『越えない探索者』   作:r_watanabe

33 / 60
第33話:勘違いが広がる音

第33話:勘違いが広がる音

Ⅰ.噂が「形」になる

 

結晶化した装備の話は、もう噂と呼べる段階を越えていた。

 

探協のロビーでは、解析班の名前が具体的に挙がり、

「どの工程まで進んだらしい」という話が、普通に交わされている。

 

「銃身は、問題ないみたいだな」

「反動吸収も、結晶構造が仕事するらしい」

「弾は……まあ、まだ先か」

 

誰かが肩をすくめる。

 

「でもさ、“銃が形になる”ってだけで違うだろ」

 

違う。

確かに違う。

 

俺は、その言葉を聞きながら、胸の奥がひやりとするのを感じていた。

 

使えるかどうかは、まだ分からない。

奈落の生き物に通用するかも、未知数だ。

 

それでも——

「できるかもしれない」という事実だけが、独り歩きを始めている。

 

結晶化した装備を持ち帰ったのは、俺たちだ。

 

その結果が、

こうして人の口の中で形を変えて広がっていく。

 

(……また、一歩だ)

 

誰かが前に進むための、一歩。

 

それが、どこへ落ちていく一歩なのかは分からないまま。

 

 

Ⅱ.評価と「お願い」

 

呼び止められたのは、その日の午後だった。

 

応接室。

形式ばった机。

この流れにも、もう慣れ始めている自分がいる。

 

「改めてになりますが」

 

探協職員は、書類をめくりながら言った。

 

「パーティランク、B+を正式に認定します」

 

澪が息を飲む。

佐伯は、無言で背筋を伸ばした。

 

「三層未踏破領域の調査」

「判断の適切さ」

「報告の精度」

 

評価項目が、淡々と読み上げられる。

 

「——全て問題ありません」

 

そこで、一拍。

 

職員は言葉を選ぶように視線を上げた。

 

「その上で……今後の探索についてですが」

 

来たな、と内心で思う。

 

「三層は、もう十分に経験されています」

「最近は新人の流入やランクでの制限も増えていますし……」

 

“トラブル防止”

“探索効率”

“区分け”

 

言葉は柔らかい。

だが、意味は一つだ。

 

——そろそろ、次へ行ってほしい。

 

命令じゃない。

拒否もできる。

 

ただ、ここに居続けることが、

だんだん“選びにくく”なっていく。

 

「四層以降の情報については」

「必要でしたら、追加で資料を出します」

 

俺は、短く頷いた。

 

「……検討します」

 

それ以上は、言わなかった。

 

 

Ⅲ.勘違いは、善意の顔をしている

 

ロビーに戻ると、空気が少し違っていた。

 

声が、前より大きい。

表情が、前より軽い。

 

「なあ、聞いた?」

「銃、マジで使えるらしいぞ」

「銃があれば三層、余裕じゃね?」

 

若い声。

装備もまだ新しい。

 

「ランクもさ、次いけそうだし」

「Cって、結構上だろ?」

 

その場に、止める声はなかった。

 

誰も、嘘は言っていない。

誰も、悪意もない。

 

だが——

 

「次の階層何回か踏めば、ランク上がるはずだよな?」

「戻れりゃな」

 

笑い声。

 

その言葉に、誰も“戻れなかった話”を重ねない。

 

俺は、足を止めなかった。

声もかけなかった。

 

止める理由も、資格も、ない。

 

(……こうやって、増えていく)

 

勘違いは、

希望と一緒に広がる。

 

 

Ⅳ.神代じゃない誰かの手

 

別の噂も、耳に入ってきていた。

 

「企業側が、また探協に文句入れたらしいぞ」

「ネクサスだけ素材集めすぎだって」

 

「あそこは探索チームが命張ってるからな」

「そうは言っても、他も黙ってないだろ」

 

名前が出る。

出ない名前もある。

 

だが、分かる。

 

神代がいなくても、同じ流れは起きていた。

 

素材が足りない。

契約が回らない。

成果が欲しい。

 

だから——

制度が作られる。

条件が増える。

線が引かれる。

 

その線の外で、

誰かが別のやり方を探す。

 

世界は、いつもそうだ。

 

 

Ⅴ.三層が、後ろになる

 

クランハウスの屋上。

 

三人で、奈落の入口を見下ろす。

 

「……B+、ランクだけならほぼトップ層、

 実感ないですね」

 

佐伯が言う。

 

「明確になっただけだよね」

 

澪が答える。

 

「明確な分、

 越えさせる力が強い」

 

俺も、同じことを思っていた。

 

三層は、もう“挑戦の場所”じゃない。

戻ってくる前提の場所だ。

 

そして——

戻れる場所は、いずれ後ろに回る。

 

「四層、どうします?」

 

澪が、俺を見る。

 

俺は、すぐには答えなかった。

 

進む理由は、増えている。

進まない理由は、減っている。

 

それでも——

 

「まだ、決めない」

 

そう言うと、二人は頷いた。

 

この仕組みの先に何が待っているかは、

まだわからない。

 

だからこそ――

引き返せなくなるということだけは

はっきりとわかっていた。

 

奈落は、今日も静かだ。

 

だが、

人の側だけが、先に走り始めている。

 

その音が、

確かに近づいてきていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。