなら——」

 

 一拍、置いて。

 

 「クランに入れ。

  一人は早死にする」

 

 仲間。

 情報。

 装備の融通。

 

 すべて、個人では限界がある。

 

 「奈落はな」

 

 男は闇の奥を見た。

 

 「人生を変える場所じゃねぇ。

  人生を賭けさせる場所だ」

 

 俺は、黒い牙を握り直す。

 

 まだ、答えは出ていない。

 だが——

 

 このまま警備員として消耗していく未来より、

 ここで命を削る未来の方が、まだ“選んだ”感じがした。

 

 「……アドバイス、ありがとうございます。何かお礼を……」

 

 男は笑った。

 

 「ははっ……今は良いさ、次に会う時、お互い生きてたらな」

 

 別れ際、俺は奈落の奥を見つめる。

 

 五万円の牙。

 ボロボロのナイフ。

 そして、まだ自分の力で何も得ていない俺。

 

 それでも——

 

 俺は、もう一歩、前に進んだ。

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