第40話:余っている席
探協の呼び出しは、特別なものではなかった。
掲示板に貼り出された通知。
B+以上のパーティ宛てに、一斉に回された文面。
そこに、強い言葉は一つもない。
「調整」
「安全配慮」
「探索効率の最適化」
どれも、もっともらしい理由だ。
ただ一行だけ、
目が離れない箇所があった。
——一層から四層での活動については、
現在の探索状況を踏まえ、再検討を推奨する。
禁止ではない。
制限でもない。
だが、歓迎されていないことだけは、はっきりしていた。
⸻
応接室。
向かいに座る探協の担当者は、
いつも通りの落ち着いた表情をしている。
「今日お呼びしたのは、念のための共有です」
言い訳のような前置き。
だが、声は揺れていない。
「新規探索者数の増加に伴い、
四層以下で活動する探索者数が、想定以上に増えています」
「銃装備の普及もあり、事故や衝突が目立ち始めました」
澪が、静かに頷く。
佐伯は、何も言わない。
「そのため、ランク帯ごとの役割整理を進めています」
書類を一枚、机の上に置く。
五層以降の簡易地図。
空白が多い。
「B+以上のパーティには、
今後こちらを主戦場として想定しています」
俺は、すぐには返事をしなかった。
「……あくまで、想定、ですよね」
確認のための言葉。
「ええ」
担当者は即答した。
「強制ではありません」
一拍。
「ただ——」
そこで、少しだけ間が空いた。
担当者は、視線を落とし、
それからこちらを見て、言った。
「正直に言います」
空気が、変わる。
「今の環境だと、あなた方は——」
一瞬の躊躇。
だが、言葉は引っ込められなかった。
「能力が高すぎて“余っている”んです」
「扱いづらい、と言い換えても構いません」
否定も、責めもない。
ただの事実として、そう告げられた。
「四層以下は、新人や若手で回っている」
「五層以降は、今のところ人手が足りない」
「あなた方は優秀です」
「だからこそ、今の位置に居続ける理由が見当たらない」
胸の奥が、静かに冷える。
「……つまり」
俺は、ゆっくり言葉を選ぶ。
「四層に留まること自体が、
探協の調整の邪魔になる、と」
担当者は、否定も肯定もしなかった。
「そう受け取られても、仕方がないですね」
それが、答えだった。
⸻
クランに戻る。
リーダーは、俺たちの話を聞き、
少しだけ目を閉じた。
「……お互い、難しい立場だな」
それから、こちらを見る。
「お前たちを守りたい気持ちはもちろんある」
「だが、クランとしては積極的に探協と摩擦は起こせない」
行けとも言わない。
だが、留まれとも言えない。
「判断は任せる」
逃げ場が、一つ閉じた音がした。
⸻
翌日。
四層の地図を、机に広げる。
見慣れた線。
引き返した地点。
撤退の印。
その隣に、
五層の白い地図がある。
何も書かれていない。
——そこに行くか。
——行かないか。
以前なら、
行かない、という選択も成立していた。
今は違う。
行かないなら、
ここに居場所はない。
誰も無理をしろとは言っていない。
ただ、
席が片付けられただけだ。
俺は、地図を畳んだ。
まだ、決めない。
まだ、動かない。
だが、
選ばないままでいられる場所は、
もう残っていない。
奈落は、今日も静かだ。
だが——
進まない者の足元から、
逃げ場だけが、
確実に消えていっていた。