『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第34話:買える強さ、壊れる距離

第34話:買える強さ、壊れる距離

探協のロビーが、妙に騒がしかった。

 

声が大きい。

笑いが軽い。

いつもの張り詰めた空気とは、明らかに質が違う。

 

「マジで? もう三層まで?」

「早くね?」

 

そんな声が飛び交っている。

 

理由はすぐに分かった。

 

入口付近。

まだ新しい装備に身を包んだ一団が、堂々と立っていた。

 

人数は五人。

全員、若い。

 

その中心にいる男は、やけに余裕のある顔をしている。

軽装ではない。

だが、探索者らしい擦れた感じがない。

 

肩には、見慣れない形状の銃。

 

——噂が、現実になった。

 

「お疲れっしたー」

 

軽い調子で言ったのは、取り巻きの一人だった。

髪を染め、軽口が止まらない。

 

「いやー、三層って聞いてたからもっと怖いかと思ったけどさ」

「ちょろいっすね」

 

周囲の探索者たちが、視線を向ける。

 

ベテランも。

中堅も。

 

だが、誰も口を出さない。

 

御曹司風の男が、銃を肩から外しながら言った。

 

「うちの企業がバックアップしてるからね」

「事前にデータも装備も揃ってるし」

 

自慢というより、事実の報告。

それが余計に刺さる。

 

「銃があればさ」

取り巻きが続ける。

「近づかなくていいし、楽っすわ」

 

その視線が、意図的に年配の探索者へ向く。

 

「刃物とか、時代遅れじゃないすか?」

 

空気が、一瞬だけ凍る。

 

だが、誰も怒鳴らない。

怒鳴れない。

 

怒鳴ったところで、

“戻ってきた事実”は消えないからだ。

 

「まあまあ」

 

御曹司が、手を上げる。

 

「別に、先輩達をバカにしてるわけじゃないですよ」

「ただ……」

 

一拍。

 

「やり方が変わったって話です」

 

その言葉が、ロビーに落ちる。

 

「それで」

 

取り巻きが、笑いながら続けた。

 

「うちの銃、欲しい人います?」

「数はまだ少ないけど、売りますよ」

 

ざわ、と音が走る。

 

「高いですけどね」

「かなり」

 

数字は言わない。

だが、表情で分かる。

 

——簡単に払える額じゃない。

 

探索者たちは、視線を逸らす。

欲しくないわけじゃない。

むしろ逆だ。

 

使うかどうかは別として、

“持っていない自分”が取り残される感覚が、胸を締め付ける。

 

「私はあくまでも、

 選択肢を提示しているだけです」

 

頭を下げれば、手に入るかもしれない。

 

だがそれは——

これまで積み上げてきたものを、

否定する行為にも等しかった。

 

「……冗談だろ」

 

小さく呟いた声があった。

 

「新人に、装備を買わせてもらうのかよ」

 

誰も、否定しなかった。

 

――そして

その日のうちに、

3つの若いパーティかが動いた。

 

無理をした。

金を掻き集めるために。

 

——結果、戻ってこなかった。

 

四層で。

五層手前で。

あるいは、もっと浅い場所で。

 

理由は、様々だ。

 

焦り。

判断の遅れ。

過信。

 

だが、共通していたのは一つ。

 

「銃を手に入れるため」

 

銃があって、

自分たちが積み重ねてきた領域に、

軽々足を踏み入れて戻ってきた新人がいるから。

噂が、現実になったから。

 

このままじゃ取り残される。

今までより稼げなくなる。

 

銃があれば安心。

それを手に入れるために危険を犯す。

 

まさに、本末転倒だった。

 

俺たちは、

ロビーの片隅から、その一連を見ていた。

 

澪が、小さく息を吐く。

 

「……混ざりましたね」

 

「ああ」

 

佐伯も、顔を硬くする。

 

「強さと、金と、噂が」

 

現実サイドが持ち込んだのは、

武器だけじゃない。

 

“近道がある”という錯覚だ。

 

努力を飛ばせる。

経験を省略できる。

安全を金で買い取れる。

 

そう思わせる何か。

 

それが、

奈落の中に流れ込んだ。

 

俺は、視線を落とす。

 

結晶化した装備。

縦穴。

銃の噂。

 

全部、繋がっている。

 

誰かが進んだ先。

誰かが戻った事実。

そして——

その結果を利用する人間。

 

奈落は、何も変わらない。

 

変わったのは、

人の“距離感”だ。

 

死までの距離。

戻れなくなるまでの距離。

 

それが、

金と噂で、歪められている。

 

そして——

 

その歪みの中に、

俺たちも、もう立っている。

 

気づかないふりは、できない。

 

静かなはずの奈落が、

確かに騒がしくなっている。

 

その音は、

まだ小さい。

 

だが、

確実に——

深くまで、響き始めていた。

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