第32話:戻ってきたものの重さ
結晶化した装備の欠片は、思っていたより早く話題になった。
探協に提出した翌日には、
解析班が動き、
その翌日には、噂が走り始めた。
——銃が使えるかもしれない。
最初は、冗談みたいな言い方だった。
「聞いたか?」
「例の結晶化した装備、成分が安定してるらしいぞ」
「衝撃耐性も高いって」
ロビーの片隅。
誰かの軽い声。
「弾が通るかは別として、
銃身くらいなら作れるかもな」
別の誰かが、
半笑いで続ける。
「近接だけじゃなくなるなら、
世界変わるんじゃね?」
その言葉に、
数人が小さく頷いた。
期待。
軽さ。
そして——距離感のなさ。
まるで、
銃を持てば奈落が優しくなるとでも
言うような空気だった。
⸻
俺は、その場から離れた。
自分たちが持ち帰ったものが、
ああして形を変えていくのを見るのが、
少し、耐えられなかった。
結晶化した装備。
あれは、
ただの素材じゃない。
——降りた人間の判断の跡だ。
底の見えない暗闇を、
進めると信じた人間たちの、
最後の選択。
犠牲の象徴。
それが、
“使えるかもしれない”という言葉で
軽く扱われている。
それを、
俺が持ち帰った。
胸の奥が、
じわりと冷える。
(……俺たちが、
道を照らしたのか)
いや。
正確には——
照らしてしまった。
行けるかもしれない。
届くかもしれない。
勝てるかもしれない。
そう思わせる材料を、
自分が差し出した。
あの縦穴を、
先人達とは違って
降りなかったはずなのに。
⸻
クランハウスに戻っても、
気持ちは晴れなかった。
装備の整備をしていても、
動きがどこか鈍る。
澪が、
それに気づかないはずがない。
「……考えすぎてますね」
ぽつりと、
作業の合間に言う。
「……分かるか?」
「分かります」
即答だった。
澪は、
手を止めないまま続ける。
「私たちがやったことで、
誰かが前に進む理由を得た」
「それが、
正しいかどうか分からなくて、
怖くなってる」
俺は、
何も言えなかった。
澪は、
少しだけ視線を上げる。
「でも、それって……
今に始まったことじゃないですよ」
「……どういう意味だ?」
「私たちが戻るたびに、
誰かは“行けるかも”って思ってた」
「三層に入った時も」
「二層を安定して回せるようになった時も」
淡々とした声。
「そのたびに、
誰かが踏み出して、
誰かが戻らなかった」
手が止まる。
「今回だけが、
私たちだけが、
特別じゃない」
澪は、
そう言ってから、
少し言葉を探すように間を置いた。
「……でも」
「今回は、
あなたが“気づいた”」
その一言が、
胸に刺さった。
「気づけたなら、
それでいいと思います」
澪は、
静かに俺を見る。
「それに――
私たちも同じじゃないですか」
一拍
「クランの先輩たちが照らしてくれた道で、
戻れなかった人たちが気づかせてくれた道の上を、
私たちも歩いてきたんです」
「あぁ……そうか、そうだったな……」
⸻
佐伯も、
少し遅れて口を開いた。
「それに……もしも銃が使えるようになっても、
奈落は優しくならないですよ」
「結局、
近づかないと倒せない奴は絶対に出てくる」
苦笑する。
「“楽になる”って噂だけが、
先に走るのが一番怖いと思ってます」
俺は、
頷くことしかできなかった。
⸻
夜。
一人で屋上に出る。
奈落の入口は、
相変わらず何も語らない。
俺たちは、
生きて戻った。
正しい判断をした。
成果も出した。
それでも——
その成果が、
誰かの背中を押している。
それが、
善意なのか、
無責任なのか。
まだ、分からない。
ただ一つ言えるのは、
奈落は、何も変わっていない。
変わっているのは、
人の側だ。
選択肢が増えた分、
踏み出す理由も増えた。
俺は、
手すりに手を置いた。
降りなかった場所。
戻ってきた判断。
それを、
次も選べるかどうか。
——それだけが、
今の俺にとっての基準だった。
静かな夜風が、
背中を撫でる。
寒さは、
まだ消えていない。
だから、
多分、まだ大丈夫だ。
そう思いながら、
俺は奈落から目を離した。