第36話:撃てば進めると思った日
四層から戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
深追いはしていない。
中盤にも届いていない。
だが——
全員が、同じ感覚を抱えていた。
「……出現率、少し高くなかったか?」
クランハウスに戻るなり、俺はそう切り出した。
その場に居合わせたリーダーが反応する。
「ほう?……具体的には?」
「影爪です」
澪が続ける。
「配置というより、間隔が短い気がしました」
佐伯も頷く。
「四層に入ったばかりの段階としては、
多かった……と思います」
リーダーは、少し考え込む。
「……最近の死亡報告、把握してるか?」
俺たちは、無言で肯定した。
「数が増えている」
「まだ統計と呼べるほどじゃないが——」
リーダーは、静かに言った。
「奈落と、“死”に関連があるように感じる」
「その影響が、出始めた可能性はある」
断定はしない。
だが、否定もしない。
「探協にも、同じ話を通しておけ」
「俺も別で裏を取る」
それが、生存を優先するアウルズ・パスのやり方だった。
⸻
探協。
担当者は、俺たちの話を遮らずに聞いた。
「四層の出現間隔が短い」
「影爪の初動が早い」
「配置が散っている」
メモを取りながら、静かに頷く。
「最近、同様の報告は確かにあります」
その一言で、空気が変わる。
「ただし」
担当者は続けた。
「“四層だから”と判断されているケースが多い」
澪が言う。
「四層に慣れていないから、
違和感として処理されていない」
「その通りです」
担当者は即答した。
「死亡報告との因果関係は、
まだ“推測”の域を出ませんね」
「ですが」
一拍。
「記録は残しておきます」
——その時だった。
ロビーが、ざわつく。
新人の銃チームが戻ってきた。
笑い声。
軽い足取り。
「いやー、四層も普通っすね」
「影爪も距離取れりゃ問題ないし」
その声が、こちらを見て止まる。
新人の取り巻きが、俺たちと担当者の姿を見て眉をひそめた。
「……あれ?」
「何してるんすか?」
声が、少し尖る。
「もしかして、チクってます?」
「俺らが先に進んだの、文句言ってるとか?」
空気が、一気に冷える。
「違う」
俺は短く答える。
「四層の状況確認と報告だ」
だが、取り巻きは笑った。
「はは」
「でも戻り、早すぎじゃないすか?
報告できるほど探索しました?」
当てつけのような視線。
「こっちは余裕でしたよ、四層」
「銃あれば、普通に」
担当者が口を挟もうとする前に、御曹司が一歩前に出た。
「その辺でやめとけ」
低い声。
「先輩たちのやり方が……
今も通用するかどうかは別として」
一拍。
「探索者それぞれのやり方があるって話だ」
取り巻きは、不満そうに口を閉じる。
だが、視線だけは外さない。
——進んだ俺たち。
——戻ったあいつら。
そんな構図を、勝手に作っている。
「……まあいいっすけど」
吐き捨てるように言って、去っていく。
担当者は、小さく息を吐いた。
「……今のが、現状です」
誰に向けた言葉かは分からない。
⸻
クランに戻る。
リーダーは、俺たちの表情を見ただけで察した。
「あの新人たちと……揉めたな?」
「ええ」
俺は、簡単に状況を説明した。
リーダーは、静かに頷く。
「皆、聞いてくれ」
クランの全員が手を止めてリーダーに顔を向ける。
「銃が広まってきたことで、
探索者の“距離感”が変わってきている」
「敵との距離も」
「死との距離も」
「あらゆる判断の距離も」
一つずつ、区切るように言う。
「だが、アウルズ・パスの方針は変わらない」
全員を見る。
「生きて帰る」
「その判断を優先する」
「戻る選択を最後まで捨てない」
「他がどう動こうと、だ」
その言葉に、澪も佐伯も頷く。
俺は、胸の奥が少しだけ落ち着くのを感じた。
外は、確実に騒がしくなっている。
銃。
噂。
早く進んだ者の話。
だが——
「焦る必要はない」
リーダーは、最後にそう言った。
「奈落は、変わってない」
「変わったのは、人の方だ」
四層は、まだ始まったばかりだ。
本当に危険なのは、
銃でも、影爪でもない。
——“余裕だと思い込むこと”だ。
そのことだけは、
はっきり見えていた。