『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第37話:降りなかった判断

第37話:降りなかった判断

四層の探索は、予定より少し早く切り上げた。

 

「……今日はここまでだ」

 

俺がそう言うと、澪も佐伯もすぐに頷いた。

異論はない。

 

影爪や粘獣などの遭遇頻度は把握できた。

通路構造も大まかに掴めた。

これ以上無理に踏み込む理由はなかった。

 

慣れない階層では“戻れる”判断を重ねることが重要だ。

 

四層から引き返し、三層へ戻る途中。

通路の空気が、少しだけ乱れていた。

 

「……止まれ」

 

俺が手を上げる。

 

次の瞬間、聞こえた。

 

悲鳴。

 

三層の中盤。

影犬の群れに囲まれているパーティがあった。

 

人数は四人。

――若い。

見たことのない新人だ。

 

銃を構えた二人が後退し、残り二人が壁際に追い詰められている。

弾は撃っている。

だが、数が足りない。

 

「うわ!来るぞ!」

 

影犬が一斉に距離を詰める。

 

「救出するぞ!」

 

俺は迷わず踏み込んだ。

 

影犬の後方から急襲し、

注意が分散した一瞬を突いて、最前列まで割り込む。

 

それでも、間に合わない。

 

一人が、噛み伏せられた。

 

声も上げられず、地面に倒れ、

溶けるように消えていく。

 

残った三人は、悲鳴も出せないまま固まっていた。

 

「下がれ!」

 

俺が叫ぶ。

 

戦闘は短かった。

だが、全力だった。

 

影犬を退けた後、残ったのは——

 

三人の生存者と、

持ち主を失い地面に落ちた銃が一つだけ。

 

新人の一人が、震える声で言った。

 

「……助かった……」

 

別の一人が、銃を見下ろして呟く。

 

「……でも……もっと……」

そう言い、銃を強く握り直した。

 

その続きを、俺は聞かなかった。

 

聞いてしまえば、言葉を返してしまうからだ。

 

 

探協に戻ったのは、夕方だった。

 

救出報告。

死亡報告。

簡潔に、事実だけを伝える。

 

担当者は、眉をひそめた。

 

「……影犬の群れですか」

 

「三層中盤で?」

 

「はい」

 

「通常なら、もう少し余裕があるはずですが……」

 

担当者は、そこで言葉を切った。

 

「……事実確認が、難しいですね」

 

俺は頷いた。

 

それ以上、何も言わなかった。

 

ロビーの空気が、ざわつく。

 

誰かが、ひそひそと話す声が聞こえた。

 

「……B+のくせに、三層で何してたんだ?」

「獲物、横取りじゃねぇの?」

「一人、見殺しにしたって話だぞ」

 

噂は、形を変える。

 

助けた事実は薄れ、

戻った事実だけが残る。

 

俺は、何も言わなかった。

 

言えば言える。

だが、言わない。

 

俺たちは、いつも通りの判断をしただけだ。

 

安全に戻れると判断し、

これ以上降りないと決め、

その道すがら、間に合わなかった命があっただけ。

 

それでも——

 

銃が広まるきっかけを作ったのが、

この流れの一部に関わっているのが、

俺だということは、否定しきれない。

 

だから、受け取る。

 

評価されない救出も、

歪んだ噂も、

沈黙も。

 

 

クランに戻る。

 

リーダーは、報告を聞いて静かに目を閉じた。

 

「……そうか」

 

それだけ言って、俺を見る。

 

「お前たちの判断は、間違っていない」

 

断言だった。

 

「だが、評価されないことは確かにある」

「誤解も、悪意も、人の口は簡単には止められない」

 

それが現実だ。

 

「アウルズ・パスは」

リーダーは続ける。

「“戻れる判断”を積み重ねるクランだ」

 

「救えなかった命がいくつあっても」

「救えた命が仮に評価されなくても」

「その方針は変えない」

「俺たちは英雄じゃない」

 

俺は、黙って頷いた。

 

外では、銃の噂がまた広がっている。

 

銃を持つ新人たちは先へ進み、

黒瀬は中層を目指し、

誰もが前だけを見ている。

 

俺たちは、後ろを気にして戻った。

踏み込まなかった。

 

それで救えた命があって、

それでも救えなかった命があった。

 

評価は、つかない。

 

だが——

 

「……次も、同じ判断をする」

 

それだけは、迷わなかった。

 

奈落は、何も言わない。

 

だが、

後悔の味だけは、

静かに舌の奥に残っていた。

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