第35話:残される層、押し出される背中
探協のロビーは、数日前よりも人が多かった。
だが、その“質”が変わっている。
三層までの探索者が増えている。
いや、増えすぎている。
通路での小競り合い。
素材の取り合い。
戻ってきた新人が、やけに自信ありげな顔で報告をしている。
銃を持った新人チームの影響は、確実に広がっていた。
「三層、もう余裕っすね」
「敵出ても、距離取れれば問題ないし」
そんな声が、普通に聞こえる。
俺は、その横を通り過ぎながら思う。
——三層は、もう“挑戦の場所”じゃない。
⸻
呼ばれたのは、その日の午後だった。
応接室。
いつもの、あの小さな部屋。
探協の職員は、書類を揃えながら淡々と話し始める。
「現在、三層までの探索状況は非常に安定しています」
それは事実だ。
新人でも、中堅でも、戻ってこられる。
「銃装備の導入、一定数の普及により、
リスクが下がったことも大きいですね」
銃、という単語が、あっさりと出た。
澪が、わずかに視線を伏せる。
「その結果ですが」
職員は続ける。
「三層までの探索は、
現在の中堅パーティが担う必要は薄くなりました」
——切り分け。
はっきり、そう言われた。
「アウルズ・パスのB+パーティとしては、
四層以降への移行を、前向きに検討していただきたい」
命令ではない。
だが、選択肢は狭い。
「四〜六層は、少し入り組んでいる構造上
銃装備だけでは対応が難しくなる想定です」
「実力があるパーティにはそこでの活躍を期待したいです」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……つまり」
言葉を選ぶ。
「俺たちは、
三層に居続ける立場じゃなくなった、ということですね」
職員は否定しなかった。
「そう受け取っていただいて構いません」
⸻
ロビーに戻ると、例の新人銃チームが目に入った。
御曹司は、相変わらず余裕の表情だ。
取り巻きたちは、楽しそうに話している。
「次は四層っすよね?」
「銃あれば、いけるっしょ」
その言葉に、ベテランが顔をしかめる。
「……四層は、違う」
だが、取り巻きは笑う。
「それ、昔の話っすよ」
「今は、装備が違うじゃないですか」
その言葉に、
“戻れなかった話”が一つも含まれていないことに気づく。
止めても、届かない。
——銃があるから、進める。
——進めたから、自分は強い。
その錯覚が、もう広がっている。
⸻
その夜。
クランハウスの屋上で、三人並んで座っていた。
「……追い出されましたね」
佐伯が、苦笑交じりに言う。
「三層は、もう俺たちの場所じゃない」
澪が、静かに頷く。
「明確、ですね」
その言葉に、俺も同意する。
「明確な分、
越えさせる力が強い」
四層に行け。
行けないなら、譲れ。
制度は、そう言っている。
「俺たちは、
自分から上を目指したつもりはなかった」
そう口にすると、澪がこちらを見る。
「でも、
留まる理由も、もう残ってない」
否定できなかった。
三層で安定して回せる。
戻れる。
判断できる。
それはもう、
“評価されることではなくなった”。
⸻
翌日。
探協の一角で、短い会話が交わされていた。
黒瀬の姿はない。
だが、彼の存在を感じさせる光景だった。
「……銃、どうなんだ?」
低い声。
その問いに、別の男が答える。
「十層から戻った黒瀬が言ってたらしい」
一拍。
「——通用する相手じゃねぇ、って」
周囲が静まる。
「弾は減る。
荷物になる。
奥じゃ邪魔だ、ってな」
誰かが、苦笑する。
「……それでも、
欲しいよな」
その言葉に、否定はなかった。
銃は間違いじゃない。
だが、万能でもない。
⸻
屋上に戻る。
奈落の入口を見下ろしながら、俺は思う。
三層は、残された層になった。
俺たちは、押し出される側になった。
進まなければ、居場所がなくなる。
進めば、別の危険が待っている。
それでも。
「……行くか」
そう言うと、二人は黙って頷いた。
自分で選んだわけじゃない。
だが、選ばされている。
四層。
そこから先は、
銃だけでは測れない距離だ。
俺たちは、
その距離を今まで通り“戻れるかどうか”で測り続ける。
それだけは、
まだ手放していない。
奈落は、静かだった。
だが、人間の世界は、
確実に次の段階へ進み始めていた。
――俺たちを否応なく、連れて